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元Sランクの俺、想いを告げようとする

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 自然な流れでレンとティエリナの仲が深まってから数分が経ち、頃合いを見てレンの聖剣を抱えたカラリアが二人の元へニマニマ笑顔でやってくる。

 それに気付き、レンとティエリナはカラリアにバレないよう、真面目な表情を取り繕ってみせるが、それが面白おかしいのかカラリアは口に手を当てて笑い声を洩らしていた。

「ぷっ……くくっ……! は、はい! これ、レンさんの剣だぶふっ! くくくっ!」

 ついに耐えられなくなったのか、カラリアは吹き出して目元に涙を浮かべながらレンに聖剣を手渡しする。

 レンは素直にお礼を言おうとしたのだが、目の前のカラリアを見て異様に腹が立っているのか、頬を引きつらせながら聖剣を受け取る。

「あー、おかしい! キミ達は本当にラブラブなんだねっ!」

「「ラ、ラブラブなんかじゃない!」」

 偶然なのか、必然なのかは不明だが、レンとティエリナの声が清々しいほど綺麗に重なる。

 そのせいでティエリナの顔は一瞬で真っ赤に染まり、頭からは湯気が立ち上っていた。

「まぁ、レンさん。ティエリナはこんな子だけど優しくしてやってほしいな。これでも、昔よりも表情豊かになったんだよ?」

「そうなのか。てっきり昔からこんなものだと思ってたんだがな」

「いやいや、むしろ昔はもっと無口で、冷淡で、誰も寄せつけない! って感じだったよ」

 そう言われ、レンの視線が自然にティエリナの方へ向く。

 そして目が合うと、ティエリナは優しく微笑みながらも、恥ずかしくなったのか頬を紅潮させ、俯いてしまった。

「……ありえないだろ」

「確かに、今のティエリナは女の子らしい──というか、乙女そのものだから想像出来ないかもね。でもね、紛うことなき事実なんだよ」

「そ、そうなのか」

 カラリアが嘘を言っているようには見えないし、騙そうとしているようにも見えない。

 そもそも、それが嘘ならティエリナがすぐに否定するはずだ。

 だがティエリナは否定することなく、むしろ自分の過去が暴露されて恥ずかしいのかは不明だが、いつもよりもなんだか小さく見えた。

「ところで、二人は小さい頃からこの街で生まれ育った幼馴染みみたいなものなのか?」

「うーん。幼馴染みだけど、ボク達はこの街の外から来たんだ。えーと……《グランニール》っていう名の国は知ってるかい?」

「グ、グランニール!? グランニールって、あのグランニールか!?」

「レンさんが知ってるグランニールとボクが言ってるグランニールが一致するかは分からないけど、別称『鍛冶の国』で有名だよ」

「やっぱりそうか! いや~、グランニールかぁ……いいなぁ 」

 鍛冶の国と呼ばれるグランニールは、その名の通り鍛冶が有名な国であり、どんな街や国で作られた鉄製の武具でも勝ることができないほど、質の良い鉄製武具が多いことで有名だ。

 特に、グランニールには《刀》と呼ばれる片刃の剣があり、切れ味が両刃剣とは比べ物にならないくらい良く、そして軽いというのが特徴の武器が多く流通しているらしい。

 だが刀を造ることは非常に高度な技術が必要らしく、レンは生まれてから一度も刀という武器を見たことがなかった。

「やっぱり、冒険者だからグランニールには憧れるのかな」

「そりゃ、そうだろ。俺だっていつか、グランニールの職人が造った武器を使ってみたいものだ」

「あはは、それはどの冒険者も思ってることだよね。一応ボクもグランニールからここに来たけど、あそこの連中には足元にも及ばないからね」

「そんなに良い腕なのか……でも、行きたいけど場所が場所だからなぁ」

 今いるケルアを中心とし、0と表記する。
 そして以前行った東方面にあるラット大森林を5とすると、はるか南にあるグランニールは300と表記しても足りないほど遠い場所にあった。

 一応グランニール付近にクエストで赴いたことはあるのだが、そのとき超えなくてはならない活火山が噴火するかもしれないということで、通行禁止になっていた。

 なのでやむを得ず、レンは愚痴を言いながらギルドへ帰還したという苦い思い出があるのだ。

 それほど、レンはグランニールに大きな期待と憧れを抱いているのである。

「グランニールからケルアまで遠いですからね。あまりクエストは回ってこないんですよ」

「あまりってことは、少数だけど回ってはきているのか」

「はい。といっても数ヶ月に一つあるかないかですよ? なので下手な期待をするより、自分の足で向かった方が早いかもですね」

「そうだね。グランニール行きの馬車も滅多に出回らないし、正直言って無理に近いよ」

 ティエリナとカラリアに現実を突きつけられ、レンのテンションが少し下がってしまい、心做しか肩が下がっていた。

「まぁ、もしクエストが回ってきたら教えてよ」

「はい、ですが大体BとかAとかなので、それまでに頑張ってギルドランクを上げなきゃですね」

「そうだな。絶対不可能じゃないなら、俺は絶対にグランニールにたどり着いてみせるよ」

 拳を軽く握ったレンの表情はとても爽やかなもので、自然に笑みが浮かび上がっていた。

 それほどグランニールという国の存在はレンの心を掴み、夢中にさせたものなのだ。

「で、キミ達はこれからなにをするつもりなんだい? ここに居てくれるのは嬉しいんだけど、デートの邪魔はしたくないんだよね~」

「デ、デートじゃなくて!」

「分かってる分かってるって。まぁ、ボクのことは気にしなくていいから、時間が許す限りここに居て全然構わないよ」

 やはりカラリアは気さくな性格をしているのだろう。ケラケラと笑いながらも、レンとティエリナのことを思って場を盛り上げてくれる。

 だがそれよりも、レンはティエリナが『デート』と言われて赤面しているのを見て静かに笑っていた。

 確か今日の朝、出会い頭に『デート』と言っていたはずだが、カラリアにからかわれたティエリナは恥ずかしそうにしている。

 やはり朝は自分をからかってきただけなのだと、レンは口には出さないが心の中で『面白いな』と呟いていた。

「そ、そうだ。これから一緒にご飯とか食べに行かない? 私と、レンさんとカラリアで」

「おや、ボクもいいのかい? せっかくなんだから二人で行けばいいのに」

「まぁ、そう言わなくてもいいじゃないか。カラリアさんも一緒に来てくれ。きっと楽しくなる」

 レンが嘘偽りなく素直に言い切ると、カラリアは目を見開き、驚き半分喜び半分の顔をしてレンの顔を見つめた。

「ふむ、ならお言葉に甘えようかな。最初はボクのことを名前で呼んでくれたのに途中から『お前』になってたから、てっきり嫌われているのかと」

「…………それは、勝手に魔眼スキルで俺を探るからだ。でも剣を無償で直してくれたからな、もう気にしてない」

「はっはーん。なるほど、レンさんは俗に言うツンデレってやつだねっ!」

「おい、ちょっとこっちに来い。一発殴ってやる」

 不敵の笑みを浮かべながらレンが握りこぶしを作ると、カラリアの肩が跳ね上がり、ティエリナの後ろに隠れてしまう。

 そのせいでティエリナは困り果てていたが、苦笑いをしたと思えばカラリアの頭を優しく叩いていた。

「レンさん、これで許してあげてください」

「そうだな、分かった。とにかく食べに行こう。ちょっとだが腹が減ってきた」

「そうですね。あ、そうだ! お気に入りの食堂があるんです。そこに行きませんか?」

「おっ、いいね! 行こう行こう!」

 レンが殴らないと分かったからなのか、カラリアは手を上げて意思表明をする。

 そんなカラリアを見て、レンとティエリナは顔を見合わせてクスリと笑い合う。

 そしてそんな和やかな雰囲気のまま、ティエリナの案内の元、三人で街中にある食堂へと向かうのであった。



────────



 
「いや~、食べた食べた! 美味しかったねぇ」

「あぁ、俺もここ気に入った。また来ようかな」

「ふふふ、喜んでくれたみたいで良かった」

 遅めの昼食を終えたレン達は、外の大通りを歩いていた。

 どうやらカラリアは最近ずっと働き詰めだったらしく、久しぶりの外食がよほど嬉しかったのか腹が膨れるほどおかずをお代わりしていた。

 それはレンも同じで、宿の飯の量がレンにとっては足りないのか、驚くことに白米のお茶碗を4杯分お代わりをしており、その食いっぷりにはティエリナも目を丸くするものであった。

「ボクはここら辺で帰らせてもらおうかな。ご飯も食べたし、レンさんという面白い人にも出会えたし、今日は満足だよ!」

 そう道の真ん中で楽しそうにするカラリアは、レンとティエリナに『またね~!』とだけ言い残しふらりと一人で自分の工房へと戻っていってしまう。

 そして残されたレンとティエリナは、周りからの視線を気にしつつ、最初に待ち合わせをした噴水のある広場に戻り、噴水付近にあるベンチに腰を下ろした。

「これから……どうするんだ?」

「…………どうしましょう?」

 互いに顔を見合わせて質問を投げ合い、沈黙が訪れる。そして、今度はその沈黙が二人の笑い声によってかき消される。

 今日、短い間であったがレンとティエリナの仲は確実に縮まったと言えるだろう。それほど、レンもティエリナも心から互いのことを許し、会話を交わしているのだ。

 最初レンは、誘われたとき嫌な予感を感じ、前日の夜はあまり眠ることができないくらい不安であった。

 しかしそんな過去の自分を殴り飛ばしたいほど、ティエリナとの外出は普通であったし、楽しかった。

 途中、カラリアによって場の雰囲気が悪くなることもあったが、すぐに元通りになった。そして今はこうして笑い合うことができている。

 これがどんなに幸せか、レンは心の底から実感していた。それはティエリナも同じで、ギルドに居たときに見せた笑顔よりも、どこか愛嬌があって素の自分を表に出していた。

「今日は楽しかったな」

「……はい、そうですね」

 少し強めの風が吹き、ティエリナの髪が揺れる。

 その髪を手で掬い、自分の耳にかけるティエリナを見たレンは、自分の心臓が跳ねたことに気付き、自分の胸に手を当てる。

 さり気ない一つの動作に過ぎないのだが、その動作をティエリナがすることによってまるで一つの芸術のような、完成された動作のようなものを感じ、レンは無意識のうちに

「ティエリナ」

 と、周りには聞こえないくらい小さな声でティエリナを呼んでいた。

「は、はい。なんでしょう?」

「俺、さ」

 ティエリナと向き合い、レンは生唾を飲み込む。

 きっと、自分はティエリナのことが気になっているのだろう。好きと聞かれたら曖昧だが、嫌ではない自分がいる。

 今日は本当に楽しかった。こんな毎日を過ごせたらなと、気付いたら思い込んでいた。だからこそ、自分は──いや、俺はティエリナと笑っていられるのだ。

「俺はティエリナが──」

 いったい、俺は自分でなにを言おうとしているのか、理解出来ていなかった。だが本能が、心がティエリナにどうしてもを伝えようとしているのだ。

 だがそのとき、レンはある人物を思い出す。
 その人物は、レンのことを『レン!』とまるで子犬のようにはしゃぎながら呼ぶのだ。

 そんな人物を思い出したとき、レンは謎の恐怖心に駆られた。まるで、今から言う言葉を体が、脳が拒否してるかのように、全身に冷たい風が吹く。

「レン……さん?」

「俺は、ティエリナが専属になってくれて良かったと思ってる」

「は、はい」

「だから、これからも……よろしくな」

「はいっ、よろしくお願いします。レンさんっ!」

 見たら誰しもが惚れてしまいそうになる笑顔になったティエリナを見たレンは、どこか苦しそうな表情を浮かべる。

 良心が削られ、罪悪感に飲み込まれ、この場から逃げ出した自分を縛り、苦しめるように、心臓こころが痛む。

「…………ごめん、今日は帰るわ。また明日、会おうな」

「はい。十分に休めたならなによりです」

「じゃあ……お疲れ」

「お疲れ様です」

 レンはベンチから立ち上がり、ティエリナに別れを告げて自分の泊まる宿へと向かう。

 そんな、どこか孤独に見えるレンの背中を見つめるティエリナは、ベンチに座ったままどこか遠くを見つめていた。

「レンさん、いったいなにを言おうとしてたんだろ」

 ポツリと呟くティエリナであったが、その声は後ろにある噴水の音にかき消されてしまう。

「もし、レンさんが私のことを好きだと言おうとしていたのなら──」

 ティエリナは顔を上げ、見えなくなりつつあるレンの背中を見つめる。

「もし今言われてたら、壊してしまったかもしれませんね」

 それだけ言い残したティエリナは、音もなく立ち上がり、自分が所属するギルドへ向かう。

 そのときの表情をレンが見たらどう思うだろう。
 それはレンにしか分からない。だが、レンは必ずこう言っただろう。

『なぜ、泣きそうなのに笑っているんだ?』と。
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