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元Sランクの俺、魔従契約を結ぶ……?

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 あれから、レンとリルネスタは黒竜姫に山頂の片隅にある古臭い木造建築に案内される。

 外見が壊れかけの小屋のような感じだったので中も酷いと思っていたのだが、意外にも中は綺麗に掃除されており、家事も揃っていて充分に人が生活出来る環境が整えられていた。

『ここは遠い昔、妾を崇めていた祠じゃ。今はもう妾を崇める者達はいないが、せっかくだから使わせてもらってるわけじゃ。どうせこんな土地に来る者などいないからの。まぁ、例外はいるがの』

 どこから用意したのか、黒竜姫は急須と湯呑みを用意して熱々の茶を注ぎ、レンとリルネスタが座っている前の机に置き、一足先に茶を啜る。

 なのでレンはそんな黒竜姫に気づかれないよう横見で見つつ熱々の茶を飲んでいたが、リルネスタは熱い茶が苦手なのか冷めるまで手をつけずにいた。

 そもそも畳という慣れない床材が気になるのか、どこか落ち着かない様子でそわそわとしており、リルネスタは部屋の中をキョロキョロと見回していた。

『そういえば、アルケスを探してると言っていたはずじゃが、アルケスなら反対側の竜の山にあるのじゃぞ? ここは竜刻の祠。先程も説明したが、妾の祠があるだけでなにもない山じゃ。どうして間違えてしまったのじゃ?』

「それは……まぁ、騙されたんだろうな。実はいつの間にかある男に恨みを買われたらしく、その男が立てた偽物の看板に釣られちゃったわけだ」

『ふむ、それは災難だったな。ところで、その男は放置してよいのだな? 妾が見つけたときにはもう手遅れに見えたがの』

 それを聞き、レンは湯呑みを置いて立ち上がり、外へ向かうために靴を履く。

「レンっ、私も一緒に行く──」

「いや、ダメだ。リルネスタは絶対に来るな。ここで待っていてくれ」

「で、でも」

「いいから、絶対に来るなよ。すぐに戻るから、心配は無用だ」

「あ、レンッ!」

 リルネスタの呼びかけに応えず、レンは外へ駆け出してしまう。

 なのですぐさま追いかけるためリルネスタが立ち上がろうとするが、黒竜姫が『やめておいた方が身のためじゃぞ』と首を横に振ったことにより、リルネスタは中腰のまま立ち止まってしまう。

『奴はお主のためを思ってここで待機しろと告げたのじゃ。信じて待ってやるのが得策じゃよ』

「…………そう、なのかな」

 まだ迷いがある様子だったが、黒竜姫が立て続けにリルネスタを説得したことにより、落ち着いたのか足を山折りにして座り込む。

 その頃、レンはディオマインとの戦闘を思い出し、記憶を頼りにある人物を探していた。

 その名はピーナス。
 彼はレンとリルネスタを騙し、挙句の果てに命を狙ってきた極悪人だが、レンはそれでも同じ冒険者として最後まで成し遂げることがあった。

「……やはり手遅れだったか」

 ピーナスがいた場所は岩壁付近の尖った岩の上で、レンの足元まで赤い小川が伸びていた。

 上を見ると勢いよく叩きつけられたせいでトマトを壁に投げつけたかのような赤い巨大な染みが広がっており、太陽の光を浴びたせいか水分が無くなってしまったのか、風に吹かれてボロボロと朽ちてしまっていた。

「これが冒険者の世界なんだよ。こればかりはお前が悪い……だが、ご苦労だったな。成仏してくれよ」

 目が開きっぱなしで白目を向いてしまっているので、優しく手で瞼を閉ざし、ポーチから小さな折り畳まれた布を取り出して顔にかける。

 そして遠くに放り出されたレイピアと弓を回収し、それらを紐で束ねてからピーナスの隣に置いておく。

「本来は火葬した方がいいと思うが……お前の姿をリルネスタに見せるわけにはいかないからな。これで我慢してくれ」

 しゃがみこみ、目を瞑りながら手を合わせ、黙祷を捧げる。

 特に秒数を数えることは無く、レンは頃合いを見て黙祷をやめ、リルネスタと黒竜姫の待つ祠と呼ばれる小屋へと向かう。

 その道中でディオマインの首元に突き刺したナイフを探すが、残念なことにどこにも落ちておらず、レンは諦めて素直に真っ直ぐリルネスタの元に帰還していた。

『用事は終わったのかの?』

「……まぁな」

「レン……大丈夫?」

「あぁ、平気だ。それより、教えてくれないか。お前の……いや、黒竜姫の事を」

『ふむ、いいだろう。だが少し待て、もうすぐで飲み終える』

 そう言うと、黒竜姫は湯呑みに残った茶を飲み干し、湯呑みを机の端に退かしてから姿勢を整え、話をする体勢になる。

 なのでレンが黒竜姫の正面に正座して話を聞く体勢を作ると、リルネスタはそれを真似てレンの隣で正座をして黒竜姫が口を開くのを待っていた。

『まずはなにから話そうかの。妾の誕生秘話にしようかの。それとも妾の美貌についてかの』

「……それは俺らが決めれることなのか?」

『あはは! 冗談じゃよ。うむ、そうじゃの。まずは妾がお主らに会いに来た理由を説明しようかの。長くなるゆえ、心して聞くのじゃよ?』

「それは承知の上だ。頼む」

 レンが膝に手をつき、頭を下げると黒竜姫は満足そうに頷いていた。

『礼儀正しいのは良い事じゃ。さて、本題じゃが……妾はここ数年近く人目のつかない場所で睡眠をとっていたのじゃが、そのとき妾は夢を見たのじゃ』

「その夢って、今でも覚えているのか?」

『もちろん。あの夢は未来を見ているようじゃった。だが少し曇っておってな、右腕に剣のような紋章が刻まれた者が杖を持つ者を連れ、妾と共に難敵を打ち倒すというものじゃ』

「難敵……? それってもしかしてディオマインのことか?」

 そうレンが質問するものの、返ってきた反応はレンの期待に応えるものではなく、黒竜姫はただ無言で首を横に振るだけであった。

 ならいったい難敵とはとレンが考えたとき、そんなレンを見計らったのか黒竜姫は話を再開する。

『あのような魔物など、妾の敵ではない。それにヤツが夢で見た難敵なら、妾のみで撃退するのもおかしな話じゃ』

「確かにそうだな。なら、その難敵というのはなんなんだ?」

『それは、妾にも分からぬ。だが黒く禍々しい覇気を纏っていたのは覚えている』

「黒く禍々しい覇気を纏った魔物か……そんな魔物いたか?」

「うーん。私は見たことも聞いたこともないかな」

 黒く禍々しい覇気を纏った魔物。意外と具体的ではあるものの、レンが知る中ではそのような特徴を持つ魔物は存在しなかった。

 そもそも禍々しい覇気といっても、体に纏わりついてくるような覇気なのか、それとも魔力のように放たれているものかで色々と変わってくるだろう。

 だがどんなパターンで考えたとしても、黒竜姫が口にした魔物のイメージは出来ないし、そもそも『難敵』としか言っていないので魔物かどうかすら分からなかった。

『まぁ、その夢は妙に現実味があったからの。だからといって待つのも退屈じゃったから妾自ら探しに出たのじゃよ』

「なるほど……だからあのとき停泊所の上空を飛んでいたんだな」

『……なんじゃと? お主は妾を見つけたというのじゃな? 確かお主らを探すときは隠密系の魔法を使っていたはずじゃが……さすが勇者と言うべきかの』

 思ってる以上に勇者であるレンの観察力が良くて驚いているのか、黒竜姫は細めている瞼を開けて静かに笑いつつ、レンの右腕に目をやっていた。

 そして突然レンの元に寄ったと思えば、おもむろに勇者の紋章に触れ始めた。

「お、おい。いきなり触らないでくれ。せめて一言断ってから触れてくれよ」

『なんじゃ、減るもんじゃないからいいじゃろ? それにしても……ふむ、勇者の紋章とやらは不思議なもんじゃの。濃い魔力で体と結びついておる』

「そうなのか? ていうか、黒竜姫はなんで勇者の紋章を知ってるんだ? それに、よく杖を持つ者ってだけでリルネスタが大賢者って分かったな」

『まぁ、妾は先代の勇者と大賢者に一度会ってるからの。あのときは妾も若くてな。野蛮な魔物に襲われ、傷ついたところを助けてもらったのじゃ』

「そうなのか……って、今先代の勇者と大賢者に会ったって言ったか!?」

 レンが驚愕しながら問いかけると、黒竜姫は当然といった様子で『そうじゃが?』と、むしろ驚愕しているレンを不思議そうに見つめていた。

『といっても、本当に何百年も前の話じゃ。妾は恩返しをするために力を蓄えていたのじゃが、人間の寿命が短いことを忘れておった。起きた頃には既に勇者と大賢者はこの世から去ってしまっていたのじゃよ』

「それは……なんというか、あれだな。残念というかなんというか……」

『まぁ、所詮異種族間の関係じゃからな。だがの、妾は本当に心の底から恩返しをしたかったのじゃよ。あのとき助けてもらえなければきっと妾は息を絶っていたはずじゃ』

「私たちより前の勇者と大賢者って、すごい人たちだったんだね」

『まぁの』

 少ない時間で喋りすぎて喉が渇いたのか、黒竜姫は急須に残った茶を湯呑みに注ぎ、啜って一息ついていた。

『先に言ったが、妾は恩返しがしたいのじゃ。そこで本題なのじゃが、お主らが許してくれるのならしばらく力を貸させてはくれないかの?』

「つまり、仲間になるってことか?」

『そういうことじゃ。お主らは妾の言葉が通じる。それは魔力の波長が合うということじゃ。なぜ魔力の波長が合うと言葉が通じるかは、また今度説明しようかの。今はとりあえず魔従契約を交わしてくれないかの?』

「ま、魔従契約……?」

 今まで過ごしていて聞いたこともない単語を聞き、レンはなにも考えずオウム返しをしてしまう。

 単語から想像するに契約することで服従関係が築けるものだと思われるのだが、それをする必要があるのかと聞かれると、正直あまり必要性を感じない。

 それにやり方も分からない完全に未知なものである。きっと黒竜姫に委ねればすぐ済みそうではあるが、そんなすぐ許諾してしまってもいいのかと、レンの中では数多くの疑問が生まれていた。

『知らぬのか? まぁ、これは妾がまだ小さい時にはもう聞かなくなったものじゃからな。といっても、互いの魔力を魔力で結び、約束を交わして名前をつけるだけで妾はお主に従う存在になるという、簡単なものじゃよ』

「それって、俺とリルネスタがやるのか? それに、なにか俺達に都合の悪いこととかあるのか?」

『契約は1人で結構じゃし、都合の悪いことはない。ただ契約を結ぶことで思念で話せたり、魔力があれば遠くにいても呼び出すことができるようになる。まぁ、妾のような高貴たる存在を呼ぶとなると、膨大な魔力が必要になるがの』

 話を聞くかぎり、魔従契約というものは悪いものではない。

 だからこそ、レンはその契約を結ぶ意味が分からなかったのだ。

 それはこちらにメリットがあったとしても、黒竜姫側にメリットがあるようには思えなかったのだ。

 お互いにメリットがあるなら、それはそれで結ぶ気にはなれる。だが黒竜姫側のメリットが不明なので、なにか裏があるのではないかとレンは睨んでいた。

「確かに黒竜姫の力は魅力的だ。だがお前が俺達に協力するのは本当に恩返しのためだけか? それだけで俺達に従うのはお前のプライドに反してないか?」

『うーむ、妾はただ恩返しと夢の謎を解きたいだけなのじゃよ? それに従うといっても奴隷になるわけではないからの。あくまで互いに尊重し合う関係になるだけじゃ』

「それなら、してもいいんじゃないかな。魔従契約」

「……リルネスタがそう思うなら、いいか。分かった、契約しよう。契約するのは俺でも構わないよな?」

『うむ! むしろお主の方が色々と都合がいいからの。お主の方が色々と助かって楽じゃ』

 満足そうに胸を張る黒竜姫は、レンの予想よりも嬉々たる表情を浮かべていた。

 なぜそこまで喜ぶのかは不明だが、実際にディオマインを圧倒した黒竜姫の力を借りれるのは心強いことで、今後の冒険が楽になるだろう。

 そう考えれば、この魔従契約もそこまで悪くはないのだが、レンは未だ僅かに残る疑念を捨てきれずにいた。

 自分でもその疑念がなんなのか分からないレンではあったが、考えても仕方がないと判断したのか、素直に魔従契約を結ぶことにした。

『まずはお互いの魔力を結び、そこから約束を交わしてお主が妾に名前をつけるだけじゃな』

「魔力を結ぶのはお前に任せるが、約束ってなんなんだ?」

『なぁに、簡単なことじゃよ。共に妾の夢の謎を解き明かそうだとか、美しい景色を見ようだとか、美味しい料理を食べようなど、なんでもいいのじゃ。この約束はあくまで互いの信頼関係を築くための口実に過ぎないのじゃよ』

「なるほどな。じゃあ……そうだな。約束は夢の解明でいいよな? 名前は後でつけるから、魔力を結ぶのはそちらに任せる」

『ふむ、話が早くて結構! ささっ、妾に片腕を差し出すのじゃ』

 レンは魔力の結び方を知らないため、黒竜姫の説明通り右腕を差し出す。

 すると黒竜姫は両手でレンの握り拳を包み、額を持っていき目を閉じて息を大きく吸い込んでいた。

 きっと魔力を結んでいる最中なのだろう。
 レンの中にある魔力に黒竜姫の濃く強い魔力が流れ込んできたと思えば、今度は吸われていくような感覚になる。

 そして魔力が結ばれそうになっているのか、黒竜姫の握る力が強くなるが、突然バチッと電流が走ったような刺激が体を巡った瞬間、

『ケホッ、ケホッ!』

 と、息苦しそうに口元を押さえて咳き込んでいた。

「お、おい! 大丈夫か!? なにがあった!?」

 レンとリルネスタが黒竜姫の元に寄るが、黒竜姫は畳を見つめるだけでなにも反応はなかった。

 だがそんな黒竜姫の顔中に目に見えるほど大きな青筋が浮かび上がり、周囲の魔力が震えているのか黒竜姫を崇める祠の柱がガタガタと音を立てて揺れていた。

『あの貧相な猫め……いつの間に魔力を結んでおったのじゃ……?』

「ひ、貧相な猫?」

『グググ……腹が立つのぉ! お主、これからある所に寄る。妾の背に乗ってくれんかの!?』

「い、いや待て。今俺らは知人を助けるために大事な仕事をしてるんだ。だから今すぐは厳しい。少し待ってくれないか?」

『それくらい妾が手を貸す! 確かアルケスじゃろ? その程度、妾に任せておくといい。少し待っておれ!』

 なぜか怒り心頭に荒い言葉を発しながら祠を出ていってしまう黒竜姫を前にし、レンとリルネスタはなにが起きているのか分からないといった様子で互いの顔を見つめ合っていた。

 だが待っているだけというのも落ち着かないので、レンとリルネスタが靴を履いて外に出ると、目の前に大量のアルケスらしき鉱物を掴んだ黒いドラゴンが隕石のように降り立ち、レン達はあまりの風圧に吹き飛ばされそうになってしまっていた。

『妾の背中に乗るのじゃ! 場所を指定すればそこまでひとっ飛びじゃよ!』

「えーと、じゃあグランニールまで頼む。でもその姿で行くと面倒事に巻き込まれるから、グランニールを囲う山の麓までな」

『承知した。一応エアカットで空気の抵抗を消すつもりじゃが、捕まってないと危険じゃからしっかりと捕まるのじゃよ!』

「分かってる。ほら、リルネスタ」

「よいしょ……ありがと、レン」

 一足先に黒竜姫の背中に乗ったレンは、リルネスタに手を差し伸べて引っ張りあげる。

 自分の背中にレンとリルネスタが乗ったことを確認した黒竜姫は、低く下げた姿勢のまま翼を羽ばたかせて上空に舞い上がる。

 そしてグランニールを目で補足した黒竜姫は、エアカットを詠唱して空気抵抗を消し、天空からグランニール目掛けて落下するように突き進んでいく。

 後にレンは語る。
 それはまるで時空を飛び越えたかのように早く、気づいた時には遠かったはずのグランニールが目の前にあった──と。
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