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元Sランクの俺、決闘を見届ける
しおりを挟む長年冒険者として生きてきたレンは何十、何百と決闘をしてきたが、決闘の審判をするのは初めてなので、要領が分からないのでほとんどトウオウとシグレに任せっきりにしていた。
まず決闘の条件として、2つの条件をレンは頭の中で改めて確認していた。
1つは勝敗の判断である。
基本的に相手の首や胸などの急所に武器を向けた方が勝者となり、細かい判断は審判であるレンに委ねられていた。
そしてもう1つは反則事項であった。
どうやらトウオウやシグレにとって決闘は神事として認識されているらしく、流血等はあまり好ましくないらしい。
なので相手を切り付け、流血させてしまえば反則負けとなるとのこと。
それならわざと切られてしまえば勝ちになってしまうのだが、それをレンが指摘するとトウオウとシグレに憤慨だと怒られてしまっていた。
二人にとって決闘は神事であり、どちらが本物の剣豪かをハッキリさせる場なのである。
そんな場で不正やわざと相手の攻撃を受けるなど、自ら命を絶つよりも愚かな行為らしいのだ。
やはり地域によって認識が違うのは仕方がないのだが、レンは念のためにもし流血沙汰になった時の判断は全て任せてほしいと二人に申し出た。
すると二人はレンの申し出を認め、今は準備を終えたのかレンが声をかけるのを静かに待機していた。
「それでは、トウオウとシグレによる、決闘を開始します」
腕を振り上げて宣言するレンであったが、ギャラリーは驚く程に静かであった。
これも神事だからなのだろうか。
各々興奮している様子ではあったものの、礼儀良く座って賭け事などせず、静かに二人を見守っていた。
さすがに罵詈雑言などが飛び交う決闘を勝ち抜いてきたレンにとっては違和感しかないのだが、レンは一拍置き。
「始めっ!」
と、声を張って腕を振り下ろした。
そしてトウオウは楊枝をゆったりと空いた胸に差し込み、持ち手が濃い黒色で刀身が灰色の渋いが存在感の大きい刀をゆっくりと引き抜き、両手で掴んで顔の横で構えていた。
一方のシグレはトウオウとは打って変わって腕を交差させて全体的に白色の刀を二本引き抜き、堂々と胸を張って立ち、刀の先の部分を地面に向けて深呼吸を繰り返す。
決闘が始まって既に1分は経過してるはずなのに、トウオウはニヤリと笑いながら刀を構えており、シグレは澄ました顔で少し足りとも動こうとしない。
だがそれでギャラリーが『早くしろ!』などと煽ることはなく、ただただ緊張感が高まっていた。
「すぅー、はぁぁー…………いざ!」
最初に動きだしたのは意外にもシグレの方であった。
相手の体に刀が掠ってしまてば負けになってしまう決闘の中で、シグレは冷たくとも鋭い眼光でトウオウに刀を振り下ろす。
それに対してトウオウは少しも怯むことはなく、刀でシグレの一撃を受け止めていた。
いや、実際にはトウオウは受け止めることなどせず、受け流していたのだ。
それなのにその動きがあまりにも滑らかで繋がっていたので、受け止めて払い除けたように見えたのである。
その証拠に響いた音は "ガキンッ!" ではなく、まるで楽器の音色のような "シャーッ" という見た目に反して静か過ぎる音であった。
「流石であるな。だがしかし、小生を捉えることは出来ぬっ!」
「捉えられぬなら、捉えてみせるまで!」
シグレの背中に回り込みながら引き足で後退するトウオウだが、逃がさんと言わんばかりの勢いでシグレが追撃をするので、パッと見ではシグレが有利に見えるだろう。
だがシグレの斬撃は全ていなされ、トウオウは余裕な表情で好機を伺っていた。
しかしだからといってシグレの勢いが落ちることはなく、むしろ勢いはどんどん増していき、シグレからは見た目からは想像出来ないほどの闘気が溢れ出ていた。
普通なら引く場面でも、シグレは引かずに前へ押していく。
このままだと先に疲労がたまってしまい不利になってしまうのだが、シグレの動きは非常に洗練された動きで、いなされた後のリカバリーはレンが驚くほどの速さであった。
「このまま続けてもいいのだが、これじゃ一生終わらん。それに、このままだと引き分けになって押されていた小生が負けになってしまう。覚悟せぇよ、シグレ殿?」
「いいだろう。拙者はもう既に覚悟は充分なのでな。早く仕掛けてこないかあくびが出るところであったぞ」
「カッカッカッ! 言ってくれる!」
シグレの斬撃をいなし続けていたトウオウであるが、突然したり顔が真剣な表情へと変わり、雰囲気が一変する。
そして次の一撃をいなした刹那、トウオウはまるでそのいなした刀に合わせるように自身の刀を動かしていき、流れるようにシグレの懐に潜り込む。
「水寂・天邪鬼」
トウオウの口から静かに放たれた言葉を追うように、トウオウは素早く柄を持ち替えてシグレの胸元目掛けて刀がそこにあるのが当然かのように距離を詰めていく。
一見地味に見える剣技であるのだが、レンはその普通過ぎてただの斬撃にしか見えない剣技がどこか気持ち悪く見えていた。
しかしそんな妙技を繰り出すトウオウの一撃を、シグレは先程の数倍は速くリカバリーした刀の腹で何事もないように受け止め、払っていた。
「所詮、急所を狙うだけの剣技など拙者に通用するはずがないであろう?」
「そうか? この剣技で何度もシグレ殿にまいったと言わせたのだが、もう通用せぬか」
「ふふっ、そんな威力のない攻撃など、剣豪と呼ぶに足らないぞ」
「威力だけあればいいわけじゃないからな。大事なのは最適化された動きでいかに相手の命を奪うか、だ」
「違うな。大事なのは……相手に反撃の機会を与えない連撃と共に放たれる圧倒的な一撃に決まっている! 摩天楼・霧桜!」
シグレの目がカッと見開かれ、交差された刀身が同時に振り下ろされ、トウオウに襲いかかる。
さすがのトウオウもいなすことが難しいのか一滴の汗を垂らしながら受け止め続けていたが、分が悪いと感じたのかトウオウは舌打ちを打ちながら後退をし、刀を構え直していた。
「やはり、技の荒々しさだけは勝てる気がせんな」
「拙者にはこれしかないのでな。こう見えて、トウオウのような妙技が一つは欲しいとは思っているのだぞ?」
「カッカッカッ! よく言うじゃねぇか」
「そちらこそ」
決闘というよりも試合に近い決闘は、レンにとっては些か退屈であった。
しかしそれでもレンは二人の持つ技術の高さや、洗練され、完成された剣技を前に息を呑んでいた。
山のようにずっしりと構えているものの、水のようなしなやかな動きで攻撃をいなし、反撃の機会を見極めるトウオウ。
そして風──暴風と呼ぶべき勢いと火のような力を秘めた攻撃を続け、相手に反撃の機会を与えないシグレ。
豪快そうに見えていたトウオウと、物静かで凛としていたシグレであるが、刀を持つことで見た目とは真逆のような動きをする二人は、まさに対極的な存在だと言えるだろう。
そんな二人の決闘。
どちらが勝つのかなど、レンには予想がつかなかった。
「だがしかし、このままでは埒が明かないのは事実。ここはひとつ、己の持つ力全てを込めた一撃で勝負を決めないか? シグレ殿」
「ふむ、拙者もそちらの方が全力を出し切ることができる。いいだろう、トウオウよ。万が一これで敗れたとしても、異論はない」
ニヤリと笑みを浮かべながら刀を構えるトウオウと、鼻で笑いながらだらりと脱力しながら刀を揺らすシグレ。
「──いざっ!」
先に動いたのはやはりシグレで、トウオウは先程と同じようにシグレの攻撃を待ちに待ち続ける。
シグレが刀を振り上げながら高く跳躍をし、横に回転しながら降下する。それに対し、トウオウはシグレが間合いに入る寸前に刃が横に向くように刀を構え、瞼をぐわっと大きく見開いていた。
「轟鎮・阿修羅ッ!」
「燕雀歌・漣ィ!」
──キィィィンと、衝撃により刀身が震える音色が決闘場を包む。
砂煙を上げながら刀を振り終えたシグレと、見事に切り抜いてシグレの後ろに立つトウオウ。
あまりにも一瞬の出来事だったので、レンはどちらが勝者なのか分からずギャラリーを下から覗き込んでみるものの、皆レンと同じなのか生唾を飲み込んで勝負の行方を見守っていた。
だが動かなくなった戦況も、直ぐに再び動くことになる。
「……っ、あっぱれ…………」
膝を付き、トウオウはヒビの入った刀を地面に突き付ける。
「お見事であった。トウオウよ」
二本の刀をクルッと器用に回転させながらシグレは鞘に収め、レンに目をやっていた。
「……終わりでいいのか? まだどの条件も満たしてないぞ?」
「あぁ、いいんだ。小生の刀にはヒビが入っちまってる。ダメになった武器で続けたとしても、意味がないんでな」
「そうか。なら…………勝者、シグレ!」
腕を振り上げながらレンが声を上げると、静寂に包まれていた決闘場が暖かい拍手の音に染まっていく。
そしてシグレはトウオウに手を差し伸べ、トウオウもその手を素直にとって固く握手を交わし、再び大きな拍手の音が響く。
「負けちまったなぁ~、これで剣豪はシグレ殿だな」
「そうさせてもらう。しかし、勝ち越したといってもまだたったの1勝なのでな。トウオウよ、そなたが望む限り、拙者はいつでも相手になるぞ」
「っ! ……そいつは僥倖。油断したら小生が剣豪になってしまうかもな!」
「そいつはどうかな。拙者とて、油断などしないからな」
どうやら犬猿の仲などではないらしく、意外にも二人は良きライバル関係を築けているのか、決闘が終わってもギスギスせず和やかに終わっていた。
「しかし、拙者の目指す剣豪はこのようなものではない。あの消えた鬼人に勝つまで、精進せねばな」
「カッカッカッ! その心意気はいいが、勝つ前に出会わなくてはな!」
少し興味深い話をしているが、レンはトウオウとシグレの間に立ち、シグレに用事があると告げていた。
するとシグレは快く了承してくれ、トウオウは胸に手を突っ込んで楊枝をくわえたと思いきや、片腕を胸元に突っ込んだままフラフラと決闘場を出ていってしまった。
なのでレンはシグレを連れてトウオウに続いて決闘場を出ると、そこにはリルネスタ達がレンの帰りを待っており、シグレは何事なのかと首を傾げていた。
そして早速リルネスタがシグレに挨拶をして要件を話そうとするが、内容が内容なので周りに人がいると話しづらいため、リルネスタはレンに止められてしまう。
それを見兼ねたのかシグレは近くを通りかかったギルド職員を呼び止め、二階にある客室を使わせてくれるように頼み込んでいた。
するとギルド職員は悩むようなことはなく直ぐに許諾し、レン達はシグレに連れられて二階にある客室に案内され、各々自由に畳の上に座り、レンはまず最初に全員の自己紹介から始めていた。
「ふむ、なるほど。それで、レン殿は拙者にどのような用があるのだ?」
「そうだな……まずはこれを見てくれないか?」
レンは右腕に巻かれた包帯を解き、袖をまくって顕になった勇者の紋章をシグレに見せつける。
だがシグレはピンと来ないのか下顎を指に乗せ、興味ありげにその紋章をまじまじと観察していた。
「それは、刺青ってやつかい?」
「いや、これは紋章なんだ。どこかの本とかで見覚えないか?」
「んー……いや、拙者は物心を覚える前から刀ばかり握っていた故、書物などはあまり読んだことがないのだ。それで、これがなんだっていうんだい?」
レンはシグレの体に変化が起きないことに、やはり力を目覚めさせるのは大賢者の仕事であることを再確認し、レンはリルネスタに目配せをする。
するとリルネスタはコクリと頷き、まずはローブを脱ぎ、上着に手をかける。
そしてまずは緊張をほぐすために深呼吸をし、決心したのかリルネスタは自分の下腹部に浮かんだ大賢者の紋章をシグレに見せつける。
だがその瞬間いきなり立ち上がったシグレがリルネスタの服を戻し、リルネスタが脱ぎ捨てたローブを肩からかけさせていた。
「リルネスタ殿。そなたのような麗しい乙女が肌を晒すなど、酔狂のする事などしてはいけやせん。己を大事にするのだ」
「あ、ありがとうございます……じゃなくて! なにか体に変化とかありませんか!? 例えば……えーと、体が熱くなるとか!」
「……? 申し訳ないが、拙者はこう見えて女の身でな。恥ずかしながら、伴侶を望んでいる自分がいるのだ。それに、リルネスタ殿にはレン殿がいるではないか」
「い、いや! 別にそういう意味でお腹を見せたわけじゃなくて! え、えーと……とりあえず、体に変化はないんですね?」
「変化……は、見当たらぬな。すまない、実はこれから用事があってな。此度の事は口外しない故、もう二度と不慮の事故であろうと他人に肌を晒すではないぞ? では、失礼させてもらう」
それだけ言い残し、シグレはカチャカチャと音を立てて揺れる刀を押さえながら、爽やかな微笑みを見せながら客室から出ていってしまう。
そして足音が完全に聞こえなくなると、リルネスタは仰向けに倒れて足をバタバタと動かしていた。
「あれ~!? シグレさんが大剣豪じゃないの~!?」
「……どうなんだろうな。もしかしたらトウオウの可能性も……」
『いいや、それはないと思うがの』
レンの呟きをすぐさま否定したのはローザであり、用意された煎餅をポリポリと食べながらお茶を啜っていた。
そんな呑気なローザの隣では礼儀正しく正座をしているライネリアがいて、ライネリアはローザがそれから中々口を開こうとしないので、いつ話すのだと横目見ては瞼を閉じるなど、ひたすらに繰り返していた。
そしてやっと満足したのかローザは湯呑みを置き、どこか呆れたようにレンに語りかけていた。
『確かにあの者達の決闘は見事なものであった。どちらの強さも申し分ない。じゃが、だからといって卓逸した存在と聞かれれば、妾は肯定できぬな』
「どういうことだ?」
『ふむ。例えば、じゃ。勇者であるお主には光の力が宿り、他者を寄せ付けないほどの力を持って圧倒的な力で制することが可能じゃ。そして、大賢者であるお主は規格外の魔力量と完璧といっても足りないほどの制御ができ、しかも完全無詠唱まで習得しておる』
『……なるほど。確かにそれらを考えると、あの御二方には勇者様や大賢者様のように唯一無二の力があるようには見えませんでしたね。そもそも大剣豪がどのような力なのか自体が不明なのですが、もし大剣豪の素質があるのなら、もう少し目を張るようなものがないと判断しかねますね』
『まっ、そういうことじゃ』
ローザとライネリアの考察を聞き、レンが真っ先に脳内に浮かんだ言葉は『確かに』であった。
誰よりも間近で決闘を見て、トウオウとシグレの強さを最も知ることができたのはレンだろう。
技術や、身の熟し。一つ一つの動きや、技の完成度も見習いたいものが多かった。
だがそれは普通なのだ。
トウオウの冷静さや、シグレの力強さは類を見ないものである。
しかし、それは普通なのである。
確かに素晴らしい芸当であるのだが、大剣豪と呼ぶにはあまりにも普通過ぎるのである。
「でも、二人共どっちが剣豪かで張り合ってたから、少なくとも刀を使う冒険者の中ではあの二人が最強ってことだよね? ということは、やっぱりグランニールには大剣豪っていないのかな……?」
「どうだろうな。一応シグレが『消えた鬼人』だとか言っていたが、謎が多すぎる。とりあえず今日は帰ってまた後日にしないか?」
『そうですね。ですが、今回の段階でグランニールには大剣豪がいないという可能性が高まりました。それだけでもいい収穫なのではないでしょうか?』
「そうだな。もしかしたらグランニールのどこかにひっそりと暮らしてる可能性もあるが、それを言い出したらキリがないからな。よし、今日はもう帰ろう」
レンの一言で決まり、リルネスタ達はギルドを去る準備をする。
なのでレンは一足先に出てギルド職員に客室を使わせてもらったことに対する礼をし、皆を待ってから肩を並べてギルドを後にする。
そして長く続く緩やかな坂道を進んでいき、やはりケルアより──下手したらグランニールのギルドよりも大きなティエリナの家へと向かうのであった。
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