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始まりの塔編
第10話 捜索
しおりを挟む始まりの塔、九階層目。
俺は代わり映えのない通路の真ん中で、腹ごしらえをしようとしていた。
「えーと、食べれそうな部位を切り取って……棒はないからこれでいいか」
俺は矢筒の中に入っている矢を一本取り出し、そこに切り分けた肉を突き刺す。
そして《炎属性魔法》であるファイヤを使用し、空になった矢筒ともう使わないであろう弓を燃やし、そこに肉を突き刺した矢を近付けて肉を炙った。
「まさか、こんなところに都合よく猪の魔物がいるなんてなぁ」
俺の隣には首を落とされた一メートルほどの猪の死体がある。
この狼の名前は《ワイルドボア》といい、攻撃方法が突進だけという単細胞な魔物であった。
しかしその分足が速く力もあるため、俺は油断することなく《威嚇》を使用して動きを止め、ソードゴブリンの剣で首を落としたのだ。
そこで俺は、ワイルドボアから《加速》というスキルを取得した。
その効果はその名の通り走り続ければ続けるほど走る速度が速くなっていくというもので、スタミナが続くかぎり何倍にも足が速くなる──らしい。
まだ実際に使ってはいないので分からないのだが、俺はそこまでスタミナに自信がないため、あまり実験をする気になれないというのが本音だ。
「おっ、焼けたな。味は──うん、まぁ、不味くはないけど美味くはないな。言い表すなら、"微妙"だな」
塩も胡椒もないこの状況で、美味しい食事なんてできるわけがない。
しかもいくら新鮮だからといって獣肉だから独特な臭みがあるし、なにより筋が硬くて噛み切れず、顎が疲れてくる。
だが俺は腹に入れるためある程度咀嚼したら飲み込むという行為を繰り返し、とりあえず腹七分目辺りで食事をやめた。
「次は十階層目で、バーニグモーラのような手強い魔物がいるはずだ。そんな奴との戦闘中に腹が苦しくなるとか、最悪だからな」
動き回って腹が痛くなったり、攻撃を受けて嘔吐などしてしまえば、勝率がガクッと下がってしまう。
まぁ、本音を言えば体がこれ以上ワイルドボアの肉を欲していないというのもあるが、久しぶりにただ腹を満たすだけの食事をして少しばかり気分が悪くなってしまったというのが事実だ。
だが、それでも前へ進まないとなにも始まらないのもまた事実なわけで。
「……さて、行くか」
そして、俺はおもむろに立ち上がってから見慣れた通路を進んでいく。
道中何匹もワイルドボアと遭遇したのだが、奴らは火や炎を嫌っているのか、俺がファイヤを使用して炎を見せるだけで面白いように逃げていく。
こんな簡単な対処法があったのかと感心しつつも、俺は床に二つの魔法陣が刻まれている正方形の部屋に訪れていた。
「帰るという選択肢もあるが……ま、ここまで来て戻るなんてありえないしな。ここを突破してしまえば、あの謎の声の正体が分かるはずだ」
俺がバーニグモーラとの死闘に勝ち、気絶していたときに脳内に直接話しかけてきたあの謎の少女の声。
どこか心が落ち着く声だが、聞いたことがない声色なため、本当に信じてもいいのかと今更考えてしまう。
もしかしたら既に俺自身がその少女の声によって洗脳されてしまっていて、俺を陥れるために最上階へと呼んでいるという可能性も捨てきれない。
だが少女の声は純粋無垢というか、本当に物静かなで落ち着く声なので、それはないだろうと俺は確証にもないことを信じ、大きめの魔法陣の上に立つ。
そして、俺は毎度のことのように瞼を閉じ、十階層目へと挑むのであった。
──────
一方その頃。
レイが九階層目で食事を済ませている時、ギルドではアリサが目の前に積まれた資料を見ながらも机に突っ伏しており、ただ一人静かにぼーっとしていた。
そんなアリサの元に、二人の冒険者が訪れていた。
「よぉ! アリサちゃんだよな! 元気してるか?」
「え……? あ、は、はい! おかげさまで、バッチリです! ジークさんもフィリアさんも、お疲れさまです!」
「お疲れさまって、私たちは昨日ずっと休んでただけなんだけどね。それで、私たちが例の彼を運んでから一日以上経ってるけど、今はもう元気なの?」
「えーと……その件についてなのですが……」
もごもごと、中々口を開こうとしないアリサを前に、ジークとフィリアは顔を見合わせて首を傾げていた。
だがこのままでは埒が明かないと、アリサは真実を告げていた。
実はもうレイは目覚めているということ。
その後、また始まりの塔に挑んでしまったということ。
そして、始まりの塔に挑んでから既に一日近く帰ってこないということも。
「な、なんだと……? 一日以上帰ってこないのは、不思議だな……それよりも、どうして少年はまた始まりの塔に向かったんだ? あんな怖い目にあったというのに」
「……ここだけの話、レイさんはスキルを持たない無能力者なのです。だから受けられる依頼も少なくて、それでいて報酬も少ないため、私はレイさん宛の依頼を見つけてそれを伝えたのです。その依頼が、これなのですが……」
そう言ってアリサが赤傘草の納品についての依頼書をフィリアに手渡しすると、まずフィリアはその報酬額に目を見開いていた。
だがそれよりも、その内容を見てフィリアはどこか難しそうな表情を浮かべ、頬の下あたりに人差し指を当てていた。
「赤傘草……というと、三階層目に生息しているフラワーフロッピを狩りに行ったのね。でも、それだけなら死ぬことなんてまずないはず……」
「そうだな。三階層目までにも魔物はいるが、いくら無能力者でも対処ができる魔物ばかりだ。あの少年が、四階層目以上に行くほど無鉄砲だとは考えにくい。四階層目からはイエローホーネットが現れ、五階層目には怪物が生息してるからな」
「怪物……ですか?」
「あぁ。フレイムドモンキーという、Bランク冒険者以上でないとまず勝てない化け物がいる。まぁ初心者殺しよりも弱いのだが……少年もここの冒険者なら、五階層目には挑まない方がいいと理解しているはずだ」
ということは。とフィリアが口にすると、ジークはゆっくりと頭を縦に振った。
「初心者殺しは俺たちが──というより、あの少年がトドメを刺したからしばらくは姿を見せないはず。ということは……」
「……アリサちゃん。残念だけど、あの子は──」
「そんなことありませんっ!」
なにかを悟ったようにジークとフィリアはレイの死を口にしようとするが、そんなことありえるはずがないと、アリサはカウンターを叩きながら声を遮って否定する。
そのせいで他の冒険者たちが「なんだなんだ?」「問題事か?」と寄ってくるが、ジークがなんでもないということを伝えると、すぐに冒険者たちは散り散りになる。
一方、アリサは荒々しく呼吸を繰り返しながら目元に涙を溜めており、そんなアリサの姿なんて見ていられないと、フィリアは顔を背けていた。
「……よし。なら俺たちが少年を探しに行こう」
「ジ、ジーク!? その正義心は尊敬してるけど、正直言ってあの子のためにそこまでする必要は……」
「なにを言ってるんだ。もしあの少年が後ろから接近してきている初心者殺しに気が付かなければ、俺たちのどちらかが死んでいたかもしれないんだぞ? それに、俺はあの少年を気に入ってるからな」
そう言うとジークは「なっ?」とアリサに笑いながら白い歯を輝かせており、アリサは涙を拭いながらも「はいっ!」と元気よく返事をしていた。
「だが、俺たちが探すのは五階層目までだ。最上階と言われている十階層目にはフレイムドモンキーより厄介な奴がいるのでな。いくらSランク冒険者の俺たちでも、あいつは面倒だからあまり挑みたくはない」
「そうね。それに、倒したとしても利益なんてないもの。挑むだけ無駄だわ。でも、ジークの言う通り五階層目までは隅々まで探して来てあげるから、アリサちゃんは大人しく待っててね?」
「は、はいっ! あの、その……本当に、ありがとうございますっ!」
感謝を口にしながら深々とお辞儀をするアリサを前にフィリアは微笑み、ジークは豪快に笑い声を上げていた。
そして早速、ジークとフィリアは肩を並べてギルドを後にし、始まりの塔をあとにする。
その道中で、フィリアは真剣な眼差しになって腕を組み、なにやら考え事をしだした。
「……フィリア? どうしたんだ?」
「いいえ。少し気になることがあって……あの子──レイくんは、無能力者って聞いたわよね?」
「あぁ、アリサちゃんが言っていたのだから、間違いはないはずだ」
「…………そう」
ジークに確認をとるフィリアだが、その表情はなにやら思い悩んでいるようで、珍しくそんな顔をするフィリアを前にジークも少し戸惑った表情を浮かべていた。
「レイくんが初心者殺しにトドメを刺したあと、いきなり頭を抱え込んで気絶したのを、覚えてる?」
「もちろん。あれは急だったから本当に焦ったな」
「そうね。でも、私あのときなにかを感じたの。初心者殺しが持っている魔力が、レイくんの中に吸い込まれていくような、変ななにかを……」
「なんだそりゃ。さすがに勘違いじゃないか? 死んだ魔物の魔力は魔物の体内に蓄積されるものだろ? まぁ、魔力による土壌汚染は魔物の死骸が腐って魔力が漏れだしたものが原因らしいが、初心者殺しの亡骸は新鮮そのものだったぞ?」
「そう、よね。やっぱり少し勘違いしてたみたい。さっ、ジーク。早くレイくんを探しに行きましょう!」
「おう!」
その謎めいた悩みも、フィリアの中では勘違いだと結論づいたのか、少しだけ心の中にモヤを残しつつもフィリアはジークと共に始まりの塔を目指す。
そしてジークとフィリアが始まりの塔の内部に入る頃には、レイは十階層目への魔法陣の上に立ち、十階層目へと転移した直後であった。
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