繰り返す、夏の黎明

ユウキ ヨルカ

文字の大きさ
18 / 34

目覚め (2)

しおりを挟む
 

 …………ん、……あれ……?

 ……わたし……いつの間に眠っちゃたんだろう……。

 …………もう、……駅には着いたのかな…………。

 ……そう言えば……前にも、こんなことがあったような——。



 寝起きで靄のかかったような思考を彷徨わせ、霞んだ目を優しく指で擦りながら、由衣はそっと瞼を見開く。

 まず最初に視界に入ってきたのは、仄かに紅く色づく灰色の床。
 それから少し顔を上げると、瞳に焼き付くような茜色の逆光と無数のビル群が創り出す黒のシルエットが網膜に映った。


「……夕焼け、綺麗だなぁ…………って、……ん?」


 強い光によって頭の中の靄は完全にかき消され、目覚めたての脳に勢いよくエンジンがかけられる。


 そして——。


「えっ? ……うえぇぇぇっーーー‼ ゆっ、夕焼け⁉ ちょ、ちょっとみんな起きてっ‼ すやすや寝てる場合じゃないよっ‼ ほら! はやくぅーー‼」


 先程まで青々とした夏空が控えていたはずの世界が、気づけば完全な朱色に染まっていた。

 ——時間が、大きく進んでいる。

 その事実をようやく理解した由衣は、絶叫を上げながら、同じように車内の座席シートに埋もれる茜音たちを呼び起こした。


「……んぁぁ……なんスか、も~…………って、うえええええぇぇぇぇ⁉」

「…………さっきから、うるさい……。少しくらい静かに出来ないの……?」

「そんなこと言ってる場合じゃないんスよっ‼ ……と、とりあえず! 電車から降りるっスよ! 深月さんもましろさんも、早く起きてくださいっス‼」


 数秒前の由衣と全く同じ反応を示す茜音は、寝起きで不機嫌さが増している咲希と、未だ微睡みの中にいる深月とましろを強く揺さぶり起こす。


 そんな中、由衣はまたひとつ新たな事実に気がつき、思わず声を漏らした。


「……ここ、さっきと同じ駅じゃん……」


 逆光に隠れて見える駅の看板には、由衣たちの感覚でつい先ほど、この電車に乗車した駅の名前が記されていた。


「……もしかして、寝てる間に一周してきちゃったの……?」


 数十秒の論理的思考のすえ、由衣はその可能性へと辿り着く。
 それと時を同じくして、咲希、深月、ましろの三名もようやく目を覚まし、この事態を把握するに至った。


「……なに? どうなってるの、これ……」

「……分からないわ。……そもそも、電車が動き出してからの記憶が全くないのだけど……」

「ふぁ~、よく寝た~。……電車の椅子って~、肌触り良くてサイコーかも~」


 約一名を除いて、困惑の表情を浮かべる少女たち。
 結局、車内であれこれ考えても無駄と判断した彼女たちは、車窓から差し込む茜色の夕陽に見送られ、重い足取りで無人の車内を後にした。


 ***


 駅のホームに配置された休憩スペース。
 そこに設けられた簡易ベンチに腰かけながら、深月は手首のデジタル時計に視線を落とした。

 〈8月2日 18時53分〉

 いくら目を凝らしても変化しないその事実に、深月は重苦しい溜息を吐き出す。


「……はぁ」


 無人の電車に乗り込んでから、およそ10時間。
 外の景色はすっかり夕焼けの色に染まり、まるで世界の終焉を見ているような感覚に囚われてしまう。

 そんな中、深月は意を決したようにベンチから立ち上がり、神妙な表情を続ける四人に向かって口を開いた。


「……み、みみ、みんなっ! と、とりあえずっ、落ち着いて状況を整理しましょう!」


「まずはあんたが落ち着きなさい」

「……そ、そうね。動揺してごめんなさい……」


 相変わらず冷静を保つ咲希を見て、次第に落ち着きを取り戻す深月。
 彼女は一度深呼吸をして息を整え、改めて四人に語り掛ける。


「——まず、電車に乗り込んでから何が起こったのか覚えている人はいる?」

「んー……。電車が動き始めたところまでは憶えてるんスけど、その後の記憶が無いんスよね……」


 最初にそう答えたのは、小さな唸り声を上げながら数時間前の記憶を遡る緒方茜音。
 そんな茜音の後に続いて、由衣も同様の答えを返す。


「わたしも、乗り込んでからの記憶がちょっと……。正直、いつ眠っちゃったのかも覚えてないんだよね……」


 まるで口裏を合わせたかのような二人の返答に耳を傾けていた深月は、微かに眉をひそめながら、恐る恐る残る二人にも訊ねる。


「……ひょっとして、あなたたちも?」


 それに対して、咲希は頷きの代わりにそっと瞳を閉じて答えを提示し、ましろは少し考える素振りをした後で、まだ眠気の残るような緩慢な口調で言葉を返した。


「ん~~……。なんてゆ~か~、あたし~、最初からずっと寝てたからさぁ~。あんまよくわかんないんだよね~」

「そう言えば、そうだったわね……」

「でもまぁ~、いつもよりぐっすり眠れた気はするよね~。正直~、もっと寝てたいくらいだしぃ~……」


 そう言って大きな欠伸をするましろに向かって、茜音は「今寝たら夜眠れなくなっちゃうっスよ!」と、まるで小さな子供の面倒を見る母親のような言葉を投げかけた。


「……そう。やっぱり、全員何も覚えていないのね」

「全員ってことは、深月ちゃんも?」

「えぇ」


 眠気に耐えかねて茜音の膝の上に頭を乗せようとするましろを無視して、状況を今一度整理する深月。
 そんな彼女の発言に疑問を投げる由衣に、深月は躊躇うような表情で小さく答えた。


 ——誰も、発車してからの記憶を保持していない。
 それどころか、全員が発車のタイミングで突然の睡魔に襲われた。

 そんな奇妙な偶然が、果たして起こり得るものだろうか……。


 彼女たちの思考は、度重なる〝不可思議〟によって、もはや混乱状態に陥ってしまっていた。

 ——一体、この10時間で何が起きたのか。

 その問いに答えられる者が誰一人いないと悟った彼女たちは、誰から言い出すでもなくベンチから立ち上がり、宿舎のある凪波大学へ向けて移動を始めたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...