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体育館から教室へ戻ってくると、今まで抑え込んでいた感情が一斉に爆発したかのように、教室内に賑やかな話し声が溢れ出した。普段はあまり感情を表に出さないような大人し目な連中も、心なしか頬が緩んでいるように見える。

やはりいくら歳を重ねても、この高揚感には抗えないのだろうか。


そんな賑やかな喧騒が教室内……いや、学校全体を取り巻く中、遅れて教室に入ってきた担任の号令によって1学期最後のHRホームルームが行われたが、これが思いのほかあっさりと終了し、再び教室内には賑やかな雰囲気が漂い始めた。


本日の日程が全て終了したことにより、あとは各自帰宅するだけとなった教室からは「この夏休み中に絶対彼女作る」だの「とりま、海は行っときたいよね」だの「課題は最終日にまとめてやるから大丈夫」だのと、それぞれ明日からの予定について話し合われている声がちらほらと聞こえてくる。

俺はそんな楽しげな会話に耳を傾けながら、教室中央にいる輝彦と誠と明日から始まる夏休みの予定を再度確認し、軽く挨拶を交わすとそのまま鞄を持って教室を後にした。

そうして俺は他の生徒たちが向かう昇降口ではなく、文化部の部室が建ち並ぶ西棟3階へと移動すると、その一番奥に部屋を構える天文部の部室の前で立ち止まった。

実はあらかじめ、天文部部長である白月から「今後の活動の確認をするから、HR終了後すぐ部室に集合」という指示を受けていたのだ。おそらく、夏休み中に行うと言われていた合宿についての話があるのだろう。そんな事を考えながら、俺はドアノブを回して室内へと入る。

すると部室内には、俺よりも先に到着してテーブル椅子に腰掛けながら文庫本を読む白月の姿があった。見たところ、部室にいるのは白月1人だけで葉原はまだ来ていないらしい。俺が最後じゃなくて良かったとホッと安堵の息を吐いていると、白月は読んでいた本をパタリと閉じ、冷ややかな双眸をギロリとこちらに向けて来た。


「遅い。何をちんたらとやってるのよ。私が『すぐに来い』と言ったら、どんな理由があろうともすぐに来なさい。言われたことも満足にできないなんて、皇くんには一体何ができるのかしらね。全く、あなたには失望させられてばっかりだわ」

そう言って白月はわざとらしく深々とため息を吐いてみせる。

少し輝彦たちと話してたってだけで、別にばっくれようと思ったわけじゃない。それなのに何故そこまで言われなければならないのか、怒りを通り越して思わず困惑してしまう。


「明日から夏休みが始まるってのに、なんでお前はそんなにイライラしてんだよ。ちゃんと睡眠摂ってるか? ……ってか葉原だってまだ来てねぇじゃねぇか」

俺だけが白月から好き勝手言われるのはお門違いだ。まだ来ていない葉原にも、ぜひ同じセリフを言ってもらいたい。

と、そんなことを思っていたところに、ちょうど息を切らせた様子の葉原がやってきた。


「ごめーーん!! HR長引いちゃって、ちょっと遅れた!」

すると白月は、両手を顔の前で合わせて謝罪する葉原に対し、俺に向けたのとは打って変わって慈愛に満ち溢れたような目を向けて口を開く。


「葉原さん、HRお疲れ様。私も皇くんも、今来たところだから大丈夫よ。とりあえず席に座ってもらえるかしら?」

「あっ、そうなの? なら良かった!」

葉原はそう言って安堵の表情を浮かべると、そのまま白月の隣へと移動し、席に着いた。


「……お前マジか」

俺は白月のあまりの豹変ぶりに思わず声が出る。

こいつもしかして、俺にだけ取る態度が違うんじゃないか? 人を選んで態度変えるって、それもうイジメだろ……。いくら天才だからって、何をやっても許されるってわけじゃねぇんだぞ。

そんな事を思いながら呆然と立ち尽くす俺に、白月が再度目を向ける。


「何やってるのよ。あなたも早く座りなさい。話が始められないでしょ」

文句の1つでも言ってやろうかとも思ったが、何を言ったところで結果は目に見えているため、俺は大人しく席に着いた。
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