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白いパーテーションに飾られた、白月蒼子の作品をジッと見つめる転校生。きっと俺以外の客からは、ただ作品に感動して目を離せないでいるように見えたことだろう。

けれど、俺だけは違う。
俺だけは白月の作品を凝視する彼から、あるどす黒い感情を感じ取った。それは俺がよく知る感情で、今まで長い間、俺が白月に向け続けてきた感情だった。


——そう。

彼があの日、白月の作品に向けていたのは、まごう事なき天才に対する『嫌悪』だったのだ。


そんな彼が今、俺の目の前にいる。
あの日と変わらない薄茶色の髪を整髪料で整え、転校初日だと言うのに人懐っこい笑顔を周りに振りまいて、早くもクラスに溶け込んでいる。あの時の冷たい表情と滲み出る強い感情からは考えられないほど、目の前にいる彼は明るく見えた。

まるで、悩みなんてこれっぽっちもないとでも言うかのような屈託のない笑顔を向ける彼は、負の感情から縁遠い存在にも思える。

……けれど、それが逆に恐ろしくも感じた。


そこで俺は一度思考を停止して、もう一度冷静にあの日のことを思い返す。

なんとなく、俺はまたどこかで彼と出逢うような予感はしていた。けれど、本当にそれがこんな形で実現するとは思ってもいなかった。

あの日、彼は何故白月の作品を見て嫌悪感を抱いたのか。

単純に『天才』を嫌い、その『天才』が描いた作品だから嫌悪感を抱いたのか。それとも作品ではなく、に対して向けられた感情だったのか。

……もし後者であるなら、彼の転校は偶然では無いように思える。

そんな思考を巡らせていると、廊下に集まる野次馬たちの喧騒に紛れて、ガラガラと何かが少しずつ崩れていく音が聴こえた。それは恐らく輝彦や誠、他の生徒には聴こえていない音だ。

俺だけ……。
俺だけが、その音を耳にしている。

それはまるで病魔を乗せてやってくる悪風のように、嵐を引きつけてやってくる暗雲のように、徐々に大きな不安を生んでいく。


……何か嫌な予感がする。


そんな得体の知れない胸のざわめきを覚えながら、俺は1人、群がる生徒たちの間を抜けて静かに教室へと戻っていった。
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