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蒼子は続ける。


「私はずっと前から、自分のこの才能が大嫌いだった。周りと同じように努力して勝っても、結局は才能の違いだと言われて敵視され、かと言って手を抜けば、『余裕の表れ』だの『舐めてる』だのと散々なことを言われて非難を受ける。……そんな私の味方になってくれる人なんて誰1人としていなかった。
どれだけ周りに溶け込もうと努力しても、結局この才能が邪魔をして私を孤独にさせる。
……私はそんな才能が、人生が、世の中が、大嫌いだった。

……けれど彼女は——、美咲さんは、そんな私の才能を知りながらも、自ら私に接触して来てくれた。『あなたの描く絵を見てみたい』と、私に絵を教えてくれた。……とても、嬉しかった。こんな私を……私の才能を愛してくれる人がいると知って、涙が溢れそうになった。それまでずっと嫌っていた自分の才能を、彼女と出逢ったことで少しだけ好きになれた気がした。
……だから私を変えてくれた彼女と、私と彼女を引き合わせてくれたあなたにはとても感謝しているのよ」

「…………」

蒼子の話に耳を傾けていた柏城は、そっと顔を俯かせて沈黙で返す。

そんな柏城をじっと見つめながら、蒼子はさらに言葉を続ける。


「……けれど彼女の死を知ってから、私は昔以上に自分の才能が、自分自身が、嫌いになった。やっぱり、これは一生解けることのない呪いなのだと、そう自覚したわ。
……あの日、あなたに美咲さんの自殺の理由は私だと言われた時、私は罪悪感で頭がおかしくなってしまうかと思った。ずっと正しいと思って続けて来たことが、実は彼女を苦しめていただなんて信じたくなかった。
いっそのこと、このまま死んでしまった方がいいんじゃないかと、本気で考えたこともあったわ」

そう言って蒼子は視線を柏城から外すと、それを天井に向けた。


「……でも、出来なかった。だってそれは、明確な『逃げ』だと自覚していたから。私が死んだところで誰も救われない。彼女は生き返らないし、あなたの心の傷も塞がらない。……それなら、彼女の想いを抱えたまま生き続けるしかない。だから、私は今でもこうして生きようとしているし、才能を行使している。それが、彼女を死なせてしまった私にできる唯一の償いだと思ったから」

そう蒼子が述べたところで、それまで床に膝をつけていた柏城がゆっくりと立ち上がり、ようやくその口を開いた。


「……そんなの、お前だけが納得するための理由じゃねぇか! お前がそんな償いをしたところで、幸福になるやつなんて誰もいねぇ! むしろ、不幸になるやつが増えるだけだ! お前は、それを理解して言ってんのか!?」

「えぇ」

「なっ……」

迷いも逡巡もない、蒼子の白く真っ直ぐな返答に柏城が怯む。


「私の持つ才能は、誰かが死ぬ想いをしてまで欲しいと願ったもの。それを他人に与えることも、どこかへ投げ棄てることも出来ない。だから私は、これからも『天才』としての道を歩んでいく。……それが『天才』として生まれてきた私の役目」

そう言って、困惑で顔を歪める柏城をじっと見つめる彼女からは、俺たちには到底真似できないような強い覚悟がひしひしと伝わってきた。

今の蒼子からは、弱さや儚さなんて微塵も感じられない。

俺たちの目にはただ、1人の強い少女の姿が映っている。

青白く輝く、星のような少女の姿が——。
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