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結婚なんて無理!!

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「将生、18歳の誕生日、おめでとう」

「ありがとうございます」

6月25日は将生の誕生日。
父が門下生を集めて祝いの席を用意してくれた。
一時期は80人近くいた門下生。
今は30人ぐらいに減り、その内の21人が駆けつけてくれた。

「酒は20歳《ハタチ》にならないと酒を酌み交わせないからな。残念だ」

「お茶で付き合わせて頂きます」

将生が父にビールを注ぐ。
数年前までタイトルホルダーだった父。
近年、若い棋士の勢いに負け、なんとか順位戦はA級にかじりつくも、他の棋戦で勝ち進めないでいる。

「将生、叡智のタイトルを確実に獲れよれよ!!」

「はい。第5局でタイトルを手にします」

1時間ほど実家の対局部屋で食事をし、マンションに戻る。
勝負の世界に身を置くとお互いがライバルで、師匠と弟子や同じ門下の関係でも自分より上のランクにいると心の底では応援できなかったりする。
なのに、将生は父や門下生から期待されてる。

「将生、誕生日おめでとう!!」

御用達の呉服屋で和服を仕立てて貰った。
藤色の和服に黒い羽織、袴は灰色でしま模様の仙台平。

「ありがとう。来週の叡智戦第5局に着させて貰う」

お互いが棋士になってから、タイトルを獲得した時と誕生日とクリスマスに勝負服を贈ってる。

「久保田名人に勝つために、1週間ぐらい部屋に籠るわ。先にシャワー使わせて貰う」

私の頭の上に手を置き、くしゃっとすると、将生はバスルームに向かった。

誕生日だからといって、私と甘い空気にならない。

いつまで恋人ごっこを続けるのか。
隣にいても距離を感じてた。

叡智戦第4局は千駄ヶ谷の将棋会館で行われた。
第1局と第2局が持ち時間5時間で、第3局と第4局が持ち時間3時間で行われたため、第5局と第6局は持ち時間が1時間の早指し将棋になった。

早指し将棋が得意な将生。
ここ毎日、久保田名人叡智のタイトル戦の棋譜を並べ、戦略を練ってきた。

「対局、第5局で終わりますかね?」

「藤堂くんが勝てば終わります。早指し将棋は若手の方が得意ですからね」

関係者控え室に入ると将生と久保田名人叡智の対局を観に園田竜王がみえてた。
A級棋士が何人もいて敷居が高く、中に入れない。

「歩香、来たか。突っ立ってないで入りなさい」

持ち時間1時間の対局だから、第5局が14時から行われ、久保田名人叡智が勝ったら、同日の19時に第6局が行われる。

「……歩香、今日、俺が立会い人だから、大盤解説の聞き手をやらないか?」

「ーーえっ!!」

「会長から許可をとった。将生くんが指す将棋をよくわかってる歩香だからな」

早指し将棋の大盤解説は展開が早く、女流棋士が聞き手をせず正立会人と副立会人が務める事が多い。
昼食の予想アンケートと、三時に食べるスイーツのレポートもない。

苦手な間を繋ぐため会話をする必要はない。

「……やる」

父娘で大盤解説をする事になった。
久保田名人叡智は角換わりに振り飛車と矢倉戦法が得意。
将生はオールラウンダーで無難になんでも熟す事ができる。
1時間の持ち時間を使い切った後、60秒読みになり、将生が着実にと金を寄せていき、最速寄せで王手をし、叡智のタイトルを獲得した。

感想戦を終え、記念撮影が終え将棋会館を出ると19時が過ぎていた。

「明日盛大に祝いをするから帰ってこいよ。じゃっ」

いつもなら実家に対局の報告しにいく所、父にそう言われ、2人きりにされてしまった。

「歩香、今日、大盤解説の聞き手をしてくれてありがとう」

私の左手をとると、走りのタクシーに乗り込む。

「どこに行くの?」

「渋谷区役所。歩香、結婚しよう」

「えっーー…」

タクシーが役所の前に止まった。
私の手を繋ぎ時間外窓口へ連れてくと、茶封筒を取り出し、中から婚姻届を出して私の目の前に出した。
保証人欄には私と将生の父が署名してた。

「……一緒に暮らしていて、触れないようにしてきたけど、もう限界。歩香に触れたい。俺の奥さんになって!!」

将生が叡智のタイトルをとっためでたい日に、私は彼の奥さんになった。


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