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第1話 夢か現《うつつ》か幻か ①
しおりを挟む屋敷の外からは、雪を踏みしめながら迫り来る赤穂浪士たちの足音が徐々に近づいてくる。バリバリと音を立て、強者たちが門を壊す瞬間が迫っていた。
「殿、こちらへ!まずい状況です!」
家来たちが私を囲み、「負けるものか」と必死に励まし合っている。その言葉に勇気づけられたのか、儂は咄嗟に反撃の手を考え始めていた。しかし、そのとき──
「かれー!」と赤穂浪士の首領が叫び、彼らは一斉に突進してきた。
武者たちは血走った目で狂気に満ち、容赦なく屋敷内に押し入る。刀が鈍く光り、興奮で震える手から次々と振り下ろされる。家来たちは懐に手を入れて脇差を抜き、必死に立ち向かうも、火のような勢いの浪士たちに追い立てられていく。
「逃がさぬぞ!」浪士の一人が叫び声を上げ、私に向かって迫る。咄嗟に横へ転がりながら、棚に置かれていた煤だらけの鍋を手に取り、相手の顔面に叩きつけた。かすかな手応えがあったものの、数の多さには勝てなかった。
「殿、ご無事で!」忠実な家来が割り込んでくるが、すぐに次々と槍が貫き、彼もまた床に倒れ伏した。
「こんなことが許されるのか!?」
儂は間違ったことをしておらぬ ! 饗応役を浅野内匠頭に正しく指導しただけなのに !
奴らの行動に恐怖と怒りで声を震わせる。周囲を見渡すと、次々に落とされる家来たちの頭部が転がっていく様子が、まるで悪夢のように映し出される。
「ここを一人たりとも生かしては返さぬ!」赤穂浪士の一人が命じ、まだ息ある者の喉を狙い、次々と手を下していく残虐さ。
儂もまた、力尽きて膝をついた瞬間、恐怖が体を襲い意識が遠のく。次第に視界がぼやけていく中、暗黒の中で坂を滑り落ちるようにして意識が断ち切れた。
◇◇◇
ハァ ハァ 今、わたしは必死に隠れる場所を探している。
時は、元禄十五年(一七〇二年)十二月十四日。町には昨日、降り積もった雪が残っていた。
昨日の夜、趣味のWeb小説を読んでだらだら過ごした後、『赤穂浪士』を見ていたら、そのま寝落ちしてしまい、気がついたら老人の姿の自分に気がついた。それと同時に、老人の記憶が頭にダウンロードされたように流れてきたんだ。
吉良上野介義央——言わずと知れた『赤穂浪士』の悪役である。
夢だと思い頬を抓ると痛かった! 夢じゃない、現実だ! よりにもよって、悪役の吉良なの! 現実のわたし、死んじゃったの?
それよりも今は逃げなくては、赤穂浪士に殺されてしまう。赤穂浪士の知識はほとんど無いわたしでも、討ち入りの日付けだけは覚えていた。
クソゥ、どうせなら討ち入り当日ではなく、もっと前に転生させなさいよね! その時、どこからか声が聞こえてきた。
──その願い、叶えてやるのじゃ! ただ、今からだと間に合わぬので、とりあえずは生き延びるように頑張るのじゃな! なぁ~に、一回死ぬのも二回死ぬのも同じじゃから大丈夫じゃろう。二回目の転生は、もう少しだけ改善するから頑張って! ──
えっ、貴女は誰? もしかして女神様なの?
──妾は、女神ユリリン。 とある底辺作者が創作した、スーパーヒロインなのじゃ! 妾が主人公の予定だった物語なのに、お兄ちゃんを主人公にされてイライラしていたので悪戯したら、やり過ぎちゃった、テヘッ──
……底辺作者が創作したヒロインなの! それが本当なら、どうして本当に神様に成っているのよ!
ドーン!
いかん、大づちで門を打ち破った音だわ! 台所の炭部屋が目に入り隠れてしまった、そう隠れてしまったんだ。
バタン!
戸を破られた。家来の武士が守ろうとしているが、多勢に無勢だ。
「殿を絶対に御守りするのだ!」
「「おう!」」
もう、こんな良い部下を犠牲にしても助からないのなら、わたしは脇差を乗り込んできた赤穂浪士に差し出し、
「わたしが、吉良上野介義央よ! お前たちの敵はわたしなんだから、部下さんには手を出さないでよね!」
「殿、成りませぬ! 殿の命は我らより重いのですぞ!」
部下が涙を流しながら俺を守ろうとしてくれる。吉良上野介義央が名君、仁君だと云うのは本当だったんだわ。
しかし……
グサッ!
わたしの身体に槍が刺さり、あまりの痛みに倒れてしまう。次々と刺さる槍、やがて刀を抜きクビを落としに来た武士の姿が目に映った。
サッ、ドサリ……ゴロゴロ と転がるわたしの頭。クビが落とされたのに、まだ意識があるだと……
「竹林唯七、憎き敵、吉良上野介義央を正々堂々と打ち取ったりぃー!」
正々堂々? 卑怯者のクセに何が正々堂々よ!
「おい、口封じの為に吉良の家来も皆殺しにするぞ !
吉良は、見苦しく逃げ回り命乞いをした、武士の風上にも置けない悪党だったことにするからな ! 」
その言葉が私の耳に響く。助けようとする部下が次々と倒れていく姿が、まるで悪夢のように思い出される。私の存在意義が、ただ悪として歴史に刻まれることが確定するかのようだった。
意識がぼんやりとし、視界が霞む中、ひとつの考えが浮かんできた。再生のチャンスがあれば、今度はもっと強く、賢く戦えるかもしれない。可愛い後輩や部下たちを犠牲にすることなく、彼らを守って生き延びるという選択肢が。
「わたしの魂を、次の世で絶対に生かして!」
すると、心の中で女神ユリリンの声が再び響いた。
──その願い、しっかりと受け取ったのじゃ! 次の転生でのヒントを授けるのじゃ。お主は不正義ではなく、正義の象徴に生まれ変わることができるのじゃ。絶対に忘れぬようにするのじゃぞ!──
意識が薄れ、暗闇に引き込まれていく感覚の中、何かが変わり始めた。次の転生での新たな目的……それは偽りの悪役の秘めた力を奮い起こし、歴史の真実を知る者としての役割を担うことだった。
そして、気がつけば雪の積もった小道に立っていた。わたしは新しい姿で目を覚ます。周囲を見渡し、初めて見た街並みに感銘を受けながら、心に誓った。
「今度こそは、正義を持って立ち向かうわ! そして真実を明らかにして部下たちを守るんだから!」
新しい人生が始り。わたしに再び与えられたチャンスがあり、その道のりで歴史の真実を明らかにする覚悟を決めていた。
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