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ひるまのつき

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願えば叶う(2)

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 翌朝、エリスが食事を摂っていると王城からの使者がやってきて、第一王子カマエルが謁見を許するので、登城せよと伝えられた。
家宰は姫らしい姿でと主張したが、王都守護隊の本部へと出向くのだからと、エリスは男装をし、剣を携えた。
 王城に到着するとカマエルの執務室に案内されたが、カマエルは会議中であり、暫く待つようにと執務室の隣の部屋へ通された。
そこはやや狭いものの、大きな窓から明るく陽射しが入る陽気な雰囲気の部屋で、従者に促されてエリスが席に着くとテーブルにはお茶が並べられ良い香りが漂った。
エリスは優雅な仕草でカップを持ち上げ香りを楽しみながらお茶を飲む。
銀の髪を頭の後ろでひとつに結び、上着の襟や袖口には華やかなレースがあしらわれ、背筋をピンと伸ばした美しい姿勢はさながら男装の麗人である。

実はエリスが優雅にお茶を飲む姿を覗き見している人物がいた。
「なあ、あれがシュルデンの女傑なのか?」
声を潜めているとはいえ、相手のあまりにあけすけな言い方にカマエルは呆れて溜息をつく。
「お前、一体どんな女を想像していた?」
訊かれたのはカマエルの参謀を務める部下だが幼い頃から共に育った学友でもあるヨーエルだ。付き合いが長い故に2人だけの時には言葉遣いにも遠慮がない。
「南方の辺境で誰にも負けない女剣士と聞いたから、こう、ゴツくてデカい暑苦しい女かと」
「お前の想像力の乏しさは学問では修正できなかったのだな」
「なっ!」
「まあ、いい。エリスはあの様にまともな貴族の令嬢だ。しかも、お祖父様の姉上の血を引く由緒正しき姫だ。くれぐれも失礼のないように接しろ。」
「先代の?」
「ああ、お祖父様にはかなり年上の姉君がいらして臣下に降嫁された。その嫁ぎ先で生まれた娘の子がシュルデンの嫁になったと聞いている。」
「つまり、整理すると、彼女は先々代の王の玄孫というわけか。ややこしいな。」
「ああ、だからあまり知られていないが、シュルデン家の次代は王家の血筋となる。」
「へぇ、辺境伯で王家の血筋とはね。」
ヨーエルは眼鏡の奥の目をキラリと光らせた。
「なるほど、このタイミングでシュルデンを配下に取り込むというのは王太子としては絶好のチャンスだな。」
「ああ、しかも向こうから飛び込んできてくれた。」
「嫌な奴って嫌われるようなことするなよ?」
「そう、だな。」
ヨーエルは先程の想像力の乏しさ指摘された仕返しのつもりで言ったのだが、カマエルの反応は穏やかで夢心地のような様子だった。
「ほう……。」
「なんだ?」
からかうような声音にカマエルが眉根を寄せた時、
「しっ、彼女がこっちを見てる!」
ヨーエルがいっそう声を潜めた。
カマエルが視線をエリスに戻すと、エリスは確かにカマエルたちの方に視線を向けていた。しかし、エリスからはカマエル達を見ることはできない。何故なら、カマエル達はエリスのいる部屋の隣、つまりカマエルの執務室から覗き見ているのだが、覗き穴はエリスから見るとエレオノール国民が信仰する女神エレオノーラの肖像画に隠されているのだ。
エリスは女神エレオノーラの肖像を眺め、やがて胸の前で手を組むと静かに祈りを捧げ始めた。
「女神エレオノーラの恵みに感謝します。エレオノールの繁栄と平和に。カマエル様との邂逅の機会を授けて下さったことに。誠心誠意尽くします。」
祈る姿の厳かで美しい様子にカマエルとヨーエルは息を呑んだ。その時、エリスに陽の光がかかり、まるで女神エレオノーラが祝福を授けたかのようであった。
ヨーエルが彼女を覗き見ていた己の行為を恥ずかしいと感じた時、カマエルもまた覗き穴の覆いをかけた。
「よし、これ以上エリスを待たせる必要もないだろう」
カマエルが姿勢を正すと、ヨーエルも悪友から腹心の部下へと戻り、
「殿下の仰せのままに。」
最敬礼をした。
カマエルは従者にエリスを執務室に案内するように指示し、執務用の椅子に腰掛けた。ヨーエルはカマエルのやや後方に姿勢を正して付き従う。
間もなく、エリスが従者に導かれて入室した。
「シュルデン伯爵家のエリス、参りました。本日は拝謁を賜りありがとうございます。」
エリスは、先程のお茶を嗜んでいた時よりも緊張した面持ちで挨拶をする。
「ああ、エリス、待たせてしまったな。よく来てくれた。そう、固苦しくしなくて良い。昨日は協力ありがとう。今日はお前にいろいろと尋ねたい。よろしく頼む。」
カマエルはエリスの緊張を解すような柔らかい笑みを浮かべて、椅子に腰掛けるよう促した。エリスはカマエルの側に立つ人物を気にかけながら腰掛ける。
カマエルは席を立ち、側に従う男を視線で促してエリスの向かい側の椅子に腰掛けた。
「エリス、こちらはヨーエル。俺の参謀で幼馴染。知識欲の塊で想像力のかけた男だが悪い奴ではない。ヨーエル、エリスに挨拶を」
ヨーエルは口の中で小さく「殿下っ!」と窘めたが、カマエルが素知らぬふりをするのでエリスも気づかないふりをした。
「初めましてエリス嬢。私は、メタトルー侯爵家のヨーエル。王都守護部隊の参謀を勿体無くも学友であらせられるカマエル第一王子から任ぜられております。どうかお見知りおきを。」
嫌味をにじませた自己紹介にカマエルも溜息をつく。
「ヨーエル、いい加減にしておけ。」
エリスは2人の関係性をつかめず、やや困ったものの、相手が参謀なら守護部隊では上司にあたるので丁寧に会釈した。
「エリスと申します。よろしくお願いします。ヨーエル様とお呼びしてよろしいのですか?」
「ええ、構いません。」
ヨーエルはそっけなく答えた。
「早速だが…、」
「エリス嬢はご自身の母上の出自についてどれほどご存知か?」
カマエルの腰を折るようにヨーエルが質問した。
エリスは戸惑い、カマエルに視線で助けをもとめる。カマエルは「ヨーエル!」と参謀を窘めながら、
「差し支えなければ答えて欲しい。」と付け足した。
「私の母の祖母にあたる方が王女殿下であられたと聞いております。降嫁なさる時に王位継承権をなくされていて子孫である私たちと王家との関係は遠い血縁のみであると。」
隠すようなことでもないので、エリスは淡々と答えた。
「ふむ、では遠く辺境から王都に出仕なさる意図は?」
ヨーエルの意地の悪い質問は続く。
「私は幼い頃より、家族と共に国境たるシュルデン伯爵領を護るべく研鑽して参りました。今、シュルデン伯領は平和です。父伯爵とやはり幼い頃から鍛えてきた兄たちが健在ですから、私は王都を護るお手伝いをさせていただきたく、参りました。」
「ほう、守護部隊の主な任務は魔物討伐です、恐怖を感じませんか?」
「田舎者が差し出がましいとお感じかもしれませんが、討伐の人手は多いほうが良いと考えます。また、昨日の討伐の模様を考えますと、私がお役に立てるのではないかとおもいます。」
「昨日? あなたがどんな活躍をなさったと言うのですか? その華奢な腕で。」
「お言葉ですが、参謀閣下。私の腕は華奢ではありませんよ。」
ヨーエルの嫌味に逆上するまいと自分を律して、エリスは落ち着きはらって応えた。
なおも質問をしようとするヨーエルに対し、カマエルは右手を上げて制した。
「ヨーエル、エリスを問い詰めるようなことはよせ。エリス、すまない。ヨーエルにもまだ話していないのだ、お前の首飾りの不思議な効果について。」
「首飾りの効果? なんですかそれは? 昨日の討伐の報告書には見ず知らずの女剣士が突然現れて助太刀をしたとは記してありましたが?」
ヨーエルは自分がカマエルの腹心でありながら与り知らぬ事象があったことに動揺していた。
エリスはカマエルが約束を守ってくれたことに感謝の気持ちを抱くと共に、ヨーエルにどう説明すべきか迷った。
「落ち着け、ヨーエル。昨日のことはこれから詳しく俺が話そう。」
「ええ、是非に。報告書にない事実があるとは由々しき事です。」
予想外に憤慨するヨーエルを宥めるべく、カマエルは従者にお茶を新しくするよう指示した。
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