上 下
7 / 8

紅の戦乙女

しおりを挟む
 ダンジョンは下へ下へと続いている、それはまるで螺旋階段のような形であると、冒険者によく表現される。
 だから基本的には緩やかに曲がった下り道が続く。

 ゲートを通って最初の場所が1階層、そこからどんどん下って行き10階層までが上層。
 11階層から20階層までが中層、21階層から30階層下層、そして31階層から下は深層と呼ばれている。

 おそらく四十階層から下に行くものがいれば新たに名前が付くのだろが、まだいないと言われている。

 そしてここは11階層スタート地点、上層でずっと続いていた洞窟道から一転、見渡す限りの森である。

 ダンジョンから吸い上げた栄養によりひたすら伸びた草木は、人によってはモンスターよりも面倒かもしれない。

 数メートル先から当然モンスターが現れたりするため、上層よりも索敵能力が重要になる。
 慣れるまではモンスターの奇襲に遭ったり、草が揺れているのをモンスターのせいと間違え同業者を襲いそうになる最初のうちはよくあること。

 水底を見透かすように草木も見透せ。
 無謀に聞こえがなくもないが、それくらいを目指してなんぼということで、昔の冒険者が残したこの格言が今でも使われているくらいなのだ。

 そしてこの中層に来ることで、変わることがもう一つある。
 それは首から下げた冒険者プレートのランク。

 中層に来れたことを証明する、中層にしかない草を採集し提出することで、晴れてシルバーランク冒険者となることができるのだ。



 首から下げた銀色のプレートがチラチラと光を反射して輝く。
 誇らしげに胸を張りわざとらしくプレートを強調して歩く様は、自らシルバークラスになりたてだと宣言しているようなもの。

 いや違う、実際に彼女達は自慢したくてしょうがないのである。

 結成して2年と少し、女性5人のみで結成されたパーティー紅の戦乙女。

 女性しかいないということで周りからは散々誹謗された。何度も無理だと言われ悪質な嫌がらせを受けたこともあった。
 それでも周りからの声を必死に無視し彼女達は冒険者の階段を一つ登った。

 そんな事情もありシルバーランクに上がった彼女達の喜びは一頻り。

 胸の大小関係なく胸を張ってプレート自慢したい気持ちは冒険者であればよくわかるだろう。


「前回はここに来てシシバラカの葉を採集して帰還したわけだが、今回は本格的な冒険を開始する。各員気を引き締めていけ」

 生真面目であり熱血であり巨乳でもあるリーダーのシルヴィア・オルレイユ。
 一目でわかるほど綺麗に磨かれた装備の数々と、邪魔になるからという理由で短く切られた金色の髪が彼女の性格をよく物語っている。

 自身の長所を活かすためにレイピアを主武器とし、胸と腰と手首にのみ赤く塗装されたミスリル製の防具を着け最低限の守りしかしていない。

「「「はいっ!」」」

 そんなシルヴィアのいつも通りの真面目な激励に答えたのは、ダンジョンでは珍しい黄色い声。

 数少ない女性冒険者でもあるため絆も深く、シルヴィアに対しての信頼も厚く返事にも力がこもっている。

 大柄で筋肉質で仲間の盾となり最前線で戦う戦士のナルヴィ・ドルチェ。
 ボーガンや小刀で遠距離から敵を攻撃する兎の獣人のシノーラ・エルミタージュ。
 魔法を得意としシノーラと共に遠距離から仲間を助けるエルフのシューミル・セル・ブリエイン。
 直接戦闘に参加することは少ないが、アイテムの使用や落ちたコアの回収など多岐にわたる支援を行うドワーフのドマ・ゴゴラン。

 5人はいつも通りの隊列を組み、先頭のナルヴィがドマから借りた鉈で草木を刈りながら進んでいく。

 上層とは違う視界の悪さのため、事前に調べ話し合った通り慎重な足取り。

 しかしシノーラの一声で全員は一斉に立ち止まり、緊張状態を一段階上げる。

「前方から足音が4つ。モンスターです」

 人より優れた聴覚を持つ獣人のシノーラはチームの耳であり、誰よりも早く異変を察知できる。

 当然モンスターの足音と他の冒険者の足音を聞き間違えることもない。

「よっしゃ来いや」

 シノーラが敵を発見しナルヴィが気合いの掛け声を入れる。
 いつも通りの戦闘に入る流れに変に緊張することなく、メンバーがいつもの調子だと心の隅で安堵したシルヴィアもレイピアを構えた。

 五人は足音を殺し敵に近付き、ゴブリンの姿を確認する。

 ここにいるゴブリンは森ゴブリンと呼ばれ難度は10~15程度である。
 多少の個体差はあれど上層に比べて僅かに強い程度であり、彼女達からすれば大した敵ではない。

「おらゴブリン!こっちだ」

 茂みから飛び出すと同時にナルヴィが声を張った。
 敵に驚きと恐怖を与えつつ、さらに自分に敵の視線を集める最も効果的と言われる方法だ。

 ゴブリンは慌てて態勢を整えようとする。
 しかしナルヴィが大剣を振り下ろしシルヴィアがレイピアで頭を突き、シノーラがボウガンで頭を居抜きシューミルが魔法で作った氷の刃を胸に突き刺す。

 完璧な連携技にゴブリンは棍棒を構える暇すらなく、ワンアクションで全滅する。

 中層であっても自分達の力は十分通用するのだと、シルヴィアは満足気にレイピアを納める。
 チラリと視線を回せば似たように自身のたっぷりの表情を浮かべる4人の姿。

 言葉を交わさなくても目だけで、いけるなと意思を通わせた。

「よしこの調子で行くぞ。何度も言うが気を抜くなよ」

「シルヴィー今日で7回目」

「数えてたのかシノーラ、お前が1番お調子者なんだから。特に気を付けるように」

「へーい」

 2人のいつもと変わらぬ会話を聞き、いい意味で緊張が抜け全員がはにかんだ。


 その後もシノーラが敵を見つけ、足音を殺しながら近付き倒す。
 カッパーからシルバー程度のランクの冒険者がよく使う戦法を駆使し、それを繰り返し順調に中層を攻略しながら慣らしていく。

 そうして1時間ほど経った頃、シノーラが再び声をあげた。

「足音6つ!あっでも人の足音だ」

「チッ、他の冒険者か」

 ただの一般人がダンジョンにいるわけもなく、人の足音とはつまりどこかの6人組の冒険者パーティーと鉢合わせしたということである。

 上層の特に入り口付近では冒険者の数は山ほどおり、モンスターを倒すためにほとんど競争だったりする。
 しかし中層ではまだどことも出くわさなかったため、ほんの僅かに緊張が走る。

「仕方ない。迂回するか」

 苦虫を噛み潰したような表情でせっかくの綺麗な顔を台無しにしながら、シルヴィアは決断した。

 モンスターであれば向かっていくが、同じ人間は避ける行為に違和感があるかもしれないが、彼女達の心情からすれば当然とも言える決断だろう。

 そもそも紅の戦乙女自体、女だけで生意気だなどという理由で、他の冒険者とは折り合いが悪い。
 特にパーティー結成当初は、本人達に聞こえる声での暴言。
 それならまだシルヴィアも耐えれたわけだが、どうしても仲間に対するセクハラ紛いの言葉を聞くのは耐えれなかった。

 しかしシルヴィアも馬鹿ではない。
 男女比9:1以上の男社会でわざわざ敵に回す愚を犯すのだけは耐えた。
 特に多かった自分への下卑た視線や言葉にもである。

 だが仲間に対するそれらの言葉を聞き爆発したこともあったし、逆に他の仲間がシルヴィアに対しての発言に激昂したこともあった。

 そんなわけで中層からはなるべく他の冒険者との接触は避けたい、というのが紅の戦乙女の総意。

 悩んだ末にシルヴィアが指差した方角は右の迂回路。
 今回の目的は元々力試し的な意味合いが強く、さらに下層へと進むことではない。

 冒険者ギルド本部から買える情報にある最短の道のりから多少外れても、そこまで問題はないというのがシルヴィアの出した結論だった。

「シルヴィー顔が怖いぜ、リーダーのお前の指示に俺たちは従うからよ。まぁ男の冒険者がいたところで俺が追い払ってやるけどな」

「ナルは冒険者からセクハラされたことないから平気でしょ。ムキムキ女子だから」

 鼻息の荒いナルヴィに対しシノーラはクスクスと笑い茶化しを入れる。

「なんだとシノーラ。俺だって声かけられたことくらいあんだよ」

「あの筋肉同好会みたいなパーティーでしょ。ナルのこと男と間違えてたんじゃね?」

 語気の強まるナルヴィに怖気付く様子もなく、兎耳をピクピクと動かしさらに言葉を続けた。

「笑ってんじゃねぇよ。お前だってケモミミ大好き同好会みたいな変態どもに───」

「───そこまでにしとけ2人とも」

 ナルヴィとシノーラの言い合いも呆れ声のシルヴィアの一声で終わる。

 それぞれ不満そうに口を尖らせたままではあるが、ナルヴィは支持された迂回路へと進み出した。
 周りのメンバー達は慣れたもので、特に気遣う様子も気不味い雰囲気になることもない。

 多少の言い合いになろうがいつも通りの明るいメンバー、違うのは中層に入り変わった環境と少し強くなったモンスター達。

 それだけで終わればきっと何事もなく平穏にダンジョンから帰還したことだろう。

 しかし彼女達に這い寄る6つの影。
 紅の戦乙女の冒険者としての真価が試されるのは、中層に入ってからようやく始まったことにこの時の誰もが知る由もなかった。


「そうだシルヴィーこれが終わったらよ、ニコニーさんに金を返しに行こうな。もちろん全額ドカンとさ」

「当然だ、これ以上あの人の優しさに甘えるわけにもいかんさ」

 何も知らぬ乙女達はそう言い残し、姿を消した。
しおりを挟む

処理中です...