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キリマル歓喜
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一撃でゴーレムを倒したサムシンを囲むウィザードの中から、一目置かれていそうな中年が現れて、自慢げな顔で勝手に講釈を垂れ始めた。
「なぜ彼が天才と言われているか、君たちは解っているのかい?」
「いいえ・・・。エースさんは知っているのですか?」
長い間、魔法院で魔法の研究を続けるこの重鎮は、一目でサムシンの何が凄いかに気付いたようだ。
「まぁ若い君たちがそれに気づくのは無理か。サムシンは詠唱に無駄が少ない。なぜなら彼はイメージ力が高いからだ。詠唱はあくまでイメージを形作るもの。つまりイメージ力の高いサムシンは、普通の者よりも魔法の発動が早い。スペルキャスターにとって、魔法の発動速度は最も重要な事なのだよ。それで勝負が決まると言っても過言ではない。更に魔法貫通力に特化した成長ビルドで、体力の高いアースゴーレムに対してもごり押しができてしまうのだ」
「そうなのか・・・。流石はサムシンだな」
まるで自分の手柄のように喋るエースを誰も茶化す事はなく、皆真剣に頷いていた。
未来の魔法院の長を祝福するムードの中、庭の隅で土煙と何かを弾く音が聞こえてくる。
「何事だ!」
先程までサムシンがゴーレムと戦っていた場所を見ると、魔法院を包む転移結界を破って、何者かが侵入してきたのだとグレアトは理解する。
「馬鹿な! そう簡単に破れる結界ではないぞ!」
自分が施した結界を破られて苛立つ魔法院の長は、土煙の中から現れた魔人族と十人の女に目をやる。
その中でも特に顔立ちの整った金髪碧眼の少女が魔人族を叱った。
「なんで被害者の女の人まで連れてきたのよ、馬鹿ビャクヤ! 先に騎士の詰め所に立ち寄って、彼女たちの事を報告するべきでしょ」
「おっと! そうでしたッ! サムシンを捕まえねばと思う余りッ! すっかり忘れていまんしたッ! んんんですがッ! 問題はありません。良識のあるウィザードがいるこの魔法院でッ! 争いなど起こるはずないでしょうからッ! 後ほど詰め所に向かいましょうッ!」
魔法院のウィザードたちは当然悪人ではないので良識を持っていて当然なのに、敢えてそう強調する辺りに何か含みを感じたグレアトは、ビャクヤに訊ねた。
「君はビャクヤ君だね? 良識のあるウィザードとはどういう意味かね?」
「それをお話するにあたってッ! まずはサムシンの拘束を要求しまんすッ!」
「何故かね?」
「彼は犯罪者だからデスッ!」
嫌な予感がする、とグレアトは直感する。息子がとんでもない事をしでかしたのだと。
でなければ、意味もなく聖なる悪魔の主が、魔法院の結界を破ってのりこんでくるわけがない。彼の横には以前から注目していたリンネ・ボーンもいる。
「わかった。言うとおりにしよう。【捕縛】!」
横で俯いて何も言わない息子に、グレアトは体の自由を奪う魔法をかけた。
「無駄だよ、父さん」
息子の手には魔法抵抗力を上げるペンダントが握らており、それをグレアトに見せて震えていた。
「それは私の魔法消しのペンダント・・・。いつの間に!」
そのペンダントはグレアトの所有物で、特別な時以外は、自室の小さな宝箱にしまっている貴重なマジックアイテムだった。
「父さんは貴族への怒りを糧に、魔法院の長まで上り詰めたけど、そこに至るまで間、僕の事なんてずっとほったらかしだったじゃないか・・・」
犯罪者である自分がこれからどうなるかを想像して震えるサムシンは、それでも目に狂気を宿して何かを覚悟しているようにグレアトには見えた。
「サムシン・・・」
「だから僕はこうなった! 最初は寂しさのあまり女を買う程度だったんだ。でもそれだけじゃ済まなくなってきた・・・。大魔導士の息子というプレッシャーは僕の精神を歪ませ、とうとう女を拉致して殺すようにまでなった! ヒヒヒ! 泣き叫ぶ女の声は僕の心をほんの一時だけ癒してくれたよ、父さん」
「愚かな・・・」
「そうさ! 僕は愚かな息子さ。でも父さんや母さんの血がそうさせたのかもしれないぞ! 愚かな血は父さんの血からかもしれない!」
「もういい。大人しく自首しろ、サムシン。もう我らディダイドー家はお終いだ。お前のやった事は、直ぐにでも貴族の耳に入るだろう。貴族たちは嬉々として私に辞職を要求してくる。私が築き上げた全てが、この瞬間に崩れ落ちたのだ」
グレアトはもう一度【捕縛】を試みるが、魔法はサムシンの高まる感情と魔法を確率で消すマジックアイテムによってまた無効化されてしまった。
「そうやって・・・。自分の事ばかり! 僕の事なんてこれっぽっちも気にしてないじゃないか! もういい! もうこんな世界なんて消えてなくなればいいんだ。知っているかい? 父さん。数ある魔法の中には、何世代にも渡って毒をばら撒くものがあるのを」
顔を掻きむしる息子の言葉に、グレアトの額にじわりと汗が滲む。
「【毒爆発(ポイズンブラスト)】か・・・。それは禁書の闇魔法。まさか・・・、お前は習得しているというのか?」
「僕は天才なんだよ、父さん。書庫に忍び込んで、魔法を習得するなんてのは容易な事さ」
「早まるな! 今ならまだ間に合う。罪を償って人生をもう一度やり直すのだ」
「もう遅いよ、父さん。僕は沢山の女性を玩具にして殺した。死体はマジックアイテムで作り出した亜空間に捨てたんだ。ほら! あそこにいる女たちもビャクヤもリンネも、確かに捨てたはずなんだ。なのにっ! なぜここに当たり前のような顔をして居るんだっ! くそ! くそ! くそ!」
サムシンの魔力の高まりを感じ、グレアトは覚悟を決めて懐から魔法の短剣を取り出した。
「それで僕を刺し殺すのかい? 父さん」
「そうだ。これ以上、貴族が増長する切っ掛けを作るわけにはいかんからな・・・」
「まただ! また貴族!」
サムシンの体から溢れ出たマナが致死的な毒素へと変わる。その毒素に触れたグレアトの腕が緑色に変色した。
「つっ!」
グレアトの手から魔法の短剣が零れ落ちる。
「我が弟子たちよ! サムシンを殺せ! 早く!」
魔法院の長からの命令だったが、弟子たちは狼狽するばかりだった。一体誰がサムシンを攻撃できるというのか。長の魔法ですら通用しなかったのに。
「ヒヒヒ! 後は毒素に爆発の要素を加えるだけ!」
サムシンの体から漏れ出す毒素は彼の手の中で丸く凝縮されていく。
「やめろ、サムシン・・・。これ以上、恥の上塗りをするな・・・」
もうすぐ詠唱は完成する。終わりだと覚悟したグレアトの耳が奇妙な静寂を感じ取る。時間が停止したかのような静寂だったが、すぐにしわがれた男の声がそれを破った。
「いけないなぁ・・・」
「ぐあぁぁぁ!」
サムシンの胸から、陽光に煌めく刀の切っ先が突き出てくる。
「沢山の女性を玩具にして殺しておいて、まだ人を殺めるというのかぃ? いけないなぁ」
「ぎゃあああ! ゴボボボボ!」
わざと急所を外しているのか、髪の長い悪魔は苦しむサムシンの背後から顔を出し、自分の頬をピタリとサムシンの頬に当てて、横目でニタニタと笑っていた。
血で溺れそうになって苦しんでいる息子を見ていると、憐れみと共に脳裏にまだ幼かった頃のサムシンの顔が浮かぶ。
(あの頃の私はまだ貴族を憎んではいなかった。憎しみに囚われる前は、よく息子と公園で遊んだだりもしたではないか。幼き日の息子は皮肉の一つも言えないような純粋で明るい子だった。それなのに今は・・・。全部私のせいだ。やはり、息子を死なせたくはない・・・。まだだ、まだやり直すチャンスはある!)
ここにきて過去の記憶がグレアトに親心を取り戻させた。そして魔法院の長は悪魔に懇願する。
「頼む! 息子を殺さないでくれ! そんな愚か者でも私の息子なのだ! 一人しかいない息子なのだ!」
「おん? お前はさっきサムシンを殺せと言っていただろう? なのに今度は助けてくれってか。わけがわからないねぇ。それにこいつを助けたらまた大量殺人をするかもしれないぜ? 神様が俺に言ってんだわ。こいつを生かすなと(嘘だけどな、キヒヒ!)」
「そんな! 頼む! 私が責任を持って息子の罪を償わせる! だからお願いします! 聖魔様! お願いします!」
額を地面に擦りつけて土下座をするグレアトに、キリマルは白い瞳を向ける。
「そんな事言ってもよぉ。お前はもう随分と毒に侵されているじゃないか。その様子だと、一時間後には死んでんだろ。なのにどうやって息子に罪を償わすというのだ? 俺様が生き返らせたあそこの女たちは、お前の息子のせいで拭い去れないトラウマを抱えているのだぞ? 死にゆくお前が彼女たちの心の傷をどうやって癒すのかねぇ?」
「命の続く限り・・・ハァハァ。何だってする! だから、息子だけは・・・」
「ゴボゴボ! 父さん・・・」
息子の命を救ってくれと涙する父親を見て、サムシンも涙を零した。今まさに親の愛情を再び感じた瞬間だった。
しかし、返事をしたしわがれ声は無情である。
「駄ぁ目だ。子供の罪は親の罪! 罪は償わねぇとな! お前ら二人とも死ね! キヒヒヒ!」
キリマルはリンネが見ている事を考慮して、なるべく残忍ではない殺し方を選んだ。
サムシンの胸を貫く刀を少しずらして心臓を斬り、素早く引き抜くとグレアトの首を刎ねた。
「キリマルッ!」
ウィザード達が驚いて硬直する中、ビャクヤが慌て駆け寄って来る。
「転移後にいなくなったと思ったらッ! 勝手な事をしてッ!」
「でもよ、ほっといたら毒がばら撒かれていたぜ? そうなるとここにいる奴らは全員、毒に苦しみながらあの世逝きだったわけだが?」
「そうだがッ! ほらッ! 見たまえ! グレアトの弟子たちの憎悪に満ちたあの目を! グレアトを殺す必要はなかっただろう!」
「いや、今殺さねぇと毒で苦しみもがく時間がそれだけ伸びる」
「おぐっ! 確かに。君にしては優しいじゃないか。でも仇討ちをしようとウィザード達が詠唱を開始しているのだがねッ!」
「じゃあこいつらも殺すか? 殺してもいいよなぁ? ビャクヤ。一応制約があるからリンネをどこか遠くへ連れて行ってくれ」
「くぅ! 他に手はないか・・・! 仕方ないんごッ! なるべく苦しませないように頼むよッ!」
「ああ。いいからさっさと転移しろ」
ビャクヤはリンネと被害者女性のいる場所まで、無助走の三回転ひねりで跳躍して着地すると魔法を唱えた。
「ロケーション☆ムー――ヴッ!」
ビャクヤたちが消えたのを確認すると、キリマルの口角が最大限まで上がる。
「ヒャッハーーー! 久々の大量殺人だぁ! レッツ! パァァリィタァァイム!」
「なぜ彼が天才と言われているか、君たちは解っているのかい?」
「いいえ・・・。エースさんは知っているのですか?」
長い間、魔法院で魔法の研究を続けるこの重鎮は、一目でサムシンの何が凄いかに気付いたようだ。
「まぁ若い君たちがそれに気づくのは無理か。サムシンは詠唱に無駄が少ない。なぜなら彼はイメージ力が高いからだ。詠唱はあくまでイメージを形作るもの。つまりイメージ力の高いサムシンは、普通の者よりも魔法の発動が早い。スペルキャスターにとって、魔法の発動速度は最も重要な事なのだよ。それで勝負が決まると言っても過言ではない。更に魔法貫通力に特化した成長ビルドで、体力の高いアースゴーレムに対してもごり押しができてしまうのだ」
「そうなのか・・・。流石はサムシンだな」
まるで自分の手柄のように喋るエースを誰も茶化す事はなく、皆真剣に頷いていた。
未来の魔法院の長を祝福するムードの中、庭の隅で土煙と何かを弾く音が聞こえてくる。
「何事だ!」
先程までサムシンがゴーレムと戦っていた場所を見ると、魔法院を包む転移結界を破って、何者かが侵入してきたのだとグレアトは理解する。
「馬鹿な! そう簡単に破れる結界ではないぞ!」
自分が施した結界を破られて苛立つ魔法院の長は、土煙の中から現れた魔人族と十人の女に目をやる。
その中でも特に顔立ちの整った金髪碧眼の少女が魔人族を叱った。
「なんで被害者の女の人まで連れてきたのよ、馬鹿ビャクヤ! 先に騎士の詰め所に立ち寄って、彼女たちの事を報告するべきでしょ」
「おっと! そうでしたッ! サムシンを捕まえねばと思う余りッ! すっかり忘れていまんしたッ! んんんですがッ! 問題はありません。良識のあるウィザードがいるこの魔法院でッ! 争いなど起こるはずないでしょうからッ! 後ほど詰め所に向かいましょうッ!」
魔法院のウィザードたちは当然悪人ではないので良識を持っていて当然なのに、敢えてそう強調する辺りに何か含みを感じたグレアトは、ビャクヤに訊ねた。
「君はビャクヤ君だね? 良識のあるウィザードとはどういう意味かね?」
「それをお話するにあたってッ! まずはサムシンの拘束を要求しまんすッ!」
「何故かね?」
「彼は犯罪者だからデスッ!」
嫌な予感がする、とグレアトは直感する。息子がとんでもない事をしでかしたのだと。
でなければ、意味もなく聖なる悪魔の主が、魔法院の結界を破ってのりこんでくるわけがない。彼の横には以前から注目していたリンネ・ボーンもいる。
「わかった。言うとおりにしよう。【捕縛】!」
横で俯いて何も言わない息子に、グレアトは体の自由を奪う魔法をかけた。
「無駄だよ、父さん」
息子の手には魔法抵抗力を上げるペンダントが握らており、それをグレアトに見せて震えていた。
「それは私の魔法消しのペンダント・・・。いつの間に!」
そのペンダントはグレアトの所有物で、特別な時以外は、自室の小さな宝箱にしまっている貴重なマジックアイテムだった。
「父さんは貴族への怒りを糧に、魔法院の長まで上り詰めたけど、そこに至るまで間、僕の事なんてずっとほったらかしだったじゃないか・・・」
犯罪者である自分がこれからどうなるかを想像して震えるサムシンは、それでも目に狂気を宿して何かを覚悟しているようにグレアトには見えた。
「サムシン・・・」
「だから僕はこうなった! 最初は寂しさのあまり女を買う程度だったんだ。でもそれだけじゃ済まなくなってきた・・・。大魔導士の息子というプレッシャーは僕の精神を歪ませ、とうとう女を拉致して殺すようにまでなった! ヒヒヒ! 泣き叫ぶ女の声は僕の心をほんの一時だけ癒してくれたよ、父さん」
「愚かな・・・」
「そうさ! 僕は愚かな息子さ。でも父さんや母さんの血がそうさせたのかもしれないぞ! 愚かな血は父さんの血からかもしれない!」
「もういい。大人しく自首しろ、サムシン。もう我らディダイドー家はお終いだ。お前のやった事は、直ぐにでも貴族の耳に入るだろう。貴族たちは嬉々として私に辞職を要求してくる。私が築き上げた全てが、この瞬間に崩れ落ちたのだ」
グレアトはもう一度【捕縛】を試みるが、魔法はサムシンの高まる感情と魔法を確率で消すマジックアイテムによってまた無効化されてしまった。
「そうやって・・・。自分の事ばかり! 僕の事なんてこれっぽっちも気にしてないじゃないか! もういい! もうこんな世界なんて消えてなくなればいいんだ。知っているかい? 父さん。数ある魔法の中には、何世代にも渡って毒をばら撒くものがあるのを」
顔を掻きむしる息子の言葉に、グレアトの額にじわりと汗が滲む。
「【毒爆発(ポイズンブラスト)】か・・・。それは禁書の闇魔法。まさか・・・、お前は習得しているというのか?」
「僕は天才なんだよ、父さん。書庫に忍び込んで、魔法を習得するなんてのは容易な事さ」
「早まるな! 今ならまだ間に合う。罪を償って人生をもう一度やり直すのだ」
「もう遅いよ、父さん。僕は沢山の女性を玩具にして殺した。死体はマジックアイテムで作り出した亜空間に捨てたんだ。ほら! あそこにいる女たちもビャクヤもリンネも、確かに捨てたはずなんだ。なのにっ! なぜここに当たり前のような顔をして居るんだっ! くそ! くそ! くそ!」
サムシンの魔力の高まりを感じ、グレアトは覚悟を決めて懐から魔法の短剣を取り出した。
「それで僕を刺し殺すのかい? 父さん」
「そうだ。これ以上、貴族が増長する切っ掛けを作るわけにはいかんからな・・・」
「まただ! また貴族!」
サムシンの体から溢れ出たマナが致死的な毒素へと変わる。その毒素に触れたグレアトの腕が緑色に変色した。
「つっ!」
グレアトの手から魔法の短剣が零れ落ちる。
「我が弟子たちよ! サムシンを殺せ! 早く!」
魔法院の長からの命令だったが、弟子たちは狼狽するばかりだった。一体誰がサムシンを攻撃できるというのか。長の魔法ですら通用しなかったのに。
「ヒヒヒ! 後は毒素に爆発の要素を加えるだけ!」
サムシンの体から漏れ出す毒素は彼の手の中で丸く凝縮されていく。
「やめろ、サムシン・・・。これ以上、恥の上塗りをするな・・・」
もうすぐ詠唱は完成する。終わりだと覚悟したグレアトの耳が奇妙な静寂を感じ取る。時間が停止したかのような静寂だったが、すぐにしわがれた男の声がそれを破った。
「いけないなぁ・・・」
「ぐあぁぁぁ!」
サムシンの胸から、陽光に煌めく刀の切っ先が突き出てくる。
「沢山の女性を玩具にして殺しておいて、まだ人を殺めるというのかぃ? いけないなぁ」
「ぎゃあああ! ゴボボボボ!」
わざと急所を外しているのか、髪の長い悪魔は苦しむサムシンの背後から顔を出し、自分の頬をピタリとサムシンの頬に当てて、横目でニタニタと笑っていた。
血で溺れそうになって苦しんでいる息子を見ていると、憐れみと共に脳裏にまだ幼かった頃のサムシンの顔が浮かぶ。
(あの頃の私はまだ貴族を憎んではいなかった。憎しみに囚われる前は、よく息子と公園で遊んだだりもしたではないか。幼き日の息子は皮肉の一つも言えないような純粋で明るい子だった。それなのに今は・・・。全部私のせいだ。やはり、息子を死なせたくはない・・・。まだだ、まだやり直すチャンスはある!)
ここにきて過去の記憶がグレアトに親心を取り戻させた。そして魔法院の長は悪魔に懇願する。
「頼む! 息子を殺さないでくれ! そんな愚か者でも私の息子なのだ! 一人しかいない息子なのだ!」
「おん? お前はさっきサムシンを殺せと言っていただろう? なのに今度は助けてくれってか。わけがわからないねぇ。それにこいつを助けたらまた大量殺人をするかもしれないぜ? 神様が俺に言ってんだわ。こいつを生かすなと(嘘だけどな、キヒヒ!)」
「そんな! 頼む! 私が責任を持って息子の罪を償わせる! だからお願いします! 聖魔様! お願いします!」
額を地面に擦りつけて土下座をするグレアトに、キリマルは白い瞳を向ける。
「そんな事言ってもよぉ。お前はもう随分と毒に侵されているじゃないか。その様子だと、一時間後には死んでんだろ。なのにどうやって息子に罪を償わすというのだ? 俺様が生き返らせたあそこの女たちは、お前の息子のせいで拭い去れないトラウマを抱えているのだぞ? 死にゆくお前が彼女たちの心の傷をどうやって癒すのかねぇ?」
「命の続く限り・・・ハァハァ。何だってする! だから、息子だけは・・・」
「ゴボゴボ! 父さん・・・」
息子の命を救ってくれと涙する父親を見て、サムシンも涙を零した。今まさに親の愛情を再び感じた瞬間だった。
しかし、返事をしたしわがれ声は無情である。
「駄ぁ目だ。子供の罪は親の罪! 罪は償わねぇとな! お前ら二人とも死ね! キヒヒヒ!」
キリマルはリンネが見ている事を考慮して、なるべく残忍ではない殺し方を選んだ。
サムシンの胸を貫く刀を少しずらして心臓を斬り、素早く引き抜くとグレアトの首を刎ねた。
「キリマルッ!」
ウィザード達が驚いて硬直する中、ビャクヤが慌て駆け寄って来る。
「転移後にいなくなったと思ったらッ! 勝手な事をしてッ!」
「でもよ、ほっといたら毒がばら撒かれていたぜ? そうなるとここにいる奴らは全員、毒に苦しみながらあの世逝きだったわけだが?」
「そうだがッ! ほらッ! 見たまえ! グレアトの弟子たちの憎悪に満ちたあの目を! グレアトを殺す必要はなかっただろう!」
「いや、今殺さねぇと毒で苦しみもがく時間がそれだけ伸びる」
「おぐっ! 確かに。君にしては優しいじゃないか。でも仇討ちをしようとウィザード達が詠唱を開始しているのだがねッ!」
「じゃあこいつらも殺すか? 殺してもいいよなぁ? ビャクヤ。一応制約があるからリンネをどこか遠くへ連れて行ってくれ」
「くぅ! 他に手はないか・・・! 仕方ないんごッ! なるべく苦しませないように頼むよッ!」
「ああ。いいからさっさと転移しろ」
ビャクヤはリンネと被害者女性のいる場所まで、無助走の三回転ひねりで跳躍して着地すると魔法を唱えた。
「ロケーション☆ムー――ヴッ!」
ビャクヤたちが消えたのを確認すると、キリマルの口角が最大限まで上がる。
「ヒャッハーーー! 久々の大量殺人だぁ! レッツ! パァァリィタァァイム!」
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