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さよならワイルダー
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うねる黒蛇団子のような吸魔鬼は、そこに敵意を剥き出しにする者がいると感じるだけで、予告もなく攻撃をする。支配者である自分を良いように使役しようとした者、魔法無効化フィールドの張り巡らされたこの研究所で、やるだけ無駄だと知りつつ懐からワンドを取り出して詠唱を開始する者、剣を構える者。それらは尽く触手に捕まって首をねじ切られ、叩き潰され、貫かれて死んでいった。
「博士!」
凄惨な場と化すメインルームにもかかわらず、博士を心配したカナが子供を抱いて現れた。くそったれ。
「どうして来たんじゃ、馬鹿者!」
「だって! 博士が心配なんだもの!」
親同然のサカモト博士をカナが心配するのも無理はねぇか。カナだけではない。他の研究員たちもメインルームに集まり始めた。
博士が育てた樹族たちや魔人族が、レーザーライフル等の武器を持って吸魔鬼に抗う。
「博士を守れ! 我が親にして神である博士を!」
魔人族の男がそう叫んで、吸魔鬼の触腕に捕まる。
「神速居合斬り!」
いつの間にか必殺技名を叫ぶのが快感になった俺が、その触腕を少し離れた場所から斬る。
「助かった!」
魔人族は床に着地するとレーザーライフルを拾って、吸魔鬼から距離を取った。
魔法の封じられた研究所では魔人族や樹族は邪魔でしかない。なので俺は彼らを下がらせるために喚く。
「スペルキャスターはしゃしゃり出てくんな! お前らは役立たずだからよ! オーガはもっといねぇのか?」
博士がそれに答えた。
「オーガ達は要塞を守らせておるからな。ここにはオーガ改良型が三人と、警備ロボットがいるだけじゃ」
改良型と呼ばれたオーガ三人は、吸魔鬼の触手に捕まってもエナジードレインを受ける前に、引きちぎって反撃をしている。
「中々頼もしいな。よし、そのまま注意を引き付けていろよ?」
俺は吸魔鬼の背後に回ろうと思ったが、途中で右往左往する研究員たちに阻まれて、オロオロするカナとミドリが目に入った。
(知った事か)
しかしどういう事か、それ以上俺の脚が動こうとせず、吸魔鬼に向かわない。
(・・・チッ! 情が移っちまったのか?)
俺はカナの手を握ると、隠遁スキルを発動させて博士の近くに連れてくる。
「そこでじっとしていろ!」
「キリマル! ありがとカナ!」
カナは俺にこの上ない笑顔を見せた。こんなに人が死にまくる戦場でその笑顔はねぇだろ。
俺はふとカナの腕の中のミドリを見る。
黒目がちの目は俺を見ているのか、後ろの吸魔鬼を見ているのか。
なぜだか俺はこいつを生かしておきたい、という気持ちが急に強くなってきた。
こいつは今後どう成長するのか。誰かと子を作って、その子がまた子を作って・・・代を重ねて新しい種族になるやもしれねぇ。もしそうなるのであれば、自分の時代に帰った時の楽しみができる。
でも、もうどうしようもなく変な種族になっていたら、俺がぶっ殺してやるぜ。ヒヒヒ。
「父ちゃん、吸魔鬼を倒してくるからな? ミドリ。クハハ!」
俺はふざけてそう言うと、クールタイムの終わった隠遁スキルを発動させる。
「親心でも芽生えたのか? 妹の主」
「まさか! 俺は悪魔だぞ? さて、骨なし吸魔鬼をどう倒したものか・・・」
レベル5しかない俺はあれに敵うのか? 爆発系を使うにも捕まってる奴らが邪魔で・・・。いや、何を言ってんだ俺は。そんなの関係ねぇだろ。
ここの研究員が、爆発に巻き込まれて死のうが俺には関係ない事だ。
「そうだ、関係ねぇ! おっぱっぴーだ!」
ビャクヤが言いそうな中途半端に古いギャグを言って、俺はその辺にあった壊れたレーザーピストルを手に取った。
「爆ぜろ! 吸魔鬼!」
俺は爆弾と化したレーザーピストルを吸魔鬼に投げる。
隠遁スキルを使った俺の投げるレーザーピストルに、吸魔鬼は気付いていない。
―――ドゴォン!
レーザーピストルは思いの外、威力の大きい爆弾となった。
「うぉ!」
俺も体の正面に爆風を受けたが、顔以外は博士がくれた服がダメージをゼロにしてくれた。顔の火傷も悪魔の再生力で直ぐに治る。
煙が静まった後には吸魔鬼と、研究員の肉塊がそこいらに転がっていた。
「オーガは、耐えやがったか・・・。ヤイバといい、こいつらといいやべぇな」
耐えたと言っても全身を火傷しており、膝をついて動かない。
俺はそのオーガの大きな背中を容赦なく刀で突く。どうと倒れてオーガたちは息絶えた。
「ああ! 酷い!」
何も知らない研究員たちが騒ぐ。貴重な戦力を復活させてやってんだろうが! ギャーギャーうるせぇ!
悪魔めと非難する声を無視して、俺は肉片にも刀を差していく。多分パーツはこの場にあるだろうから、問題なく生き返るだろうよ。
「キリマル、なぜオーガを殺したんじゃ!」
あ~、もうめんどくせぇな・・・。
「五体満足で生き返らせる為だ! 生き返るまで五分待ってろ! ただし能力発動条件があって、蘇生を待っている者は、全員舌を出して白目でいなければならない。だからそうしてくれ」
「なぬ? お前さんは蘇生術が使えるのか? 興味深いな! ・・・おっと! そんなことよりも! 皆の者! 体が動くなら、吸魔鬼のバラバラになった体を瓶などに別々に入れるのじゃ! そうすれば再生できん!」
博士や研究員たちは舌を出して、時々白目になりながら、吸魔鬼の肉片を掴んで瓶やビーカーに入れて蓋をする。クハハ! 間抜けだぜ!
「勿体ないからといって、いつまでも吸魔鬼の体を処分せんかったワシの責任じゃ。すまんかった、皆」
博士が舌を出して白目で謝っている間に、死人が蘇り始めた。
おおお! と歓声が上がって、蘇った仲間を皆が抱きしめている。
「まだ終わりではないのだが?」
大きく穴の開いた部屋の入り口から、突然バリトンの声が響く。
樹族の一団がワンドを構えて入って来た。
その中のリーダーらしき陰気そうな樹族が、前に出て博士に憎たらしくお辞儀をした。
「ハイド・ワンドリッター!」
博士が驚いているな・・・。まぁ恐らくは身近な弟子かなんかだったんだろうよ。それが裏切ったということか・・・。
「制御不能の吸魔鬼を倒してくれてありがとう、悪魔殿」
バチュンと音がして、俺に向かってハイド・ワンドリッターの杖先から雷撃が飛ぶ。
「無駄ぁ!」
俺がそれをアマリで斬ると、雷撃は真っ二つに斬れて霧散する。
「なに?! もう魔法無効化フィールドのスイッチは切ってあるはずだぞ! なぜ魔法を消せた?」
「その悪魔は中々多芸でな、あまり舐めない方がよいぞ、ハイド。ワシも魔法を斬る悪魔なんて初めて見たわい!」
博士はいつの間にかゴーグルをかけている。それで何を見ているのかは知らないがよ・・・。
「チィ! だが、悪魔がいようがいまいが関係ない。博士! 貴方はここで死ぬのだから!」
「!!」
ワイルダーが何かに気が付いたようだ。柄がブルリと震えた。
「キリマル! 俺を投げてくれ! 博士の左横辺りに!」
俺は考える事はせず、言われるままワイルダーを博士の横に投げる。
縦に回転しながら飛んで博士を守るように床に落ちると、カキンと小さな音がした。
ワイルダーの向こうで【透明化】よりも察知が難しい、【姿隠し】から現れた樹族の暗殺者は魔刀天邪鬼を持っていた。
博士を狙ったその一撃はワイルダーに阻まれて、暗殺者は泡を吹いて倒れる。狂い死にしたようだ。
「ええい! 失敗したか! 作戦変更だ! もう知識の吸出しはいい! 博士を殺せ!」
ハイド・ワンドリッターは一団から下がると、踵を返して一目散に逃げだした。
「博士を守れ!」
ワイルダーが叫ぶと、研究員たちや正常な状態で蘇ったオーガが博士を囲む。親を殺させてなるものかという子の気迫のようなものを彼らから感じた。
造反した樹族の中にはピンクに光るダガーを持っている者もいる。それに気づいたカナが、声に危機感を孕ませて皆に注意を促した。
「敵はビームダガーを持っているカナ! きっと博士のフォースフィールドに周波数を合わせているはずカナ! なんとしても博士を守るカナ!」
つまりあのビームダガーは、博士のフォースフィールドを貫通するという事か?
乱戦となったメインルームを俺はそっと離れた。この場は何とかなるだろうさ。あのオーガ三人はクソ強いからな。それよりも・・・。キヒヒヒ。
「計画を何度シミュレートしても勝率は七割あった! それなのに! えぇい! あの悪魔はどこから湧いて出てきたんだ!」
走りながら自分を取り押さえようとする警備ロボットを、ハイドは魔法で弾き飛ばして出口へと向かう。
「我らはただでは負けんぞ。さぁ博士よ、さっさと転移ポータルを使え。使おうとした瞬間、貴方は粉々になってデータの海を永遠に漂う事になるのだ」
「へぇ、良い事聞いた」
俺は走るハイドと並走して、隠遁スキルを解除する。
「人修羅!」
ハイドは咄嗟に無詠唱で【捕縛】の魔法を俺にかけようとしたが、こちらに向けたその腕を斬り落とす。
「ぎゃぁぁぁ!!」
「ん~! 良い悲鳴だ」
俺は目を閉じて、樹族が奏でる絶望のメロディーを楽しむ。
「お前が謀反者の親玉か? ん~?」
「違う! ぐあああ!」
俺はハイドを蹴り飛ばして寝転ばせると、肘から下のない腕を踏みつける。
「本当はお前が親玉かどうかなんてどうでもいいんだ。もっと俺に悲鳴を聞かせてくれ」
俺はもう一度、ハイドの腕を踏みつけた。
「痛い! ぐああぁぁ!」
そりゃあ痛いだろうよ。出血死しないように収縮した血管と傷口が、踏まれる事によって広がり、血を流すんだもんなぁ?
「それにしてもなんでお前らは博士を憎む?」
「博士がいては、我らはいつまでたっても神の下僕のままだ。二千年間も我ら樹族は! サカモト博士に頭を垂れて生きてきたのだ! 樹族はこの星の主だというのに!」
「で、今が独立する時だと思ったのだな?」
「そうだ! 我らのボスも博士にもそう話した! だが、博士は首を縦にはふらなかった。我らの独立を認めなかったのだ!」
「そりゃあ、まだまだお前たちの心が未熟だからだろう。お前ら樹族は陰謀や画策が好きだと聞いたぞ? そんなのを独立させたらどうなると思う? 多分自滅するんじゃないかなぁ? 博士の親心を反故にしてはいかんよ。キヒヒ」
「悪魔め! お前のようなものを使役する糞爺に、そんな考えがあるわけないだろ!」
「いけないなぁ。神の事を悪く言っては」
俺はもっと足に力を込めて踏みにじった。
「いぎゃあああああ!!」
キヒヒヒ! あぁ気持ちいい悲鳴だなぁ。だが、メインルームも静かになったことだし、お前の首でも手土産にして戻るか。
「良い声だったぜ? お疲れさん」
俺がメインルームに戻ると、敵味方の死体が沢山転がっていた。オーガがしっかりと博士を守っていたようだ。阿吽像のように博士の周囲に立ってまだ警戒している。
「ほら、土産だ」
俺はハイドの首を博士の前に投げた。胴体は爆発させたのでもうこいつが蘇る事はない。
「なんだ? どうした? 喜ばないのか?」
博士は沈んだ顔で跪いて誰かを抱きかかえている。よく見ると、ミドリごと胸をビームダガーで貫かれたカナが、博士の腕の中にいた。
「キリマル・・・。死者の蘇生を頼む・・・」
「ああ、すぐに蘇るさ。さっさと舌を出して白目をむけ」
悲しいシーンなのに皆、舌を出して白目をむいている。クハハハ! 糞面白れぇ!
俺は笑いを堪えながら、死者を刀で突いていく。
五分間の間、涙を流して祈る全員の顔が滑稽で俺には地獄だった。笑ってはいけないシリーズに出演したような気分になり、思い付きでこのようにさせた自分自身を恨んだ。
俺はそろそろかと腕時計を見る。
「おおお!」
ほいほい、生き返ったんだな? ん?
「あ? 生き返らない奴もいるな?」
その生き返らない死者の中には、カナとミドリも含まれている。
俺は信じられないという顔で博士に訊いた。賢い博士なら何か納得する答えをくれるだろう。
「なんでだ? 博士」
「きっと蘇生に失敗したんじゃろう。蘇生は受け手側の生命力も関係するからな。運が悪かったんじゃ。それから、さっきからワイルダーが返事をせんのじゃ・・・」
二人を蘇生できなかった事にズキリと心が痛んだ。人の死に心を痛める事なんてこれまでなかったのによ・・・。なんだこれは? やはりカナとミドリに情が移っていたのか?
俺が動揺していると、アマリが人型になってワイルダーに触れる。
アマリの無表情の顔に冷や汗が光るのは、良くない事が起きたからだろう。
「お兄ちゃん? いやだ・・・。あ、あ、あ、あああああ!」
突然アマリが頭を抱えて苦しみだした。
「どうした! アマリ!」
「お兄ちゃんの記憶が流れ込んでくる!」
アマリの目から光が消えた。
空中を見つめて呆然とするアマリを見て、心をチクチクさせるカナとミドリの事を一旦忘れる事にした。
「博士!」
凄惨な場と化すメインルームにもかかわらず、博士を心配したカナが子供を抱いて現れた。くそったれ。
「どうして来たんじゃ、馬鹿者!」
「だって! 博士が心配なんだもの!」
親同然のサカモト博士をカナが心配するのも無理はねぇか。カナだけではない。他の研究員たちもメインルームに集まり始めた。
博士が育てた樹族たちや魔人族が、レーザーライフル等の武器を持って吸魔鬼に抗う。
「博士を守れ! 我が親にして神である博士を!」
魔人族の男がそう叫んで、吸魔鬼の触腕に捕まる。
「神速居合斬り!」
いつの間にか必殺技名を叫ぶのが快感になった俺が、その触腕を少し離れた場所から斬る。
「助かった!」
魔人族は床に着地するとレーザーライフルを拾って、吸魔鬼から距離を取った。
魔法の封じられた研究所では魔人族や樹族は邪魔でしかない。なので俺は彼らを下がらせるために喚く。
「スペルキャスターはしゃしゃり出てくんな! お前らは役立たずだからよ! オーガはもっといねぇのか?」
博士がそれに答えた。
「オーガ達は要塞を守らせておるからな。ここにはオーガ改良型が三人と、警備ロボットがいるだけじゃ」
改良型と呼ばれたオーガ三人は、吸魔鬼の触手に捕まってもエナジードレインを受ける前に、引きちぎって反撃をしている。
「中々頼もしいな。よし、そのまま注意を引き付けていろよ?」
俺は吸魔鬼の背後に回ろうと思ったが、途中で右往左往する研究員たちに阻まれて、オロオロするカナとミドリが目に入った。
(知った事か)
しかしどういう事か、それ以上俺の脚が動こうとせず、吸魔鬼に向かわない。
(・・・チッ! 情が移っちまったのか?)
俺はカナの手を握ると、隠遁スキルを発動させて博士の近くに連れてくる。
「そこでじっとしていろ!」
「キリマル! ありがとカナ!」
カナは俺にこの上ない笑顔を見せた。こんなに人が死にまくる戦場でその笑顔はねぇだろ。
俺はふとカナの腕の中のミドリを見る。
黒目がちの目は俺を見ているのか、後ろの吸魔鬼を見ているのか。
なぜだか俺はこいつを生かしておきたい、という気持ちが急に強くなってきた。
こいつは今後どう成長するのか。誰かと子を作って、その子がまた子を作って・・・代を重ねて新しい種族になるやもしれねぇ。もしそうなるのであれば、自分の時代に帰った時の楽しみができる。
でも、もうどうしようもなく変な種族になっていたら、俺がぶっ殺してやるぜ。ヒヒヒ。
「父ちゃん、吸魔鬼を倒してくるからな? ミドリ。クハハ!」
俺はふざけてそう言うと、クールタイムの終わった隠遁スキルを発動させる。
「親心でも芽生えたのか? 妹の主」
「まさか! 俺は悪魔だぞ? さて、骨なし吸魔鬼をどう倒したものか・・・」
レベル5しかない俺はあれに敵うのか? 爆発系を使うにも捕まってる奴らが邪魔で・・・。いや、何を言ってんだ俺は。そんなの関係ねぇだろ。
ここの研究員が、爆発に巻き込まれて死のうが俺には関係ない事だ。
「そうだ、関係ねぇ! おっぱっぴーだ!」
ビャクヤが言いそうな中途半端に古いギャグを言って、俺はその辺にあった壊れたレーザーピストルを手に取った。
「爆ぜろ! 吸魔鬼!」
俺は爆弾と化したレーザーピストルを吸魔鬼に投げる。
隠遁スキルを使った俺の投げるレーザーピストルに、吸魔鬼は気付いていない。
―――ドゴォン!
レーザーピストルは思いの外、威力の大きい爆弾となった。
「うぉ!」
俺も体の正面に爆風を受けたが、顔以外は博士がくれた服がダメージをゼロにしてくれた。顔の火傷も悪魔の再生力で直ぐに治る。
煙が静まった後には吸魔鬼と、研究員の肉塊がそこいらに転がっていた。
「オーガは、耐えやがったか・・・。ヤイバといい、こいつらといいやべぇな」
耐えたと言っても全身を火傷しており、膝をついて動かない。
俺はそのオーガの大きな背中を容赦なく刀で突く。どうと倒れてオーガたちは息絶えた。
「ああ! 酷い!」
何も知らない研究員たちが騒ぐ。貴重な戦力を復活させてやってんだろうが! ギャーギャーうるせぇ!
悪魔めと非難する声を無視して、俺は肉片にも刀を差していく。多分パーツはこの場にあるだろうから、問題なく生き返るだろうよ。
「キリマル、なぜオーガを殺したんじゃ!」
あ~、もうめんどくせぇな・・・。
「五体満足で生き返らせる為だ! 生き返るまで五分待ってろ! ただし能力発動条件があって、蘇生を待っている者は、全員舌を出して白目でいなければならない。だからそうしてくれ」
「なぬ? お前さんは蘇生術が使えるのか? 興味深いな! ・・・おっと! そんなことよりも! 皆の者! 体が動くなら、吸魔鬼のバラバラになった体を瓶などに別々に入れるのじゃ! そうすれば再生できん!」
博士や研究員たちは舌を出して、時々白目になりながら、吸魔鬼の肉片を掴んで瓶やビーカーに入れて蓋をする。クハハ! 間抜けだぜ!
「勿体ないからといって、いつまでも吸魔鬼の体を処分せんかったワシの責任じゃ。すまんかった、皆」
博士が舌を出して白目で謝っている間に、死人が蘇り始めた。
おおお! と歓声が上がって、蘇った仲間を皆が抱きしめている。
「まだ終わりではないのだが?」
大きく穴の開いた部屋の入り口から、突然バリトンの声が響く。
樹族の一団がワンドを構えて入って来た。
その中のリーダーらしき陰気そうな樹族が、前に出て博士に憎たらしくお辞儀をした。
「ハイド・ワンドリッター!」
博士が驚いているな・・・。まぁ恐らくは身近な弟子かなんかだったんだろうよ。それが裏切ったということか・・・。
「制御不能の吸魔鬼を倒してくれてありがとう、悪魔殿」
バチュンと音がして、俺に向かってハイド・ワンドリッターの杖先から雷撃が飛ぶ。
「無駄ぁ!」
俺がそれをアマリで斬ると、雷撃は真っ二つに斬れて霧散する。
「なに?! もう魔法無効化フィールドのスイッチは切ってあるはずだぞ! なぜ魔法を消せた?」
「その悪魔は中々多芸でな、あまり舐めない方がよいぞ、ハイド。ワシも魔法を斬る悪魔なんて初めて見たわい!」
博士はいつの間にかゴーグルをかけている。それで何を見ているのかは知らないがよ・・・。
「チィ! だが、悪魔がいようがいまいが関係ない。博士! 貴方はここで死ぬのだから!」
「!!」
ワイルダーが何かに気が付いたようだ。柄がブルリと震えた。
「キリマル! 俺を投げてくれ! 博士の左横辺りに!」
俺は考える事はせず、言われるままワイルダーを博士の横に投げる。
縦に回転しながら飛んで博士を守るように床に落ちると、カキンと小さな音がした。
ワイルダーの向こうで【透明化】よりも察知が難しい、【姿隠し】から現れた樹族の暗殺者は魔刀天邪鬼を持っていた。
博士を狙ったその一撃はワイルダーに阻まれて、暗殺者は泡を吹いて倒れる。狂い死にしたようだ。
「ええい! 失敗したか! 作戦変更だ! もう知識の吸出しはいい! 博士を殺せ!」
ハイド・ワンドリッターは一団から下がると、踵を返して一目散に逃げだした。
「博士を守れ!」
ワイルダーが叫ぶと、研究員たちや正常な状態で蘇ったオーガが博士を囲む。親を殺させてなるものかという子の気迫のようなものを彼らから感じた。
造反した樹族の中にはピンクに光るダガーを持っている者もいる。それに気づいたカナが、声に危機感を孕ませて皆に注意を促した。
「敵はビームダガーを持っているカナ! きっと博士のフォースフィールドに周波数を合わせているはずカナ! なんとしても博士を守るカナ!」
つまりあのビームダガーは、博士のフォースフィールドを貫通するという事か?
乱戦となったメインルームを俺はそっと離れた。この場は何とかなるだろうさ。あのオーガ三人はクソ強いからな。それよりも・・・。キヒヒヒ。
「計画を何度シミュレートしても勝率は七割あった! それなのに! えぇい! あの悪魔はどこから湧いて出てきたんだ!」
走りながら自分を取り押さえようとする警備ロボットを、ハイドは魔法で弾き飛ばして出口へと向かう。
「我らはただでは負けんぞ。さぁ博士よ、さっさと転移ポータルを使え。使おうとした瞬間、貴方は粉々になってデータの海を永遠に漂う事になるのだ」
「へぇ、良い事聞いた」
俺は走るハイドと並走して、隠遁スキルを解除する。
「人修羅!」
ハイドは咄嗟に無詠唱で【捕縛】の魔法を俺にかけようとしたが、こちらに向けたその腕を斬り落とす。
「ぎゃぁぁぁ!!」
「ん~! 良い悲鳴だ」
俺は目を閉じて、樹族が奏でる絶望のメロディーを楽しむ。
「お前が謀反者の親玉か? ん~?」
「違う! ぐあああ!」
俺はハイドを蹴り飛ばして寝転ばせると、肘から下のない腕を踏みつける。
「本当はお前が親玉かどうかなんてどうでもいいんだ。もっと俺に悲鳴を聞かせてくれ」
俺はもう一度、ハイドの腕を踏みつけた。
「痛い! ぐああぁぁ!」
そりゃあ痛いだろうよ。出血死しないように収縮した血管と傷口が、踏まれる事によって広がり、血を流すんだもんなぁ?
「それにしてもなんでお前らは博士を憎む?」
「博士がいては、我らはいつまでたっても神の下僕のままだ。二千年間も我ら樹族は! サカモト博士に頭を垂れて生きてきたのだ! 樹族はこの星の主だというのに!」
「で、今が独立する時だと思ったのだな?」
「そうだ! 我らのボスも博士にもそう話した! だが、博士は首を縦にはふらなかった。我らの独立を認めなかったのだ!」
「そりゃあ、まだまだお前たちの心が未熟だからだろう。お前ら樹族は陰謀や画策が好きだと聞いたぞ? そんなのを独立させたらどうなると思う? 多分自滅するんじゃないかなぁ? 博士の親心を反故にしてはいかんよ。キヒヒ」
「悪魔め! お前のようなものを使役する糞爺に、そんな考えがあるわけないだろ!」
「いけないなぁ。神の事を悪く言っては」
俺はもっと足に力を込めて踏みにじった。
「いぎゃあああああ!!」
キヒヒヒ! あぁ気持ちいい悲鳴だなぁ。だが、メインルームも静かになったことだし、お前の首でも手土産にして戻るか。
「良い声だったぜ? お疲れさん」
俺がメインルームに戻ると、敵味方の死体が沢山転がっていた。オーガがしっかりと博士を守っていたようだ。阿吽像のように博士の周囲に立ってまだ警戒している。
「ほら、土産だ」
俺はハイドの首を博士の前に投げた。胴体は爆発させたのでもうこいつが蘇る事はない。
「なんだ? どうした? 喜ばないのか?」
博士は沈んだ顔で跪いて誰かを抱きかかえている。よく見ると、ミドリごと胸をビームダガーで貫かれたカナが、博士の腕の中にいた。
「キリマル・・・。死者の蘇生を頼む・・・」
「ああ、すぐに蘇るさ。さっさと舌を出して白目をむけ」
悲しいシーンなのに皆、舌を出して白目をむいている。クハハハ! 糞面白れぇ!
俺は笑いを堪えながら、死者を刀で突いていく。
五分間の間、涙を流して祈る全員の顔が滑稽で俺には地獄だった。笑ってはいけないシリーズに出演したような気分になり、思い付きでこのようにさせた自分自身を恨んだ。
俺はそろそろかと腕時計を見る。
「おおお!」
ほいほい、生き返ったんだな? ん?
「あ? 生き返らない奴もいるな?」
その生き返らない死者の中には、カナとミドリも含まれている。
俺は信じられないという顔で博士に訊いた。賢い博士なら何か納得する答えをくれるだろう。
「なんでだ? 博士」
「きっと蘇生に失敗したんじゃろう。蘇生は受け手側の生命力も関係するからな。運が悪かったんじゃ。それから、さっきからワイルダーが返事をせんのじゃ・・・」
二人を蘇生できなかった事にズキリと心が痛んだ。人の死に心を痛める事なんてこれまでなかったのによ・・・。なんだこれは? やはりカナとミドリに情が移っていたのか?
俺が動揺していると、アマリが人型になってワイルダーに触れる。
アマリの無表情の顔に冷や汗が光るのは、良くない事が起きたからだろう。
「お兄ちゃん? いやだ・・・。あ、あ、あ、あああああ!」
突然アマリが頭を抱えて苦しみだした。
「どうした! アマリ!」
「お兄ちゃんの記憶が流れ込んでくる!」
アマリの目から光が消えた。
空中を見つめて呆然とするアマリを見て、心をチクチクさせるカナとミドリの事を一旦忘れる事にした。
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