殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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おしっこ大好きキリマル

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 赤髪の小僧はドン・レッドという。わかり易い名前だ。親分ドンというよりは太郎という名前が似合いそうだ。太い眉、暑苦しい燃えるような目、幼さが残る丸みを帯びた頬。

「普通に迷宮の入り口をキリマルが通過して、街に入れたことに驚いたぜ! ゲフィィー!」

 そのドンが生意気にもエールを飲んでゲップをした。まぁここは酒場だしいいけどよ、ゲップがくせぇ。

 ゲッターポセイドンに乗ってそうな見た目の黄色鎧のイエローは、山盛りコロッケの皿を平らげながらレッド太郎のゲップに不快感を表した。

「役人ってのはそんなもんだろ。条件さえ整っていれば何だって通すし、事務的に仕事をするもんだ」

 確かに迷宮の出入り口で死んだような目をして冒険者をチェックする役人がいたな。基本的に迷宮は冒険者以外は入れないからな。役人も俺の契約印を見るとすんなり通してくれた。

「しかし蘇生の術が使える人修羅か・・・。そういやぁ、西の大陸には蘇生ができるオーガメイジがいるらしいぞ。確か・・・。ヒザリ、ヒゴリ、いや、モンゴメリだったか?」

 俺に似た陰キャ剣士のブラックは酒を飲まないのか、得体の知れないお茶を飲んで、現人神の名前を思い出そうとしていた。

「そりゃ、ヒジリだろ。現人神の」

 チッ! 言いたくもねぇ名前を言っちまった。

「そうそう! 知ってるのか? キリマル」

「ああ、会った事がある。仲間を生き返らせてもらった」

「へ? キリマルも蘇生できるのにか?」

「俺の蘇生は完璧じゃないんでな。ヒジリみたいに遺体の一部さえあれば、蘇生が可能ってわけにはいかねぇ」

「そうなのか。だったら俺たちは運が良かったな。蛙に丸呑みされて未消化で排出されてなけりゃ、ここにはいなかったろうよ。どっかの悪い死霊術師が、俺たちの死体を見つけて直ぐにゾンビ化してくれた事に感謝だぜ。な? ウッドペック」

「うん。キリマルに出会えた事にも感謝」

 スカウトなのに信仰心が高そうだな。モモよりも僧侶に向いてんじゃねぇのか? そう思って何となくモモを見ると彼女は幸せそうな顔でチーズピザを食べている。

「で、キリマルはなんか目的があるのか?」

 太郎(レッドを勝手にそう呼ぶことにした)がピッチャーに入ったエールを、俺のゴブレットに注ぎながら訊いてきた。中々気が利くじゃねぇか、太郎。

「ああ、ある。俺は契約主のところに戻らねぇといけねぇ。しっかりと契約してもらわねぇと、あちこちに召喚されてしまうんだわ。西の大陸に行く手段はあるか?」

「船か飛空艇だけど・・・。飛空艇は運賃が高いからもっぱら、庶民は船を利用する事になりますね。でも船だと命がけの旅になります。東の大陸から西の大陸に向かう人が少ないのは、海の魔物が強くて危険だからなんです」

 青髪眼鏡のアオは視線を合わせずにそう教えてくれた。

「どっかの古代遺跡とかに、長距離転移装置みたいなのはねぇのか?」

「生憎、西の大陸のような古代遺跡やマジックアイテムには期待できないです。東の大陸は西の大陸みたいに歴史が古くないですからね」

「そうか。まぁいいさ。迷宮で飛空艇代を稼ぐからよ。蘇生屋をするのもありだな」

「蘇生屋は止めといたほうがいいです」

 アオは本を読みながら応じる。

「あー。大体察しはつくぜ? 坊さんが煩いんだろ?」

「ええ。蘇生利権で稼いでますからね、彼らは」

「どこの国でも同じなんだな。じゃあ大人しく迷宮で稼ぐわ」

「それなんだがよ」

 レッド太郎が猫のような耳をピクピクさせながら俺を見た。そういや地走り族のウッドペック以外は猫人だな、このパーティは。

「飛空艇代を稼ぐまで、俺たちのパーティにいてくれねぇかな? へへへ」

 なるほど、耳をピクピクさせてたのは緊張していたサインだったのか。だが、お前らに都合のいい条件を呑む奴なんていると思うか?

「言いたいことは解ってる。俺らみたいな雑魚パーティといるメリットなんてないってのは重々承知! でもさ、キリマルは東の大陸の事は何も知らねぇだろ? それに今はこの国で使える金も持ってねぇし、今日の宿屋も決まっていない。少しの間、俺たちみたいな世話焼きがいてもいいんじゃねぇかな? な?」

 確かに。迷宮の最下層までいきゃあ、お宝もたんまりだろうし、一週間ぐらいならいいか。もともとこいつらを利用するつもりではいたがよ。

「ああ、構わねぇぜ」

「え! いいのか?」

「ああ。その代わり、欲しいドロップ品が出たら俺の物だ。例えお前らが倒した魔物から出たとしてもな。あと俺が知りたい情報があったらすぐに集めろ」

「了解! やったぁ! 蘇生の出来る攻撃力の高い悪魔が一緒にいるんだぜ? これで一気に実力値を上げられるぞ!」

 レッド太郎は思ったことを口にするアホだ。仲間を蘇生してくれた恩返しに、俺の事を気にかけている体でやればいいのによ。クハハ。

 本音をぶちまけたレッド太郎を見て、イエローやらブラックは気まずそうに目を合わす。

 本当に気まずそうな顔してるので、話題を変えてやる事にした。

「そういや、レッド太郎は苗字があるんだな。なんでだ?」

「俺はレッド太郎じゃないぞ。ドン・レッドだ!」

「細かけぇ事ぁいいんだよ。俺がそう呼びたいかそう呼ぶんだ。なんか文句あるか?」

「ない!」

 ほんとアホだな。こいつは・・・。

「ドンは貴族で本名を名乗っている。他は落ちぶれた元貴族だし、勿論名前だって偽名だ。パーティを組んだ時にドン・レッドに合わせて、個々で色に因んだ名前を適当につけた。あとウッドペックも本名だ。こいつは最初から庶民だから、俺たちみたいに落ちぶれた家名などねぇ。ある意味羨ましいわ」

 ブラックは茶瓶から得体のしれないお茶に、お湯を注ぎ足しながらそう答えた。

「まぁお前らが貴族かどうかなんてどうでもいいけどな。さてと、そろそろ寝るかな。部屋はあるんだろ?」

「ああ、二階に上がってすぐ左の部屋だ。女はどうする? 抱くか?」

「娼婦ならいらねぇ」

「なんだ、素人が良いのか・・・。じゃあモモ。お前が相手してやれよ」

  俺の言葉にブラックは勘違いをしたようだ。

「ふえぇ? 夜伽の相手なんてした事ないよぉ」

 おい・・・。ドボドボと小便を漏らしてた女を俺に宛がうとか正気か? しかも聖職者だろ、こいつ。

「いや、そういう意味じゃねぇ。女は必要ねぇって事だ」

「なんだ、男色家だったのかよ・・・。じゃあ・・・、イエロー、お前が相手してやれよ」

 なぜそのチョイスなんだ? どうしてガチムチ系を選んだ、ブラック。

「あ? 俺がか? 攻めか受け、どっちだ?」

 その返事は攻めか受け、自分に合った条件次第では俺と寝るって事か? いい加減にしろ、イエロー。

 俺はテーブルをドンと叩いて立ち上がった。

「ぶっ殺すぞ、おめぇら。男も女いらねぇんだよ! 今日はさっさと寝るつってんだ!」

「なんだ、そういう事か! 最初からそう言えよ。深読みし過ぎたわ。すまねぇ」

 俺はブラックが口に運んでいた湯飲みの底を、押し上げるように叩いて、奴の顔にお茶をぶちまけると、テーブルの上に置いてあった部屋の鍵を掴んだ。

「じゃあな、お前ら。早速明日から金稼ぎだ。足引っ張るなよ」

 お茶で顔を濡らすブラックを見て他のメンバーがゲラゲラ笑っている中、俺は階段を上がってすぐ左の部屋に入った。

 部屋に入るとアマリが人型になる。

「キリマル、浮気した」

 はぁ、嫉妬深いねぇ。アマリさんは。

「モモの事か? あいつはアホだから考えなしに抱き着いてきたんだろうよ」

「うそ、キリマルはドキドキしたはず」

「しねぇよ! 一体どんな奴が小便を漏らす女にドキドキすんだ?」

「黒髪を後ろに束ねている背の高い悪魔が」

「俺の事じゃねぇか。いい加減にしろ。お前は俺の事を、小便が大好きな変態野郎だと思っているのか?」

「違うの?」

「違わねぇ! 俺はおしっこ大好きだ!」

 あ? 誰だ? 俺の声真似する奴は。

 ドアの隙間から誰か覗いている。アホのレッド太郎とモモだ。

「俺は三度の飯より、おしっこが大好き!」

 ばっちりと目が合ったのに、また声真似しやがった。

「黙れ。お前らそんなとこで何やってんだ」

「本当はモモのおしっこをゴクゴク飲みたかったぜ! クハハ!」

「ふぇ~。そんな事言わないでぇ~」

「黙れつってだろ!」

 調子に乗ったクソガキほど厄介なものはねぇな。酔っぱらってやがるし。

「モモのおしっこは香ばしくてうめぇ~!」

「ふえぇ~」

「黙れ。ドン・レッド」

「モモのお股は、素敵なおしっこサーバーだ!」

「そんな事ない~」

「おい! いい加減に黙れドン太郎!」

 俺がドアまで行くと、ドン太郎とモモは笑い過ぎて、腰砕けになりながら逃げていった。

「ったく。あんなアホ二人がいるパーティなんて先が思いやられるな・・・」

 俺がドアの鍵を閉めてベッドに戻ると、裸になって寝転ぶアマリが顔を手で隠して、恥ずかしそうに無毛の恥丘を突き出していた。

「私には、おしっこをする機能はない。ごめんなさい。でも気分だけでも・・・」

 アマリは片手でサイドテーブルの水差しを持つと股間に水を落とした。

 俺の周りで空気がドドドと鳴る。こういった現象は怒りの精霊の仕業らしいが、怒りが空気を震わすとはこの事だな。

 こぶしを握り締めて俺は言う。

「人を勝手におしっこ大好きキャラにすんじゃねぇぞ! ゴラァ!」

 ちょっと前までなら、ドンやモモのように舐めた態度をとる奴を容赦なくぶっ殺してたもんだが、俺も丸くなったもんだ。

 そう、それはこぼれ落ちる一滴のおしっこのように。
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