料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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レオンからの不法移民

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「それにしてもあの獅子人、なんちゅう馬鹿力だ・・・」

 感想を言えるほど冷静に状況を分析しているように思えるかもしれないが実は頭が混乱している。今は鬼イノシシの時同様天地が逆さまになっているし、相変わらずサーカは飛んでいく俺を見てニヤニヤしているしで、正直またかという感想しかなかった。

(なんで俺はこうもトラブルに巻き込まれやすいんだろうか。料理を作って皆を喜ばせたいだけなのに)

 空中にいる短い時間で脳内のナノマシンや感情抑制チップがエンドルフィンの分泌を促し、俺の心の動揺を取り除いていく。

「なんのこれしき!」

 投げ飛ばされた先の家の壁を蹴って跳躍し、走り去っていく獅子人の後ろに着地した。遺伝子強化された地球人の脚力は伊達じゃない。

「おい!やってくれたな!」

 走りながら獅子人の腰のベルトを掴むと引き寄せて胴体に抱き着き、そのままバックブリーカーの体勢入にった。

 獅子人の踏ん張る力も中々だったが、一応戦士として最低ラインの筋力(12)があるはずの俺はそのまま相手の後頭部を地面に叩きつける。

 ゴンと鈍い音がして獅子人は気絶するかと思われたが、フラフラしながらも立ち上がって盗んだパンを探していた。

「くそ! どこだ! パンを持って帰らねぇと、子供たちが腹を空かせているんだよぉぉぉ!」

(なに?)

 瞬時に目に涙が浮かぶ。腹を空かせた子供のために盗みを働いた父親の叫びは俺の心の琴線に触れたのだ。やべぇ。こういうのって漫画やアニメだけの話かと思ったけど実際目の前で見ると泣けてくるわ・・・。

「お、お前、うう・・・。腹を空かせた子供がいるのか?」

「ああ、だから・・・だから見逃してくれよ」

「でも、もう人だかりもできてるし、逃げられそうにはないな・・・」

 取り囲む野次馬の中から、麺棒を持った地走り族の男が腕まくりをして現れた。お腹がパン生地のように膨らんでいるが、やはり地走り族は怒っていても可愛い。

「やい! よくも俺の店からパンを盗みやがったな! アルケディアで盗みを働く獣人は、大概レオンからの不法移民だ! お前は見ない顔だしどうせその不法移民だろ! さぁ詰め所に行くぞ!」

 獅子人はまだフラフラしているが、建物の隅にあったカチカチのパンを手に持つと抗議した。

「どうせ捨てるパンだったんだろ! いいじゃねぇかよ!」

 パン屋の主も負けてはいない。可愛い顔をしているが、据わった目で麺棒を手のひらに叩きつけている。

「パンの状態は関係ないんだよ! 盗むことが悪い事だって言ってんだ! そんな事、子供でも知っているぞ!」

 俺が口を挟もうとしたその時、サーカが俺のパンツを後ろから引っ張った。お蔭で股間の膨らみが強調されて変態度が増す。野次馬の中のご婦人達がクスクスと笑っているぞ。覚えてろよ、サーカ。

「おい、やめておけ。盗人を擁護などすれば、お前もしょっぴかれるぞ。お前は英雄オーガのヒジリ殿とは違うのだ。獣人よりも印象の悪い、ただのアホで間抜けでアホなオーガだ。それにパン屋の言う事はもっともだ。盗みは良い事ではない」

 アホって二回言った! 二回言ったぁ!

「わかってるけど、あの獣人とその子供は腹を空かせてんだ!」

 サーカは、はぁ? と肩を竦める。

「そんな貧民はどこにでもいるだろう! 一々気にしていたら限りがないぞ、バカ者め」

 俺はパンツを掴むサーカの手に軽くしっぺをする。

 アダッ! と手を引っ込めたサーカを尻目に、俺は獅子人の前に立って小太りのパン屋の親父に手を合わせてお願いした。

「なぁ、あんた。今回は見逃してくれないか。俺がこの獣人によーく言って聞かせるからさ!」

 俺は亜空間ポケット(無限鞄だ! という驚きの声が野次馬の中から聞こえてくる)から適当に硬貨を取り出して地走り族の小さな手に握らせた。

 するとパン屋の親父の顔がみるみる真っ赤になっていく。まぁ・・・はした金で買収して罪を帳消しにしようとしてんだからそりゃ怒るわな・・・。

「あんたな、金を払ったからって、その獣人の盗みの罪が無くなると思ったら大間違いだぞって・・・げぇー! 銀貨!」

 し、しまったー! たかがカチカチのパンに、昔の地球の貨幣価値でいうところの一万円を払ってしまったぁ! これは確か、新米傭兵の一日の基本給くらいだったはず。試練の塔で傭兵と雑談した時に聞いたぞ!

 明日にでも捨てる気だったパンに大金を払った俺に対し、パン屋の親父は急激に態度を軟化させていった。

「あ、あんたはパンイチの変態オーガさんだが、毛布の上に浮き出ている紋章を見る限り、ウォール家の関係者みたいだな・・・。うん、間違いなく信用はできる。じゃあいいよ。今回は目をつむる事にしてやるさ。おい獅子人! 二度と盗みなんてするんじゃないぞ! そして、この寒空の下、頑張ってパンツ一枚で過ごすオーガさんに土下座して感謝しろ!」

 俺を真冬の汽水域で、シジミをとってそうなテニス選手みたいに言うのは止めてくれ、パン屋の親父。

 ともあれ、騒動は一件落着した。野次馬の中から獣人たちの歓声が聞こえ、樹族達はフンと鼻を鳴らして去り、地走り族は面白いものが見れたと満足して、通りは平常時に戻った。

「すまない・・・。あんたの事投げ飛ばしたのに・・・。それにウォール家の奴隷だったとはな・・・。道理で賢いオーガなわけだ。ウォール家ほどの名門なら、何だって一流品を揃えられるからオーガの奴隷も一流なんだな・・・」

「いや、俺は奴隷じゃないけど・・・。まぁいいや。それよりも俺は今からあんたの家に行くぜ? 助けたんだからお茶の一杯でも淹れてくれよな」

「そりゃ構わねぇけど、俺ぁさっきのパン屋の親父の言ったように不法移民だぞ? 白湯しか出せないが、それでもいいのか?」

 ああ、構わないと言おうとしたが、後ろでカツンと革のブーツの音がする。振り返るとサーカが低い声で唸っていた。

「その話を聞いてお前を逃がすと思うか? 獅子人。私は王国近衛兵騎士団独立部隊隊員サーカ・カズンだ。お前を逮捕する」

「げぇ! ”憤怒“のとこの隊員だと・・・?!」

 獅子人は驚いてパンを落としてまた拾った。

 というかシルビィ様はどんだけ名前を轟かせてんだよ。外国人にまで名前が知れ渡ってるじゃないか。

「つっても仮隊員だろ。大して権限もないんだから黙ってろよ、サーカ」

 俺とサーカのやりとりに獅子人は混乱し、逃げるべきか留まるべきか迷っているように見えた。

「大丈夫だ。この口の悪い女の任務は俺の監視だからさ。それ以外は一々城まで行って、シルビィ様の指示を仰がなきゃならない仮隊員なんだ。気にしなくていいって」

「でも後々逮捕されるんじゃなぁ・・・」

 確かに・・・。このままだといずれこの獅子人は逮捕されてしまう。

「不法移民に対しての救済措置はないのか? サーカ」

「不法移民が闇側の種族でなければ、救済措置はある・・・が、大っぴらにはしていない」

 不満そうな顔しやがって。そんなに手柄を立てたいのかよ。でもこんなの逮捕しても・・・。いや小さな積み重ねが大事だとエリムス様も言っていたか・・・。

 俺はなんとか獣人を逮捕させないよう試みる事にした。

「で、救済措置とはなんだ?」

「大っぴらにしていないと言っただろう。それに不法移民の程度による。ただの経済難民だった場合、救済措置にただ乗りする狡賢い奴も現れるからな。私はシュラス国王陛下が、いずれそういったヘマをやらかすのではないかと危惧しているのだ」

「はぁ、シルビィ様をディスった次は、国政批判か? お前もしかして老院側じゃないだろうな?」

「なんとでも言え。私は自分が思った事を言ったまでだ。で、どうするのだ? その男の生活状況を見て救済措置の条件に合うかどうか、私は査定しにいく事もできるぞ?」

 俺に【火球】を当てた負い目があるのか、サーカは譲歩してくれたように見えた。火傷した甲斐があったな。もう治りかけてるけど。

「じゃあ査定を頼む、サーカ。では家まで案内してくれ、えっと獅子人さん、名前は?」

「トウスだ」

「よろしくな。トウスさん」

「ああ・・・」

 獅子人はまだ不安があるのか、浮かない顔で先を歩き出した。

「トウス・・・?」

 サーカが人差し指の横腹を軽く唇で噛みながら、何かを思い出そうとしている。癖なのだろうか?

「どうした? サーカ」

「いや・・・」

 んだよ、変な奴だな。まぁ出会った時から変な奴だったが。

 それにしても俺たちはまだ全然トウスさんに信用されてないな。そりゃそうか。仮隊員とはいえ、なんか凄そうな部隊の関係者だもんな、サーカは。本隊員になると警察権限もあるみたいだし・・・。あ、そういや俺も一応関係者か。

 夜になって寒さが増して息が白い。マントを手繰り寄せて俺は身震いする。

(そういや早く服を見つけないと。さっきからサーカが俺のパンツの股間辺りをちらちらと見て、顔と長い耳を赤くしているし。ほんと樹族はエロい奴が多いなぁ・・・)



 トウスさんに案内され、俺達は旧市街地を抜け、更に貧民街を抜けた粗末な門を抜けた先の森の中まで来た。

 横を歩くサーカが小さな声で俺に何か言っているが聞こえない。身長差があり過ぎるのだ。俺は2メートル50センチある。サーカは樹族の平均である150センチくらいだ。ヒソヒソ話をするには秋の夜の虫が煩い。

 仕方がないので俺はサーカを片手抱きをして話を聞く事にした。

「うわっ! 貴様!」

「仕方ないだろ、こうしないと聞こえないんだからよ。横でなんか言われても、不審者が独り言呟いているようにしか見えないぞ。さっきから何を言ってんだ?」
 
 サーカは魔法の光で照らされたトウスの背中を見て小さな声で俺の耳に囁いた。くすぐったいし、変な気分になる。

「あのトウスって獅子人は、もしかしたら獣人国レオンで暴動を起こした犯罪者かもしれない。トウバの息子トウスなら大物だぞ」

「だったらトウスって正直に名乗るか? 普通は偽名を名乗るだろ」

「私がシルビィ隊の者で【読心】を習得しているかもしれないと思っているのだろう。嘘をついたところでバレると諦めたのだ。それにこんな森奥深くまで案内するのはおかしくないか? 他にも仲間が潜んでいるかもしれないぞ。一人ではオーガと騎士を相手にするのは不利だから、おびき出して仲間と共に我らを襲う気かもしれん。警戒しろ」

「んな、バカな・・・」

 ―――ガサガサ

 周りの茂みが動いた。くそ、サーカの言う通り間違いなく俺たちは取り囲まれているな・・・。

「な? さぁ、直ぐに戦えるよう私を下せ」

 俺はサーカをそっと下し、魔法の灯りが消えない事を祈る。

 こんなところで暗闇になられたら俺は何も見えなくなるからだ。サーカは【暗視】の魔法が使えるからいいけど、俺は夜目が利かない。獣人は勿論、夜目が利くだろう。

 そうなると、サーカ一人が俺を守りながら複数の相手と戦う事になる。

 こんな時に悪い予感は当たるものだ。サーカの【灯り】の光源がゆっくりと瞬きだした。

「おい、サーカ。灯りを頼む」

 しかし横でサーカは夢中になって自己強化魔法をいくつもかけている。戦いに備えているのは解るが、連発しすぎだろ。

「おい、お前。魔法は日に何回唱えられるんだ?」

「各位で三つずつ。第五位階魔法までだ」

「合計十五回か。じゃあ安心か・・・」

 しかし、そんな事はなかった。サーカは灯りの魔法を唱えた途端、怯えだしたのだ。

「ふえぇぇ。魔法が尽きたよぉ、オビオォ!」

 げぇぇ! こんな時に! こいつの魔法の使い方は無計画過ぎる!

「なんでだよ! 今日は【灯り】と【火球】と強化魔法っぽいのをいくつか唱えただけだろ」

「各位の強化魔法を、パワーレベル限界まで使って唱えちゃったから・・・」

 パワーレベル? つまり一つの魔法に魔法使用回数を全振りして強化できるって事か?

 くそ、それにしても弱気になったサーカは糞可愛い。指先を合わせて申し訳なさそうにしている。なんだか守ってあげたくなるじゃないか。こんな絶体絶命のピンチに誰かを可愛いと思える俺も頭がおかしい。

「仕方ねぇ。俺の後ろに隠れてろよ、サーカ」

「お願いします・・・」

 俺は亜空間ポケットから中華鍋と鉄のお玉を取り出す。・・・これ、武器でも盾でもないんだけどな。

 案の定、茂みが一斉に動いてそこから獣人たちが飛び出してきた。

「神様、俺とサーカを守ってくれ」

 地球で神頼みすると笑われるが、ここでは普通のようだ。

 弱気になっても口の悪いサーカだが、神頼みしている俺に何も言わない。

 さぁ来い! 戦闘に向いていない俺でもやれるとこを見せてやるぞ! 不安や恐怖がナノマシンや感情制御チップのお蔭で抑えられ、心が冷静に平坦になっていく。

「お父ちゃん!」

 茂みから出てきたのは幼い獣人が4人。

「ふぇ?」

 俺は肩透かしを食らって気の抜けた声が思わず漏れてしまった。

 皆トウスの子なのか、獅子人だ。たてがみはまだない。

「おお、お前ら小屋で待ってろって言ったろ。ほらパンだ! 四人で分けろ」

 トウスがニコニコ顔で息子たちを抱き寄せて頬ずりした後、パンを手渡した。

「やった! 僕もうお腹ペコペコ!」

「そのパンを食べるの、ちょっと待った!」

 俺は理由があって、子供たちがフランスパンによく似た、とても長いパンを四等分するのを止めた。

 が、弱気になったサーカが、俺の毛布をぎゅっと握っている事を忘れて、前に出てしまった。

 毛布は剥ぎ取られ、俺はパンツ一枚の姿になってしまった。

「わぁぁ! 変態オーガだ!」

 魔法の灯りの中で、パンツ一枚でパンを食うなと言うオーガを見たのだから、そりゃ子供たちも怯えるわな・・・。

「変態じゃねぇし。サーカ、お前のせいだぞ!」

「ふえぇ。ごめんなさい、変態オーガ様ぁ・・・」

 こいつ・・・。やっぱり弱気でも性格悪い。サーカを一瞬でも守りたい、とか思った俺がバカだった。

「お前たち、この人はオビオってんだ。今日、父ちゃんを街で助けてくれた良いオーガなんだよ。変態とか言うな・・・」

 と言いつつも、咳払いして咎めるような目で俺を見てるよ、トウスさん。心の底で、俺の事を変態だと思ってんだろ? くそぉぉ!

「オーガのお兄さん、御免なさい。でもなんでパンを食べちゃダメなの?」

「お兄ちゃんな、料理人なんだ。だからそのカチカチのパンをもっと美味しくできるんだよ」

「ほんと? だから鍋とお玉を持ってるの?」

「そ、そうそう」

 なんだか、トウスさんを疑った自分が恥ずかしいな・・・。サーカが要らん事言うからだぞ。

 俺は振り向いて「ギッ!」とサーカを睨んだが、「ふえぇぇ」と弱々しい声が返ってきただけだった。

 まぁでもサーカの警戒も当然か。この命が軽い世界において、自分に不利益になる存在を消そうとする奴が、そこかしこにいてもおかしくはない。たまたまトウスさんが優しいお父ちゃんだったから良かったものの、本来ならサーカが正しいのだ。

 少し進んだ先に、小屋とは言い難いシェルターのような、手作り感満載のトウスさんの家があった。

(きっと何も持たずに子供を連れて、獣人国から逃げてきたのだろうな)

 俺は目頭が熱くなったが、今はそれどころじゃない。お腹を空かしている子供たちがいるのだと自分に言い聞かせて焚火の近くで料理の準備を始めた。
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