料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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辺境伯の弟

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 繁栄するモティの首都の横にある谷は深く、底から空を見上げる暗殺者達が、存分に日光を浴びる事はない。

 人を殺すために谷底から出る時は、決まって夜だからだ。昼間に出られるとしても、仕事場所は暗所。

 ましてや谷底の暗殺ギルドで、鎖に繋がれる樹族の少女が、太陽を拝める日は来ないだろう。

 前に立つ手練の暗殺者二人の会話が、項垂れる少女の耳に響く。

「聞いたか? パトロンのカクイが樹族国に連れて行かれたらしいぞ」

 オークは下顎から長い犬歯が突き出ているので受け口だ。どこか、空気の抜けるような喋り方は聞き辛い。

「カクイは教皇から支援を受けていたはずだ。援軍もあったと聞いたぞ。そん中でどうやってカクイを連れ出せるんだ? お前、同じことが出来るか?」

 相棒のゴブリンは、オークを試すように話を振った。

「出来るだろ。侯爵の騎士団が一つに王国騎士団が一つ、それにSランク冒険者が俺のバックにいたならな。ブボボ!」

 オークは豚のように笑って、同時に屁をこいたので、ゴブリンは咄嗟に鼻を押さえる。

「お前、笑うと肛門が緩むよな。その癖は治したほうが良いぞ。暗殺の時にボロを出す事になるからな」

「おっと! 悪い悪い。お嬢ちゃんも臭かったろう? すまねぇ」

 オークは、視線を樹族の少女に移して悪気なく謝る。が、謝ったところで少女からは何の反応もない。

「もう少し成長してたらなぁ。慰み者にするのによぉ」

 そう言って、オークは少女の胸を触ろうとしたが、ゴブリンがそれを止める。

「止めろ。カクイが金を出さなくなった代わりに、教皇がこの少女の事を嗅ぎつけてパトロンになったんだぞ。大事な商品に傷なんか付けるな。くだらねぇ事で死にたくはないだろ?」

「そうだった。あぶねぇ」

 熱い物でも触ろうとしたかのように手を引っ込めるオークの耳に、聞き慣れない声が聞こえてきた。

「ん~? あぁ、あの声は・・・。ブラッド様だ」

「ああ、あの方か。となると、この少女は玩具にされるんだろうな。可哀想に」

 監視役として、それ以上でもそれ以下でもないゴブリンは、少女に特段情移入はしていない。お愛想程度に同情して、廊下から聞こえてくる樹族の独り言に耳を傾けた。

「そんな触媒が本当にあるのか? あったら兄上が真っ先に見つけておる。ガセ情報だったら、ただじゃおかんからな、全く。ブツブツ・・・」

「ブラッド辺境伯の弟がそろそろ来る。場所を空けろ」

 ゴブリンはオークに指示を出して、部屋の隅に立った。

「ご苦労、ドブ底の蛆虫ども」

 辺境伯の弟は部屋のドアを開けて、暗殺者二人を一瞥する事もなく、ツカツカと少女の前まで歩いてくる。

「ふむふむ。なるほどなるほど」

 頭頂部で髪を無造作に束ねただけの樹族の男は、少女の長い髪を触り、衣服をたくし上げて腹を観察し、次に目を覗き込む。

「目に光がない。心を閉じているな。まぁどうでもいいが」

 辺境伯の弟は目に装着しているゴーグルを外して、少女の足元を注視する。

「ほうほう、これが例の鱗粉か。灰色の煤にしか見えん。カクイはよくこれに気がついたな。これで何日分だ?」

 床に薄く積もった粉を指に付けて、辺境伯の弟はペロリと舐めた。

「へぇ、一ヶ月分で。ウノ・ブラッド様」

 オークの返事に、ウノと呼ばれた辺境伯の弟は眉根を寄せる。

「一ヶ月でたったこれだけ? 触媒にするのに必要な量は?」

「半年分です」

 ゴブリンの返事に対し、食い気味にウノは質問を被せた。

「どれだけの在庫がある?」

「それが・・・、カクイ様が存在消しの短剣を作るために、全部使ってしまいました」

 ウノは立ち上がって、深くため息をつき、肩を落とした。

「では、半年後にまた呼んでくれ」

 部屋を出ていこうとするウノを、ゴブリンとオークは追いかける。

「いやいやいや、待ってくだせぇ! ウノの旦那! それじゃあ困るんです。何とか生産性を上げてもらわねぇと、俺らが上からどやされるんでさぁ」

 ゴブリンがウノの腕を掴もうとすると、直前で空間が歪み、肘から先が消えた。そして少し離れた、なにもない所から自分の腕が生えてギョッと驚く。

「の、能力者! しかも空間系の!」

 ゴブリンが恐れ慄いて手を引っ込めると、消えた肘先は元に戻った。

「何人もワシに触れる事はできん。兄上でもな。だから好き放題、生きてこられた」

 統治者と探求者の二足のわらじを履く兄と違って、自分は純粋な探求者として生きてこられた。好きな時に好きな場所に行き、好きなだけ研究が出来る。これは神がそうしろと指示しているのだと、ウノは心の中で勝手に解釈をして、部屋の天井にキスを投げて感謝する。

「さて本題に戻ろう。教皇が鱗粉を欲しがるのは解るが・・・」

 部屋を出ていかず、その場で考え事をしだしたウノを見て、ゴブリン達は安堵した。このまま帰られては、楽して儲かる監視役を確実に外されるからだ。

「いや、待てよ? 何も鱗粉が落ちるのを待たなくても・・・、よいのではないかの?」

「俺達に言われましても・・・」

 間抜け面をするゴブリンとオークを見て溜息をつき、ウノは腰の短剣を抜くと、少女の長い耳を一気に削ぎ落としてしまった。

「ぎゃああああ!!」

 部屋に少女とオークとゴブリンの悲鳴が交じり、響き渡る。

「旦那ぁ! 困りますぜ! 大事な商品なんですから!」

 オークの泣きそうな顔を見て、ウノは「カッカッカ」と笑った。

「まぁ見とれ、ワシの勘は当たる。これで存在消しの武器の生産量は、一時的に上がるだろうて」

「上手くいったとしても、耳はまた生えてきたりしないんですぜ? ウノの旦那!」

 ゴブリンの言葉に、眉を最大限上げてウノはとぼけた顔をする。

「教皇からは、触媒の生産量を上げろとは言われたが、永続的に上げろとは言われとらんが? それに本体さえあれば、鱗粉は落とすじゃろう?」

 こんな事も理解できないのかと見下すウノに、ゴブリンとオークは上が震え上がった。勿論、上がこの件をどう判断して、自分たちに処分を下すかという事に対してだが。

「そ、そんなぁ・・・」

 触媒を手にして上機嫌のウノは、また乾いた声で短く笑うと、部屋を出ていった。

「もしかしてよぉ、探求者ってこの世で一番怖いんじゃねぇか?」

 オークが相方のゴブリンを見つめて言う。

「暗殺者の俺らでも、鼻くそ程度にゃ情けはあるけどよ、探求者は研究対象に容赦がねぇからな」

 ゴブリンは、片耳を失くしすすり泣く少女を見て、多少は同情したのか、その傷跡にそっと布を当てた。
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