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愛してるよ、坊や
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あれだけいたグランデモニウム軍はどこへ消えたのか。戦況が不利になるとグランデモニウム軍のゴブリンは真っ先に逃げ、オークはまだ息のあるオーガを担ぐと、自慢の強い足腰で戦場から離脱し始めた。
なにせ元仲間が無尽蔵にゾンビとなって襲い掛かってくるのだから。
死に際まで戦い続けたオーガの死体と、素早く動く獣人の死体が真夏の日差しを受け、風が死臭を運ぶ。
悪臭に顔をしかめるカズンの横で、召喚士兼死霊術使いのモズクがドラゴンゾンビを召喚し、更に臭いが酷くなった。
「あの鉄傀儡の装甲以外を覆う黒布程度、腐食ブレスの前では無力です」
背後に元上位竜を従えるモズクが自慢げにそう言うので、悪臭で鼻声となったカズンは疑問を呈す。
「こんなバケモノまで召喚できるのか。流石だな。だが、あの布は何らかの魔法が付与されているが大丈夫か?」
「問題ありません。ブレスは物理攻撃です。その布自体を腐らせて、コクピットまで浸食するのです」
「ふむ。それは頼もしいのだが、モズク。そこに立っていると、ブレスの直撃を受けると思うぞ」
「オプス!」
モズクは急いでドラゴンゾンビの後方に立ち、シズクを呼ぶ。
「シズク! ムダン卿をこちらへ!」
シズクは頷くと、樹族の中でもヘビー級のムダンを軽々と抱えて跳躍し、主の横に立った。
カズンは素早く王と鉄傀儡の間に立ちはだかると、ワンドを掲げて【閃光】の魔法を使用し、すぐさまその場を離れる。
「くっ! 小賢しいことを! 目くらましの効果なんて一瞬だよ」
デカイが喚いている間にも、疾風のようなシズクが王とファイアを抱えて、安全地帯まで運んだ。
「終わりだ」
カズンが指を鳴らすと、モズクがロングスタッフを掲げると、ドラゴンゾンビが腐肉をまき散らし、崩壊しながらブレスをビコノカミ・プロトタイプの背中に浴びせた。
この一息の為に召喚されたドラゴンゾンビは、幻のように消え、大地に腐汁の染みのみを残す。果たしてブレスの効果はあっただろうか?
「あー? 何が終わりなんだい?」
―――答えは否。
全長七メートルの鉄傀儡が立ち上がる。そして威嚇するようノシノシと歩き、再びしゃがみこむとカズンたちを睨みつけた。
「チィ! しぶといババァめ! 確かに鉄傀儡の布は溶けているが、それまでだったか・・・」
カズンが悪態をつくも、それは負け惜しみでしかなかった。
「全員武器を捨てな。ワンドもだ」
「うぉぉぉ!! この命、燃え尽きようとも、私がっ! 王を守る!」
気力で何とかなる状況ではない。魔法の棍である永久機関を支えにして立つファイアの雄たけびは、か細いが良く通る声に消された。
「ぜ、全員武装を解除しなさい。人質となれば、まだ生き延びる道はあります」
王は頭を抱えて地面にうずくまったまま、そう命令した。
「しかし陛下!!」
ファイアの抗議をムダンが冷静に叱る。
「王命であるぞ。(くっ! 王がここまで腰抜けだとは思わなかった。次回があるならば、前線に出てくるのはお控え願おう)」
その一声に、ワンドリッター達もワンドを投げ捨てて両手を上げた。勿論、カズンたちも従う。
「恨むぞ、モズク」
「す、すみません」
委縮しながらも首を捻るモズクを睨んでいると、鉄傀儡からしわがれた声が聞こえてきた。
「さぁ、こいつら全員ふんじばりな。オーキン、スカー、ベンゾウ」
「へい!」
ふざけて三下みたいな返事をするオーキンは、まだ動ける近衛兵騎士がこちらに向かって来るのを見て躊躇する。
「心配ないさ、オーキン」
―――ズドォン!
爆発のような音が聞こえて、近衛兵騎士たちが吹き飛ぶ。丸太が地面をえぐって土ぼこりを上げ、地面に深々とつき刺さっていた。
「オデか! たまにはアーチャーらしい事すんじゃねぇか」
遠くで、オデがサムアップしている。
「二つ名が、乱戦アーチャーなのにね」
すぐに弓を捨て、大矢一本で乱戦に加わるのでそう呼ばれているのを、チャールズは知っていた。
「早くしな。それから、チャールズ坊や・・・。愛してるよ」
デカイが突然、奇妙な事を言ったので、驚いたスカーが目を剥いてビコノカミ・プロトタイプの顔を見る。
「何言ってやがんだ、ババァ。死ぬ寸前みたいな事いってんじゃ・・・」
―――ドチャァ!!
ビコノカミ・プロトタイプの胴体の隙間という隙間から、腐った粘液のようなものが流れ落ちる。
「おばあちゃん!?」
「フハハハハ!」
涙して叫ぶチャールズとは対照的に、カズンが笑いながら、手首を縛ろうとしたオーキンを振り払う。
「今頃、効果が出たか。驚かせよって。侯爵の皆様方。我が軍が勝ち名乗りを上げても問題ないですぞ」
「どういうことだ? モズクの召喚したドラゴンゾンビのブレスは効かなかったのでは?」
ワンドリッターの問いに、カズンは答える。
「体を蝕み溶かす中、このゴブリンめは根性だけで動いていたのでしょう」
「恐ろしい老女だな。だが敵ながら天晴」
ムダンがそう言って褒めるも、視線は気の毒なチャールズに向いている。
「さぁ、下がれ。オーガたち。この老女の勇ましさに免じて、貴様らは見逃してやる」
「勝手に決めるられては困りますぞ、ムダン殿」
奴隷の欲しいブライトリーフが慌てて抗議する。
「貴殿こそ、欲望が透けて見えるな。手土産はこの鉄傀儡だけでよかろう。これ一機で、我がが軍の人質全員が返ってくるのだ。それ以上を願えば、上手くいく交渉も上手くいかんようになる」
「くっ」
ブライトリーフが諦めて、肩を落とす姿は年老いたネズミのようだった。
「こっからの逆転の確率は?」
スカーはベンゾウに小さな声で尋ねる。
「ゼロだな。無謀な事をするなよ? 俺たちが今まで戦場で生き延びてこれたのは、オーガらしくない思考をしていたからだ」
「わかってるさ。俺はバーサク化なんかしねぇ。引き際は心得ている。それにしても、チャールズが不憫でならねぇな」
何度も名を叫んで、腐汁を手ですくうチャールズの手が火傷のように火ぶくれしている。なので、ベンゾウが彼の手を叩いて、汁を落とし、手ぬぐいで手を拭いてやる。
「聞け。チャールズ。お祖母ちゃんの、最期の言葉はなんだった?」
「あい・・・。うぇっく。チャールズ、愛しでるっ!」
「そうだ。愛したお前の体を己で傷つけたら、お祖母ちゃんは悲しむと思うぞ」
「う・・・。うん」
チャールズは涙を拭こうとしたが、手がパンパンで痛い事に気が付いた。水ぶくれ状態である。その手を白い手が包み込んだ。
「あ、あんたは」
チャールズの手を癒しているのは、敵の僧侶であるスカンだった。
「そんな事したら、お偉いさんに怒られるんじゃねぇのか?」
スカンは首を横に振って、にこりと笑った。
「樹族なのに心が広いんだな。まるで女神様のようだだ。ありがてぇ」
スカーは恐る恐るカズンたちを横目で見た。
彼らはどうやって鉄傀儡を運ぶかの話ばかりしている。
「ありがとうございます、お姉ちゃん」
チャールズは何かを期待するような目で見ている。それに気づいたスカンは申し訳なさそうに首を横に振った。
チャールズが何を考えているか、見抜いたスカーは彼を諭す。
「そこまで望むのは、厚かましいってもんよ、チャールズ。施設外での蘇生は高額な触媒なんかが必要だからな。彼女の首のプレートを見ろ。金クラスの冒険者だ。金クラスと言っても、所詮は冒険者。そんな貴重な触媒を、敵の為にホイホイ使えるわけねぇ」
「うん・・・」
しょげるチャールズの返事をかき消すどよめきが聞こえた。
「おぉ、【軽量化】が通った!」
ムダンが嬉しそうにそう言って、髭をしごいている。
「流石はムダン殿。良い部下をお持ちで」
ブライトリーフのゴマすりに更に気を良くして、ムダンは解説する。
「部下曰く、中のゴブリンが死んだことで、魔法無効化の為のマナが無くなったとのこと。だから軽量化が通ったのだ、と。だから誰がやっても、魔法は通ったのだがな。ガハハ!」
「おぉ! しかしそれに気が付いたのは、紛れもなく貴方の部下の功績ですよ」
「そうか? ガッハッハ! 皆、こやつのお陰よ」
鉄傀儡の破片を拾い、観察していたモズクの細い背中をムダンはバシバシたたいた。
「ゲホホッ! お褒め頂いて感謝の極み・・・。褒美は、この破片で良いです」
地球にはない鉱石で出来た金属が珍しかったので、モズクはつい褒美を強請ってしまった。
「未だ戦場は混乱しておる。今はその段階ではない。だが、その一片であれば問題なかろう。褒美は後に正式に出す」
普通は侯爵レベルの人物が、奴隷と会話をすることはないが、ムダンの気さくさが、そういった垣根を壊す。
「さぁ、鉄傀儡を運べ。これからグランデモニウム王国の貴族と会談だ。終戦の鐘を鳴らせ!」
「原っぱで会談が始まったようだな」
まだ鐘の音の余韻が残る中、急遽、大きな天幕が砦の外に作られ、その中へ続々とグランデモニウム王国の貴族たちが入っていくさまを、砦の上から見たスカーは皆にそう伝えた。
未だ未練を断ち切れないチャールズに寄り添うスカー達は、スカンがまだここにいる事を不思議に思う。
「あんたはなぜ、帰らないんだい? おっと、喋れないんだったな。ごめんよ」
彼女の周りをいつの間にか、二匹の朧月蝶が飛んでいる事に気が付いた。
スカンはゼスチャーで天を指し、蝶を指し、それからチャールズを指した。
「うん? わからねぇや。わかるか? ベンゾウ」
「わかんね」
困ったように微笑んで、彼女はチャールズのもとへと行く。
チャールズは腐臭漂うゼリー状の汁の前で、魂が抜けたように座っている。
「お祖母ちゃん」
もう泣いてはいないが、動く気力もなく、祖母の亡骸の近くから離れるつもりもない。ここに衛兵等が来ないのは、カズンが根回ししたお陰だが、知る由もなく。
気が付くといつの間にかやって来ていたスカンが、しゃがんで目線を合わせてきた。その目はどこか真剣だった。
そしておもむろに、木の棒で地面に何かを書き始めた。
「なんだ、なんだ?」
スカー達も寄ってきて、スカンが何を書いているのか、見守った。
「ん~と。共通語で、書いてあるな。オーガの神の命令で、あなたの祖母を生き返らせます。しかし、元々の寿命は長くない。生き返っても、三年で虹の橋を渡ります。やがて来る彼女のそれを受け入れる覚悟があるなら、蘇生させます。だって?!」
虹の橋を渡るという表現に一瞬、頭が混乱したがスカーだったが、共通語でも言い回しが違ったりするので、違和感があるものなんだなぁと感心した。オーガなら普通に死という言葉を使うが、それが彼女の感性なのか、樹族が死という言葉自体を忌避しているせいなのかはわからない。
「う、嘘じゃないよね?! お姉さん!」
頷いてから、スカンは跪いて、手を胸の前で重ね、黙って祈り始めた。
「おい、触媒は?!」
スカーの心配も最もだ。触媒があるかないかで、魔法や祈りは成功率に差が出る。触媒自体に何らか魔法の効果があるわけではない。触媒を持ってイメージ力を強化し、不安要素を取り除く―――、言ってみればプラシーボ効果である。
それでもこの星では、思い込む力というのは大事で、何かを妄信する者や狂人、変人の方が強いのはそういった理由がある。マナは想いを現実に変える力の素。
「信じようじゃないか、スカー」
ベンゾウの言葉にスカーは鼻の下を擦った。
「へへっ。そうだな。折角オーガの神様がチャールズの願いを叶えてくれるんだ。俺たちが信じないでどうすんだって話だ」
「マゾのスカーは、生き返ったババァにどやされて、エクスタシー感じたいだけだろ。魔傀儡に凹された時、お前喜んでたじゃねぇか。あの表情の少ない魔傀儡でも、顔を引きつらせてドン引きしてたぞ」
「うるせぇぞ、オーキン。豚鼻フックで辱めるぞ!」
「いや、もう既に豚鼻だけどな・・・」
「シッ!」
チャールズに注意されて、全員黙る。
彼女の周りで飛ぶ、朧月蝶を見ながらチャールズは思う。この僧侶の神は樹族の神なのに、どうしてオーガの神の命令を聞くのだろうか、と。
そして辿り着いた答えが、神そのものに言葉を貰った事自体が、聖職者の名誉なのだと。彼女の恍惚とした表情がそれを物語っている。どの種族も神は神と認識しており、誰もが敬意を示す。悪神もまた神なり。
悲しみに暮れる小さき存在に手を差し伸べるオーガの神。そして、その悲しみを取り除くべく、力を与えられた樹族神の僧侶。
「きっとオーガの神は、僕に憎しみに染まってほしくないんだ。皆で助け合って生きろと言ってくれているんだ」
まるでそれが正しい答えだったかのように、腐臭を放つ粘液が光り出した。
光が強すぎて目が眩む。復活の瞬間を目に焼き付けようとしていたチャールズだったが、つい目を閉じてしまった。
そして再び目を開けたその時。
自分に抱き着く懐かしい匂いがあった。
「あぁ、坊や」
「お祖母ちゃん!!」
「あたしゃ、もう少しで記憶の太陽に飲み込まれるところだったんだ」
「記憶の太陽?」
「あぁ。輪廻転生する為の太陽さ。あそこに取り込まれればおしまいだったね」
「でもなんで助かったの?」
「それがねぁ・・・、あれがオーガの神か、あたしゃ自信がないんだけど、黒髪ポニーテールに、一繋ぎの黒服を来たオーガと、ピンクのイービルアイが現れて、私の手を掴んだ途端、気が付いたらここに立ってたんだ。凄くハンサムなオーガだったよ」
「サカモト神って、そんなだったかなぁ? でもね、僕、とっても嬉しいよ! お祖母ちゃんが戻って来てくれて! そうだ! お祖母ちゃんを生き返らせてくれたのは、この人だよ」
チャールズはスカンを指さした。
スカンは恥ずかしいのか、フードをもっと目深に被る。
「ありがとうねぇ。あたしゃ、いっぱいあんたの同胞を殺したのに・・・。本当は殺したくなかったんだけど命令で仕方なかったんだ。そうだ、何かお礼をしたいんだけど」
デカイが腰のバッグをゴソゴソと漁り出したので、スカンは慌ててその手を止め、顔を横にブンブンと振った。
「でも誰かを蘇生させたら、莫大な金額を払わなければならないんだろう?」
スカンは慌てて、地面に何かを書き記した。
「なになに? 今回は神の奇跡を経験させてもらったので、お代はいりません。普通の祈りの蘇生であれば、触媒もなしに祈れば、失敗していたであろう案件ですから。だって?」
うんうんと大きく頷く、スカンの謙虚な態度に、デカイは感涙し、ハグする。
「あぁ、なんて良い子なんだい! 樹族にしとくのは勿体ないね。連れて帰りたいくらいだけど、そうもいかないみたいだね。あんたの仲間がこっちに来る。もっとお礼が言いたかったけど、ここまでにしとくよ」
カズンの根回しの効果が切れたのか、近衛兵がゆっくりとこっちに向かって来るのが見えた。
「ほら、帰るよ。三馬鹿ども。いや、ベンゾウは馬鹿じゃないから二馬鹿か」
「ひでぇ」
「ブヒッ!」
スカーとオーキンが不服そうな顔をするも、それに構っている余裕はない。
「坊や、【浮遊】(名前は浮遊だが、ゆっくりと落下するだけの魔法)をよろしく」
胸に抱かれるチャールズは祖母のいわれるがまま、他者付与のスキルを使って、魔法で全員に【浮遊】の魔法をかけた。
「じゃあね、嬢ちゃん。この恩は一生忘れないよ! もし、我が国に来て困り事があったら、私かチャールズに相談しな。ドブ川沿いのガレージに住んでいるから、すぐわかるよ!」
そう言ってデカイたちは砦の壁から次々と飛び降りていった。
スカンは彼らが見えなくなるまで手を振ると、胸に手を当てる。まだ神が話しかけてくれた事に興奮しているのだ。心臓が煩く高鳴っている。
(生まれて初めて神の声を聴いた。この奇跡、教皇様は認めてくれるかしら?)
北に見える霊山オゴソから時折吹いてくる、涼しい風がスカンの充実し、火照った頬を優しく撫でてくれるのが気持ちよかった。
(きっと認めてくれるはず。宿屋に帰ったら、この事を手紙に書いて、神聖国の認定を待ちましょう)
なにせ元仲間が無尽蔵にゾンビとなって襲い掛かってくるのだから。
死に際まで戦い続けたオーガの死体と、素早く動く獣人の死体が真夏の日差しを受け、風が死臭を運ぶ。
悪臭に顔をしかめるカズンの横で、召喚士兼死霊術使いのモズクがドラゴンゾンビを召喚し、更に臭いが酷くなった。
「あの鉄傀儡の装甲以外を覆う黒布程度、腐食ブレスの前では無力です」
背後に元上位竜を従えるモズクが自慢げにそう言うので、悪臭で鼻声となったカズンは疑問を呈す。
「こんなバケモノまで召喚できるのか。流石だな。だが、あの布は何らかの魔法が付与されているが大丈夫か?」
「問題ありません。ブレスは物理攻撃です。その布自体を腐らせて、コクピットまで浸食するのです」
「ふむ。それは頼もしいのだが、モズク。そこに立っていると、ブレスの直撃を受けると思うぞ」
「オプス!」
モズクは急いでドラゴンゾンビの後方に立ち、シズクを呼ぶ。
「シズク! ムダン卿をこちらへ!」
シズクは頷くと、樹族の中でもヘビー級のムダンを軽々と抱えて跳躍し、主の横に立った。
カズンは素早く王と鉄傀儡の間に立ちはだかると、ワンドを掲げて【閃光】の魔法を使用し、すぐさまその場を離れる。
「くっ! 小賢しいことを! 目くらましの効果なんて一瞬だよ」
デカイが喚いている間にも、疾風のようなシズクが王とファイアを抱えて、安全地帯まで運んだ。
「終わりだ」
カズンが指を鳴らすと、モズクがロングスタッフを掲げると、ドラゴンゾンビが腐肉をまき散らし、崩壊しながらブレスをビコノカミ・プロトタイプの背中に浴びせた。
この一息の為に召喚されたドラゴンゾンビは、幻のように消え、大地に腐汁の染みのみを残す。果たしてブレスの効果はあっただろうか?
「あー? 何が終わりなんだい?」
―――答えは否。
全長七メートルの鉄傀儡が立ち上がる。そして威嚇するようノシノシと歩き、再びしゃがみこむとカズンたちを睨みつけた。
「チィ! しぶといババァめ! 確かに鉄傀儡の布は溶けているが、それまでだったか・・・」
カズンが悪態をつくも、それは負け惜しみでしかなかった。
「全員武器を捨てな。ワンドもだ」
「うぉぉぉ!! この命、燃え尽きようとも、私がっ! 王を守る!」
気力で何とかなる状況ではない。魔法の棍である永久機関を支えにして立つファイアの雄たけびは、か細いが良く通る声に消された。
「ぜ、全員武装を解除しなさい。人質となれば、まだ生き延びる道はあります」
王は頭を抱えて地面にうずくまったまま、そう命令した。
「しかし陛下!!」
ファイアの抗議をムダンが冷静に叱る。
「王命であるぞ。(くっ! 王がここまで腰抜けだとは思わなかった。次回があるならば、前線に出てくるのはお控え願おう)」
その一声に、ワンドリッター達もワンドを投げ捨てて両手を上げた。勿論、カズンたちも従う。
「恨むぞ、モズク」
「す、すみません」
委縮しながらも首を捻るモズクを睨んでいると、鉄傀儡からしわがれた声が聞こえてきた。
「さぁ、こいつら全員ふんじばりな。オーキン、スカー、ベンゾウ」
「へい!」
ふざけて三下みたいな返事をするオーキンは、まだ動ける近衛兵騎士がこちらに向かって来るのを見て躊躇する。
「心配ないさ、オーキン」
―――ズドォン!
爆発のような音が聞こえて、近衛兵騎士たちが吹き飛ぶ。丸太が地面をえぐって土ぼこりを上げ、地面に深々とつき刺さっていた。
「オデか! たまにはアーチャーらしい事すんじゃねぇか」
遠くで、オデがサムアップしている。
「二つ名が、乱戦アーチャーなのにね」
すぐに弓を捨て、大矢一本で乱戦に加わるのでそう呼ばれているのを、チャールズは知っていた。
「早くしな。それから、チャールズ坊や・・・。愛してるよ」
デカイが突然、奇妙な事を言ったので、驚いたスカーが目を剥いてビコノカミ・プロトタイプの顔を見る。
「何言ってやがんだ、ババァ。死ぬ寸前みたいな事いってんじゃ・・・」
―――ドチャァ!!
ビコノカミ・プロトタイプの胴体の隙間という隙間から、腐った粘液のようなものが流れ落ちる。
「おばあちゃん!?」
「フハハハハ!」
涙して叫ぶチャールズとは対照的に、カズンが笑いながら、手首を縛ろうとしたオーキンを振り払う。
「今頃、効果が出たか。驚かせよって。侯爵の皆様方。我が軍が勝ち名乗りを上げても問題ないですぞ」
「どういうことだ? モズクの召喚したドラゴンゾンビのブレスは効かなかったのでは?」
ワンドリッターの問いに、カズンは答える。
「体を蝕み溶かす中、このゴブリンめは根性だけで動いていたのでしょう」
「恐ろしい老女だな。だが敵ながら天晴」
ムダンがそう言って褒めるも、視線は気の毒なチャールズに向いている。
「さぁ、下がれ。オーガたち。この老女の勇ましさに免じて、貴様らは見逃してやる」
「勝手に決めるられては困りますぞ、ムダン殿」
奴隷の欲しいブライトリーフが慌てて抗議する。
「貴殿こそ、欲望が透けて見えるな。手土産はこの鉄傀儡だけでよかろう。これ一機で、我がが軍の人質全員が返ってくるのだ。それ以上を願えば、上手くいく交渉も上手くいかんようになる」
「くっ」
ブライトリーフが諦めて、肩を落とす姿は年老いたネズミのようだった。
「こっからの逆転の確率は?」
スカーはベンゾウに小さな声で尋ねる。
「ゼロだな。無謀な事をするなよ? 俺たちが今まで戦場で生き延びてこれたのは、オーガらしくない思考をしていたからだ」
「わかってるさ。俺はバーサク化なんかしねぇ。引き際は心得ている。それにしても、チャールズが不憫でならねぇな」
何度も名を叫んで、腐汁を手ですくうチャールズの手が火傷のように火ぶくれしている。なので、ベンゾウが彼の手を叩いて、汁を落とし、手ぬぐいで手を拭いてやる。
「聞け。チャールズ。お祖母ちゃんの、最期の言葉はなんだった?」
「あい・・・。うぇっく。チャールズ、愛しでるっ!」
「そうだ。愛したお前の体を己で傷つけたら、お祖母ちゃんは悲しむと思うぞ」
「う・・・。うん」
チャールズは涙を拭こうとしたが、手がパンパンで痛い事に気が付いた。水ぶくれ状態である。その手を白い手が包み込んだ。
「あ、あんたは」
チャールズの手を癒しているのは、敵の僧侶であるスカンだった。
「そんな事したら、お偉いさんに怒られるんじゃねぇのか?」
スカンは首を横に振って、にこりと笑った。
「樹族なのに心が広いんだな。まるで女神様のようだだ。ありがてぇ」
スカーは恐る恐るカズンたちを横目で見た。
彼らはどうやって鉄傀儡を運ぶかの話ばかりしている。
「ありがとうございます、お姉ちゃん」
チャールズは何かを期待するような目で見ている。それに気づいたスカンは申し訳なさそうに首を横に振った。
チャールズが何を考えているか、見抜いたスカーは彼を諭す。
「そこまで望むのは、厚かましいってもんよ、チャールズ。施設外での蘇生は高額な触媒なんかが必要だからな。彼女の首のプレートを見ろ。金クラスの冒険者だ。金クラスと言っても、所詮は冒険者。そんな貴重な触媒を、敵の為にホイホイ使えるわけねぇ」
「うん・・・」
しょげるチャールズの返事をかき消すどよめきが聞こえた。
「おぉ、【軽量化】が通った!」
ムダンが嬉しそうにそう言って、髭をしごいている。
「流石はムダン殿。良い部下をお持ちで」
ブライトリーフのゴマすりに更に気を良くして、ムダンは解説する。
「部下曰く、中のゴブリンが死んだことで、魔法無効化の為のマナが無くなったとのこと。だから軽量化が通ったのだ、と。だから誰がやっても、魔法は通ったのだがな。ガハハ!」
「おぉ! しかしそれに気が付いたのは、紛れもなく貴方の部下の功績ですよ」
「そうか? ガッハッハ! 皆、こやつのお陰よ」
鉄傀儡の破片を拾い、観察していたモズクの細い背中をムダンはバシバシたたいた。
「ゲホホッ! お褒め頂いて感謝の極み・・・。褒美は、この破片で良いです」
地球にはない鉱石で出来た金属が珍しかったので、モズクはつい褒美を強請ってしまった。
「未だ戦場は混乱しておる。今はその段階ではない。だが、その一片であれば問題なかろう。褒美は後に正式に出す」
普通は侯爵レベルの人物が、奴隷と会話をすることはないが、ムダンの気さくさが、そういった垣根を壊す。
「さぁ、鉄傀儡を運べ。これからグランデモニウム王国の貴族と会談だ。終戦の鐘を鳴らせ!」
「原っぱで会談が始まったようだな」
まだ鐘の音の余韻が残る中、急遽、大きな天幕が砦の外に作られ、その中へ続々とグランデモニウム王国の貴族たちが入っていくさまを、砦の上から見たスカーは皆にそう伝えた。
未だ未練を断ち切れないチャールズに寄り添うスカー達は、スカンがまだここにいる事を不思議に思う。
「あんたはなぜ、帰らないんだい? おっと、喋れないんだったな。ごめんよ」
彼女の周りをいつの間にか、二匹の朧月蝶が飛んでいる事に気が付いた。
スカンはゼスチャーで天を指し、蝶を指し、それからチャールズを指した。
「うん? わからねぇや。わかるか? ベンゾウ」
「わかんね」
困ったように微笑んで、彼女はチャールズのもとへと行く。
チャールズは腐臭漂うゼリー状の汁の前で、魂が抜けたように座っている。
「お祖母ちゃん」
もう泣いてはいないが、動く気力もなく、祖母の亡骸の近くから離れるつもりもない。ここに衛兵等が来ないのは、カズンが根回ししたお陰だが、知る由もなく。
気が付くといつの間にかやって来ていたスカンが、しゃがんで目線を合わせてきた。その目はどこか真剣だった。
そしておもむろに、木の棒で地面に何かを書き始めた。
「なんだ、なんだ?」
スカー達も寄ってきて、スカンが何を書いているのか、見守った。
「ん~と。共通語で、書いてあるな。オーガの神の命令で、あなたの祖母を生き返らせます。しかし、元々の寿命は長くない。生き返っても、三年で虹の橋を渡ります。やがて来る彼女のそれを受け入れる覚悟があるなら、蘇生させます。だって?!」
虹の橋を渡るという表現に一瞬、頭が混乱したがスカーだったが、共通語でも言い回しが違ったりするので、違和感があるものなんだなぁと感心した。オーガなら普通に死という言葉を使うが、それが彼女の感性なのか、樹族が死という言葉自体を忌避しているせいなのかはわからない。
「う、嘘じゃないよね?! お姉さん!」
頷いてから、スカンは跪いて、手を胸の前で重ね、黙って祈り始めた。
「おい、触媒は?!」
スカーの心配も最もだ。触媒があるかないかで、魔法や祈りは成功率に差が出る。触媒自体に何らか魔法の効果があるわけではない。触媒を持ってイメージ力を強化し、不安要素を取り除く―――、言ってみればプラシーボ効果である。
それでもこの星では、思い込む力というのは大事で、何かを妄信する者や狂人、変人の方が強いのはそういった理由がある。マナは想いを現実に変える力の素。
「信じようじゃないか、スカー」
ベンゾウの言葉にスカーは鼻の下を擦った。
「へへっ。そうだな。折角オーガの神様がチャールズの願いを叶えてくれるんだ。俺たちが信じないでどうすんだって話だ」
「マゾのスカーは、生き返ったババァにどやされて、エクスタシー感じたいだけだろ。魔傀儡に凹された時、お前喜んでたじゃねぇか。あの表情の少ない魔傀儡でも、顔を引きつらせてドン引きしてたぞ」
「うるせぇぞ、オーキン。豚鼻フックで辱めるぞ!」
「いや、もう既に豚鼻だけどな・・・」
「シッ!」
チャールズに注意されて、全員黙る。
彼女の周りで飛ぶ、朧月蝶を見ながらチャールズは思う。この僧侶の神は樹族の神なのに、どうしてオーガの神の命令を聞くのだろうか、と。
そして辿り着いた答えが、神そのものに言葉を貰った事自体が、聖職者の名誉なのだと。彼女の恍惚とした表情がそれを物語っている。どの種族も神は神と認識しており、誰もが敬意を示す。悪神もまた神なり。
悲しみに暮れる小さき存在に手を差し伸べるオーガの神。そして、その悲しみを取り除くべく、力を与えられた樹族神の僧侶。
「きっとオーガの神は、僕に憎しみに染まってほしくないんだ。皆で助け合って生きろと言ってくれているんだ」
まるでそれが正しい答えだったかのように、腐臭を放つ粘液が光り出した。
光が強すぎて目が眩む。復活の瞬間を目に焼き付けようとしていたチャールズだったが、つい目を閉じてしまった。
そして再び目を開けたその時。
自分に抱き着く懐かしい匂いがあった。
「あぁ、坊や」
「お祖母ちゃん!!」
「あたしゃ、もう少しで記憶の太陽に飲み込まれるところだったんだ」
「記憶の太陽?」
「あぁ。輪廻転生する為の太陽さ。あそこに取り込まれればおしまいだったね」
「でもなんで助かったの?」
「それがねぁ・・・、あれがオーガの神か、あたしゃ自信がないんだけど、黒髪ポニーテールに、一繋ぎの黒服を来たオーガと、ピンクのイービルアイが現れて、私の手を掴んだ途端、気が付いたらここに立ってたんだ。凄くハンサムなオーガだったよ」
「サカモト神って、そんなだったかなぁ? でもね、僕、とっても嬉しいよ! お祖母ちゃんが戻って来てくれて! そうだ! お祖母ちゃんを生き返らせてくれたのは、この人だよ」
チャールズはスカンを指さした。
スカンは恥ずかしいのか、フードをもっと目深に被る。
「ありがとうねぇ。あたしゃ、いっぱいあんたの同胞を殺したのに・・・。本当は殺したくなかったんだけど命令で仕方なかったんだ。そうだ、何かお礼をしたいんだけど」
デカイが腰のバッグをゴソゴソと漁り出したので、スカンは慌ててその手を止め、顔を横にブンブンと振った。
「でも誰かを蘇生させたら、莫大な金額を払わなければならないんだろう?」
スカンは慌てて、地面に何かを書き記した。
「なになに? 今回は神の奇跡を経験させてもらったので、お代はいりません。普通の祈りの蘇生であれば、触媒もなしに祈れば、失敗していたであろう案件ですから。だって?」
うんうんと大きく頷く、スカンの謙虚な態度に、デカイは感涙し、ハグする。
「あぁ、なんて良い子なんだい! 樹族にしとくのは勿体ないね。連れて帰りたいくらいだけど、そうもいかないみたいだね。あんたの仲間がこっちに来る。もっとお礼が言いたかったけど、ここまでにしとくよ」
カズンの根回しの効果が切れたのか、近衛兵がゆっくりとこっちに向かって来るのが見えた。
「ほら、帰るよ。三馬鹿ども。いや、ベンゾウは馬鹿じゃないから二馬鹿か」
「ひでぇ」
「ブヒッ!」
スカーとオーキンが不服そうな顔をするも、それに構っている余裕はない。
「坊や、【浮遊】(名前は浮遊だが、ゆっくりと落下するだけの魔法)をよろしく」
胸に抱かれるチャールズは祖母のいわれるがまま、他者付与のスキルを使って、魔法で全員に【浮遊】の魔法をかけた。
「じゃあね、嬢ちゃん。この恩は一生忘れないよ! もし、我が国に来て困り事があったら、私かチャールズに相談しな。ドブ川沿いのガレージに住んでいるから、すぐわかるよ!」
そう言ってデカイたちは砦の壁から次々と飛び降りていった。
スカンは彼らが見えなくなるまで手を振ると、胸に手を当てる。まだ神が話しかけてくれた事に興奮しているのだ。心臓が煩く高鳴っている。
(生まれて初めて神の声を聴いた。この奇跡、教皇様は認めてくれるかしら?)
北に見える霊山オゴソから時折吹いてくる、涼しい風がスカンの充実し、火照った頬を優しく撫でてくれるのが気持ちよかった。
(きっと認めてくれるはず。宿屋に帰ったら、この事を手紙に書いて、神聖国の認定を待ちましょう)
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