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スルターンのギンガー
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ビャッコの領地から更に南に進んだ海沿いに、ギンガーの宮殿はあった。
この宮殿が侵攻を受けたのは過去に一度だけ。
樹族国の元王族とレオンの首長の一部が結託して、シュラス王に反乱を企てた事があった。その時に調査名目でシルビィ隊が強引に入国して、猿族の宮殿にやって来た。
それを侵攻と呼ぶならそうなのだろう。ここが主権国家であるにも関わらず、王国近衛兵騎士団独立部隊はレオンの許可を得ずにやって来たのだから。
結局、彼女の部隊は、元王族とそれに関わった者や村や町を焼き払い、目的を果たすと風のように去っていった。
この屈辱的な出来事を目の当たりにした獣人たちは怒りに身を震わせたが、猿族の首長ギンジーが根回しをして、事を荒げずに二十年間の平和が続いた。
とはいえ、この出来事をきっかけに、人心掌握術に長けたギンジーは、その能力で首長の半分を猿族で占め、樹族国の影響を除くべく、鎖国政策を実行し、緩やかな独裁体制を敷いく事となる。
そして最近になって、父殺しの汚名と引き換えに、その成果をギンガーが横取りした、というのが現状だ。
今や口煩い父親もいなくなり、宿敵であった獅子族も手中に収めた絶対君主に逆らうのは、虎族だけである。
「強引に制圧しても良いが・・・」
暗殺者が護衛として陰に潜む静かな迷宮で、頬杖をついて玉座に座るギンガーは独り言ちた。
「反抗的とはいえ、不戦の立場を貫くビャッコに、つけ入る隙がない。せめて我が国へ戻ってきたトウスが、ビャッコを頼っていればいいのだが」
いくら独裁者でも大義名分がなければ、下々の者はついてこないのだ。人たらしの父親を殺してしまった以上、こうなる事を覚悟していたが、このままでは足踏み状態だ。
「・・・」
ギンガーは宮殿の壁に飾られた、現首長の肖像画の何人かを見て、フンと鼻を鳴らす。
「サイ族のアンパニー、犬族のラウル、猫族のフェルプー、それにトウバ・イブン・フンバ」
立場上、猿族側のふりをしている首長は一人や二人ではない。ゆえに、それ相当の理由が必要である。下手に内戦となれば、樹族国侵攻どころではないのだから。
「さて、どうしたものか」
「ギンガー様」
今まさに考えに耽ろうかという時に、声をかけてきた無粋な暗殺者にギンガーは舌打ちをする。
「なんだ? 手短に言え」
「ハッ! ビャッコのもとへ送った白面一号と、その従者が帰ってきておりません」
全身銀色であるサル族首長の毛並みが、喜びで逆立つ。
「ハハハ! あやつめ、ついにやりおったか!! 麻姑掻痒とはこのことよ!」
白面の中でも、不遜な態度で敵意を買い易い者を、執拗に送った努力が今、結実したと腹から笑った後、真顔になって、小さく息を吐く。
「しかし、あの者を失ったのは大きいな。傲慢な者ではあったが、それだけの実力を持っていたのも事実。息子を失い、打ちひしがれているビャッコに、あの道化師を破る力などあろうか? いや、ない。では、どっちだ?」
反旗を翻す為に、他国から強力な傭兵(主に樹族国のブラッド領から)を秘かに雇ったか、トウスがビャッコのもとに来たか。他国にも名を轟かす、バトルコック団の竜の牙なら、白面を倒すことも考えられる。
「都合が良いのは、トウスがビャッコの手駒になった場合。あれにはトウバとフレアで説得させればよい。失敗しても父と妻に手出しは出来ぬだろう。それを逆手にとって殺せばよいだけだ。むしろ厄介なのはブラッドの傭兵。エリート種が数人来ただけで事態は面倒な事になる。―――が、ブラッド辺境伯の派兵条件は厳しい。それをクリアするだけの証明をビャッコにできるとは思わん。となれば、やはりトウスか。使者を無下に殺した反乱者の討伐という大義を掲げ、ビャッコ領に侵攻しても問題なかろう」
少しの間、動きを止めて、ギンガーは節くれだった長い人差し指で顎の下を軽く叩き、何かを思い出す。
「いや、待てよ。あの口煩い父は何と言っていたか。そうそう、常に最悪を想定して動けと。でないと悪魔に脳みそを食われると、わけの分からん事をほざいていたな」
悪魔など、そうそう出会うものではない。しかし、油断していると、その稀なる災厄が襲い掛かってくるかもしれないぞ、という父の教示だったか、あれは。
「では、父の言う通り、最悪の災厄に備えようか。ハッハッハ! おい、白面長!」
常にスルターンを警護する白面の長は、壁の陰から霧のように現れると、玉座の前で跪き首を垂れた。
「ここに」
「お前の愛弟子は死んだものとして行動する。冒険者ギルドで代わりの人材を探せ」
「・・・。お言葉ですが、我がスルターン。有能な人材は東リンクスに流出している現状で、国に残った冒険者など小粒揃いでしょうぞ。ゆえに我らを動かせば済む話では?」
父には心服していた白面長も、自分には口答えする事に、ギンガーは一瞬、怒りの表情を見せるも、すぐに感情を飲み込んで余裕の態度を見せる。
「いいか、お前らは私の大切な護衛なんだ。樹族国で言えば近衛兵と同等。そんなお前らを、おいそれと虎穴に入らせると思うか?」
「で、あるならば。一号とその従者を死なせた話には矛盾がありますな。白面が大事なのであれば、ビャッコに送る使者こそ、低俗な冒険者にさせるべきだったはず」
テンタクルスの内存性の殻でできた―――、無地の白面からの視線をギンガーは感じる。頭を下げているのに、こちらを見ているように思えるのは何故か。
(早速、父親殺しの弊害が現れ始めたか。自身の疑心暗鬼と部下の不忠。ここで弱気な態度を見せてしまえば、後々足下を見られる)
「黙れ、白面長。こちらとって父を殺しただけの決意や覚悟を持っている。一号の件は不幸な事故だと思え。一々口出しするな。心配せずとも、お前の部下の死は無駄にせん」
「そうであってもらわなければ困ります。いつまでも樹族国との対決を先延ばしにするギンジー様を、断腸の思いで裏切った甲斐がなくなりますゆえ」
(裏を返せば、樹族国に戦争を仕掛けなければ、この男は確実に自分を裏切るだろう)
「我らの進む道は同じなのだ。そう噛みつくな。後顧の憂いを断つ為にもビャッコは邪魔だ。そして今、大義は成就した。が、今一度ビャッコの出方を確かめる必要がある。隠密に優れた冒険者を二人ほど連れて参れ。情報を持ち帰る事ができる程度の実力があればよい」
「御意」
この宮殿が侵攻を受けたのは過去に一度だけ。
樹族国の元王族とレオンの首長の一部が結託して、シュラス王に反乱を企てた事があった。その時に調査名目でシルビィ隊が強引に入国して、猿族の宮殿にやって来た。
それを侵攻と呼ぶならそうなのだろう。ここが主権国家であるにも関わらず、王国近衛兵騎士団独立部隊はレオンの許可を得ずにやって来たのだから。
結局、彼女の部隊は、元王族とそれに関わった者や村や町を焼き払い、目的を果たすと風のように去っていった。
この屈辱的な出来事を目の当たりにした獣人たちは怒りに身を震わせたが、猿族の首長ギンジーが根回しをして、事を荒げずに二十年間の平和が続いた。
とはいえ、この出来事をきっかけに、人心掌握術に長けたギンジーは、その能力で首長の半分を猿族で占め、樹族国の影響を除くべく、鎖国政策を実行し、緩やかな独裁体制を敷いく事となる。
そして最近になって、父殺しの汚名と引き換えに、その成果をギンガーが横取りした、というのが現状だ。
今や口煩い父親もいなくなり、宿敵であった獅子族も手中に収めた絶対君主に逆らうのは、虎族だけである。
「強引に制圧しても良いが・・・」
暗殺者が護衛として陰に潜む静かな迷宮で、頬杖をついて玉座に座るギンガーは独り言ちた。
「反抗的とはいえ、不戦の立場を貫くビャッコに、つけ入る隙がない。せめて我が国へ戻ってきたトウスが、ビャッコを頼っていればいいのだが」
いくら独裁者でも大義名分がなければ、下々の者はついてこないのだ。人たらしの父親を殺してしまった以上、こうなる事を覚悟していたが、このままでは足踏み状態だ。
「・・・」
ギンガーは宮殿の壁に飾られた、現首長の肖像画の何人かを見て、フンと鼻を鳴らす。
「サイ族のアンパニー、犬族のラウル、猫族のフェルプー、それにトウバ・イブン・フンバ」
立場上、猿族側のふりをしている首長は一人や二人ではない。ゆえに、それ相当の理由が必要である。下手に内戦となれば、樹族国侵攻どころではないのだから。
「さて、どうしたものか」
「ギンガー様」
今まさに考えに耽ろうかという時に、声をかけてきた無粋な暗殺者にギンガーは舌打ちをする。
「なんだ? 手短に言え」
「ハッ! ビャッコのもとへ送った白面一号と、その従者が帰ってきておりません」
全身銀色であるサル族首長の毛並みが、喜びで逆立つ。
「ハハハ! あやつめ、ついにやりおったか!! 麻姑掻痒とはこのことよ!」
白面の中でも、不遜な態度で敵意を買い易い者を、執拗に送った努力が今、結実したと腹から笑った後、真顔になって、小さく息を吐く。
「しかし、あの者を失ったのは大きいな。傲慢な者ではあったが、それだけの実力を持っていたのも事実。息子を失い、打ちひしがれているビャッコに、あの道化師を破る力などあろうか? いや、ない。では、どっちだ?」
反旗を翻す為に、他国から強力な傭兵(主に樹族国のブラッド領から)を秘かに雇ったか、トウスがビャッコのもとに来たか。他国にも名を轟かす、バトルコック団の竜の牙なら、白面を倒すことも考えられる。
「都合が良いのは、トウスがビャッコの手駒になった場合。あれにはトウバとフレアで説得させればよい。失敗しても父と妻に手出しは出来ぬだろう。それを逆手にとって殺せばよいだけだ。むしろ厄介なのはブラッドの傭兵。エリート種が数人来ただけで事態は面倒な事になる。―――が、ブラッド辺境伯の派兵条件は厳しい。それをクリアするだけの証明をビャッコにできるとは思わん。となれば、やはりトウスか。使者を無下に殺した反乱者の討伐という大義を掲げ、ビャッコ領に侵攻しても問題なかろう」
少しの間、動きを止めて、ギンガーは節くれだった長い人差し指で顎の下を軽く叩き、何かを思い出す。
「いや、待てよ。あの口煩い父は何と言っていたか。そうそう、常に最悪を想定して動けと。でないと悪魔に脳みそを食われると、わけの分からん事をほざいていたな」
悪魔など、そうそう出会うものではない。しかし、油断していると、その稀なる災厄が襲い掛かってくるかもしれないぞ、という父の教示だったか、あれは。
「では、父の言う通り、最悪の災厄に備えようか。ハッハッハ! おい、白面長!」
常にスルターンを警護する白面の長は、壁の陰から霧のように現れると、玉座の前で跪き首を垂れた。
「ここに」
「お前の愛弟子は死んだものとして行動する。冒険者ギルドで代わりの人材を探せ」
「・・・。お言葉ですが、我がスルターン。有能な人材は東リンクスに流出している現状で、国に残った冒険者など小粒揃いでしょうぞ。ゆえに我らを動かせば済む話では?」
父には心服していた白面長も、自分には口答えする事に、ギンガーは一瞬、怒りの表情を見せるも、すぐに感情を飲み込んで余裕の態度を見せる。
「いいか、お前らは私の大切な護衛なんだ。樹族国で言えば近衛兵と同等。そんなお前らを、おいそれと虎穴に入らせると思うか?」
「で、あるならば。一号とその従者を死なせた話には矛盾がありますな。白面が大事なのであれば、ビャッコに送る使者こそ、低俗な冒険者にさせるべきだったはず」
テンタクルスの内存性の殻でできた―――、無地の白面からの視線をギンガーは感じる。頭を下げているのに、こちらを見ているように思えるのは何故か。
(早速、父親殺しの弊害が現れ始めたか。自身の疑心暗鬼と部下の不忠。ここで弱気な態度を見せてしまえば、後々足下を見られる)
「黙れ、白面長。こちらとって父を殺しただけの決意や覚悟を持っている。一号の件は不幸な事故だと思え。一々口出しするな。心配せずとも、お前の部下の死は無駄にせん」
「そうであってもらわなければ困ります。いつまでも樹族国との対決を先延ばしにするギンジー様を、断腸の思いで裏切った甲斐がなくなりますゆえ」
(裏を返せば、樹族国に戦争を仕掛けなければ、この男は確実に自分を裏切るだろう)
「我らの進む道は同じなのだ。そう噛みつくな。後顧の憂いを断つ為にもビャッコは邪魔だ。そして今、大義は成就した。が、今一度ビャッコの出方を確かめる必要がある。隠密に優れた冒険者を二人ほど連れて参れ。情報を持ち帰る事ができる程度の実力があればよい」
「御意」
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