未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(30)

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「君はあっちだ、イグナ達を尾行しろ」

「狡いぞ!フランさんを独り占めにする気だな?」

「君は隠密に長けているし、長距離魔法を得意とする一族に生まれたのだろう?だったらイグナは良い尾行の練習相手になるぞ。彼女に見つからずに尾行するのは至難の業だからね。油断していると【読心】で心を読まれるから僕には無理だ。イグナを尾行するのは君こそが相応しい」

「チェッ!そういう事にしといてやるよ!まぁイグナも可愛いしな、ウフフ」

 ゴルドンはもうキウピーの言うことは聞いてなかった。フランを視界から逃すまいと必死に目で負っている。

「じゃあな!」

 キウピーは去っていく友人を羨みつつもウヘヘと笑ってイグナとコロネの後を追った。

 イグナとコロネはまずお菓子屋さんに入り、沢山のお菓子を持って出てきた。チョコレートの掛かったオレンジの砂糖漬けを美味しそうに食べている。手についたチョコレートをチュパチュパと舐めるイグナの仕草に物陰から観察しているキウピーは胸がドキドキしてきた。

「な、なんかエロイ・・・」

 お菓子屋は富裕層が暮らす地区の端にあり、貧民街の子供たちが門の向こうからお菓子を食べるイグナ達を羨ましそうに見ている。

 貧民街にも駄菓子屋はあるが質の悪い小麦粉を使った焼き菓子や干し果物や砂糖漬けばかりで、貧しい子供たちにとってチョコレートは高級菓子だ。

(卑しい貧民どもめ。イグナをジロジロ見るな。見たからってお菓子はお前たちの物にはならないぞ!)

 しかしイグナは当然という顔で貧民の子供にチョコレートのお菓子を配りだした。

 コロネはプルプルと震えて血の涙を流しながら、小さな飴玉を配っていた。食いしん坊にとって分け与えるという行為は地獄の試練なのだ。

 子供たちは最初キョトンとしていたが今は喜んでいる。

 イグナもコロネも子供達に感謝の言葉を求めることはせず、手を振るとその場を去っていった。

(何故だ?何故貧民に分け与えているんだ?イグナは貧民の子供に施して何の見返りが得られるっていうんだい?)

 生まれてこの方ずっと貴族であるキウピーには理解できなかった。行動の裏には必ず何かしらの意味が含まれ、それを読み取って相手を上手く出し抜いたり立ち回ったりするのが貴族の世界の常だ。額面通り受け取って行動すると必ず手痛い目を食らう。

 貧民出身のイグナ達は貧民の子供たちの気持ちが痛いほど解る。自分達もたった一個の飴すら買うお金がなくて、村の駄菓子屋の前をいつも走って通り過ぎていたのだ。

 甘い物が食べたいときは森に入って、初夏にはビワや木苺やイチジクなどを取り、真夏は庭に植えているマクワウリやスイカ、秋はアケビや野生の梨などを食べていた。

 キウピーは遂に我慢できなくなり、尾行を止めてイグナを呼び止めて聞いた。

「君は何故、貧民の子供達にお菓子を分け与えたんだい?分け与えて君は何を得するんだ?」

 突然後ろから肩を掴まれイグナは驚くも、ゴルドンの友人だと確認すると静かに答えた。

「何も得はしないし見返りも求めていない」

「じゃあ何故?」

「それはあの子供たちの気持ちが解るから」

「【読心】で?」

「違う。私はほんの一年程前まであの子達よりも貧しかった。だから気持ちが解る」

 ここでキウピ―は英雄子爵が貧民出身だったのを思い出す。

 彼女の姉は、ある日突然現れたオーガの始祖神である星のオーガを魔法印無しで使役しだしたのだ。神をも操る強力な能力。あの地味で気の弱そうなイグナの姉が、そのような凄い人物には思えないが・・・。

 前に尖った黒髪を直しながらキウピーは話を続ける。

「ああ、君は確かそうだったね。でも気持ちが解ったからって助ける意味が解らないな」

「そうしたいからそうするだけ。一時でも彼らが幸せになればいい」

「それは偽善だ。その幸せの後にやってくるのはまた貧しい日々じゃないか。美味しいお菓子の後の貧しい食事はさぞかし惨めだと思うよ。だったら最初から過度な幸せは与えるべきじゃない」

「私はそうは思わない。幸せは日々の辛さを和らげてくれる。またいつか小さな幸せを見つけて喜び、その喜びをバネにして大きな幸せへの足がかりにする。貴方の幸せはなに?」

 突然自分の幸せは何かと聞かれキウピーは戸惑う。毎日当然のように豪華な食事を食べ、当然のように勉強をし、当然のように風呂に入ってふかふかのベッドで眠る。

「父上に褒められることだ。そして立派な貴族になることだな!」

「それだけ?」

「それで十分だ」

「それは可哀想ね。あの子たちは貴方が何でもないと思うことでも幸せを感じる事が出来る。今日は美味しいお菓子を食べることが出来た、今日の食事は好物が多かった、今日は家族で笑い合った、色々と何でも」

 キウピーは脳から背筋にかけて突き抜けるような衝撃を受けた。自分は今朝、何を食べただろうか?何も覚えていない。

 家族とはろくに顔を合わせないし団らんで笑い合った事もない。

 いつもただひたすら誰かに認めて欲しくて自分がどう映るかばかりを気にしている。そこに幸せなんて何一つ無い。

 何かを褒められたとしてもそれは貴族の枠の中で演じる自分に対してだ。誰からも本当の自分を褒められた事はない。

 キウピ―は物心ついてからこれまでの人生を振り返り、冷たく味気ない貴族としての生き方に胸が締め付けられ悲しくなった。そして急に自分は世界でひとりぼっちなのじゃないかという気持ちになり、本屋へ向かうイグナとコロネの後を理由もなく追った。

「何でついて来るんだ?」

 コロネが鼻くそを穿りながら聞く。

「ぼ、僕も本屋に用事があるんだ」

 本当は用事なんて無い。ただ悲しく寂しくて誰かの傍にいたかったのだ。

 イグナは本屋に入ると真っ先にとある作家の本を手に取った。大事そうに本を抱えると店主の元に向かう。丸メガネを掛けた樹族の老人は常連客のイグナを見て声をかける。

「やぁ、イグナちゃん。いつも本を買ってくれてありがとうねえ。今日はね、ちょっと悲しいお知らせがあるんだ。その本の作者が先日病気で亡くなったのは知っているかい?」

「そんな・・・。知らなかった」

「丁度その物語を書き上げて机に突っ伏すように亡くなったんだってさ。遺作ってやつだね。作品を書き上げてから亡くなるなんて凄まじいプロ根性だよねぇ。作家としては本望だったと思うよ」

 イグナはポロポロと泣き出した。大好きな作家だったのに。

「解るよ、その気持ち。私も愛読者の一人だったからね。で、急に現実に戻すようで悪いのだけど、その初刷はプレミア価格になってしまってね。金貨二枚もするんだ。ただでさえ本や魔道書は高いけど、流石にこれは高すぎだよね。イグナちゃんには買えないんじゃないかな。第二版が出るまで待ったほうがいいよ」

 涙を拭いてイグナは頷くと本を元に戻そうと歩き出した。

 その歩き出したイグナからキウピーは仏頂面で本を奪う。

「そんなにプレミア価格が付いているのならまだまだ値上がりするかもしれないね。そうなる前にこの本は僕が買うよ」

 イグナは目の前の狡賢い貴族を睨みつけたが、本はもう彼が買ってしまった。次に本が出版されるのは半年後か一年後か。

 肩を落として店を出ようとすると後ろからキウピーが声をかけてきた。

「ほら、君にやるよ」

 何か意味有りげな含み笑いで本を押し付けてくる。要らないと言おうとしたが、どういう腹づもりでこの本をくれようとしているのかを【読心】を使って調べた。

 そして彼の心から言葉が聞こえてくる。

(何も見返りは要らない。君が幸せならそれでいいんだ)

 イグナが貧民の子供達に向けて言った言葉をキウピーはそっくり返してきたのだ。それは確かに誰かの幸せを願う純粋な気持ちだった。

 イグナはニッコリと笑って心の底から言う。

「ありがとう!」



 フランは買い物を終えて待ち合わせ場所の噴水に向かっていたが、近道をしようと路地裏に入ったのが失敗だった。

 小さな同族にナンパされているのだが、どう見てもならず者だ。モヒカンヘヤーに鋲の入ったレザーアーマーを着ており、いかにもといった感じで、正直フランの好みではない。

 何故富裕層街にチンピラがいるのかとゴルドンは街路花壇の影に隠れて憤慨する。

 ここでフランを助ければ間違いなく好印象を与えられるだろう。しかし相手は子供の容姿をしていても、ならず者だ。ならず者は大抵冒険者でもある。

 いくつもの死線をかい潜った手練かもしれない。そう考えると足が震える。ウォール家の一族は勇猛果敢な者が多いがゴルドンは例外だった。いざという時の豪胆さがない。

(このウォール家一族の特徴である燃えるような赤い髪はお飾りか?僕の心の炎はどこにいった?姉上のようになりたかったのではないのか?)

 自分が不利だと解っていても絶対に折れない姉の心の強さ、父のような度量の大きさ、そのどちらも兼ね備えていない。だったら!

 ゴルドンは【変装】ですぐ近くの街路花壇に化ける。そしてならず者を【眠れ】の魔法で眠らせると、彼が本当に眠ったのかを確かめる為に、慎重に間を置いて観察する。

 フランが首を傾げて誰が助けてくれたのかキョロキョロしている。

 ドヤ顔で出ていこうとすると、ならず者のリーダーらしき犬人が暗い路地の奥から現れた。

 犬人というよりはワーウルフに近い容貌をしたリーダーにゴルドンは震え上がった。そして花壇に扮したまま動きを止める。

 犬人は鼻をクンクンさせてゴルドンに近づいて来る。

「くせぇくせぇ。ションベンくせえ樹族のガキの臭いがするぞ」

 犬人は花壇の前で顔をしかめた。

「お前かぁ?俺の可愛い子分を眠らせたのはよぉ?」

 花壇に扮しているが触れば偽物だと解る。犬人の手は幻の花壇をすり抜け実体を触った。

 魔法が解け、首根っこを掴まれてゴルドンは空中で足をバタバタさせた。

「は、離せ!無礼者!僕はウォール家の者だぞ!」

「ゴルドン!」

 フランは驚いてゴルドンを見つめる。急にならず者が眠ったのは彼のお陰だったのだ。

「ほぉ~。ウォール家の者は正々堂々と戦いを挑む勇敢な一族だと聞いたがお前はコソコソと隠れて魔法を放つ臆病者だなぁ~?ウォール家の名前を出せば怖気づくと思ったのか?嘘をつくのは良く無いぜ?どうせ貧乏貴族の倅だろうが」

 鳩尾に犬人の拳が叩き込まれる。フランが周りに助けを求めるも誰も見て見ぬふりだ。

 まだまだ光魔法が未熟なフランだったが腹に力を込め、習ったばかりの捕縛系魔法【光の縄】を唱えた。

 しかしあっさりレジストされてしまい、犬人の目が此方に向く。犬人はゴルドンを放り投げるとフランの両手を素早く片手で抑え、大きな胸を揉みしだきだした。

「大きなおっぱいに栄養を持ってかれて魔法の方はからっきしだなぁ?お嬢ちゃんよ。あーたまんねぇわこれ。地走り族を手籠めにするのも悪く無いかもなぁ~」

「やだぁ!ちょっと!胸揉まないで!痛い!ヒジリに言うわよ!」

「アァ?今日は嘘つきの集う日か?お前は英雄子爵の妹か何かか?そういう設定か?」

「妹よ!ヒジリが怒ったらあんたなんて粉微塵になるんだからぁ!」

「やめろよ!フランさんを離せ!【火球】!」

 ゴルドンが地べたに這いつくばったまま【火球】を放った。僅かに狙いが外れ犬人の尻尾に当たり大火傷を負わす。

 これが体に当たっていれば致命傷だたっただろうと思うと犬人は痛みよりも怒りが湧いてきた。

 ダガーを腰のホルダーから取り出すと、フランを突き離しゴルドンに本気の殺意を篭めて迫る。

 光側のメイジにとって刃物はご法度だが、犬人の盗賊は樹族ではないので刃物を常に携帯していても不思議ではない。

「自慢の尻尾だったんだけどよぉ?」

 ならず者は十一歳の子供にも容赦がなかった。ゴルドンの左太腿にぐさりとダガーを突き立てる。

「ぐぅぅ!」

「ゴルドン!」

 フランは痛みに呻くゴルドンに駆け寄り庇う。周りからは人が居なくなった。路地裏まで見回りの騎士は滅多に来ない。報復を恐れ誰も通報してくれた様子はない。

「やめてよ!お金ならあげるから見逃してよぉ!」

「駄目だな。金なんて後から幾らでもぶんどればいい。交渉の材料にはならねぇぞ」

 そう言ってゴルドンの右太ももを刺した。

「【火球】!」

 痛みに抗って至近距離からゴルドンはもう一度【火球】を放つ。

 犬人の胸に火球は当たったがダメージは半分ほどしか入らなかった。

 ふらついた後、焼け焦げた革鎧から伝わる熱で火傷をした胸を見て逆上した犬人はゴルドンの背中を踏みつける。

 ゴルドンは無理やり肺から空気を出されてハッァア!と声を出し痛みで意識が遠のきだした。

「すぐには殺さねぇからな。ボッコボコにしてから死んでもらうことにするわ」

「嫌だ!死ぬものか!僕はフランさんを守るんだ!最後まで抗ってやるからな!」

 フランは犬人に飛びついて叫ぶ。

「もう止めてよぉ!ゴルドンを殺さないで!」

 まさか王都でこんな目に遭遇するとはとフランは思わなかった。自分の魅力が逆に大きな仇となる日がそのうち来るのではと思っていたが、それが今だったのだ。何とかしないと、と焦るが自分の魔法は【光の縄】と【閃光】とコモンマジックの【眠れ】しかない。

 【眠れ】は先程から何度も気づかれないように唱えているが一向に効いていない。

 恐らく犬人は対眠り用のアイテムを装備しているのだろう。もう使ってしまった【光の縄】は覚えたてなので一日に一度しか唱えられない。【閃光】は相手の虚をつくのに有効だが、今の状況では何の解決もしてくれそうもない。

 フランが迷っている間にもゴルドンは蹴られて血塗れになっていく。それでもフランを守ろうと足にしがみついて抗っている。その目は死を覚悟しており、肝の座ったものとなっていた。

(助けて!ヒジリ!イグナでもいい!誰か来て!)

 しかしそう都合良くはヒジリもイグナも現れない。

「そろそろ飽きたしよぉ。死んで貰うぜ?小僧!ヒャハ!」

「ガキ相手にそこまでやるかぁ?」

 そう声が聞こえたかと思うと空気の衝撃が犬人を吹き飛ばす。羽根帽子を被った猫人が魔法のレイピアから出した【衝撃の塊】で犬人を吹き飛ばしたのだ。

「昔は冒険者として名を馳せていた狂犬ワンダーさんも、今やゴロツキの親分かぁ~。昔に何があったか知らねぇけど、今のアンタは見てらんねぇ程、落ちぶれちゃってるねぇ?」

 涙に濡れていたフランの目が輝く。

「ネコキャット!」

「どこかで見覚えあると思ったらヒジリんとこのお嬢ちゃんか・・・。こりゃあ借りが返せそうだな!」

「あぁ?甘っちょろい義賊様が俺に勝てると思ってんのか?」

 ワンダーは跳ね起きると息巻いてダガーを逆手二刀流に構える。独特のステップで残像を作り、ネコキャットに迫ってきた。

 しかし、レイピアは思った以上に攻撃範囲が広い。ワンダーは自分がネコキャットの攻撃範囲に入っている事に気が付かなかった。

 ネコキャットはダン!と足を前に踏み込んで刺突剣を突き出す。

 魔法で貫通力の高まった刺突武器はあっさりとワンダーの心臓を貫き、亡骸がどぅと崩れ落ちた。

「ネコキャットありがとぉ~!」

 フランは命の恩人に飛びつく。そして泣いて喜びながらネコキャットの喉を撫でた。

「ゴロゴロゴロ・・・。っておい!これでヒジリへの借りは返したからな!それよりもそこの小僧を早く手当してやらんと命にかかわるぞ!俺の役目はここまでだ、後は自分で何とかするんだな!あばよ!」

 ネコキャットは身軽に建物を駆け上り屋根を伝って去っていった。

 ハァハァと虫の息のゴルドンを見てフランはパニックになる。

「やだぁ!このままじゃゴルドンが死んじゃう!誰かを呼びに行っている暇もない」

 せめて自分にちゃんとした癒やしの力があったなら・・・。かすり傷程度なら直せるが、本格的な怪我はまだ治した事がない。

 フランは混乱しながらも、まだ幼かった頃に毎週日曜日に家族で教会に出掛けていた時のことを思い出していた。

 修道女が転んだ子供の足の怪我を【癒やし】で治していたのを見て、どうして治す事ができるのか、私にもそれは出来るのかと幼い自分は不思議そうに修道女に聞いていた。

 信仰心の深い者にとって【癒やし】の習得は容易であると修道女は答えた。神の御業は魔法のように覚えるのではなく祈りと願いで自ら習得するものなのだと。

「私の神様ってヒジリになるけど・・・。大丈夫だよね?」

 フランは一心不乱にゴルドンの傷を癒やすようヒジリに祈る。

 ヒジリが時々やるふざけた顔や、ウォール家の庭で野宿した時に見せた穏やかな寝顔が何故かちらつく。

「こんな時にふざけないで!ヒジリ!私に癒しの力を貸して!」

 ヒジリは別にふざけてはいない。こんな時にそう思い浮かべるフランが悪いのだ。

 しかし、感情が爆発した事で祈りが通じたのか、苦しそうに息をするゴルドンに手をかざすと手から柔らかい光が溢れ出た。直ぐに血は止まり、全部とまではいかないが傷が塞がっていった。

「嘘!私にも出来た!」

「はは・・・!流石は聖騎士見習いですね、フランさん・・・」

 フランは泣きながらゴルドンを抱きしめる。

 大きな胸に顔を挟まれ、幸せながらも今にも窒息死しそうなゴルドンはタップをして離してもらった。

「フランさんは怪我はないですか?」

「ゴルドンのお陰で無いわ。でも流石ウォール家の一員ね。どんなにやられても挫けないところがシルビィさんにそっくりだった」

「褒めてくれるのは嬉しいですけど、ほんとは怖くて漏らしそうだったんです。でもフランさんを守らなきゃって思うと勇気が湧いてきて・・・」

「ああ、ありがとう!ゴルドン!」

 ゴルドンの頬にキスをしてフランは肩を貸そうとしたが、ゴルドンは大丈夫だと言って立ち上がった。しかし、体を折ってくの字で歩いている。

「やっぱり、大丈夫じゃないじゃない!肩を貸すから無理しないで馬車まで行きましょう?」

「い、いや少し腰が痛いだけですから。すぐに治りますから、大丈夫ですから」

(気づかれまい!気づかれまい!僕の暴れん坊将軍が怒りん坊な事を気づかれまい!)

 ゴルドンは必死だった。折角上げたポイントを下げたくない。静まれ静まれと怒りん坊に言い聞かせる。

 何とか沈めて真っ直ぐ立つと二人でサヴェリフェ家の馬車に向かった。

 ゴルドン達は魔法で移動したので馬車は待たせていない。それに王都の一等地にウォール家はあるので繁華街まで然程遠くはないのだ。

 馬車に乗ると仲良く本の話をするイグナとキウピーを見てゴルドンは腰を抜かすほど驚いた。

 イグナとコロネとキウピーは噴水で待ちくたびれて馬車に乗って待っていたのだ。キウピーとイグナもゴルドンのボロ雑巾の様な姿に驚いて心配する。

「ゴルドンったら凄いのよ!ゴロツキから私を守ってくれたんだからぁ!これは名誉の負傷なの」

「ゴロツキをやっつけたのかい?ゴロツキと言っても冒険者崩れが多いからかなり手強いはずだぞ?」

 キウピーは驚いて聞く。

「まぁそれは・・・オホン・・・。怪盗ネコキャットがね・・・助けてくれたというか」

 ネコキャットと聞いてイグナとコロネはガタッ!と立つ。今日はどんな衣装だったか、強かったか、とゴルドンを揺さぶって聞く。

「こら、ゴルドンは怪我してるんだから揺さぶっちゃ駄目」

 フランはゴルドンを引き寄せて抱きしめる。また胸に挟まれ窒息死しそうになりタップをすると、暴れん坊将軍の怒りん坊がまた元気になり始めた。

 静まれぇ静まれぇ!とイグナに心を読まれる恐怖と必死に戦いながらチラとイグナを見ると、彼女は本の登場人物についてあれこれキウピーと話をしていた。

 どうやら心を読む魔法は発動していないようだ。冷や汗を拭きホッとしていると馬車は動き出した。




 「大変です!おっ坊ちゃまが!」

 召使長のイツカが慌てて客間に飛び込んできた。

「どうしたのかね?」

 膝にシルビィとシオを乗せたヒジリが心配して聞く。

「お坊ちゃまが、血塗れなんです!」

「大怪我かね?ウメボシ、回復の準備をしておけ」

「それが、傷はフラン様が癒やしの祈りで幾らか治したとのことです」

 シオは急に立って驚いた。頭がヒジリの顎に当たりそうになったが、ヒジリはスッと避ける。

「確かフランは祈りをちゃんと習得していなかったはずだぞ。自力で会得したのか?凄いな。俺でも修道士に指導してもらってやっと覚えたのに!」
 
 客間にゴルドンとキウピーが姉妹と共に現れた。

 事の詳細を聞いたシルビィは膝を叩いてゴルドンを褒めた。

「素晴らしいぞ!ゴルドン!我が身を呈して女子を守るとはあっぱれ!流石はウォール家の長男!姉として鼻が高いぞ!・・・ネコキャットに助けられたのは皮肉ではあるが」

 シルビィは時々怪盗ネコキャットを探して街を警らすることがあるが毎回徒労に終わっている。

 なのでネコキャトが弟の前に現れ、命を救った事に対して複雑な気分でいるのだ。

「シルビィ殿の言うとおり、見事だなゴルドン。叔父越え、母越えというプレシャーが将来のヌリを苦しめなければいいが。それにしてもゴルドンとキウピー君はこの数時間で大きく成長したように見えるな。大人に一歩近づいたと言うか」

 二人はヒジリに褒められて嬉しそうにモジモジしている。キウピーはイグナと一緒にいて思いやりや慈しみの心を知った。ゴルドンは人を守る勇敢さを手に入れた。

「本当にありがとうね、ゴルドン」

 ウメボシに完治してもらい、自分の部屋に戻る廊下でフランがもう一度ゴルドンに謝意を述べて頬にキスをする。

 ゴルドンは喜びながらも急激な疲労に襲われ、トロンとした目でフランに別れを告げ部屋に入り、着替えると風呂にも入らずこんこんと翌朝まで眠り続けた。

 夢の中では自分がワンダーを倒した事となっており、その後フランと愛し合うという多感な時期の少年が見がちな展開に、下着を汚してしまった。

 精神的にも身体的にもゴルドンは一歩大人に近づいたのである。
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