未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(52)

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 シルビィがベビーベッドまで赴き可愛い息子の寝顔を見て微笑んでいると、コウメが静かに浮いてじっとこちらを見ている。

「まさか、母親の私まで監視対象じゃないだろうな?コウメ」

「警戒度は低いといえ、監視対象です。大マスターとウメボシお姉さま、そしてマスターであるヌリ様以外は必ず警戒します。ご了承下さい」

「大マスターとはダーリンの事か。そういえばダーリンは元気だろうか。噂では皇帝らしく振る舞うようになったという話だが・・・」

 ヒジリの事を考え、なんとなく後ろ手を組んで窓に近づくと外を見た。

 召使いが庭の池の近くへと走って行く。

 池の周辺でゴルドンとキウピーが毎週のようにキャンプをしているので、恐らくそこへ向かったのだろう。

「何だ?坊っちゃんズ(ゴルドンとキウピ―の事)は出かけるのか?」

 シルビィの独り言にコウメが答えた。

「はい、私の聴覚による警戒範囲はお姉さまより広いので、昨夜の二人の会話も全て聞こえております。地下墓地から地下図書館に向かうとのことです」

「良いのか?そんなにべらべらと喋ってしまって(そんなに耳が良いなら私とシオの毎晩の営みも聞こえているのか?恥ずかしいったらないな)」

「駄目でしたか?ゴルドン様の保護者とも言えるシルビィ様には問題ないかと思いました」

 シルビィは腕を組んで考える。地下図書館の噂は聞いたことがあるが誰も本気にしていなかった。地下墓地の奥にある大きな扉は固く閉ざされており、実は扉の形をした石のレリーフなのではないかと言われている。

「少し不安だが・・・。私は獣人国のことで手一杯だし・・。誰か彼らを守護してくれる者はいないかな・・・。」

 まるでタイミングを見計らったように門から馬車がやってくる。馬車には女神が小さな人々を守護する紋章が描かれていた。最近タスネが掲げるようになったサヴェリフェ家の紋章だ。

「そうだった。獣人国との戦いでタスネ殿の力を借りるつもりで私が呼びつけたのだった」

 ダンティラスのいた遺跡での遺跡守りとの戦いでタスネは急激に成長していた。あの戦いは実は樹族国の危機でもあったのだが、人の身を捨てたメイジである遺跡守りをタスネは二体も倒しているのだ。

 今ではいつも使役する二匹の魔物以外に、更に一時的にもう三体を現地調達出来る。計五体の魔物を駆使して戦えるのでモンスターの強さによっては一個小隊以上の戦力になる。

 ヒジリがいなくても未来のエースに成り得る怪物使いに、シルビィは頼もしさを感じつつ客間に向かった。

「休日の朝早くに済まないな。この時間しか話をする機会がなかったもので」

「いいえ、獣人国と事を構えるとなると騎士様も忙しいでしょうから」

「うむ。ではさっそく本題に入るが、タスネ殿には使役する魔物と共に挟撃部隊として戦ってもらう。君は戦争には初めて参加するのだから大変だとは思う。なので他の隊と違って君の匙加減で自由に動いてくれて構わない。近くの丘にはコーワゴールド家の軍が陣取り、遠距離魔法を撃ってくるから巻き込まれないようにな。戦闘が始まったら、進軍して来る敵を他の部隊とともに横から挟撃する形を取ってもらう。戦闘が乱戦気味になってきたら後は戦うなり退くなり自分で判断してくれ。君は生粋の軍人ではないからな。相手を混乱させたり引っ掻き回すだけでいい」

 シルビィが地図を指差してあれこれ指示しているのをタスネは黙って聞いている。

「貴族といっても実質役人に近い君の力を借りるのは非常に心苦しいのだが、何せ獣人たちは身体能力に優れていて、敵一人に対しこちらは二人も必要となる。主に足止めする者と攻撃する者。あれらの素早さに対処出来るのは裏側しかいない。その裏側も隊員数は多くない。だから少しでも獣人に対抗できる戦力が欲しいのだ。本当ならダーリンに手伝って貰いたいのだが、向こうも向こうの都合があるだろうからな」

「あ、そういえば騎士様。ダンティラスさんが参戦しても良いって言ってましたよ」

 シルビィは驚いて立つ。

「説得に成功したのか!では彼を傭兵として雇うとする。助かる」

 少し前にシオの使いが彼に参戦を打診した時はあまり良い返事は帰ってこなかったのだが、代わりにタスネを向かわせたのは正解だった。

「その・・・呼び出しておいて何だが、この後何か用事はあるか?」

「いいえ、アタシ自身は呼び出しで丸一日潰れると思っていましたから」

「悪いのだが、弟と友人のお守りをしてくれないか?彼らは何か危険な場所に行こうとしてるような気がするのでな」

「何処に行こうとしてるのですか?」

「地下墓地経由で地下図書館に向かうらしい」

「地下図書館?本当にあるのかな?地下墓地通るなら対アンデッド用の準備をしていないと・・・。シオさんも忙しそうだし・・・。仕方無い、一緒に来たフランを連れて行きますか。確か祈りと聖属性付与の魔法を覚えてたはずだし」

「いいのか?フランはアルケディアに買い物に来たのではないのか?」

「いいんですよ~。最近、聖騎士の訓練サボってますから」

「聖騎士というのは神以外の師を持つ事は禁忌とされているのだよな?神と内面から向き合って悟りを開いて武術も身につける。大変な道を選んだものだ」

「フランはヒジリに色々教えてもらうつもりだったみたいだけど、最近は全然ゴデの街にも家にも来ないから当てが外れたみたい」

「ダーリンも色々と忙しいのだろう」

 窓から弟の様子を見ていたシルビィは彼らが動き出したことを確認する。

「・・・おっと、ゴルドン達がもう出かけるみたいだ。悪いが今すぐ追いかけてくれ。弟達は【高速移動】を多用するから馬車で追いかけたほうが良い」

「解りましたー」

 そう言ってタスネは急いで玄関前の馬車に移動して、フランに事情を話すと「仕方無いわねぇ」と言って承諾してくれた。そして御者に二人を追いかけるように命令して後を追った。




「墓地の入口で立っている美女はもしかしてフランさんじゃないかな?」

 キウピーは【高速移動】の使用回数限界まで使いきってしまいダラダラと歩きながら同じように歩くゴルドンに聞く。

「もしかしなくても、あの墓地に似つかわしくない艶やかな花はフランさんだろう」

 フランが荷馬車のトランクに念のためにと積んであった黄金色をした鎧を着て地味な姉と墓地の入口で待っていた。

「もう、遅い~」

 キウピーとゴルドンが顔を見合わせて驚く。

「僕達を待っていたのですか?フランさん」

「貴方達の事をシルビィ様が心配してたわよぉ?護衛してくれって頼まれたの」

 ゴルドンはキノコのような髪を左右に振ってから、手櫛を通して格好をつける。

「いつの間に計画がバレたのだろうか・・・。僕達は婦女子に守ってもらう程弱くはないのだがね」

「あっそ、じゃあ帰ろっか。フラン」

 ゴルドンに劣らず心の狭いタスネが言う。

 慌ててキウピーがタスネに縋り付く。

「守ってくださいぃ~。僕の命から貞操まで、何から何まで守ってください~」

「ひえっ!」

 プライドをかなぐり捨てて急に脚に縋り付くキウピーにタスネは驚く。

「あの友人だけでは心細いと思っていたところなんです~。我々坊っちゃんズに一体何が出来るというんですか~。前回来た時は聖下がアンデッドに触れて浄化させていましたが、僕達だけではそんなの無理ですぅ~」

「き、君ィ!」

 情けない友人を見てゴルドンは憤慨し、キウピ―の襟首を後ろからグイっと引っ張った。

 タスネはここでゴルドンとキウピ―に喧嘩をされても困るので二人の身を守ることを承諾する。まぁ元々そのつもりだったが。

「わ、分かったから、喧嘩は無し!」

 キウピーは光と水属性なのでアンデッドに対抗する手段が【光玉】と【聖水】しかない。そしてそのどちらも練度が低い。

 しかも一族の性質上、遠距離魔法の練度を高めている為、狭い空間ではほぼ役立たずとなる。精々水属性の回復魔法【癒しの水】で仲間を回復出来る程度だ。

「君は広い空間でしか役に立たない砲台みたいなものだしな。我々ウォール家の人間とは真逆だから仕方ないにしても、僕までが役に立たないみたいに言うのは止めてくれたまえ」

 ウォール家に生まれるものは不思議と火属性に偏る。故に火に弱いアンデッドや獣、燃えやすい種類の魔法生物にはめっぽう強いのだ。

「じゃあ、私とお姉ちゃんが前衛を務めるから援護を頼りにしているわね、ゴルドン」

 フランがウィンクするとゴルドンは突然腰を折って両手を広げた。

「ガウォーク形態!」

 その形態が何を意味するかを知っているキウピ―は顔を赤くして恥ずかしそうにしてモジモジした。



 地下墓地の道の両脇には石棺が置いてあり、墓標には名前と生き様が書き込まれている。

 その石棺からゾンビが起き上がったりしないかとビクビクしながら姉妹は前に進んだ。前衛を引き受けた事を激しく後悔しながら通路の奥の闇を見る。

 すると案の定、アンデッドと遭遇した。

 石棺から出てきたのはゾンビではなく、青い火の玉のようなスピリットと呼ばれるゴーストの一種だった。まだこちらに気がついていない。

「これ、あんまり怖くないわね。お姉ちゃんはアンデッドも使役出来る?この火の玉を仲間にすれば、少しは道が明るくなるわよ?」

「まだ生き物しか無理よ」

「一応やってみてよぉ」

 煩い妹だなと思いつつも、タスネは手をハートの形にして構えると、そこからポイン!と間抜けな音がしてハートの形をした光がスピリットに向かって飛んで行く。

 そのタイミングでフランは言う。

「萌え萌えキュン!」

「なにそれ?」

「以前、お姉ちゃんがヒジリの前でその技の練習をしてる時にヒジリが小さな声で言ってたの」

「ヒジリは変人だから、おかしな事よく言うよね・・・。真似しないよ、フラン」

 ハートがスピリットに当たると、一時的にタスネの支配下となった証の魔法印が火の玉の中に浮かんだ。

「やった!支配できる種族が増えてた!アンデッドも使役できるようになってたよ!」

「凄い!お姉ちゃん!次は悪魔でも使役出来るんじゃないの?」

「まぁ先は長いけどね・・・。それにしても嬉しい~!」

 地下墓地でキャッキャと姉妹は喜んでいる。

 そして調子に乗ったタスネは次々と現れたゴーストやゾンビを仲間にしていき、同士討ちをさせて地下図書館への道だと言われている分岐点に辿り着いた。

 言うまでもなくここまでフランやゴルドン、キウピーの出番は無い。

「地下図書館の入り口と言われている場所に来たは良いけど、この大きな扉どうするの?ヒジリじゃないと開けられないんじゃない?」

 大きな扉を皆で押してみたがびくともしなかった。

 ゴルドンがヤケになって扉に額を付けて押すと、扉の向こう側で大型種のアンデッドっぽい低い呻き声がする。
 
「ねぇフランさん、この扉の向こう側に浄化の祈りをしてみてください。この扉の向こうで大きなアンデッドが扉を塞いでいるような気がするのです」

「わかったわ」
 
 フランは自分の信仰する神であるヒジリに、迷える魂を浄化してくれと祈る。以前回復の祈りを覚えた時のようにフワーっとヒジリの顔が頭に浮かぶ。

 まだ貧乏だった頃、エポ村の自宅の庭でヒジリはよく顔にハンカチを乗せて昼寝をしていた。

 フランはあまりにヒジリが身動きをせずに寝ているので、死んでいるのではないかと心配になってハンカチをとると、ヒジリの目と口に大きなタンポポの花が乗っていた。

 誰かがハンカチを取るまでずっと顔に花を乗せて待っていたのだ。

(なんでヒジリにお祈りをすると変な顔ばかり浮かぶのかしら・・・)

 しかしその楽しかった思い出は死にぞこないにとっては苦痛なのか扉の向こうから悶え苦しむような声が聞こえてきた。

「ズギャ!ゴハァ!オブァァァ!」

 扉の向こうから浄化されて消えていく大型アンデッドの放った断末魔の叫びはどこか切ない声だった。生前の記憶を呼び起こされ、再びあの楽しい人生を繰り返したいというアンデッドの気持ちは成仏へと繋がる。

(ヒジリの変顔を思い浮かべた祈りで浄化されたアンデッドって一体・・・)

 もう一度、花の乗ったヒジリの顔がフワーッと色んな角度で素早く頭に三度浮かぶ。

(もう変な顔はいいから!)

 フランは目をぎゅっと閉じてヒジリの変顔を追い出し、いつものハンサムな顔で満たす。

 ゴルドンが大きな石の扉を押すと、これまでの苦労はなんだったのかと思える程難なく開いた。

 どうやらアンデッドが扉の向こうで塞いでいなければ、この大きな石扉は僅かな力で簡単に開く仕組みになっていたようだ。

「やったぞ!流石は聖騎士見習いですね!」

 キウピ―の賛辞にフランはフフッと笑って一番に扉を通ると、天井まで伸びる本棚に目を奪われた。本が圧迫するようにこちらを睨んでいるような気分になる。

「凄い数の本・・・。イグナがいたら間違いなく喜んでいるわねぇ」

 キウピーは適当な本を手にとって読む。

「ひゃぁ~。古い樹族語で書かれているよ!これは読むのが大変だな。何々・・・」

 尖った黒い前髪を揺らしながらキウピ―は一人黙って読み進めていると、その肩をゴルドンが軽く叩いた。

「何が書いてあるか教えてくれたまえよ、君ぃ」

「失礼。あまりに面白い物語だったのでね。神話時代に闇側に追い詰められた樹族が呼び出した異世界の神について書かれている。『その姿は鉄傀儡に似ており、手足が胴と繋がっておらず、常に空中に浮いていた。心臓は太陽のように光り、透明な頭には沢山の脳みそがつめ込まれていた』だってさ。気持ちの悪い神だね。『樹族が呼び出した神はこの地の力とあらゆる生き物の脳を欲しがったが、戦で星のオーガに追い詰められていた樹族達は後先を考えずにこの神と契約してしまった。神は契約して直ぐに闇側の神である星のオーガを一旦退けた。樹族達が喜んだのも束の間、神は次々と光側の者を襲って、頭を開き脳みそを吸い取りだした。結局、星のオーガとノーム達のお陰で邪神を葬る事はできたが、闇側は主である神とその使い魔を失った』う~ん。僕達の習った神話では樹族が邪神と闇側を退けた事になっているんだが」

 フランは、この話がダンティラスの居た遺跡で読んだ書物と繋がっていることに気がついた。もしかしたらあの書物はここから持ち出されたのかもしれない。

「これはなんだろ?」

 遠くからタスネの声が聞こえてくる。図書館の奥にあった台座のボタンを何の躊躇も無く押したのだ。

 音もなく壁のスクリーンに地図が現れ、地図には印が書いてあり読めない文字で場所の名前を表示していた。

「おい!見ろ!キウピー!これだろ、イグナが欲しがっていた情報とは!樹族国とその周辺の地図に書かれた、この意味ありげなマーク!絶対これだよ!」

「やったな!我々は情報収集という面で彼女を凌いだぞ!そしてポイントゲットだ!」

 タスネとフランは何の事かは判らないが、これで帰れるのかと思うとホッとする。まだまだ日は高いのでさっさと買い物に出かけたい等と思っているのだ。

 コツーンコツーンと杖が地面を突く音が図書館の遠くの闇から聞こえてきた。一同は顔を見合わせた後、闇に向かって目を凝らす。

「おやおや、急に図書館のシステムが起動したから何かと思ったら、こんな若い坊やや、嬢ちゃん達がお客さんとはねぇ」

 闇からは闇より濃い黒ローブを纏った皺苦茶の老婆がヒェヒェと笑いながら現れた。
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