未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(54)

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「勿論行きます!博士に再び会えるなら私は何処にでも行きます」

 ウィスプはウメボシのような快活で真面目な声ではなく、大人しい静かな声でそう言った。

 イグナは少し寂しい気持ちになる。もうウメボシはこの世に存在しないのだろうか・・・。

 ツィガル城のヒジリの部屋のテーブルに地図を広げるとイグナは地下図書館の場所を指さした。

「王都のこの場所に来て欲しい」

「広場にある東屋で待っているから早く来て」

 そう言ってイグナは転移石を使って移動してしまった。

 ウィスプは玉座の間に向かうとナンベルとヴャーンズに事情を話してアルケイディアへと向かった。



 コロネは台座のスイッチを弄ってなるべく楽しそうな映像を選んで見ていた。

 家に電気が通って明るくなった事を喜ぶ樹族の家族の映像、今では信じられないが、オークやゴブリンが樹族を守って魔物と戦っている映像、獣人と一緒に狩りを楽しむ映像。大昔の方が平和的だったとコロネには思えた。

 色んな映像を見て飽きてきた頃、昇降機が音を立てて降りてきて、イグナとウィスプが現れた。

「あ!イグナお姉ちゃんとウメボシ!」

「彼女はウメボシじゃない。ウィスプ。ウメボシはもうこの世に居ないかもしれない・・・。私があの時、直ぐにチョークを消していれば・・・」

 イグナはウメボシを助けられなかった事をずっと後悔しており、優しい彼女を思い出して胸が張り裂けそうになった。

 紺色のワンピースの胸の部分をギュッと掴んで深呼吸し、今は悔やんでいる時じゃないと自分に言い聞かせた。もうすぐヒジリを時の呪縛から開放できるかもしれないのだ。そうすればウメボシも復活できるかもしれない。

 図書館の闇から老婆の驚く声が響いた。

「おおおおお、ウィスプ様!貴方様が行方不明になられた時、あたしはどれだけ悲しんだか!クロスケが樹族の罠で消息を絶ち、最後の戦いでは貴方を失い!我らが主は別宇宙に消え、ババァの胸は張り裂けそうでした!それが、こうやってまた再会出来ようとは・・・感激の極み!」

 老婆は一気に喋ると皺苦茶の頬に涙をこぼす。

「再会を喜んでくれて嬉しいのですが、私は直ぐに本題に取り掛かりたいと思います。貴方はサカモト博士wpこの世界に引き戻す術を貴方はご存知なのですか?」

 老婆は涙をローブの袖で拭い、そのローブの袋状になった袖から白い巻物を取り出して見せた。

「これですじゃ。これは召喚の巻物。これで主様を次元の間から呼び出すのです!幾星霜の時を経て、試行錯誤を繰り返し、ようやく作り出した物です」

「貴方はそれを今まで試みなかったのですか?」

「試みましたとも。しかし偽りの肉の体しか持たぬホログラムが魔法を発動させることはできませんでした」

「使い方は解りますか?」

「主様を強く思いながらマナを流し込んだ後、巻物を開くだけですじゃ」

「ナビが巻物の効果を発動させることが出来ないのに、どうして私が巻物にマナを流し込めましょうか?」

「勿論無策ではありませんです、ウィスプ様」

 ニタァと笑って老婆はイグナを見た。

「ここに強大な魔力とマナを持つ者がおるではありませんか」

「彼女は博士の事をよく知りません」

 被せ気味に即答するウィスプに老婆は微笑む。

「このババアの記憶データを彼女の神経伝達物質受容体に送り込みます」

 ウィスプはくるりと振り向き、静かにイグナに聞く。

「いいのですか?ナビと一時的に記憶を共有し、尚且つ貴方の脳を支配する事になりますが。勿論体に負荷は残しません」

「別に構わない。それでヒジリが復活するなら」

「すまないねぇ、お嬢ちゃん。じゃあちょいと失礼するよ」

 そう言うと老婆の姿が揺らいで消えた。イグナに変化があるようには見えなかったが喋り方が違った。

「はぁ、若い体ってのはいいもんじゃ。いっそこのまま・・・」

「駄目だぞ!用事が済んだらイグナお姉ちゃんを返せよな!」

 どら声のコロネが怒る。

「ヒッヒッヒ!わかっておる!冗談じゃ。さて・・・」

 憑依されたイグナは消えた老婆の後に残された巻物を拾うと、広げて目を閉じた。

「さぁ、主よ!この世界に戻りて我らを導きたまえ!」

 イグナの可愛い声が図書館に響き渡ると、目の前の空間が渦巻くように歪んで光り、あっさりとサカモト博士を吐き出した。

 博士はドテッと尻もちをついて、薄暗い館内をキョロキョロと見ている。

 憑依から解放されたイグナがふらついてコロネに支えられると、ノームのホログラムは再び図書館に姿を見せ、両手を組んで感激をしていた。

「おおお!主様!主様!」

「マスター・・・!」

 止まった時の中にいた博士にとって、邪神とのやり取りはついさっきまでの出来事だ。サカモト粒子砲で死んだと思っていた自分が再び息をしている事に驚いている。

「ワシは死んだはずじゃが?ウィスプには蘇生装置は付けておらんはずじゃぞ」

 頭のサイドだけアフロヘアーの博士は、癖なのか禿げた頭頂部を撫でながら言う。

 ウィスプは涙を流しながら博士の腕の中に収まった。邪神との戦いで負った心の傷の全てが癒やされるような気分であった。

「夢じゃないのですね、博士」

「よく判らんが、ただいまじゃ、ウィスプ」

「そこの少女とナビが博士を次元の狭間から召喚してくださったのです」

「ワシの為に力を尽くしてくれてありがとうな、ナビ」

「勿体無きお言葉ですじゃ。フェフェ」

 ナビと呼ばれたノームは博士の前で跪くと手の甲にキスをすると、イグナが期待の篭った目で博士を見つめながら、感動の再会に割り込んだ。

「約束通り、ヒジリを助けてもらう」




 ミト湖に着くまでの馬車の中で、イグナはヒジリの事を博士に話した。

「驚きじゃ・・・。あれから何千年も経っており、ワシらは神話の中の人物というわけか。そのヒジリとやらは間違いなく地球人じゃな。しかも、装備からしてワシらよりも一世紀ほど未来の地球人じゃ。まさか樹族の装置を掻い潜ってこの星に来るとはのう」

 遺跡に着くと博士はウィスプに入り口を開かせる。湖底を歩きながら、コロネは嬉しそうに水の壁に手を突っ込んで遊んでいた。

「置いていくよ」

 イグナはコロネに言うと彼女は好奇心をぐっと抑えて姉の後を追った。

 遺跡の中でヒジリは憤怒の形相で鉄傀儡を殴ろうとしているところで時は止まっていた。ここまで彼が怒っている顔をイグナは見たことがなかったので、少し怖くなる。

「これは、ノームの鉄傀儡。中には誰が乗っておる?」

「はい、施設の記録によれば保管されていたのはキンチ様です。保管カプセルの一つが開いていますね。彼はどういうわけか目覚めて自力で中から解除したと思われます」

 博士の顔がここで憎しみに曇る。

「ふん、裏切り者のキンチめ。仲間が邪神を召喚したのを見て怖くなってここに逃げ込んだのか。邪神の力ならばこんな施設、直ぐにでも吹き飛ばせるというのに・・・」

 暫く博士はヒジリを観察した。主に黒いパワードスーツに興味を示した。

「ほう、薄型のパワードスーツ。ここまでうすうすなのは初めて見た。・・・彼は樹族とも関わりがあると言っておったな?お嬢ちゃん」

「樹族国の王様とも知り合い。何度も国を救っている」

「ふむ・・・。何故蘇ったキンチと戦っておったのかは知らんが、樹族と関わりがあるのか・・・。悪いが彼をこの状態から開放することは出来んな」

 その言葉を聞いて瞬時にイグナの髪が逆立つ。

「嘘つき!約束したのに!」

「ワシは約束などしておらん。聞け、地走り族のお嬢ちゃんよ。ワシらは樹族をこのまま放置するわけにはいかんのじゃ。彼らはあまりに傲慢過ぎていつか、この美しい星を衰退に導くじゃろう。下手をすれば破壊してしまうやもしれん。邪神を後先考えずに呼ぶような連中じゃぞ?ワシらは今後、樹族と敵対するじゃろう。その時この男は我々の邪魔になる可能性が大いにある。悪いがキンチ共々消させてもらうよ」

 少女の体から激しい怒りと闇のオーラが放たれる。約束は守られないどころか、この男はヒジリを殺そうとしているのだ。

 ヒジリを呪縛から解き放ちたい、その一心で行動した全てが悪い方向に向かっている。他人を信用し過ぎた自分の馬鹿さ加減に涙が溢れ目が霞み、ナンベルの顔がふと浮かんだ。

 彼が皆に頼れと言っていたのはこういう事なのだ。仲間の色んな意見に耳を傾けて総合的に判断する、そういった客観的な目が無かった。自分の判断だけで行動した結果がこれである。

 サカモト神がヒジリと同じ星のオーガだから同じように優しいとは限らないと警戒すべきだった。いや、この男は別に極悪人ではない。ただ目的と信念に忠実なだけだ。

「そんな事はさせない!」

「ワシらに魔法は効かんよ?」

 イグナは考える。この遺跡の機能を止めてしまえばもしかしたらヒジリは動き出すかもしれない。

 イグナはコロネに転移石を持たせると帰るように言った。

「でも、お姉ちゃんはどうやって帰るの?」

「きっとなんとかなる。ここにいたらコロネは怪我するから早く帰って」

 口からも漏れ出す魔力のオーラを噛み殺し、何とか感情を抑え込んでいる姉を見てコロネは素直に頷いて転移石を使おうとしたが、やはり戸惑う。あまり物事を悪く捉えない性格の彼女だが今回ばかりは心配で堪らないといった様子だった。

 しかし決心したのか転移石を握りしめ、魔力が爆発しそうな姉に言う。

「お姉ちゃん!絶対、家に帰って来いよ!」

「うん」

「私・・・約束したからな!」

 そう言って彼女は一声泣き声を上げてこの場から転移して消えた。

 イグナはありったけの魔力を篭めてあらゆる攻撃魔法で施設を破壊しだした。

 博士は何が起きているかは見えないが、魔法によって自分に及ぶ二次的被害をひょいひょいと回避している。

 【火球】が柱や壁にぶつかって爆発し、【衝撃の塊】が機器を破壊していく。そして【氷の槍】が操作パネルに飛んだ時、ウィスプがパネルの前に現れて魔法を打ち消し、レーザービームがイグナのイグナの心臓を貫ぬいた。

 小さな体が吹き飛び無言で横たわる。即死だった。

「防衛行動終了。ごめんなさい・・・イグナさん・・・ごめんなさい・・・・」

 自分を蘇らせてくれた恩人をウィスプは撃ったのだ。そのようにシステムが動かすとはいえ、目の前で驚いたような顔で仰向けに倒れている少女を見てホログラムの涙を流す。

「仕方無い事じゃった。自分を責めるなよ、ウィスプ」

 さて、と言ってサカモト博士はパネルを操作すると、イグナを抱きかかえ円の中に放り込んだ。イグナは円の中に入ると空中でピタリと止まる。

「せめて愛しい人と一緒に消し去ってやるのが、供養じゃろうて」

 円に囲まれた三人は暫くすると光の粒子となって跡形もなく消え去ってしまった。

「暫くは情報収集じゃな。その後、樹族たちを再教育せねばならん」

「はい、マスター・・・」

 凹むウィスプをよそに何事もなかったように博士は、破壊された施設のあちこちを点検し始めた。

 ミト湖の遺跡でイグナとヒジリがこの世から消滅したその頃、地下図書館の片隅で目に見えない小さな何かは少しずつ分裂をして形を成そうとしている。

 博士と共に現れたそれはゆっくりと埃のように舞って増えていく。それが大きくなる度に、この星の終わりが確実に近づいている事を誰も知る由はなかった。
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