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禁断の箱庭と融合する前の世界(57)

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 救国の戦士達に用意された城の大きな一室で、自分が時間停止していた間の話をイグナから聞いてヒジリは驚きを隠せなかった。

「サカモト博士・・・。転送事故で死亡確認が出来なくて蘇生もままならず、歴史の闇に消えていった偉人がまさかこの星にいたとはな・・・。それにしてもウメ・・ウィスプを地球に送る優しさは有ったのに取り返しに来ないのはどういったわけか」

 既にウィスプは直されているが、動けないように体の機能を停止させられている。

 ふと戦場でウィスプを破壊した時を思い出す。どうもウメボシを殴ったような罪悪感があり、チラリと今のウメボシを見つめてスマンと心の中でヒジリは謝った。

 ウメボシは何の事か判らないが主に見つめられて照れている。

 その照れるポニーテールの眼鏡っ娘を見てヒジリは満足そうに頷いた。

(うむ、ウメボシは可愛いくなった。実に可愛くなった)

 ふんわりと縛られた茶色いポニーテールにメガネ。ヒジリと同じくアーモンド形の目と、下品にならない程度の分厚い唇。これで一人称が”ボク”だと危ない。どストライクだ。

 そう思っていると膝の上のイグナが他の女を見るなと言わんばかりにギュッと抱きしめてきた。

「それにしても、私は蜜蜂に集団で取り囲まれて体温で殺されそうになっているスズメバチかな?」

 左膝にイグナ、右膝にシルビィ、体を密着させるように左に座るヘカティニス、右にも同じく体を密着させて座る大きなリツ。ウメボシだけは離れて座っている。

「奥さんが旦那様に寄り添って何が悪い」

 ヘカティニスがぶっきらぼうに言う。

「そうですわ、あなた」

 リツがそう言って一層ヒジリに擦り寄る。

 イグナとシルビィの顔が曇りだし、そこはかとなく悪い空気を感じ取ったヒジリは咳払いをして話を元に戻した。

「未だ獣人国の要であるサカモト博士は健在、その目的は樹族のコントロール。我々にとっては大昔の話でも彼にとっては昨日の出来事だ。なので過去の亡霊の下らん偏執と一笑に付す事は出来んな。彼は今も樹族と戦っているのだ。博士が次に打つ手は何かな?ウィスプ」

 誰もウィスプが敵に内情を教えるわけが無いと思っていたが、彼女は大人しい声ですんなりと答えた。

「保存したままの鉄傀儡をノームの国から持ち出して、樹族国に攻めて来るでしょう。中にはサカモト粒子砲を備えた機体もあります」

「良いのかね?主の情報を我々に流して」

 ウィスプは少し黙った後、何か思うところがあるのか話しだした。

「良いのです。マスターは少し変わられました。ミト湖の遺跡で私がイグナさんを止む無く撃とうとした時、以前のマスターであれば私の防衛システムが作動する前に殺すなと命令していましたが、その命令はありませんでした。それに樹族達も今と昔では違うと解っていながら、獣人族に加担して侵攻の手助けをしました」

「博士の体に何か異常は有りましたか?ウィスプ」

 元々自分の体だったウィスプにウメボシは、なんとも言えない奇妙な感情を抱きつつ質問をした。

「いいえ。若干ナノマシンのタイプが変わっただけで特には・・・。マスターは定期的にナノマシンの種類を変えますので別に珍しい事ではありません」

 ウィスプの話を聞くヒジリの視界の端で父親のマサムネが映った。

 夢中になって部屋の中を極小サイズのドローンカメラをあちこちに浮かせ撮影している。カメラに向かって「そこを詳しく記録しておけ」とあれこれ指示を出していた。

「父さん、あまり映さないでくれ。私の研究を横取りするつもりかね」

「個人用だから心配するな。見給え!このロココ調とヴィクトリアン調がごちゃまぜになったような出鱈目な家具や調度品を!」

「今は興味ないな」

 シルビィがくすくす笑っている。

「ダーリンが変人なのは父親譲りなんだな」

「顔も口調も似てる」

 イグナもそう言って同意した。ヒジリはほうれい線を作り不満顔だ。

「獣人国は何故すんなりと君と博士を受け入れたのかね?普通ならもっと警戒しそうだが、全幅の信頼を寄せていたな」

「獣人国の政治を司る者達の中に、本当の歴史を知る者がいるからです。なので博士との意見は容易に一致しましたし、樹族を矯正するという考えは同じでした。獣人らはこれまで遺跡の守り人を恐れて、おおっぴらにその事を話したり追求したりはしませんでしたが、最近になって守り人が今までのように禁忌破りを殺さなくなりました。現れなくなったのです」

「我々が幾らか倒したからな。暫く補充はされないだろう」

「それにしても博士は何故マスターを邪魔者扱いしたのかよく判りませんね・・・。消したくなるほど邪魔な存在だとは思えませんが。寧ろ話し合いで解決しそうな話ですけども」

 ウメボシが思案に耽っていると部屋の扉が騒がしく開いた。

「イグナ!」

 水晶の映像を見てやって来たタスネは泣きながらイグナに抱きついた。コロネやフランも続いて入って来る。

「良かった、死んでなかった!こんなに痩せて!今まで何やっていたのよぉ!」

「イグナお姉ちゃん!本当に心配したんだぞ!」

 ヒジリはシルビィやイグナを膝から下ろすと、タスネにゆっくりと頭を下げる。

 リツやヘカティニスはそんなヒジリの姿を見たくないのか、それとも気を利かしたのか、ヒジリの横から離れて窓際まで行って外を見ている。

「済まない、主殿。イグナは私を救う為にと別の星のオーガと戦おうとしたのだ。そして、その場に居た私の死を見て彼女は怒りの精霊に支配された。それも私のせいだ」

 タスネは頭を下げるヒジリを見て何も言わず、イグナの腕を掴んで部屋から出ていこうとする。

「離して、お姉ちゃん」

「駄目、帰るよイグナ」

「イヤだ!」

 イグナはタスネの手を振りほどいてヒジリの後ろに隠れる。

 タスネはヒジリを睨みつけた。

「ヒジリ、もうイグナに近付かないで!貴方と一緒に居たらイグナは命が幾つあっても足りない!貴方がイグナの心を占めるからイグナは無理をするのよ!貴方には感謝してもし足りない程の恩を感じているわ。でも、妹が恐ろしい目に遭ったり、心を壊されたりするのはもう嫌なの!お願いだから・・・」

 タスネは泣きながらその場にへたり込んだ。

 ヒジリには返す言葉がなかった。確かに彼女はいつも身を危険に晒しボロボロになってヒジリの為に何かをしようとする。今回も身代わり人形という、自分そっくりに再現して身代わりになるマジックアイテムをあらかじめ持って挑み、尚且つミト湖の施設を攻撃した時の煙に紛れて【姿隠し】をしていなければ彼女は確実に死んでいただろう。

 いつも彼女を危険な場所へ誘うのは自分なのだ。

「主殿の言う通りだ。今のイグナは私同様、もうオリジナルではない。いっそ、巻き込まない様に関係を断ち切ったほうが良いのかもしれない・・・」

「イヤだ!例えヒジリがお姉ちゃんと関係を断ち切ったとしても私はヒジリの傍にいるから!ヒジリが好きなの!」

 タスネは涙をハンカチで拭くと立ち上がり、ヒジリの後ろに隠れるイグナの頬を叩いた。

「イグナ!貴方はヒジリにお父さんを重ね合わせて見てるのよ!ヒジリは貴方のお父さんじゃないよ!いい加減に気が付きなさい!」

「そんなこと無い!私はヒジリが好き!」

 イグナはヒジリに向かって歩き、無理やりキスをした。泣きながら目をギュッと瞑ってキスをしている。

「だったらヒジリの妻になでばいい」

 窓際の椅子に座って聞かないふりをしていたヘカティニスが居たたまれなくなったのか、ぼそりと言った。

「妻になれば夫と生死を共にするのは当たり前の事ですものね」

 リツが伊達メガネをクイッと上げた。メガネをかけるとヒジリが見つめてくる確率が上がることを知っているのだ。

「バカなこと言わないで下さい!イグナはまだ子供なんですよ!アタシの可愛い妹なんです!」

 タスネは普段なら怯えてオーガに口答えなんかはしないが今回は違った。

「馬鹿なものか。イグナのヒジリへの想いは嘘偽りじゃあないど。おでたちでもヒジリのためにイグナと同じように行動できるかと言われれば正直怪しい。始祖神に挑もうなんて誰にも出来るもんじゃねぇ。彼女の覚悟はおで達以上だ。おで達以上にヒジリの妻に相応しい。それにおではヒジリのハーレムに女が一人や二人増えたところでなんとも思わねぇど。・・・リツはハーレムから出ていくべきだと思うけどな」

 リツは拳を振り上げて殴るポーズを取り、ヘカティニスを威嚇してからタスネに言う。

「タスネさんは妹の覚悟を無かった事にしたいのですか?今まで陛下の為に我が身を顧みず戦ってきたその覚悟を」

 タスネはハァー溜息をついて肩を落とす。自分がどんなに言葉を紡ぎ、説得しようが妹の意思は変わりそうにもない。それに彼女には沢山の味方がいる。

「解ったわ・・・。もう何も言わない。イグナ、貴方はもうサヴェリフェ家の人間ではありません。招待していないのに我が家の敷居を跨げば泥棒扱いだからね!ヒジリ、イグナの事を宜しく・・・」

 タスネは部屋から出ていくと、コロネが姉を心配して後を追って出ていった。

「イグナ、いいのか?姉から絶縁されたが」

「構わない。あれがお姉ちゃんの表せる精一杯の優しさだから。ヒジリ、これからは妻として宜しく」

 マサムネがやって、新しいヒジリの妻をマジマジと見つめる。

「小さな奥様だな。この星の種族の年齢はいまいち判り辛い。君は幼い見た目だが実際は二十歳以上なんだろう?」

「いいえ、お父様。もうすぐで十二歳です」

 マサムネの顔が固まる。それからヒジリの首を絞めながら揺すった。

「ヒジリ!父さんはお前をロリコンに育てた覚えはないぞ!」

 父の手を振り払ってヒジリは返す。

「私だってロリコンに育った覚えはない」

 フランが横から割って会話に入ってくる。

「私もぉ、ヒジリのお嫁さんになるんですぅ、お父様。もうすぐ十四歳で~す」

 巨乳で腰が大きく、甘ったるい妖艶な顔をしたフランを見てマサムネはヒジリにヘッドロックを決める。

「このスケコマシめ!羨ましいぞ!」

「今時スケコマシなんて言葉は聞いた事がないぞ、父さん」

 ヒジリはスルリと腕から頭を抜いて、父親を首投げで投げ倒す。

 離れた場所に居た砦の戦士達がその様子を見てガハハと笑っている。

「もうこうなれば私のことを好きだという者全員を嫁に貰ってやろう」

 それを聞いたウメボシやシルビイが真っ直ぐ挙手した。何故かそれにベンキも混ざっていた。

「ウメボシは良いとして、シルビィはもう結婚しているだろう。あと何でベンキが挙手するのだ。」

「お前にお姫様抱っこされたからな!」

「解った。抱いてやろう。来い!」

 マサムネは本気で息子は男にも目覚めたのかと思ってぎょっとした。しかし、ベンキは眼鏡をスチャッと上げるとヒジリの言葉を無視して本を読み始めた。

「こんのかーい!」

 二人のやり取りを見てオフザケだと解りマサムネは胸を撫で下ろすとウメボシが話しかけてきた。

「マサムネ様は明日にはもう地球に帰るのですね。マスターにその事をお伝えしたのですか?」

「言っていない。私は別れ際のしんみりとした空気が嫌いなのだ。いきなり帰るぞ。それに裁判の結果が出たようだ」

 マサムネは網膜に映る地球のニュースでヒジリに惑星の所有権が認められた事を知る。

「そうですか・・・」

  マサムネは多くの一般人のリーク情報や協力のお陰で思いの外早く裁判に勝てた。しかも息子の生死を確認するために惑星ヒジリに二日間滞在してもいいという特例まで出ていた。

 しかし裁判の結果を待たずして、ヒジリを助ける為に来たマサムネは地球に帰ればそれなりのペナルティを受けるだろう。

 ウメボシは寂しい気持ちになる。それが原因で二度と彼を惑星ヒジリには呼べなくなるかもしれないからだ。



 外では、当たり前だが厳戒令を布かれており、騎士たちが獣人国からやって来る敵を警戒している。闇夜に紛れて獣人が襲いかかってこないか気が気でない。

 ドワイトやネコキャットはバルコニーの椅子に座って外を警戒する騎士たちの魔法の明かりを眺めている。
 
「どうだい?このホタルのような明かりは。俺が君のために用意させたんだぜ?」

 ネコキャットが両手を広げて立ち上がり、さぁどうだ!見ろ!と言わんばかりに騎士たちの魔法の明かりを見るようにドワイトに言った。

「まぁ!素敵!と言うと思ったか、どアホ。ふざけてると尻を叩いて真っ赤にしてホタルのように輝かせてやるぞ」

「じゃあホタルとなってオッサンをあの世に導く水先案内人になってやるよ」

「お前の汚いケツで導かれるのは蠅くらいなもんじゃ。ガッハッハ!」

 二人が笑っているとイグナがバルコニーに現れた。

「おや?もう愛しい人との再会はいいのか?」

「ヒジリは砦の戦士たちとスモウという競技を始めだした」

 ヒジリは広い部屋の片隅に衝撃吸収シートを敷き、そこでオーガ達は相撲というレスリングに似た競技で暴れだした。昼間散々戦場で暴れたのに夜にはもうこれである。

「ドワイト、いつも私の事を守ってくれてありがとう」

「なんじゃい、改まって。パーティメンバーを守るのは当たり前じゃろう」

「じゃあ、俺も守ってくれよオッサン」

「お前は大概の攻撃をひょいひょい避けるじゃろうが!」

 イグナはしゅんとして告白する。

「ナンベルのおじちゃんから仲間に頼れと言われたのに、私はまた勝手に行動した。だから怒りの精霊に飲み込まれそうになった。皆に相談していればこんな事にならなかったし、迷惑をかけなかった。ごめんなさい」

「ワシはな、自分の手の届かない所でお嬢ちゃんが傷ついたり倒れたりするのが許せんのじゃ。お嬢ちゃんを守ると約束したからな。これからは危ない所に行く時は必ず声をかけてくれよ」

「まぁオッサンに声かけても、耳が遠いから聞こえてるかどうか・・・ディッヒッヒ!」

 ネコ吉!とドワイトは怒鳴って立ち上がろうとしたが、心臓がドクンと激しく鳴り、途端に息が詰まる。老化のせいか時折起こる発作だ。

 ドワイトは悟られまいとイグナを見た。【読心】は発動していないようだ。良かったと心の中で呟き、心臓が静かになるまで待つ。

「どうした?オッサン」

「飴を喉に詰まらせたんじゃ」

「飴なんか舐めてたか?」

「舐めてたんじゃ!お前に対するワシの態度のようにな」

「甘いな、飴だけに。いつから自分が俺のことを舐めていると思った?残念。舐めているのは俺の方だ」

 そう言ってネコキャットは舌の上の飴を見せた。

「アホが!ガッハッハ!」

 三人共笑う。ドワイトは誤魔化せたと思ったがウメボシが部屋の中からドワイトを見つめていた事に気がついた。何処か心配そうな、悲しそうな顔で。

(全てを見透かすと言われている元イービルアイのウメボシがあの顔をしているということは・・・そろそろ、お迎えが来るという事か。さてと・・・どこで人生の見せ場を作る事が出来るかの・・・)

 騎士たちの作る魔法の明かりは、ドワイトにとって冗談でも何でも無く、あの世への水先案内人と呼ばれているホタルの様に見えた。
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