未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(110)

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 路地裏ですれ違った誰もが彼の不自然な顔に違和感を感じながら通り過ぎていく。

 その奇妙な顔の地走り族は表通りを警らする騎士を警戒し、びくびくとしていた。

 地走り族にしては珍しくノームのような団子鼻をしている彼の目は忙しなく通りを見ている。

「変装しているとは言え、騎士様と顔を合わすのは避けた方が良いですねぇ。また捕まって拷問部屋送りなんて嫌ですから。シルビィのお膝元が思いの外、警備が緩くて灯台下暗しと喜んでいたら、ここ十数年大きな戦争が無い所為とカルト教団の暗躍で、騎士様達は明らかに警らに力を入れるようになりましたよ。とんだとばっちりですね」

 ノームモドキと呼ばれるノームにそっくりなゴブリンのシディマは、ぶつくさと言いながら逃亡中に地走り族を殺して顔の皮を剥いで作った変装マスクに異常がないかを触って確かめている。

「よし、異常なしです。月に一回防腐魔法をかけてもらわないとやっぱり臭いますねぇ。固定化の魔法は高いですから、貧乏な脱獄犯には手が出ません・・・。クンクン。やっぱり腐り始めたかなぁ?まぁ腐り落ちる前に新しい顔を剥げばいいのですけども。ギュフフフフ」

 地走り族の顔の皮を剥ぐ時の叫び声を思い出して残虐な笑みを浮かべるシディマは、通りを歩くある一行を目にしてハッとする。

 初夏の日差しが暑いのか、フルヘルムを脱いだ帝国騎士のオーガの顔を見て目が釘付けになった。

「ヒジリ・・・!あれは紛うことなきヒジリの顔!しかしヒジリは邪神共々死にました。死んだのです!という事は彼は神の子ヤイバ!」

 そう言って立ち話をする彼らにさり気なく近づき一行の会話に聞き耳を立てる。

「なぁ、俺様は王宮に行ってみたいんだが?」

「行ってみたいんだが?と急に言われましても・・・。そりゃあ僕達が行けば樹族の王族方は歓迎してくれると思いますけど、いきなり行けば迷惑ですし厚かましくないですか?」

 マサヨの唐突な要望にヤイバは困惑する。

 アルケディアに来たのは王宮が目当てではなく、遺跡守りのいた遺跡から持ってきた宝石を換金するのが目的だったからだ。

 黒い羽なしイービルアイは感心しながら黒い瞳を大きくしたり小さくして街を観察していた。

「ワイも王宮を見てみたいですわ。それにしても原始人に毛が生えた程度の文化しか持ってなかった樹族の文化もエライこと発展しましたなぁ。中世くらいにはなってはりますやん。でも魔法という便利なものがなまじっか有りますさかい、技術発展の遅いこと遅いこと」

「大昔の樹族はどんなだったの?」

 好奇心旺盛なワロティニスはクロスケに目を輝かせて聞く。

「ワイが博士の船から出た時は・・・・あ、ワイは船に備え付けられたアンドロイドやったから外に出たくないって散々駄々こねたんやけどね。ウィスプちゃんっていう滅茶苦茶可愛い子に誘われて仕方なく出たら、まぁ~小汚い格好した樹族がこれまた小汚い顔してこっち見とってん。もうね、頭に浮かんだ言葉は哀れの二文字だけやったわ。動物よりはマシな生活をしているって感じやったからね。魔法も今で言うところのオークのシャーマンレベルでね、メイジみたいな大した事は出来へんかったんよ」

 一人の地走族がその話を聞いて猛烈にメモを取り出した。

「ふむふむ。それで?」

「誰やねん、君」

「私かね?私はウィザードのジリヒン。魔法に関する知識を何だって集めるのが生き甲斐でね」

 ジリヒンの名を聞いてヤイバが驚く。名前こそ知っていたが会ったことはなかったからだ。

「え!じゃあイグナ母さんの恋人の?」

「ああ、君たちは彼女の知り合いかね。恋人?私達は恋人なのかね?彼女と恋人らしいことをしたことがないが・・・」

「う!イグナ母さん可哀想・・・」

 毎週のようにジリヒンの住むアルケディアに通っている健気なイグナを思い浮かべワロティニスは同情する。

「私の事はどうでもいいのだ。それよりイービルアイの・・・?」

「クロスケ・・・アッ!クロスケなりよ!」

「今、名前を言いかけて、あ!これだ!と思ってコロスケの真似をしただろ、クロスケ」

「ネタバラシしなさんな、マサヨちゃん!恥ずかしいわ!」

「あのな、そんなボケが解るの俺だけだぞ・・・」

「ワイの時代の地球は二十世紀の文化がブームやったさかい。言いたくて仕方ないんや。堪忍してや」

 ジリヒンは二人の会話が理解できずにキョトンとした後、ペンで頭を掻いて話を続けた。

「良かったら家で話をしていかないかね?お茶とお菓子ぐらいならだすから」

「あ、それなら僕もついていきたいです。クロスケさんの知識は興味深いですからね」

「なんやの、ヤイバ君まで~。そんなにワイの話をご所望かいな。ええで。飽きるまで話したるわ。飽きるの早いけど」 

 後ろに軽く手櫛で流しただけのマットブラックのミドルヘアーを揺らして笑い、ジリヒンは「では行こうか」と言って先を歩きだした。

 その後ろからマサヨが声をかける。

「おーい!じゃあ俺らは買い物してるからさ。終わったらお城前の高級喫茶店ヘチョラモンで待ち合わせな!」

「私もイワンコフ連れてマサヨと買い物してくるね、お兄ちゃん!」

「(ヘチョラモン・・・変な名前だ・・・)わかった。気をつけるんだぞ、ワロ」

 ヤイバは少し心配そうにワロティニスを見たが、魔法の効かない召喚師と吸魔鬼の子供と生粋の格闘家に勝てる賊はほぼほぼいないだろうと判断して手を振ってジリヒンの家に向かった。

「じゃあまずは宝石でも売りに行きますか~」
 
 マサヨは大きな魔力の篭った宝石がゴロゴロと入っている革袋を高く持ち上げて威勢よく言うとワロティニスティ達が元気よくオー!と答えた。

 その様子をシディマは路地裏から見つめており、舌なめずりしながらマサヨ達に近づく。

「あの~、お嬢さん。パンツ見せて貰ってもよろしい・・・違った。実はですねぇ、向こうの路地裏にゴロツキがおりましてですねぇ、私、そこを通らないと帰れないのです。貴方達は何だか強そうですし、ゴロツキを追っ払っていただけないでしょうか?」

「そんなのワロちゃん一人いれば十分だな。一分もあれば十分でしょ?行ってきてよワロちゃん」

 マサヨはワロティニスの強さを知っているので余裕だと考えた。瞬間的な物理攻撃力では兄を上回っているからだ。

「うん、わかった」

 そのやり取りにシディマは焦る。

(だぁーー!しまったーー!全員行ってくれないと!特にそこのリボンのお嬢ちゃん!貴方、宝石持ってるから貴方が来てくれないと困りますーー!)

 どう言って全員を誘おうかと頭を悩ませる間もなくワロティニスが案内するように促した。

「ゴロツキはどこかな?珍しいね、アルケディアの繁華街にゴロツキなんかがいるなんて。騎士とか巡回してるのに」
 
 シディマは騎士と聞いてギクリとして先を歩いて案内しながら考えた。

「(ワロ・・・といえば当然、砦の戦士の一員でヤイバの妹ワロティニスの事でしょうし。まぁ彼女だけでもいいかな。後で身代金をたっぷりと砦の戦士へ請求するとしますから)ええ、アルケディアの中心部は治安が良いはずなんですけどねぇ。ささ!こっちです」

 そう言ってシディマが連れてきた路地裏は、自分が先程までヤイバ達を観察していた場所だった。

「あれ?誰もいないみたいだけど?」

「そこの樽の裏辺りに潜んでいます。武器を持って待ち構えていると思いますので気をつけて下さい!」

 ゆっくりと薄暗い路地裏の樽に近寄ると、二メートル半もある背の高いワロティニスには樽の裏側まで見える。誰もいない。

「いないみたいだよ?」

 クリっとしたタヌキ目が振り返ってシディマを見た瞬間、床に置いてあった魔法の罠が発動し、ワロティニスは罠が丸く囲む穴にストンと落ちてどこかへ強制的に移動させられてしまった。

「ヌハハハ!お人好しのお間抜けちゃん!暫く地下牢で過ごしてくださぁい!」

「おい!」

 背後からの声に驚き笑顔を凍りつかせて振り向くと、そこにはマサヨがこちらを睨みつけて立っていた。

「お前から何となく同類の匂いがすると思って、様子を見に来たら・・・やっぱりか!ワロちゃんをどこにやった!」

「はぁ?教えるわけ無いでしょうが!ところで貴方、宝石持っていましたよねぇ?寄越していただけますか?ニュホホホ」

 シディマは黒塗りのダガーを構え、マサヨににじり寄る。

 ダガーの構え方や擦り足の仕方で、何となく彼が手練の盗賊だということが解る。マサヨもシーフの素質があるからだ。

 マサヨがインプ達を呼ぼうとロングスタッフを構えた途端、そうはさせまじとシディマは間合いを詰めてきた。

(うお!召喚が間に合わない!やべぇ!)

 焦るマサヨにシディマの持つダガーは容赦なく内蔵をえぐろうと迫ってくる。

「ぐあ!」

 しかし悲鳴を上げたのはシディマの方だった。

 左腕が見えない何かに捩じられ、苦痛に顔が歪む。

「何です、これは・・・!いだだだだ!」

 マサヨの後ろから鼻血を垂らしたイワンコフが現れた。

「マサヨお姉ちゃん、大丈夫?」

「イワンコフこそ、鼻血は大丈夫なのか?」

 腕で鼻血を拭ってイワンコフは背中から触手を出しながら言った。

「念力を使うと何故か鼻血が出るんだ。でも大丈夫だよ」

 触手をシディマに絡ませようと近づけると、シディマの右手にある黒塗りのダガーが触手を切り裂いた。

「痛っ!」

 と同時に念力が解除されて、手練の盗賊は裏路地から走り去っていく。

「大丈夫か?イワンコフ!」

「うん、久々の痛みだったから驚いただけ。それよりもあの地走り族を追わないと!」

「でも、もう見えなくなったな・・・」

「問題ないよ!あの男に触手の断片をくっつけておいたから!何処へ逃げても解るよ!」

「でかした!」

 マサヨは追いかけるのに役に立ちそうな異界の何かを呼び出そうとしたが、急な事で何も想像できなかった。

「ええい!脚の速い何か!来てくれ!」

 地面に魔法陣が浮き上がり、一畳分の畳に沢山のムカデの脚のようなものが付いた何かが現れた。

「おげぇ!きめぇ!なんだこれ。この魔物が何だかは知らないが取り敢えず乗るぞ、イワンコフ。この・・・えーっとそうだな・・・畳ムカデに進む方向を触手で指示してくれ」

「う、うん!わかった!」

 二人はよく判らない異界の生き物に乗るとシディマを追いかけた。





 喫茶店ヘチョラモンでジリヒンとの話の済んだヤイバは若い修道女たちに囲まれていた。

「きゃぁぁ!神の子ヤイバ様ではないですか!」

 黄色い声が飛び、他の客が何事かと見る。

 ヤイバは咄嗟に顔の前で両手を組んで肘をつき顔を隠した。

「こんな所でお会い出来るなんて光栄です!」

「やだぁ!ウフフ!大っきいけど、顔はかっこいい!」

「こら!失礼だよ!ヒジリ聖下のご子息なんだからそういう目で見るのは止めなさい!」

 樹族や地走り族の修道女達は、大きな丸太椅子に座るヤイバを鎧の上からベタベタと触れている。

 最近は樹族国と帝国の往来が自由になり、オーガの客が増えたとはいえまだまだその巨体は目立つ。

(しまった・・・。唯でさえ目立つのだから、フルヘルムを取るんじゃなかった・・・。僕は結構迂闊だな・・・改めないと)

「それにしても遅いなぁ・・・。何やってるんでっしゃろ!スキャンしたらマサヨちゃんとイワンコフは王都を駆け回ってるみたいやで」

「わぁ!ヤイバ様もイービルアイを使い魔にしてらっしゃるの?聖下と同じじゃないですか!」

「いやこれは・・・・。どういう事ですか?クロスケさん。二人って事はワロティニスは?」

「それがやなぁ・・・。見当たらんのや。いや、死んでるんやないで。王都におらんのや。死んでたら遺体として脳内マップに表示されるから死んでないのは確かや」

「クロスケさんって言うの?可愛い~!」

「え!ワイが可愛いやて!そんなん言うてくれるなんて嬉しいわ~。今日は日差しがきついさかい、ガリガリ君を君らにあげよ!」

 クロスケは内蔵するデュプリケイターでかき氷のようなアイスを出して修道女達に振る舞う。

「え?くれるのですか?神の子の使い魔様が我々のような者に?嬉しい!!キャー!」

 テーブルの皿の上に山のようにあったガリガリ君はあっという間に無くなった。関係のない地走り族の客達がテーブルの横を通る時にさり気なく無意識に持っていってしまったのだ。

「お?!関係のない地走り族が何食わぬ顔してガリガリ君を持って行ったで!」

「ああ、地走り族はそういう種族なんです。だから彼らの近くに自由に持っていける何かを置く方が悪いのですよ」

「そういやそういう奴等やったわ、思い出した」

 冷たい氷菓子は高級品である。若い十代の修道女にとってこれ以上の贅沢はない。キャーキャーと喜ぶ修道女の後方から、不自然に無表情な地走り族が息も絶え絶えに走ってきた。

「ぜぇぜぇ!しつこいですよぉ!」

「うるせぇ!ワロちゃんはどこだ!」

 シディマはそれに答えず、腰のポーチから小さなスタミナ・ポーションを取り出して飲むと空の瓶を投げ捨て速度を上げて走り出した。

「マサヨシさん!ワロがどうかしたんですか!」

 ヤイバは心配になって勢い良く立つとテラスの天幕にバウンと頭をぶつける。

「あの地走り族が魔法の罠を使ってワロちゃんを誘拐しやがった!ヤイバも追いかけろ!」

 ヤイバの顔が一瞬にして青くなったかと思うと今度は赤くなり目が釣り上がる。

「ワロを・・・誘拐した・・・だとっ!?」

 ブワッ!ブワッ!とスキルが発動する。恐ろしい形相のヤイバを見て修道女達はヒエェェと後ずさりして逃げていった。

「許さんぞ・・・許さんぞーーー!」

 テーブルの上の皿やカップがヤイバの怒りのオーラで吹き飛ぶ。

 素早さが向上する魔法【風の動き】と【高速移動】の魔法を脚にかけると、ヤイバは砂煙を上げて走り出した。

 鎧が派手な音を立て、足音が地響きのようなので、通りを歩く人は直ぐにヤイバの存在に気が付き、急いで道を空ける。

 ヤイバはよく判らない生き物に乗るマサヨ達を追い越すと、妹を誘拐した憎い地走り族を視界に捉えた。

 逃げ足に特化した装備なのか、ヤイバの脚を以てしても前を走る地走り族には追いつけない。
 
「後ろが騒がしい!何でしょう・・・ってうわぁぁ!ヤイバ!重装鎧を着ているというのにあの速さは異常ですよぉホホホ!」

 走りながら氷の槍を撃ってくるヤイバの攻撃を何とか躱してまた驚く。

「移動しながら魔法攻撃をするなんて出鱈目です!」

 メイジは何かをしながら魔法を撃つというのは苦手なのだ。大概、行動の後に魔法を唱えてくるので、不意打ちでなければある程度、シディマでも幾らかは対処が出来る。

 しかし、ヤイバはメイジのその弱点をいつの間にか克服していた。

(走っている時に集中が乱れて魔法が撃てない事が何度かあったから克服したまで。それでも命中率は下がるな、流石に・・・。何とかしてあの地走り族の脚を止めなければ・・・。【骨砕きの焔】や【捕縛】はもっと集中力がいる。【眠れ】はどうだろうか?無詠唱だし命中率も高い)

 ヤイバは即座に【眠れ】をハンドサインだけで出した。放射状に広がる拡散ビームのような光がシディマに命中する。

「ふぉ!」

 前を走る地走り族はフラフラしだしす。眠気に抗っているのだ。

(や、やばいですよぉ~これは・・・。眠い・・・。もう地面に張り付いて眠ってしまいたいぐらいです!・・・だが!まだです!・・・確か近くに洞窟があったはずだ!あそこに逃げ込みましょう。小さい穴とかに潜り込めばやり過ごせるはずですからぁ!)

 必死に走るシディマは知らなかった。彼が向かおうとしている洞窟前で吸魔鬼同士の戦いが繰り広げられている事を。
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