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禁断の箱庭と融合する前の世界(146)
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「ほう?この私に喧嘩を売るというのかね?良いだろう、かかってきたまえ」
そう言ったヒジリは数分後、路上で伸びていた。
野次馬達は驚いて去っていくゴブリンの女の後姿を見つめる。
「おーい!ライジンが喧嘩で負けたぞ!ライジンをのしたのは流れのゴブリンメイジだ!」
ヤイバは誰かの声を聞いて妹と顔を見合わせた後、声のする方へと向かった。
「え~。お父さんがゴブリンメイジに負けたなんて・・・」
ワロティニスは不満そうな顔をしている。まだまだ力こそ全てという考えが染み付いているので、父が負けた事は彼女にとってとても恥ずかしい事なのだ。
首を捻りつつ走るヤイバは誰が父を倒したのかを考える。
「ゴブリンメイジ・・・?そんなに多くないよな、ゴブリンメイジって。ヴャーンズさんかな?」
「いや、お父さんの実力を知っているヴャーンズさんなら挑まないでしょ。一回負けているんだから」
現場に到着すると、父親は大の字で倒れていた。既に父親を倒した相手はいない。
「大丈夫ですか?父さ・・・ライジンさん・・・」
「ん?ああ、ヤイバか大丈夫だ。さてコーヒーでも飲みに行くかな」
そう言い残すとヒジリは何事もなかったように立ち上がって去っていった。
「お父さんっていつも飄々としてて、可笑しいね。ウフフ」
「ああ、喧嘩に負けても悔しがりもしない。一体どんな勝負をしたんだろうか?普通に挑めば父さんに勝つのはほぼ不可能だが・・・」
ヤイバは近くにいたオークに聞いた。
「とう・・・ライジンさんはどうやって負けたのですか?」
「普通に顔に火球食らって倒れてたぞ」
「馬鹿な!とうさ・・・ライジンさんは魔法無効化が得意なオーガメイジですよ?火球程度で倒れるわけないじゃないですか」
「知らねぇよ。マグレだろうが、ゴブリンメイジの勝ちは勝ちだ」
それを聞いたワロティニスは悔しがって、地団駄を踏んだ。
「お兄ちゃん!そのゴブリンメイジを見つけて、敵討ちしようよ!」
「ん~。お兄ちゃんは乗り気じゃないかな。見つけるのは手伝うけど、後はワロだけでやってくれ」
「ん、いいよ。お兄ちゃんが出てきたら一方的な感じになるし、それはもうイジメだもんね」
「じゃあ、マナの痕跡を追いかけるとするよ。【魔法探知】」
ゴブリンメイジのハッカは鼻歌を歌いながら、屋台の食べ物をどれにするか悩んでいた。
「ゴデの街も大して事無いわね~、アララ。強いと言われたライジンですら、あのザマなんですもの」
アララと呼ばれた黒い眼帯を付けた女の召使いは上目で主を見て笑う。
「どうせお嬢様はマグレで勝ったでゲスよ、そうマグレでゲス!それにこの街には他にも強い奴らが沢山いるって聞いたでゲス!」
「馬鹿言わないでよ。マグレなわけないでしょ。名門のヌプヌ魔法学院出の私を馬鹿にするつもり?それにしても・・・遥々海を渡って来たというのに退屈ねぇ。修行にもならないわ・・・。屋台の料理は駄目ね。不味そう」
ゴブリンの女二人は屋台の食べ物を食べるのは止めて、レストランを探し始めた。
「いらっしゃーい!ゴデ名物オティムポステーキはどうですか~!」
かつて餓死寸前のところをヒジリに助けられた少女イシーは既に家庭を持ち、店の女将にまでなっていたが、今でも看板娘として店先に出て呼び込みをしていた。
「ンマッ!オティムポ?お下品!」
「違うでゲスよ、お嬢様。オティムポって名前の牛でゲスよ!ゲススス!」
「し、知ってたわよ!そこの女!その名物、本当に美味しいかどうか試してみてあげますわ!」
「はい!毎度あり!二名様、ごあんな~い!」
ステーキが来るまでテーブルで待つハッカは、店のどこかに腕試しの相手がいないか探し始めた。しかしいるのは観光客の樹族や地走り族、後は金持ちそうなオークだけだった。
「それにしてもツィガル帝国って光側に気を許し過ぎじゃないかしら?ねぇアララ」
「まったくでゲス。独善的な光側はいつ裏切るか判らないでゲスよ」
樹族や地走り族はそれを聞いてムッとしている。
流石に光側の客に不愉快な思いをさせるのは不味いと思ったのか、イシーは二人のテーブルに駆け寄って注意をした。
「他のお客様の悪口はご遠慮下さい。料理は雰囲気も味の内ですから。皆で楽しく美味しく食べて頂くのがうちのモットーなんです」
「ふん!貴方、お金が欲しいから光側にヘラヘラしているのでしょう?情けないったら無いわね。オホホ!」
「おほほ、でゲス!」
イシーが顔を真赤にして怒鳴ろうとした時、店の外からスカーが現れた。
「どうしたい?イシーちゃ~ん、顔を真赤にして。揉め事かい?」
いつもの軽いノリで砦の戦士カワーが現れた。警察も兼ねている砦の戦士ギルドはこういったトラブルにも介入してくるのだ。
「揉め事じゃないですけど、このお客さんが他のお客さんの悪口を言うので迷惑しているんです」
スカーは風で後ろになびいているかの様な髪を櫛で解くと、胸ポケットにしまいニヤケ顔でハッカとアララに顔を近づけた。
「ん~?おいおい!ちょっと待て!こりゃたまげた!二人共、えらいべっぴんさんじゃないか!」
「へ?」
「ゲス?」
罵詈雑言を浴びせられると警戒して険しい顔をしていた二人は拍子抜けする。
「こんなべっぴんさんが、他人を気にするなんて何かの間違いだな。他人を一々気にするなんてーのは、自分に自信がない奴のする事よ。自分に自信のあるやつは黙ってドーンと構えてるもんさ。だから悪口を言ったなんてのは何かの間違いだよなぁ?お嬢さん方」
「ええ、きっとその店の女が聞き間違えたのよ。私、悪口なんて言ってませんわ」
「そうでゲスよ!聞き間違えでゲス!」
「なら良いんだわ。ここのステーキはうめぇぞ~!ゆっくり味わってくれ!じゃあな!」
砦の戦士ギルドの中でもムードメーカーの立ち位置にいるスカーの言葉は、魔法のように二人を大人しくさせた。
イシーはそんなスカーに小さな声で感謝を述べた。
「ありがとうございます、スカーさん!」
「な~に、これも仕事の内よ。それに臨時収入が・・・いや何でもねぇ」
不思議そうな顔をするイシーを後にスカーは立ち去っていった。
「美味しかったですわ。お代、ここに置いておきますわね。お釣りはとっといて頂戴」
「まいどあり~!」
一時はどうなるかと思ったが、外国から来たゴブリンの女二人はステーキに満足して上機嫌で店から出ていった。
「ふぅ、大変なお客様だった」
イシーはそう言ってハンカチで額を拭うと、また呼び込みを始めるのだった。
まだ口の中に残るステーキの旨味を堪能しながらハッカはお腹を摩る。
「名物に美味いもの無しとは言うけど、オティム・・・ポのステーキは美味しかったわね、アララ」
「クセのない肉汁が口の中にジュワ~と広がって、噛めば噛むほど旨味が出て来る。赤身でもこれでしたんでゲスから、お嬢様が食べた霜降り肉はもっと美味しかったんでゲしょうねぇ」
「勿論よ、あれは肉のデザートと言ってもいいぐらいね。噛む必要が無かったわ」
「さぁ、腹も膨れた事でゲスし、武者修行を再開するでゲスか」
ゴブリンメイジのマナの軌跡を辿るヤイバ達は、近くで野太いオーガの悲鳴を聞いた。
「ギャース!」
急いで声のする方へと向かうと、尻を高々と上げたドォスンが倒れていた。体からはプスプスと煙が立ち上っており、服が少し焦げている。
「ドォスンさん!」
「まさか・・・お父さんの次に強いと言われているドォスン師匠まで・・・」
ワロティニスの元師匠は、イダダダと言って起き上がるとフラフラとしながら歩きだした。
「ドォスンさん、誰にやられたんですか?」
ヤイバは追いかけて質問した。
「ゴブリンメイジがいきなり勝負を挑んできたかだ、おでは応じたんだ。そしたら負けた」
「コロネさんと冒険によく出かけている貴方は対メイジ戦の経験も豊富なはずですよ?何故?」
ヤイバは訝しんで眉根を寄せた。
「お、おでだって負ける事はある、ほ、ほんとだど!あ!おでは孤児院に寄付金を渡しに行かないと!じゃあな!」
納得の行かない顔をするヤイバを置いて、ドォスンは急ぎ足(というか、競歩)で馬車乗り場の方へと向かった。
「ねぇ、お兄ちゃん。もしかして私達の探しているゴブリンメイジって恐ろしく強いんじゃないかな?」
「・・・あり得る。ヴャーンズさんみたいなエリートゴブリンかもしれない。父さんを打ち負かし、ドォスンさんまで・・・。これは舐めてかからないほうがいいかもな・・・。勝負、という限定的な場においては天才的な才能を発揮するタイプのメイジかもしれないぞ」
「どういうこと?」
「例えば、ナンベル陛下。殺し合いをしろと言われれば無類の強さを発揮するけど、皇帝の座をかけて勝負を挑まれた時はいつも苦戦しているだろ?陛下は殺しの術は知っているけど、スポーツのような戦いは得意じゃない。僕らの追うメイジも実戦では大したことは無くても、相手を打ち負かすという点においては、とんでもない強さを発揮するタイプなのかもしれないって事さ」
「じゃ、じゃあ・・・お兄ちゃんでも負ける可能性があるって事?」
「勿論さ」
「やだよ!そんなお兄ちゃんは見たくない!お兄ちゃんはいつも強くなくっちゃヤダ!」
「まぁ僕は戦わないけどね。戦う意味がないし。戦うのはワロのはずだろ?」
「あ!そうだった!どうしよう、お兄ちゃん!」
「そうだな・・・。最初は相手の出方を知るために防御魔法で身を守るんだ。どんな魔法を得意とするのかが解れば対策がしやすい。ところで今は何が召喚出来るようになったんだ?」
「えーっと、インプとデスワームと・・・」
「それから?」
「それだけ・・・」
ワロは両手の人差し指をツンツンと合わせて恥ずかしそうにしている。
「もう少し頑張ろうな?折角マサヨシさんが教えてくれているのだから」
「はい・・・」
「でも、デスワームか・・・。地面から不意打ちって手もあるな。いけるかもしれない」
二人は暫く戦術を練った後、ゴブリンメイジ探しに専念した。
「さっきのドォスンとかいうオーガも一撃でゲシたね。お嬢様。あれは砦の戦士の中でも上位の戦士でゲス」
「ほんと拍子抜けだわ・・・」
「お、お嬢様!あそこに恐ろしく美形なオーガがいるでゲス!」
「わぁ・・・。ほんと・・・。なんて綺麗な殿方なのかしら・・・」
二人の視線の先では、ベンキが上半身裸で汗をかきながら街を守る壁の修理をしていた。
ハラリと崩れる黒髪からは汗が滴り落ち、それはまるで水辺に咲く朝露に濡れた黒百合のようであった。
「やるでゲスか?」
「そうね、彼は美形だけじゃない何かを感じるわ。倒したら・・・いいいい、いたずらしちゃうんだから!」
「それは・・・酷いでゲス・・・」
「煩いわね!行くわよ!」
ザッと足を一歩踏み出すと、世界が急に暗くなった。
―――へぇ?私の大事なベンキにイタズラ?どんな悪戯かしら?―――
「な、何事でゲスか?」
「知らないわよ!誰よ、頭の中で喋るのは!」
二人の頭がキーンと鳴る。それから竜の威嚇する顔が脳裏に浮かび上がった。
―――考えを改めて立ち去りなさい。でないとあなた達を念力で石ころの大きさにまで圧縮しますよ?―――
「くすんだ金色の竜って・・・。やばいでゲスよ!どこかに古竜がいるでゲスよ!」
「まさか・・・あの男は古竜に愛されているの?」
「逃げるでゲスよ!お嬢様!」
「ええ・・」
二人は先程食べたステーキの脂を全て排出したのではないかという程、脂汗をかいて逃げ出した。
「なんなのこの街・・・。古竜が人間の近くにいるだけでも驚きなのに・・・オーガを愛しているなんて・・・」
「き、気を取り直して、次のターゲットを選ぶでゲス!」
「あーーー!見つけた!きっとあの二人よ!お兄ちゃん!この街で見たことないもん!」
ハッカとアララが振り向くと、そこにはオーガの男女がこちらを見て走り寄ってくる姿が見えた。
大きな白いリボンを付けた背の低いオーガはこちらを指差して、鼻息荒く勝負を挑んできた。
「よくもお父・・・ライジンとドォスン師匠を!二人の仇!」
「仇って・・・。殺してないわよ。私に勝負を挑むつもり?貴方、その紋章が服に付いているって事は召喚師ね?メイジの中でも最弱と言われる召喚師が私に勝てると思って?」
「やってみないと判らないよ!」
「いいじゃないでゲスか、お嬢様。勝負を受けてあげるでゲスよ。現実を思い知らせてやるでゲス」
アララはラフな短めのおかっぱを揺らし変顔をしてワロティニスを挑発した。
「ま、いいでしょう。これまでのように普通に勝負しても面白くないわね。私が勝ったら・・・そうねぇ・・・。貴方の横にいる彼氏から濃厚な勝利のキッスでもしてもらおうかしら?」
「駄目ー!」
「じゃあ勝負は受けないわ」
「大丈夫だワロ、条件を飲め。君は負けない」
「でも・・・。わかった!じゃあ私が勝ったら、貴方は私の子分になってもらうからね!」
「いいわよ、私が負けるなんて事、あり得ないから」
二人は対峙して杖を構えた。召使のアララが間に入って、手を上げてから振り下ろして威勢よく声を上げる。
「勝負始めーーー!でゲス!」
お互い後方に飛び退き、直ぐ様詠唱を開始した。
ハッカは【火球】を唱えている。
それを見たワロティニスは【物理障壁】を唱え始めた。
「はぁ?魔法に対して【物理障壁】?私を舐めてるの?」
呪文を完成させたハッカはワンドをワロティニスに向けると火球が飛んでく。
ワロティニスはそれを避けようともしない。彼女の能力が不利益な魔法を拒むからだ。
【火球】が掻き消えたことにハッカは動揺した。
「うそ!魔法無効化?貴方、それを覚えるだけの年月を重ねたようには見えないけど?」
「今更何を驚いているの?魔法無効化なら、ライジンだって出来たでしょ?」
「仮面のオーガ、ライジンなら普通に魔法を顔に食らって倒れたわよ?」
「嘘だね。ライジンは絶対に魔法を受け付けないから」
ヤイバはいよいよおかしいと気づき始めた。
(父さんが魔法を食らう事は絶対にない。魔法無効化率は虚無魔法を除いて完璧だと帝国魔法学院でも証明されていたはずだ。それに手練のドォスンさんが負けたのも腑に落ちない。二人を打ち負かした秘密が何かあるはずだ)
「まぁそんな事はどうでもいいわ。どうせ貴方の魔法無効化なんてアイテムかなにかの恩恵でしょう?そう長くは持たないはずよ!次!」
ハッカはもう一度【火球】を唱えた。今度は連続で撃つつもりなのか、火球を幾つか浮遊して待機させている。
(連続魔法か。イグナ母さんがよくやる難易度の高いやり方だな。中々馬鹿にできないぞ、あのお嬢様メイジ。しかし・・・・)
「幾ら魔法を撃っても無駄なんだけどなぁ・・・」
次々と飛んでくる火球は、ワロティニスの手前で透明な化物にでも飲み込まれるように消えていく。
しかし、その中の一つがワロティニスの顔にヒットした。ダメージは受けなかったものの衝撃は受け、顔を仰け反らしてワロティニスは驚く。
「うそ・・・魔法が貫通した・・・?」
「ほら、行った通り。紛い物の魔法無効化は長くは持たないって言ったでしょ?」
「そんな・・・私の魔法無効化はお父さん譲りだと思っていたのに・・・」
「もう私の勝ちみたいなものね。ダメ押しの一撃!」
魔法を唱えるハッカの後ろでアララが奇妙な動きをしているのをヤイバは見逃さなかった。小さなゴブリンの召使いは何かを振り回しているような動作をしている。
ヤイバは高速移動で近づいて彼女の前に立った。
「透明のスリングを使って魔法と同時に石を飛ばすなんて卑怯ですよ」
「ゲーっす!」
何故バレた!?という顔をして固まるアララの手を押さえ、ヤイバは叫んだ。
「大丈夫だ!ワロ!君には絶対魔法は通用しない。自信を持ってデスワームを召喚しろ!」
「え?何だかわからないけど、わかった!お兄ちゃんを信じる!」
そう言ってワロティニスはロングスタッフを前に突き出して、デスワームをイメージした。
「いでよ!デスワーム!」
地面がモコっと動いて小さなデスワームが現れた。
デスワームは取り敢えず自分の真上にいる者の股間目掛けて頭突きをした。
「オゴッ!」
攻撃された者は激痛のあまり股間を押さえ、泡を吹いてドシャっと音を立てて倒れた。
「お、お兄ちゃん!」
ワロティニスは魔物の制御を失敗してしまい、デスワームでヤイバを攻撃してしまったのだ。
「今でゲス!お嬢様!召喚師をブチのめしてやるでゲス!」
「ちょーーっと待ったぁ!」
ヤイバ以外の皆が一斉にそちらを振り向くと、樹族国の騎士で二つ名が”憤怒“のシルビィが立っていた。
「聞いたぞ!ダーリンを打ち負かしたメイジがいるらしいな!お前か?」
「ダーリン?誰のことかしら?」
「ヒジ・・・いや・・・ライジン?確かライジンと呼べとダーリンは言っていたな?・・・ライジンの事だ!」
「ああ、一撃で倒してやったけど?それが?」
シルビィは泡を吹いて倒れているヤイバをちらりと見て言う。
「ヤイバもやったのか?」
「彼は何だか知らないうちに勝手に倒れただけよ」
「まぁいい!ダーリンを打ち負かしたとはにわかに信じがたいが、その実力、見せてもらうぞ!」
「いいわよ?私の火球はレジストし辛いわよ?覚悟してね?」
「ハッ!火球だと?ハーッ!」
シルビィは馬鹿にするようにゴブリンメイジを笑うと【大火球】を詠唱した。
頭上に現れた太陽のような巨大な火球にハッカはたじろぐ。
「あわわわ!こんな大きな【大火球】は見たことないわ!魔法障壁で防ぎきれるかしら?」
ハッカは咄嗟に【火球】をキャンセルして、あまり得意ではない【氷の壁】で自身を半円状に囲った。
「馬鹿め!そんなもので防ぎきれるか!氷魔法が得意なヤイバならまだしもな!」
じわじわと周囲の建物の煉瓦の壁を焼きながら大火球はハッカに向かってゆっくりと落ちていく。
メキメキと音を立てて【氷の壁】が少しずつ溶け始めた。
「いや!駄目!持ちこたえて!私の魔法!」
必死にワンドから冷気を出して氷の壁を補修するハッカだったが、焼け石に水だった。
あと少しのところで氷の壁を砕き、ハッカの身を焼きそうになった時、大きな人影がどこから飛び出してきた。
「アン・ドゥ・サンガ・ティィィー!」
ライジンが、大火球にパンチを打ち込んでかき消したのだ。
「お父さん、魔法が見えないんじゃないの?」
「いつまでも見えないままでいるわけがなかろう。カプリコンにマナ粒子の可視化を頼んだのだ。何故か魔法はドット絵で表示されるがな」
そう言ってヒジリは仮面をコンコンと叩いて、これがマナの可視化をさせていますアピールをした。
「ダーリン、何故邪魔をした?そこなゴブリンメイジを守る理由なんて無いはずだ」
「そ、それは・・・な・・・」
そう言ってヒジリは建物の隙間に目をやったが、そこには誰もいなかった。ゴブリンメイジとその召使いは既に逃げてその場にいなかったのだ。
ゴブリンメイジと名使いは結局逃げきれずに、意識を取り戻したヤイバに捕まっていた。桃色城の裏庭で縮こまって正座するライジンをハッカとアララは東屋から見ている。
ヤイバは今回の腑に落ちない一連の出来事の真実を父から聞くと、腰に手を当てて呆れてた。
「つまり、ハッカさんの執事であるセバースとか言う人に頼まれて負けてあげてたって事ですか?【大火球】から守ったのも、セバースさんに頼まれて?」
「そういうことだ!」
爽やかに笑って誤魔化す父をヤイバは白眼視する。
「威張って言う事ですか!で、幾らもらったんです?」
「金貨四枚だ・・・」
「たった、四枚!いや、大金ですけど・・・父さんともあろう大物がたった金貨四枚で買収されたんですか?」
シルビィが腰を振りながらヒジリに近づいて顎を撫でる。
「なんだ、ダーリンはお金が欲しいのか。だったら私が雇ったのに。毎日添い寝してくれるだけで金貨一枚だすぞ?(添い寝だけじゃ済まないがな)ハァハァ」
「シルビィさん!それは僕の父さんの名誉を傷つける発言ですよ!!金で買うなんて!」
「ヒッ!」
ヤイバの気迫に押されて、シルビィもおずおずとヒジリの横で正座をする。
「いいですか、彼女は真剣に戦っていいるのに、わざと負けるなんてハッカさんをバカにするようなものですよ。しかもお金なんて貰って!」
それを聞いてワロティニスは「ア!」と小さい声を上げた。
「となると師匠もお金を貰ってるね・・・。師匠も孤児院への寄付金を減らせばいいのに。あるだけ渡しちゃうからお金に困るんだよ・・・」
この場にいない元師匠のお人好しな笑顔を思い浮かべてワロティニスは呟く。
「で、執事のセバースはどこかしら?」
半眼でため息を付きながら、アララに居場所を尋ねるも召使いも知らない。
周りにセバースの影がないか探すハッカにヒジリは言う。
「彼なら逃げた。バレたと察した途端、木枯らしのごとく」
「はぁー。私って大して強くないのね。これまで勝てていたのはセバースとアララのスリングのお陰・・・。はぁ・・・」
「そんな事無いですよ。連続魔が使えるなんて凄いことです。魔法一つ一つの練度を上げていけば、ヴャーンズさんのような大魔法使いになれます、貴方なら」
「まぁ!あのゴブリンの英雄のように?それは嬉しい言葉ですわ」
「足が痺れてきたな。そろそろ行くか・・・」
「駄目ですよ!父さんはもう少し正座をして反省したほうがいい!」
「なんだ君は!性格がリツに似てきたな!」
桃城の裏口からリツが現れてヒジリはギクリとする。
「誰が誰に似てるですって?」
「何でもない。それよりも私はお腹が空いた。昼ごはんはまだかね?」
「もう出来てますよ、どうぞ」
「シルビィ。君も食べて行きたまえ」
「ああ、そうさせてもらおうかな。はー、何だかお腹ペコペコぉ!」
「ちょっと!父さん!まだまだ反省が足りてませんよ!」
ヒジリとシルビィは痺れた足でヨタヨタと逃げるように桃城の中へと入っていった。
「もう!」
「それにしても、貴方もメイジだったのね。神の子ヤイバ様だったとは知らなかったわ。世界中、貴方と同じ名前をつける親が多いから、そのうちの一人かと思っていたの。でもおかしいわね、ライジンをお父さんって呼ぶのは・・・。あなたの父は今は亡きヒジリ聖下でしょう?」
「う・・・。ライジンは・・か、母さんの再婚相手なんだ。な?ワロ」
「そ、そう。そうなの、ね?お兄ちゃん」
「あら?貴方はヤイバ様の妹さんだったの?じゃあ鉄拳のワロティニスさんね?話ではもっと背が高いと思っていたけど。それに貴方は格闘家じゃなかったかしら?」
「訳あって、妹は今の姿をしているし、格闘家じゃなくて召喚師になったんだ」
「そう、まぁヤイバ様くらいになると大変な事も多いでしょうから、色々ありますわね。ところで・・・ねぇ・・・。ヤイバ様って近くで見ると凄く素敵ね・・・。何だか頭がぼんやりして心臓がドキドキしてきましたわ」
「ゲススス、お嬢様が発情なさった!・・・あれ?私も胸がドキドキしてきたでゲス・・・」
二人は頬をピンクに染めて大きなヤイバに飛びついた。今頃になってヤイバの魅了値の高さが二人を虜にしたのだ。
「ねぇ、今晩一緒に・・・」
「そうでゲス、子種をよこすでゲス」
ヤイバは二人のアダルトな冗談に笑った。
オーガとゴブリンは子供を作ることは出来ない。
しかし、ワロティニスは冗談と受け取らなかった。嫉妬して紅潮する顔でロングスタッフを掲げた。
「おおおおおおお、お兄ちゃん!子作りなんてしたら許さないんだから!いでよ!デスワーム!」
「オゴッ!」
地面から現れたデスワームはヤイバの股間を直撃し、彼はまたもや白目を剥いて気絶してしまった。
そう言ったヒジリは数分後、路上で伸びていた。
野次馬達は驚いて去っていくゴブリンの女の後姿を見つめる。
「おーい!ライジンが喧嘩で負けたぞ!ライジンをのしたのは流れのゴブリンメイジだ!」
ヤイバは誰かの声を聞いて妹と顔を見合わせた後、声のする方へと向かった。
「え~。お父さんがゴブリンメイジに負けたなんて・・・」
ワロティニスは不満そうな顔をしている。まだまだ力こそ全てという考えが染み付いているので、父が負けた事は彼女にとってとても恥ずかしい事なのだ。
首を捻りつつ走るヤイバは誰が父を倒したのかを考える。
「ゴブリンメイジ・・・?そんなに多くないよな、ゴブリンメイジって。ヴャーンズさんかな?」
「いや、お父さんの実力を知っているヴャーンズさんなら挑まないでしょ。一回負けているんだから」
現場に到着すると、父親は大の字で倒れていた。既に父親を倒した相手はいない。
「大丈夫ですか?父さ・・・ライジンさん・・・」
「ん?ああ、ヤイバか大丈夫だ。さてコーヒーでも飲みに行くかな」
そう言い残すとヒジリは何事もなかったように立ち上がって去っていった。
「お父さんっていつも飄々としてて、可笑しいね。ウフフ」
「ああ、喧嘩に負けても悔しがりもしない。一体どんな勝負をしたんだろうか?普通に挑めば父さんに勝つのはほぼ不可能だが・・・」
ヤイバは近くにいたオークに聞いた。
「とう・・・ライジンさんはどうやって負けたのですか?」
「普通に顔に火球食らって倒れてたぞ」
「馬鹿な!とうさ・・・ライジンさんは魔法無効化が得意なオーガメイジですよ?火球程度で倒れるわけないじゃないですか」
「知らねぇよ。マグレだろうが、ゴブリンメイジの勝ちは勝ちだ」
それを聞いたワロティニスは悔しがって、地団駄を踏んだ。
「お兄ちゃん!そのゴブリンメイジを見つけて、敵討ちしようよ!」
「ん~。お兄ちゃんは乗り気じゃないかな。見つけるのは手伝うけど、後はワロだけでやってくれ」
「ん、いいよ。お兄ちゃんが出てきたら一方的な感じになるし、それはもうイジメだもんね」
「じゃあ、マナの痕跡を追いかけるとするよ。【魔法探知】」
ゴブリンメイジのハッカは鼻歌を歌いながら、屋台の食べ物をどれにするか悩んでいた。
「ゴデの街も大して事無いわね~、アララ。強いと言われたライジンですら、あのザマなんですもの」
アララと呼ばれた黒い眼帯を付けた女の召使いは上目で主を見て笑う。
「どうせお嬢様はマグレで勝ったでゲスよ、そうマグレでゲス!それにこの街には他にも強い奴らが沢山いるって聞いたでゲス!」
「馬鹿言わないでよ。マグレなわけないでしょ。名門のヌプヌ魔法学院出の私を馬鹿にするつもり?それにしても・・・遥々海を渡って来たというのに退屈ねぇ。修行にもならないわ・・・。屋台の料理は駄目ね。不味そう」
ゴブリンの女二人は屋台の食べ物を食べるのは止めて、レストランを探し始めた。
「いらっしゃーい!ゴデ名物オティムポステーキはどうですか~!」
かつて餓死寸前のところをヒジリに助けられた少女イシーは既に家庭を持ち、店の女将にまでなっていたが、今でも看板娘として店先に出て呼び込みをしていた。
「ンマッ!オティムポ?お下品!」
「違うでゲスよ、お嬢様。オティムポって名前の牛でゲスよ!ゲススス!」
「し、知ってたわよ!そこの女!その名物、本当に美味しいかどうか試してみてあげますわ!」
「はい!毎度あり!二名様、ごあんな~い!」
ステーキが来るまでテーブルで待つハッカは、店のどこかに腕試しの相手がいないか探し始めた。しかしいるのは観光客の樹族や地走り族、後は金持ちそうなオークだけだった。
「それにしてもツィガル帝国って光側に気を許し過ぎじゃないかしら?ねぇアララ」
「まったくでゲス。独善的な光側はいつ裏切るか判らないでゲスよ」
樹族や地走り族はそれを聞いてムッとしている。
流石に光側の客に不愉快な思いをさせるのは不味いと思ったのか、イシーは二人のテーブルに駆け寄って注意をした。
「他のお客様の悪口はご遠慮下さい。料理は雰囲気も味の内ですから。皆で楽しく美味しく食べて頂くのがうちのモットーなんです」
「ふん!貴方、お金が欲しいから光側にヘラヘラしているのでしょう?情けないったら無いわね。オホホ!」
「おほほ、でゲス!」
イシーが顔を真赤にして怒鳴ろうとした時、店の外からスカーが現れた。
「どうしたい?イシーちゃ~ん、顔を真赤にして。揉め事かい?」
いつもの軽いノリで砦の戦士カワーが現れた。警察も兼ねている砦の戦士ギルドはこういったトラブルにも介入してくるのだ。
「揉め事じゃないですけど、このお客さんが他のお客さんの悪口を言うので迷惑しているんです」
スカーは風で後ろになびいているかの様な髪を櫛で解くと、胸ポケットにしまいニヤケ顔でハッカとアララに顔を近づけた。
「ん~?おいおい!ちょっと待て!こりゃたまげた!二人共、えらいべっぴんさんじゃないか!」
「へ?」
「ゲス?」
罵詈雑言を浴びせられると警戒して険しい顔をしていた二人は拍子抜けする。
「こんなべっぴんさんが、他人を気にするなんて何かの間違いだな。他人を一々気にするなんてーのは、自分に自信がない奴のする事よ。自分に自信のあるやつは黙ってドーンと構えてるもんさ。だから悪口を言ったなんてのは何かの間違いだよなぁ?お嬢さん方」
「ええ、きっとその店の女が聞き間違えたのよ。私、悪口なんて言ってませんわ」
「そうでゲスよ!聞き間違えでゲス!」
「なら良いんだわ。ここのステーキはうめぇぞ~!ゆっくり味わってくれ!じゃあな!」
砦の戦士ギルドの中でもムードメーカーの立ち位置にいるスカーの言葉は、魔法のように二人を大人しくさせた。
イシーはそんなスカーに小さな声で感謝を述べた。
「ありがとうございます、スカーさん!」
「な~に、これも仕事の内よ。それに臨時収入が・・・いや何でもねぇ」
不思議そうな顔をするイシーを後にスカーは立ち去っていった。
「美味しかったですわ。お代、ここに置いておきますわね。お釣りはとっといて頂戴」
「まいどあり~!」
一時はどうなるかと思ったが、外国から来たゴブリンの女二人はステーキに満足して上機嫌で店から出ていった。
「ふぅ、大変なお客様だった」
イシーはそう言ってハンカチで額を拭うと、また呼び込みを始めるのだった。
まだ口の中に残るステーキの旨味を堪能しながらハッカはお腹を摩る。
「名物に美味いもの無しとは言うけど、オティム・・・ポのステーキは美味しかったわね、アララ」
「クセのない肉汁が口の中にジュワ~と広がって、噛めば噛むほど旨味が出て来る。赤身でもこれでしたんでゲスから、お嬢様が食べた霜降り肉はもっと美味しかったんでゲしょうねぇ」
「勿論よ、あれは肉のデザートと言ってもいいぐらいね。噛む必要が無かったわ」
「さぁ、腹も膨れた事でゲスし、武者修行を再開するでゲスか」
ゴブリンメイジのマナの軌跡を辿るヤイバ達は、近くで野太いオーガの悲鳴を聞いた。
「ギャース!」
急いで声のする方へと向かうと、尻を高々と上げたドォスンが倒れていた。体からはプスプスと煙が立ち上っており、服が少し焦げている。
「ドォスンさん!」
「まさか・・・お父さんの次に強いと言われているドォスン師匠まで・・・」
ワロティニスの元師匠は、イダダダと言って起き上がるとフラフラとしながら歩きだした。
「ドォスンさん、誰にやられたんですか?」
ヤイバは追いかけて質問した。
「ゴブリンメイジがいきなり勝負を挑んできたかだ、おでは応じたんだ。そしたら負けた」
「コロネさんと冒険によく出かけている貴方は対メイジ戦の経験も豊富なはずですよ?何故?」
ヤイバは訝しんで眉根を寄せた。
「お、おでだって負ける事はある、ほ、ほんとだど!あ!おでは孤児院に寄付金を渡しに行かないと!じゃあな!」
納得の行かない顔をするヤイバを置いて、ドォスンは急ぎ足(というか、競歩)で馬車乗り場の方へと向かった。
「ねぇ、お兄ちゃん。もしかして私達の探しているゴブリンメイジって恐ろしく強いんじゃないかな?」
「・・・あり得る。ヴャーンズさんみたいなエリートゴブリンかもしれない。父さんを打ち負かし、ドォスンさんまで・・・。これは舐めてかからないほうがいいかもな・・・。勝負、という限定的な場においては天才的な才能を発揮するタイプのメイジかもしれないぞ」
「どういうこと?」
「例えば、ナンベル陛下。殺し合いをしろと言われれば無類の強さを発揮するけど、皇帝の座をかけて勝負を挑まれた時はいつも苦戦しているだろ?陛下は殺しの術は知っているけど、スポーツのような戦いは得意じゃない。僕らの追うメイジも実戦では大したことは無くても、相手を打ち負かすという点においては、とんでもない強さを発揮するタイプなのかもしれないって事さ」
「じゃ、じゃあ・・・お兄ちゃんでも負ける可能性があるって事?」
「勿論さ」
「やだよ!そんなお兄ちゃんは見たくない!お兄ちゃんはいつも強くなくっちゃヤダ!」
「まぁ僕は戦わないけどね。戦う意味がないし。戦うのはワロのはずだろ?」
「あ!そうだった!どうしよう、お兄ちゃん!」
「そうだな・・・。最初は相手の出方を知るために防御魔法で身を守るんだ。どんな魔法を得意とするのかが解れば対策がしやすい。ところで今は何が召喚出来るようになったんだ?」
「えーっと、インプとデスワームと・・・」
「それから?」
「それだけ・・・」
ワロは両手の人差し指をツンツンと合わせて恥ずかしそうにしている。
「もう少し頑張ろうな?折角マサヨシさんが教えてくれているのだから」
「はい・・・」
「でも、デスワームか・・・。地面から不意打ちって手もあるな。いけるかもしれない」
二人は暫く戦術を練った後、ゴブリンメイジ探しに専念した。
「さっきのドォスンとかいうオーガも一撃でゲシたね。お嬢様。あれは砦の戦士の中でも上位の戦士でゲス」
「ほんと拍子抜けだわ・・・」
「お、お嬢様!あそこに恐ろしく美形なオーガがいるでゲス!」
「わぁ・・・。ほんと・・・。なんて綺麗な殿方なのかしら・・・」
二人の視線の先では、ベンキが上半身裸で汗をかきながら街を守る壁の修理をしていた。
ハラリと崩れる黒髪からは汗が滴り落ち、それはまるで水辺に咲く朝露に濡れた黒百合のようであった。
「やるでゲスか?」
「そうね、彼は美形だけじゃない何かを感じるわ。倒したら・・・いいいい、いたずらしちゃうんだから!」
「それは・・・酷いでゲス・・・」
「煩いわね!行くわよ!」
ザッと足を一歩踏み出すと、世界が急に暗くなった。
―――へぇ?私の大事なベンキにイタズラ?どんな悪戯かしら?―――
「な、何事でゲスか?」
「知らないわよ!誰よ、頭の中で喋るのは!」
二人の頭がキーンと鳴る。それから竜の威嚇する顔が脳裏に浮かび上がった。
―――考えを改めて立ち去りなさい。でないとあなた達を念力で石ころの大きさにまで圧縮しますよ?―――
「くすんだ金色の竜って・・・。やばいでゲスよ!どこかに古竜がいるでゲスよ!」
「まさか・・・あの男は古竜に愛されているの?」
「逃げるでゲスよ!お嬢様!」
「ええ・・」
二人は先程食べたステーキの脂を全て排出したのではないかという程、脂汗をかいて逃げ出した。
「なんなのこの街・・・。古竜が人間の近くにいるだけでも驚きなのに・・・オーガを愛しているなんて・・・」
「き、気を取り直して、次のターゲットを選ぶでゲス!」
「あーーー!見つけた!きっとあの二人よ!お兄ちゃん!この街で見たことないもん!」
ハッカとアララが振り向くと、そこにはオーガの男女がこちらを見て走り寄ってくる姿が見えた。
大きな白いリボンを付けた背の低いオーガはこちらを指差して、鼻息荒く勝負を挑んできた。
「よくもお父・・・ライジンとドォスン師匠を!二人の仇!」
「仇って・・・。殺してないわよ。私に勝負を挑むつもり?貴方、その紋章が服に付いているって事は召喚師ね?メイジの中でも最弱と言われる召喚師が私に勝てると思って?」
「やってみないと判らないよ!」
「いいじゃないでゲスか、お嬢様。勝負を受けてあげるでゲスよ。現実を思い知らせてやるでゲス」
アララはラフな短めのおかっぱを揺らし変顔をしてワロティニスを挑発した。
「ま、いいでしょう。これまでのように普通に勝負しても面白くないわね。私が勝ったら・・・そうねぇ・・・。貴方の横にいる彼氏から濃厚な勝利のキッスでもしてもらおうかしら?」
「駄目ー!」
「じゃあ勝負は受けないわ」
「大丈夫だワロ、条件を飲め。君は負けない」
「でも・・・。わかった!じゃあ私が勝ったら、貴方は私の子分になってもらうからね!」
「いいわよ、私が負けるなんて事、あり得ないから」
二人は対峙して杖を構えた。召使のアララが間に入って、手を上げてから振り下ろして威勢よく声を上げる。
「勝負始めーーー!でゲス!」
お互い後方に飛び退き、直ぐ様詠唱を開始した。
ハッカは【火球】を唱えている。
それを見たワロティニスは【物理障壁】を唱え始めた。
「はぁ?魔法に対して【物理障壁】?私を舐めてるの?」
呪文を完成させたハッカはワンドをワロティニスに向けると火球が飛んでく。
ワロティニスはそれを避けようともしない。彼女の能力が不利益な魔法を拒むからだ。
【火球】が掻き消えたことにハッカは動揺した。
「うそ!魔法無効化?貴方、それを覚えるだけの年月を重ねたようには見えないけど?」
「今更何を驚いているの?魔法無効化なら、ライジンだって出来たでしょ?」
「仮面のオーガ、ライジンなら普通に魔法を顔に食らって倒れたわよ?」
「嘘だね。ライジンは絶対に魔法を受け付けないから」
ヤイバはいよいよおかしいと気づき始めた。
(父さんが魔法を食らう事は絶対にない。魔法無効化率は虚無魔法を除いて完璧だと帝国魔法学院でも証明されていたはずだ。それに手練のドォスンさんが負けたのも腑に落ちない。二人を打ち負かした秘密が何かあるはずだ)
「まぁそんな事はどうでもいいわ。どうせ貴方の魔法無効化なんてアイテムかなにかの恩恵でしょう?そう長くは持たないはずよ!次!」
ハッカはもう一度【火球】を唱えた。今度は連続で撃つつもりなのか、火球を幾つか浮遊して待機させている。
(連続魔法か。イグナ母さんがよくやる難易度の高いやり方だな。中々馬鹿にできないぞ、あのお嬢様メイジ。しかし・・・・)
「幾ら魔法を撃っても無駄なんだけどなぁ・・・」
次々と飛んでくる火球は、ワロティニスの手前で透明な化物にでも飲み込まれるように消えていく。
しかし、その中の一つがワロティニスの顔にヒットした。ダメージは受けなかったものの衝撃は受け、顔を仰け反らしてワロティニスは驚く。
「うそ・・・魔法が貫通した・・・?」
「ほら、行った通り。紛い物の魔法無効化は長くは持たないって言ったでしょ?」
「そんな・・・私の魔法無効化はお父さん譲りだと思っていたのに・・・」
「もう私の勝ちみたいなものね。ダメ押しの一撃!」
魔法を唱えるハッカの後ろでアララが奇妙な動きをしているのをヤイバは見逃さなかった。小さなゴブリンの召使いは何かを振り回しているような動作をしている。
ヤイバは高速移動で近づいて彼女の前に立った。
「透明のスリングを使って魔法と同時に石を飛ばすなんて卑怯ですよ」
「ゲーっす!」
何故バレた!?という顔をして固まるアララの手を押さえ、ヤイバは叫んだ。
「大丈夫だ!ワロ!君には絶対魔法は通用しない。自信を持ってデスワームを召喚しろ!」
「え?何だかわからないけど、わかった!お兄ちゃんを信じる!」
そう言ってワロティニスはロングスタッフを前に突き出して、デスワームをイメージした。
「いでよ!デスワーム!」
地面がモコっと動いて小さなデスワームが現れた。
デスワームは取り敢えず自分の真上にいる者の股間目掛けて頭突きをした。
「オゴッ!」
攻撃された者は激痛のあまり股間を押さえ、泡を吹いてドシャっと音を立てて倒れた。
「お、お兄ちゃん!」
ワロティニスは魔物の制御を失敗してしまい、デスワームでヤイバを攻撃してしまったのだ。
「今でゲス!お嬢様!召喚師をブチのめしてやるでゲス!」
「ちょーーっと待ったぁ!」
ヤイバ以外の皆が一斉にそちらを振り向くと、樹族国の騎士で二つ名が”憤怒“のシルビィが立っていた。
「聞いたぞ!ダーリンを打ち負かしたメイジがいるらしいな!お前か?」
「ダーリン?誰のことかしら?」
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「ああ、一撃で倒してやったけど?それが?」
シルビィは泡を吹いて倒れているヤイバをちらりと見て言う。
「ヤイバもやったのか?」
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「まぁいい!ダーリンを打ち負かしたとはにわかに信じがたいが、その実力、見せてもらうぞ!」
「いいわよ?私の火球はレジストし辛いわよ?覚悟してね?」
「ハッ!火球だと?ハーッ!」
シルビィは馬鹿にするようにゴブリンメイジを笑うと【大火球】を詠唱した。
頭上に現れた太陽のような巨大な火球にハッカはたじろぐ。
「あわわわ!こんな大きな【大火球】は見たことないわ!魔法障壁で防ぎきれるかしら?」
ハッカは咄嗟に【火球】をキャンセルして、あまり得意ではない【氷の壁】で自身を半円状に囲った。
「馬鹿め!そんなもので防ぎきれるか!氷魔法が得意なヤイバならまだしもな!」
じわじわと周囲の建物の煉瓦の壁を焼きながら大火球はハッカに向かってゆっくりと落ちていく。
メキメキと音を立てて【氷の壁】が少しずつ溶け始めた。
「いや!駄目!持ちこたえて!私の魔法!」
必死にワンドから冷気を出して氷の壁を補修するハッカだったが、焼け石に水だった。
あと少しのところで氷の壁を砕き、ハッカの身を焼きそうになった時、大きな人影がどこから飛び出してきた。
「アン・ドゥ・サンガ・ティィィー!」
ライジンが、大火球にパンチを打ち込んでかき消したのだ。
「お父さん、魔法が見えないんじゃないの?」
「いつまでも見えないままでいるわけがなかろう。カプリコンにマナ粒子の可視化を頼んだのだ。何故か魔法はドット絵で表示されるがな」
そう言ってヒジリは仮面をコンコンと叩いて、これがマナの可視化をさせていますアピールをした。
「ダーリン、何故邪魔をした?そこなゴブリンメイジを守る理由なんて無いはずだ」
「そ、それは・・・な・・・」
そう言ってヒジリは建物の隙間に目をやったが、そこには誰もいなかった。ゴブリンメイジとその召使いは既に逃げてその場にいなかったのだ。
ゴブリンメイジと名使いは結局逃げきれずに、意識を取り戻したヤイバに捕まっていた。桃色城の裏庭で縮こまって正座するライジンをハッカとアララは東屋から見ている。
ヤイバは今回の腑に落ちない一連の出来事の真実を父から聞くと、腰に手を当てて呆れてた。
「つまり、ハッカさんの執事であるセバースとか言う人に頼まれて負けてあげてたって事ですか?【大火球】から守ったのも、セバースさんに頼まれて?」
「そういうことだ!」
爽やかに笑って誤魔化す父をヤイバは白眼視する。
「威張って言う事ですか!で、幾らもらったんです?」
「金貨四枚だ・・・」
「たった、四枚!いや、大金ですけど・・・父さんともあろう大物がたった金貨四枚で買収されたんですか?」
シルビィが腰を振りながらヒジリに近づいて顎を撫でる。
「なんだ、ダーリンはお金が欲しいのか。だったら私が雇ったのに。毎日添い寝してくれるだけで金貨一枚だすぞ?(添い寝だけじゃ済まないがな)ハァハァ」
「シルビィさん!それは僕の父さんの名誉を傷つける発言ですよ!!金で買うなんて!」
「ヒッ!」
ヤイバの気迫に押されて、シルビィもおずおずとヒジリの横で正座をする。
「いいですか、彼女は真剣に戦っていいるのに、わざと負けるなんてハッカさんをバカにするようなものですよ。しかもお金なんて貰って!」
それを聞いてワロティニスは「ア!」と小さい声を上げた。
「となると師匠もお金を貰ってるね・・・。師匠も孤児院への寄付金を減らせばいいのに。あるだけ渡しちゃうからお金に困るんだよ・・・」
この場にいない元師匠のお人好しな笑顔を思い浮かべてワロティニスは呟く。
「で、執事のセバースはどこかしら?」
半眼でため息を付きながら、アララに居場所を尋ねるも召使いも知らない。
周りにセバースの影がないか探すハッカにヒジリは言う。
「彼なら逃げた。バレたと察した途端、木枯らしのごとく」
「はぁー。私って大して強くないのね。これまで勝てていたのはセバースとアララのスリングのお陰・・・。はぁ・・・」
「そんな事無いですよ。連続魔が使えるなんて凄いことです。魔法一つ一つの練度を上げていけば、ヴャーンズさんのような大魔法使いになれます、貴方なら」
「まぁ!あのゴブリンの英雄のように?それは嬉しい言葉ですわ」
「足が痺れてきたな。そろそろ行くか・・・」
「駄目ですよ!父さんはもう少し正座をして反省したほうがいい!」
「なんだ君は!性格がリツに似てきたな!」
桃城の裏口からリツが現れてヒジリはギクリとする。
「誰が誰に似てるですって?」
「何でもない。それよりも私はお腹が空いた。昼ごはんはまだかね?」
「もう出来てますよ、どうぞ」
「シルビィ。君も食べて行きたまえ」
「ああ、そうさせてもらおうかな。はー、何だかお腹ペコペコぉ!」
「ちょっと!父さん!まだまだ反省が足りてませんよ!」
ヒジリとシルビィは痺れた足でヨタヨタと逃げるように桃城の中へと入っていった。
「もう!」
「それにしても、貴方もメイジだったのね。神の子ヤイバ様だったとは知らなかったわ。世界中、貴方と同じ名前をつける親が多いから、そのうちの一人かと思っていたの。でもおかしいわね、ライジンをお父さんって呼ぶのは・・・。あなたの父は今は亡きヒジリ聖下でしょう?」
「う・・・。ライジンは・・か、母さんの再婚相手なんだ。な?ワロ」
「そ、そう。そうなの、ね?お兄ちゃん」
「あら?貴方はヤイバ様の妹さんだったの?じゃあ鉄拳のワロティニスさんね?話ではもっと背が高いと思っていたけど。それに貴方は格闘家じゃなかったかしら?」
「訳あって、妹は今の姿をしているし、格闘家じゃなくて召喚師になったんだ」
「そう、まぁヤイバ様くらいになると大変な事も多いでしょうから、色々ありますわね。ところで・・・ねぇ・・・。ヤイバ様って近くで見ると凄く素敵ね・・・。何だか頭がぼんやりして心臓がドキドキしてきましたわ」
「ゲススス、お嬢様が発情なさった!・・・あれ?私も胸がドキドキしてきたでゲス・・・」
二人は頬をピンクに染めて大きなヤイバに飛びついた。今頃になってヤイバの魅了値の高さが二人を虜にしたのだ。
「ねぇ、今晩一緒に・・・」
「そうでゲス、子種をよこすでゲス」
ヤイバは二人のアダルトな冗談に笑った。
オーガとゴブリンは子供を作ることは出来ない。
しかし、ワロティニスは冗談と受け取らなかった。嫉妬して紅潮する顔でロングスタッフを掲げた。
「おおおおおおお、お兄ちゃん!子作りなんてしたら許さないんだから!いでよ!デスワーム!」
「オゴッ!」
地面から現れたデスワームはヤイバの股間を直撃し、彼はまたもや白目を剥いて気絶してしまった。
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