未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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禁断の箱庭と融合する前の世界(160)

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 ハヤブサは羽ばたいてマサヨシの腕に降りてくると、主の顔に顔を擦りつけて親愛の情を示した。

「可愛い奴だな、お前はぁ」

 マサヨシはニマニマしながら頬ずりをし返す。

「名前はつけないのですか?」

「ハヤブサでいいよ」

「犬にイヌって名前をつけるようなもんじゃないですか」

「だってハヤブサだぞ?そのまんまでもかっこいいからいいの!」

 そう言ってハヤブサの脚から手紙を外すと一気に振って広げた。ハヤブサは宿屋の窓から飛んでいき、次に主が呼ぶまで上空を自由に飛び回っている。

 ヤイバはマサヨシの背後に周り、顔の位置を下げてネコキャットからの返事を盗み見た。

「俺に子供なんていねぇ。だけど心当たりが無いわけでもない。金曜日には着く」

 盗み見たついでに声に出して読むヤイバのせいで読み上げる必要のなくなったマサヨシは手紙をテーブルの上に置いた。

「となると、ネコキャットが認知してない子供か・・・。行きずりの女と一晩だけの関係を持ったんだろうな。あいつ案外あちこちで子供作ってたりしてな・・・」

「まぁ大人になれば色々あるでしょうから詮索はしないでおきましょう」

「いい加減にしろ!何も分からぬ子供がなにを知ったふうな口をきくか!」

「誰の真似ですか?」

 マサヨシのモノマネにクロスケがアハハと笑う。

「ギャンダム・シードのザラザラ議長でっせ」

「知りませんよ、そんな人」

 マイナーなモノマネだったのでマサヨシは耳が真っ赤になるほど恥ずかしくなったが、落ち武者のような両サイドのロン毛がそれを隠した。

 ヤイバを子供扱いした自分とて恋愛経験が豊富なわけではない。初めての相手はウェイロニーなのだ。主であるヴャーンズが死んで復活した事で契約が解け、魔界に帰ってしまったサキュバスを恋愛対象にカウントするのは無理がある。なので未だに素人童貞といえる身分だ。

「まぁ商売女とかサキュバスしか抱いた事の無い俺には、全くわからない事情があるんだろうな」

「不潔ですわ、マサヨシ様」

「マサヨシ最低ー」

「うるせぇよ!だったら抱かせろよ!俺に素人を抱かせろよ!」

 ワロティニスとハイダルネはウェェという顔をして、マサヨシから離れた。

「ネコキャットさんは明日到着ですか・・・。手紙をもらって直ぐに出発した感じですね」

「ああ見えてもかつては子供達のヒーローだったんだし、子供が好きなんだろ」

「未だにコロネさんとかフランさんがネコキャットさんを見ると、ネコハハハ!って笑ってポーズ決めますもんね。実際のネコキャットさんが、ネコハハハ!なんて言って笑っているところを見たことはないですけど」

「遊園地のマスコットキャラの偽ネコキャットがそうやって笑ってたらしいでっせ」

「良く知ってるじゃないの、クロスケ」

「ヒーロー物はワイの大好物ですねん。関連資料を読み漁りました」

 退屈そうにダーツをするカワーは、ダーツをボードの真ん中に命中させても取り立てて喜びはしない。

「で、どうするのかね?ヤイバ。港の船が全部使えないとなるとノームから来る船は一ヶ月に一度だけ。しかも月の頭にもう来たので来月まで来ない」

「ここより更に北に行った所にあるノーム国の飛び地なら、島への船が頻繁に出入りしているらしいよ」

「でも北の山脈にはブラックドラゴンが沢山いるって聞きますわ」

 ハイダルネは黒竜を見た事がないので襲ってこないか心配なのだ。

 そんな彼女をマサヨシは安心させようとする。

「基本的にドラゴンは我々に無関心だから大丈夫だ。ヒジリやヤイバが戦ったブラックドラゴンは変わり者だったり、機嫌が悪かったりしたわけだしな。谷間を通って行けば直ぐに着く」

 クロスケが壁に投影した地図を見てマサヨシは気軽にそう言った。

 ヤイバは窓辺に近づくと、シトシトとふる冬の雨を見つめてから灰色の空と海を眺めた。

「ん?誰かが丘を這いずって登ってくるな・・・?怪我でもしたのかな?」

 ドアを開け、地面を這いずる人影に近づくとそれはノーラの母親代わりをするセイレーンだった。

 宿屋の主人も駆け寄り声をかける。

「サイレンじゃねぇか!どうした?」

「私の子が!私の子が!」

「ノーラがどうしたんだ?」

「海賊に連れて行かれたのよぉ!」

「くそ・・・。クラーケンの次は海賊か!あいつらこの海域は通り過ぎるだけで手出しはしてこなかったのに・・・」

「きっとクラーケンが暴れていたのを見ていたのでしょう。港の被害が大きければ火事場泥棒でもしようと思って近づいてきたのだと思います」

「だろうな。で、船の残骸漁ってついでにノーラも連れて行ったんだろ。小間使いとして」

 顔を押さえて泣くサイレンの肩にマサヨシは手を置いた。

「大丈夫だ。直ぐに見つけてやるって。こっちには神の子ヤイバ様がいるんだ」

 ただでさえ大きな口の宿屋の主は更に口を大きく開けて驚いた。

「やっぱりあんた神の子ヤイバ様だったんだ?魔法水晶で見たことあると思ったよ!」

「今はそんな事よりよ・・・、ハヤブサ!来い!」

 猿のようなキャキャキャという鳴き声が空からか聞こえてきて羽音が近づいてきた。

 マサヨシの肩に降り立つとハヤブサは命令を待った。

「ハヤブサ、近海をうろつく海賊を調べてきてくれ。猫人の子供が乗ってるはずだ」

 良く馴れたハヤブサを羨ましそうに見る宿屋の主は、マサヨシの使い魔が海賊を見つけるのは簡単だといった雰囲気で言う。

「この近くをうろついている海賊はそいつらしかいねぇから、すぐに見つけられまさぁな、旦那」

 ホブゴブリンの言葉に頷くとマサヨシはハヤブサを空に勢いよく投げた。

「よし、行け!ハヤブサ!」

 ハヤブサは飛び立つと荒れる海を目指した。

「私はサイレンさんを洞窟に運ぶね!」

「ワロちゃんだけじゃ無理だな。ヤイバが運んでやれよ」

「はい」

 ヤイバはサイレンを抱きかかえるとワロティニスと共に洞窟へと向かった。




 ハヤブサが帰ってくるまで、マサヨシは宿屋一階のカウンターに座って待つことにした。

「なぁ、オッサン。あのサイレンとノーラはいつからここにいるの?」

 手動のコーヒーミルと洗うだけでいい取り替え不要のコーヒーフィルターカップ、コーヒー豆をクロスケに貰った宿屋の主は嬉しそうにコーヒーを作る準備をしていた。

「え~っとまず豆をこれで挽いて・・・。半年くらい前ですかねぇ?嵐の翌日に海岸に流れ着いていたんでさぁね」

「二人で?」

「ええ、二人で。で、俺はセイレーンにビビりながらノーラだけを保護しようとしたら、急に起きて、私の子だから連れて行かないでと泣きながら懇願されたんでさぁ。俺も困りましてね。結局二人をあの洞窟に住まわせる事にしたんです。帝国では珍しい猫人のノーラは大人しくて素直で可愛くてさ、街のもんは皆彼女を可愛がって食べ物を分けたりしていたんです。けどサイレンが凄い剣幕で私から子供を取らないで!と怒るんでさぁね。次第に誰もノーラに近寄らなくなってな。気がついたら彼女はノームや観光客相手に首飾りを売って生活費を稼ぐようになっていたんですよ」

 挽いた豆をコーヒーフィルターカップに入れると、大きなヤカンからお湯を一気に注ごうとしたのでマサヨシはそれを止める。

「おちょぼ口の土瓶か何かねぇのか?最初はお湯を数滴垂らして豆を少し蒸らすんだよ」

 ホブゴブリンの太い指がポリポリと頬を掻いて何かを考え、動きが止まる。

 そして直ぐにギュッと手を閉じると、チャキっと音がして太い注射針のような暗器が袖から出てきた。その暗器をするりと袖から抜き取り、水で濯ぐとスポイトのようにしてヤカンからお湯を吸い上げて慎重にコーヒー粉に数滴落とす。

「なにモンだよ、お前・・・」

「へぇ、昔ちょっと・・・」

「いいよ、言わなくて。大体想像はつくから。でも考えたな。熱くないのか?」

「あちいです」

 ゲヘヘと笑って暗器から更にお湯を注ぐ。

「こんなもんでいいんですかい?」

「ああ」

 辺りにコーヒーの香りが漂う。

 すると、さも当然のようにカワーとハイダルネがカウンターに座ってコーヒーを待った。

「厚かましいな、お前ら。若いうちからコーヒー飲んでると馬鹿になるぞ!」

「マサヨシ様のように?」

「それは嫌だな」

「おい!年上にもっと敬意を払え!」

「残念ながら僕達にそんな習慣は無い」

「そうですわ。私達はマサヨシが召喚で天使を呼ぶ事が出来たり、意外と指揮能力があるから従っているだけですわ」

「貴方が力を示している間は僕たちは従いますがね、少しでも落ちぶれたら敬意なんて払いませんよ?例え劣化版の神様でもね」

「ヤイバと違ってお前らときたら・・・」

「そういえばヤイバも最近めっきりオーガらしくなってきた気がするが。なぁ?ハイダルネ」

「そうですわね。無条件に優しいという事は無くなったように思えますわ」

 そう言われれば・・・とマサヨシは思い返しながら、宿屋の主に出されたコーヒーカップを口に運ぶ。

 が、コーヒーは思いの外熱く、アチィ!と叫んでマサヨシはカウンターからずっこけた。




 ワロティニスは洞窟に向かう道で兄の変化について本人はどう思っているのか聞いてみようと思い、おずおずと兄に話しかけた。
 
「お兄ちゃん、最近なんか変わったよね・・・」

「解ってるよ。優しくないって言うんだろ?」

「うん。自覚はあったんだ?」

「多分、体の中の虫のせいだと思うよ。認めたくないけど、お兄ちゃんは今まで心が脆かった。いつも心が折れそうになっていたから、虫がこれじゃあいけないと思って強くしてくれたんじゃないかな?」

「そうなの?」

「わからないけどね。クロスケさんに聞いてもそこまではよく判らないって言ってたから断定は出来ない」

「もし、虫のせいじゃなくて・・・お兄ちゃん自身の変化だったら?」

「それは自身の成長ということで受け入れていくしかないね」

「やだよ!そんなのお兄ちゃんじゃないよ!冷たいお兄ちゃんは普通のオーガと変わらないよ!」

「でも自分じゃどうしようもない事だから。ワロだって弱者には優しかったけど、根っこでは”力こそ全て”という闇側の掟を強く信じていたじゃないか」

「でも変わったもん。皆が幸せで笑えるようになれれば私嬉しいもん」

 ワロティニスは兄の背中を見るのを止めて、少しの間何となく視線を海岸に移す。海岸では一本角のあるアザラシの群れが固まって暖を取っていた。

「お兄ちゃんだってそうさ。皆が笑顔になれるような状況を作れるなら嬉しいけど、そうじゃない時もあるし、誰かが引く貧乏くじを見て見ぬふりをする時もある。それに弱者を助けだすと限がない。だから時にはそういった人たちを振り払う勇気も必要なんだ」

 地位の高いアザラシは群れの真ん中でヌクヌクとしており、逆に地位の低いものは端っこに追いやられ寒さに震えていた。

「世の中、誰もが笑顔になれるほど甘くはないって知っているけど、力があるなら自分の目に見える範囲の人々ぐらいは助けてあげたいよ、私は・・・」

「お兄ちゃんだってそれには同意する。ただこれまでのように無条件で助ける気はない。助ける価値があるかどうかは自分で見極める。そうしないといざって時に本当に助けたい人を助けられなくなるからね」

「ノーラの首飾りを買ってあげなかったのもそうなの?」

「ノーラは目が死んでいなかったからね。まだ彼女はやれると思ったのさ。実際ワロはいい値段をふっかけられたろう?」

 ヤイバはニヤリとして振り返った。

「あ!そうだった!あははは!」

 ノーラの名前を聞いてヤイバが抱きかかえていたサイレンが急に暴れだした。

「ノーラ!私の可愛い子!あの子は本当に私の子なの!どうして誰も信じてくれないの!ああ、ノーラ!」

「大丈夫ですよ、お母さん!ノーラは私達が絶対助けますから!」

「ああ!星のオーガ様!ありがとうございます!」

 天に手を合わせずに、二人に対して手を合わして感謝したので、ワロティニスは怪訝な顔をした。

「私たちは星のオーガじゃないよ・・・。お父さんみたいに神様じゃないから・・・」

「それにしても・・・人を狂わせるセイレーンがどうして狂っているのだろうね。彼女に何があったのだろうか・・・」

 洞窟に到着すると、ヤイバはセイレーンを入江にするりと入れた。

「サイレンさん、また海賊に襲われたりしないかな?」

「普段来ない海賊が火事場泥棒をしに来るって事は、この港町の住人の強さを知っていて恐れているってことだよ。宿屋の主を見たかい?彼は数々の修羅場をくぐり抜けてきた者の目をしていた。あんなに強そうなホブゴブリンを僕は今まで見たことが無い。クラーケンが襲ってきた時も誰も帝国の騎士を頼ろうとはしなかったしね。海賊たちもそう何度も港町の周りをウロウロしないとは思うよ」

「そっか。それにサイレンさんは直ぐに海に潜って逃げられるもんね」

 サイレンは入江から頭を出したり沈めたりして、何度も二人に娘のことを頼むと懇願してきた。

「絶対助けますって!お母さん!」

「お願いよぉ!お願いよぉ!」

 兄妹は手を振ってそれに応え、洞窟を後にした。




 結局ハヤブサは上空から海賊を見つけることが出来ず、翌日に疲れ果ててマサヨシのもとへと帰ってきた。

 早朝に宿屋へ到着したネコキャットにヤイバが事情を話すと、猫人の義賊は落ち着かない様子でウロウロしだした。

「俺はよ、恋人がいたんだ」

 唐突に昔話を始めるネコキャットに一同はそうだろうなと頷く。

 マサヨシがコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置いて飲むように勧めた。

「まぁ座ってコーヒーでも飲みなよ」

「ああ、悪い」

 ズズズと一口啜ってから、獣人の騎士は椅子に座った。

「恋人は部隊の後輩だったんだ。勿論猫人な。俺みたいなトリッキーな前衛が欲しくてシルビィが入れたんだけどよ、先輩の俺が何やかんやと教えてる内にお互い好きなったってわけさ。三毛の長毛種でさ。すげー美人だったんよ。優しくて優雅で出しゃばらず、包容力があり・・・おっとのろけになるな。やめとくわ。で、ある日体調不良を原因に除隊申請をして俺に何も言わずにいなくなったんだ。一年前位にな」

「恋人さん・・・何の病気だったの?」

「お腹に水が溜まる病気だって言ってた。俺はすげー心配でよ。日に日に大きくなるお腹を何とか出来ないかあちこちの医者や僧侶に相談している最中にいなくなったんだ。今思うと妊娠してたんだな」

「でも何でネコキャットさんの前からいなくなったんだろう?」

 ワロティニスは幸せの最中に消える意味がわからないと言った顔をして首を傾げていた。

「職場結婚はご法度なんだ。だから俺の前から嘘をついてまで消えたんだと思う。俺に迷惑が掛からないように黙っていなくなるような奴なんだよ、あいつは!」

「恋人さんの名前は?」

「サイ・レン。異国から来た猫人でさ、凄くエキゾチックだった」

「そう言えば洞窟のセイレーンもサイレンって名前だったな。偶然かね?」

「ノーラの事を私の子だって言っていましたわ・・・」

「流石に偶然だろ。それに気の触れたセイレーンなんだろ?恐らくサイを襲った時に反撃でも食らって、打ち所が悪くて自分をノーラの母親だと思いこんでいるんじゃねぇの?」

 ん?とマサヨシは上を見て首をひねる。

「一年前に子供産んだとしても、まだまだ赤ちゃんなんじゃないの?ノーラは五歳か六歳ぐらいに見えたけど?」

 獣人について何も知らないマサヨシにヤイバは説明する。

「獣人によって様々ですが、犬人や猫人は一定の年齢までの成長が凄く早いんですよ。赤ん坊の時期が凄く短い。その代わり幼児期が長い。十歳ぐらいの見た目のまま十五年程過ごします」

「樹族の愛玩用に作られてるからやね」

 クロスケは古代樹族が作った唯一の種族である獣人の役割を知っている。最初の内は愛玩用として樹族達も可愛がっていたが、そのうち飽きて奴隷のような扱いをするようになった。

 ぐいっとコーヒーを飲んでネコキャットはガンとカップをテーブルに叩きつけた。

「俺は早く娘を助けたい。まだ顔も見たこともねぇが俺の子だってんなら絶対助けたいんだ。サイだってまだ生きているかもしれねぇし。きっと俺たちは三人で笑って再開するに決まっている!だから頼む!みんな力を貸してくれ!」

 ネコキャットはテーブル手に手をついて頭を下げた。

 それを見たマサヨシは、あまり協力的でないクロスケを説得しだした。

「ここまでネコキャットが言ってんだ。俺たちも手をつくしたし、そろそろ力を貸してくれよクロスケ」

「しゃ、しゃあないなぁ。ここで協力を拒否したら人でなしとか言われそうやし・・・。わかりました。今直ぐ調べます。・・・あら?意外と近いでんな。サイレンさんの洞窟から一キロ北の海岸洞窟に海賊船が入り込んでます。その中にノーラちゃんはおりますで」

「勿論生きているよね?」

 ワロティニスは心配そうに聞いた。

「ええ、ちょこちょこ動いてますから、食事の用意とかさせられてるんやと思います」

「良かった!すぐに行こうぜ!」

「海岸沿いならヤイバの【水上歩行】で何とかなるな」

「こういう時にメイジがいますと便利ですわね」

 カワーとハイダルネは退屈しのぎが出来ると嬉しそうだった。

 ネコキャットは羽根付き帽子を少しあげてヤイバ達を見る。

「お前ら直ぐに出発出来るか?」

 一同は頷くと立ち上がり宿屋から出ようとすると、後ろから宿屋の主人が大声で言う。

「御武運を!」




 海賊船で二日目の朝を迎えたノーラはゴブリン達に頭を撫でられていた。

「すまねぇな、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが給仕してくれるだケでも俺たち大助かりだわ。船が直ったら帰してやっキャら!給料もた~んとはずんでな!風邪引いた食事係もお詫びに鉄貨一枚くれるってよ!」

「ほんと?ありがとう!」
 
 ノーラはちょこちょこと動いて給仕をしながら置いてきた母親の事を心の隅で心配し、海賊船で働くと伝えた時のことを思いだす。

「お母さん!海賊さん達のお船で給仕のお仕事してくるね!二、三日で帰ってくるから!」

「・・・」

 あの時、母親は海賊ゴブリンと自分を見てぼんやりと頷いただけだった。伝わったのかどうか不安なのだ。

 ゴブリンとは違う小さな人影が船長室から現れた。

 頭にトリコーンハットを被り、片目には倍率を変えられる望遠眼鏡、右手にはハリセン、両足は機械仕掛け。
 
「キュル!」

「お!船長!風邪はもういいんですかい?」

「キュル!」

「だはは!やっぱり何年経っても船長が何言ってっかわかんねぇや!」

 ノーラは驚く。

 いつも港で見かけるノームは優しくて紳士的で、どこかドジな善人なのだ。なので海賊をする目の前の船長はノームの基準では大変人である。

(ノームさんが船長だから、皆優しいんだ・・・)

 ノーラがそう感じて船長を見ているとノームはこちらを指差してキュルキュルと何か言っている。

 ゴブリン達は船長が何を言っているのか察したのかノーラを紹介した。

「ほら、食事係も風邪を引いたでしょう?だキャらお手伝いさんして雇ったんですよ。クラーケンが撒き散らした港の荷物の回収をしてたら、洞窟からこちらを見るこの子がいましてね。丁度いいと思ったんでさぁな」

「キュル!」

「え?ちゃんとお母さんにも伝えましたぜ?」

「キュル」

 ノームは頷くと小さな椅子を引いて静かに座ってノーラの給仕を待った。

 ノーラは船長の皿に焼いた塩鯖とレタスを挟んだサンドイッチを籠から出して置く。

「キュル!」

 髭のノームはニッコリ笑ってノーラの頭を撫でてから、サンドイッチを頬張り親指を立てた。

 ノーラは嬉しくなってニッコリと笑う。その顔を見て船長は更に破顔した。

 ノーラが続けて他の船員にも給仕をしていると急に外が騒がしくなる。

「帝国の騎士だ!帝国の騎士が来たぞ!数は七人!」

「どうしやす?船長。帝国の騎士は賊の類を放置することはないですぜ。見つけたら皆殺しだそうです・・・どうしますキャ?」

 副船長のゴブリンが冷や汗をかきながら船長に相談した。

「キュル!」

 何を言っているかは判らないが、船長の目に浮かぶ戦う意志を副船長は汲み取った。

「野郎ども!戦闘準備だ!殺されるとわキャっているなら最後まで戦え!それによぉ!たった七人ならきっと何とキャなるぜ!ハッハー!」

「キュル!」

「おい、新米!ノーラを安全な場所に連れてけ!」

「ひゃい!」

 新米の海賊ゴブリンは船を囲むようにしてある崖の道に板切れを渡し、岩陰に隠れて様子を見ることにした。

 ゴブリン達は雄叫びをあげて船から降り、崖の上の大きな空き地で隊列を整える。

 それからカトラスや斧を構えて黒い制服を着る帝国騎士へと突撃していった。

 戦いは始まり、打撃音や武器がかち合う音がしてノーラは恐ろしくて仕方なかったが、恐る恐る岩陰から顔を出して見た帝国騎士達は見覚えのある顔をしていた。




「崖を苦労して登ったと思ったらいきなりゴブリン達が襲い掛かってきた。何を言っているかわからないだろうけど俺もわからない」

「海賊が襲ってくるのは想定済みだと思っていましたけど・・・?」

 マサヨシのポルナレフのモノマネを理解できるはずもないヤイバは、また彼がおかしな事を言っていると思った。

「ハッ!ゴブリン如きが何人来ようが鉄騎士の敵ではないね!」

 カワーがハイダルネから槍を奪うとぐるぐると回転させてゴブリン達を弾き飛ばした。

「ちょっと!カワー様!私の槍を断りもなく!」

「僕のほうが上手に槍を扱えると思うのだが?」

 ぽいとハイダルネにナマクラを渡すと彼女は不満そうにそれを振り回した。

「全然距離感が掴めませんわ。こんな短い武器じゃ私は満足出来ませんことよ!」

 その言葉にマサヨシが股間を押さえた。

「短くて何が悪い!クソッタレが!その分太いぞ!」

 不貞腐れつつもインプを召喚師てゴブリン達を撹乱する。

 頭にバンダナを巻くゴブリン達は思いの外タフで素早かった。

 ヤイバの魔法範囲を見極め回避し、カワーの攻撃を掻い潜ると真っ直ぐに貧弱そうなスペルキャスターであるマサヨシやワロティニスを狙って動いた。

 ゴブリンのカトラスがマサヨシの胸を突き刺そうとしたが、それをネコキャットのエストックが軌道を逸らす。

「こいつら戦い慣れてるな。一般人から略奪ばかりして喜んでるチンケな海賊じゃないぞ!」

「おうよ!俺達は海賊を狙う海賊よ!場数なら踏んでいるってわけさ!」

 ゴブリンの副船長はそう言って背後からネコキャットに斬りかかった。

 副船長のカトラスをワロティニスがロングスタッフで弾き、大声で怒鳴る。

「いい加減にしなさいよ!人さらいの海賊め!」

 ワロティニスは地面に杖を突き立てると小さなデスワームをあちこちに召喚した。

 デスワームはゴブリン達の股間目掛けて頭突きをし、数名が悶絶して倒れる。

「暫くは動けないだろうな。気絶するほど痛いのだから」

 ヤイバは股間を押さえて倒れるゴブリン達を見て身震いをした。

「ワイはノーラちゃんでも連れてきますわ、マサ坊」

「頼んだ!(なんだよマサ坊って!ダサ坊みたいで嫌すぎる・・・)」

 フヨフヨと飛んでUの字で船を囲む崖の反対側まで来ると、ノーラの隠れる岩陰までクロスケは飛ぶ。

「キュル!」

 クロスケの後方からキュルッティー海賊団の船長が足の裏からジェットを噴射しながら迫ってくる。

「何やて?ノーラちゃんはこのラリホー・キュルッティーが守るやて?どういうことや」

 しかし船長は返事をせず、小さなかんしゃく玉のような物を複数投げてきた。

「君達の技術がワイに効くとは思えへんのやがなぁ・・・ってギャッ!」

 かんしゃく玉から強力な電磁波が発生しクロスケを囲む。

「んな・・・アホな!こんな狭い範囲で小さな太陽フレアでも起こしたかのような電磁波や!くそ!」

 電磁波は瞬間的なものだったが、クロスケの様々な機能は一時的に停止してしまった。斥力で浮くこともできず、ドローン型アンドロイドは崖から転がって海に真っ逆さまに落ちた。

「お、おい!クロスケがやられたぞ!あのノーム何者だ!」

 マサヨシが驚いていると、ノームが背負ったランドセルから小さな追尾ミサイルが次々と発射される。

 一発の威力こそ小さいが、複数当たると大怪我を負う可能性のあるミサイルが真っ先に狙ったのはワロティニスだった。

「守りの盾!」

 スキルを発動させながらヤイバは後方に宙返りをし、ワロティニスを庇うように着地してミサイルを全弾受けた。

「グハッ!」
 
 思った以上にダメージは大きく、制服がボロボロになってヤイバは体中から血を吹き出して跪く。

「お兄ちゃん!」

「ヤイバ!」

「ヤイバ様!」

 ゴブリンを蹴散らしながらカワーとハイダルネはヤイバの元へ近寄る。

「ダメだ!お前ら、固まるな!ミサイルの餌食になるぞ!」

 マサヨシの指示にすぐに反応し、皆散開する。

 次にノームから放たれたミサイルはヤイバ以外を狙って分散し脚などに当たってダメージを与えた。

「嫌らしい攻撃をするな。イテテテ。脚がじんじんするぜ・・・。ん?ネコキャットはどこだ?逃げやがったか?」

 マサヨシがキョロキョロしていると、彼がいつの間にかノームに近づいているのが見えた。

「下手くそな【変装】魔法だな。あれで岩になりきっているつもりか・・・?」

 と思ったが、勝ちを確信し慢心したノームはハリボテのようなネコキャットの変装に気がついていない。ノーラの隠れる岩の近くでジェット噴射を止め着地する。

―――ヒュン!―――

 何かが空気を突貫するような音がしたかと思うと、ノーラの目の前でキュルッティー海賊団の船長の胸はエストックで貫かれていた。

「ダメェェェェ!!!!」

 ノーラは目をつぶり、ありったけの声で叫んだ。

「殺しちゃ駄目ぇぇ!!」

 しかし時既に遅く、ノームの船長は心臓を貫かれて即死していた。

「ノーラ?ノーラなのか?」

 近寄ってくるネコキャットに怯えながらも、ノーラの傍にいた新米ゴブリンが彼女を守ろうとダガーを構える。

 しかしエストックが彼の持つダガーを弾き飛ばす。それから船長と同じく新米の胸を魔法のエストックが貫いた。

「酷い・・・」

 ノーラは声を殺して泣き、憎しみの篭った目でネコキャットを見つめている。

 娘の視線にたじろぐネコキャットの後ろでどよめきが起こった。

 船長の死にゴブリン達がざわついていたのだ。

「嘘だろ・・・。俺達の無敵の船長が・・・!」

 ヤイバ達をあと一歩の所まで追い込んでいた海賊たちは武器を落とし絶望した。

「そんな・・・俺達が戦えるのは船長がいてキョそ・・・。俺達の心の支えが逝ってしまわれた・・・」

 余程人望のあるノームだったのか、ゴブリン達のショックは大きい。

 跪いて絶望するゴブリンの横っ腹をカワーが蹴り飛ばして笑う。

「ハハハ!我々の勝ちだ!大人しく降伏しろ!!」




 ノーラがしゃくりあげながら泣いてする説明はヤイバたちには理解し辛かった。

「つまり彼等はノーラを雇っただけで、サイレンからも許可を得たということかい?」

「そうだよ!」

 怒りを込めてノーラは言う。その横で後ろ手に縛られた副船長は項垂れて言った。

「あっしらは・・・誰も傷つけちゃいませんぜ。ちゃんとした雇用契約をノーラと結んだんだ・・・」

 声に張りはない。船長が死んだ悲しみを堪えているようだ。

「フン!でもお前らは海賊だろう?どの道、死刑だ!フハハッ!」

 カワーがつま先で副船長の背中を小突く。

 今までならカワーのこういった行動をヤイバは咎めて止めていたが、今はそれもしなくなった。

 回復ポーションとカワーの回復の護符で傷を癒やしてもらったヤイバは岩にもたれて腕を組み、黙ってそれを見ているだけだ。

 その姿にワロティニスの心がズキリと傷む。

「あっしらは・・・!あっしらはカタギの者を殺したりはしねぇ!海賊しか狙ってねぇんだ!俺は処刑されても構わねぇキャら、手下どもは見逃してやってくれ!」

 波間に浮かんでいたクロスケをインプで助けたマサヨシが戻ってきて、副船長の土下座を見て何事かと驚く。

 クロスケを岩の上に置くと、必死に部下を庇おうとする海賊にマサヨシは助け舟を出した。

「海賊を政府が容認し海軍に編入する話はよく聞くけどよ、帝国にそういうのはねぇんか?話聞いてるとそんなに悪い奴らとは思えないんだが・・・」

「帝国にもそういう制度はありますが・・・。簡単ではないと思いますよ。まぁ最終的に皇帝陛下のさじ加減なんですが・・・」

「お兄ちゃん、一緒にナンベルさんにお願いしようよ。可哀想だよ」

 ワロティニスは潤んだ目で兄に懇願する。

「でも・・・制度は有りますけど前例はあったかしら?所詮海賊ですわよ?私達みたいに訓練された騎士のように働けるかどうか疑問ですわ」

 兄を頼るワロティニスにどこか女を感じ、ハイダルネは苛ついて意地悪を言う。

「その海賊に押されていたのはどこの誰だろうな、ハイダルネちゃんよ~」

 マサヨシはそう笑うと、ハイダルネは口を尖らせてそっぽを向いた。

 副船長が必死になってヤイバ達と交渉をしている横を通り過ぎて、ネコキャットはノーラをおんぶし崖を降りた。

 まだ魔法効果の残っている【水上歩行】で海の上を歩いて一キロの道を戻るとセイレーンのいる洞窟が見えてくる。

 道中、ノーラはネコキャットと一度も目を合わせようとはしなかった。背中から降ろされても下を向いたまま歩き、口を聞こうともしない。

 洞窟に入るとノーラは一目散にサイレンのいる入江へと向かった。その後をネコキャットもついていく。

「ノーラ!・・・・まぁ!ネコキャット!」

 セイレーンは入江から上がるとノーラとネコキャットの近くまで這いずってきた。

 ノーラは母親に抱きつく。

「お母さん・・・・わーーん!」

「おい、セイレーン!お前はなぜ俺の名前を知っているんだ?」

「愛しい人の名前だからよ・・・ヒヒヒ」

「気味が悪いな・・・」

「ノーラ、この人はね、お前のお父さんだよ」

 そう聞いてもノーラはセイレーンの胸に顔を埋めたままこちらを向かずに言った。

「嘘だ!その人、優しい船長さんを殺した!」

「ノーラを助けるためにお母さんがお願いしたんだよ」

「私、海賊さん達のところに給仕のお仕事しに行くってちゃんと言ったよ!海賊さんも頭下げてお願いしてた!」

「そうだったかねぇ?ヒヒヒ」

「お母さん・・・・」

 うわぁ~とノーラはへたり込んで泣いた。

 ノーラの父親であるネコキャットは娘を慰めはせずに洞窟から出る。

「もうわけがわかんねぇよ・・・くそっ」

 ネコキャットは洞窟の外に出て岩に座って項垂れているとヤイバ達がやって来る。

「何かわかりましたか?ノーラちゃんや奥さんの事」

「いいや・・・。お前らのほうこそ海賊はどうした?」

「マサヨシさんがウメボシさんを召喚して死人を全員生き返らせたんです!それで彼等は大喜びして帝国に忠誠を誓うと全員が自ら約束の呪印を発動させました」

「うぇ・・・。約束の呪印って約束破るとカエルになっちゃうあれか?」

 ネコキャットは恐ろしい呪いの誓約に身震いをした。誰でも強い決意があれば発動できる呪いだが、使う者など殆どいない。

「ええ。なので監視下に置く必要は無くなりました。僕のサイン入り羊皮紙を持たせてツィガル城に向かわせています」

 ふとネコキャットがマサヨシを見ると、彼は何故か頭にたんこぶを一つ作っていた。

「何でマサヨシ殿は頭にたんこぶがあるんだ?」

「それは・・・」

 ヤイバは説明しづらそうにモジモジとするとマサヨシが不貞腐れながら口を開いた。

「気軽に召喚し過ぎだっつってウメボシからエンジェルバーストフィスト!という名の拳骨を食らったんだよ!くそが!」

「エンジェル・・・?何だ?まぁでもあんな強い海賊が戦力に加わったんだ。帝国は益々強くなるな・・・」

 洞窟から微かにノーラの泣き声が聞こえてくる。

「ところであの人望厚き船長は生き返ったんだよな?」

「勿論です」

「じゃあ、誰か教えてやってくれ。あの泣き声も止まるだろうさ」

「父親である貴方が教えてさしあげれば?」

 ハイダルネは不思議そうにネコキャットの聞いた。

「俺はダメだ。娘に相当嫌われている。幾らノームが生き返ったところで俺が彼を殺した所をノーラは見ている。その時の記憶はずっと頭から離れないだろうよ」

「ノーラはどうするの?」

 ワロティニスはノーラがネコキャットに置いていかれるのではないかと心配した。

「暫くここで暮らしてもらうさ。俺はアルケディアに帰る。勿論、彼女の生活費は置いていくよ。時々様子を見に来るしな」

「そんな・・・」

 ネコキャットは頭を抱えて急に泣き出した。

「俺だって・・・娘の存在を聞いた時は凄く嬉しかったさ・・・。きっと全て解決して家族三人で笑って過ごせるのだと思っていた。そのために今の訓練官の役職を捨ててでもここで暮らすつもりだったんだ。でも来てみたら、何故か俺のことを知る気味の悪い気の触れたセイレーンと父親を憎む娘がいた。俺はよ・・・娘を助けたい一心で頑張ったのによ・・・悪者になってんだぜ?こんな事ってあるか・・・」

 カワーは泣き言を言うネコキャットを鼻で笑い、他のものは気の毒なこの猫人に声を掛ける事ができなかった。

 が、ワロティニスが彼を慰めようと口を開く。

「でも・・・チャンスはあるよ、これから沢山・・」

 ワロティニスはそう言ってネコキャットの丸い背中を撫でた。

「ゆっくりと時間をかけて、父と娘の仲を育んでいけばいいじゃないですか。私達なんて小さい頃、お父さんがいなくて凄く寂しい思いをしたわ。だからネコキャットさんはノーラちゃんにそんな思いはさせないでね」

 ネコキャットは泣くのを止めて、ゆっくりと弱々しく微笑んだ。

「そうだな・・・。まだ時間はある。今から臆病になってちゃ駄目だ・・。俺としたことが恥ずかしいわ・・・。獣人戦役の時に前線で体張って戦ってた俺が家族の事でビビってちゃ、ドワイトのオッサンに笑われるな。それにまだサイの行方がわからないんだし。やる事は沢山あるんだ。励ましてくれてありがとよ、ワロちゃん」

「どういたしまして!」

 彼女の明るい鼻声は場を和ませる。

 ワロティニスの言葉は、浜辺の波のように寄せては返しネコキャットの心を少しずつ癒して立ち直らせた。
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