未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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地球へ3

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「どういう事だ?父さん」

 ヒジリは事前の連絡もなく現れた父マサムネがここにいる意味を探ろうと彼をじっと見る。

 顔こそ似ているが、マサムネという男は自分と違ってあまり冗談を言ったりふざけたりはしない性格だ。

「そうだな・・・。回りくどい言い方は止そう」

 父は直前まで泣いていたのだろうか?

 マサムネの目は赤くなっており瞼は腫れあがっている。それはヒジリが気づいたように、ついさっきまで泣いていた証拠だ。

「君は・・・」

 息を吸い込み、目を瞑って上を向くヒジリの父のただならぬ様子に酒場にいた者は誰もが無言になった。

「タケシと同じく・・・バグなんだ・・・」

「バグ?」

 イグナがバグとは何か、言葉の意味を教えてくれとマサムネを見つめるが彼は返事をしなかった。ただじっと目を閉じて歯を食いしばり冷や汗をかいている。その汗もナノマシンによって直ぐに顔から消えていった。

 ヒジリの背後でウメボシが突然、大声で泣き喚き始めたのでイグナは驚いて一つ目の彼女を見る。大きな綺麗な目から、その目と同じくらい大きな涙を一粒零していた。

「そんな!ではウメボシがマスターと共に過ごした時間はなんだったのですか!カプリコン様から送られてきた証拠はきっと出鱈目です!もし!もし本当にこんな事が起きるのならば・・・なぜ人口管理局は二十年以上もずっと放置していたのですか!何をしていたのです?ウメボシはっ・・・ウメボシは今頃になって難癖をつけてきた地球政府の言葉など信じませんから!」

 白髪交じりのミドルヘアーを揺らしてマサムネは手を水平に薙ぎ払って憤る。

「私だってマザーに何度も聞き返したのだよ!ウメボシ!しかし・・・ヒジリが私とハルコの息子ではない証拠はマザー自身が持っていた!彼女の記憶の奥底に、厳重に保管されたヒジリという人物のデータがあったのだ!千五百年前のアンドロイド戦争において歴史では語られていない、戦争を終わらせる切っ掛けとなった大神家のご先祖様をマザーは知っていたのだ!」

 自分の出自に不思議とヒジリは驚いてはいない。

「では・・・私はマザーの記憶の中にいた過去の人物であり、父さんや母さんの子ではないという事か・・・?」

 ヒジリは過去にこの手の話を聞いたような気がしたが思い出せない。そして何故だかは分からないがゴブリンのヤンスの顔が浮かんで消えた。

「さっきから、おまえだは、わけがわかだねぇ話ばかりしてるな。どういうことだ?旦那様」

 何か良くない事が起きているという事だけは解るヘカティニスは不安で仕方ないのか、銀髪を激しく手櫛で梳いてた。潤んだ金色の目がヒジリに説明を求める。

「地球で・・・星の国で一番偉い人物が私の存在を認めていないのだ、ヘカ。そもそも私は何かの間違いでこの世界に発生したらしい。父も母も子供を得る権利を実は持っていなかった。私は二人の子ではないという事だ」

 噛み砕いて説明したつもりだが、ヘカは理解できていない顔をしているのでヒジリは更に解りやすく言った。

「要するに私は亡霊なのだ。過去の亡霊。まだ蘇生法が制定される前の人間。この現在の世界で生きていてはいけない人物なのだよ」

「あはは!」

 ヘカティニスは髪を手で梳くのを止めて野太い声で笑う。

「嘘だな。旦那様は生きている。目の前にいるだろ。こうやって触る事もできる」

 ヘカティニスはヒジリの背中に寄り添うと顔を擦りつけた。

「でもおで解る。旦那様が星の国の命令でろくでもない目に遭うって!旦那様がいなくなっただ、おで寂しくて死ぬ。ずっと傍にいてくでよ!ヒジリ!」

 スカーやベンキに泣き虫ヘカと呼ばれているヘカティニスは、いつもは嫌なことがあると部屋の中で大声で泣く。でも今回は人前なので泣き声を押し殺してヒジリの背中に顔を埋めた。

「すまない、ヘカ。マザーが本来の私を知っているのならば、私は確実にバグなのだ。彼女は大昔から地球にいる。今送られてきたマザーのデータによると、アンドロイド戦争時・・・過去に彼女は私と出会ったと言っているのだ。間違いない」

「そのマザーという者が何者かは知りませんが、嘘をついている可能性だってあるじゃないですかぁ?キュキュ」

 よく嘘をつくナンベルはマザーが自分と同じように嘘つきかもしれないと思ったからそう言った。しかしヒジリは首を横に振る。

「彼女は嘘がつけないようにできている。嘘をつけば人類に逆らったとして自壊するプログラムが組み込まれている」

「一度も嘘をついた事がないと?そんな者がいますか!神様だって嘘をつく!それに嘘の定義だってあやふやなものですよ?」

 ナンベルはフンと鼻を鳴らして現人神をジト目で見つめたが、今のヒジリにその皮肉を受け止める余裕はなかった。

「何度も言わせないでくれ!彼女は嘘をつくようにはできてはいない!」

 いつも余裕のある態度で憎たらしくさえ思えるヒジリだったが今はそうではなかった。ナンベルに八つ当たりをしてしまうほど余裕がない。

「ヒー君・・・」

 今、この僅かな時間で何とか現状を変える方法はないかと模索しているヒジリの表情は硬い。余計な皮肉や冗談は彼の為にはならないと思ったのかナンベルは口を閉じた。

「私は・・・。自分の存在や出自などどうでもいいのだ。一番恐れているのはこれまで築き上げてきた絆や思い出を無にされる事だ。私が現代にいてはいけない存在というのであれば、マザーはきっとこの星の皆の記憶ですら消そうとするだろう。私は確かにここにいて、確かに皆と共に歩んで歴史の一つを作ってきた。そしてその中で人を心の底から愛するという事を覚えた。皆が私を愛をくれて、私を一人の人間にしてくれたのだ!それを無かった事にされるのが私は悔しい!」

 カウンターに座って頭を抱えるヒジリを見て、マサムネも力なく近くの椅子に座ると項垂れた。

「思い出など・・・どうにでもなるのかもしれない・・・」

 この暗い雰囲気を少しでも和らげようとミカティニスがマサムネに珈琲を出すと、彼は礼を言って弱々しく一口啜った。

「だってそうだろう?私は君を息子だと思って愛し育ててきた。じゃあ私にその記憶を植え付けたのは一体誰だ?私の子供を愛する気持ちはなんだったんだ?記憶なんてどうにでもなってしまうのだよ!悪いがヒジリ。君には地球に同行してもらう。そしてマザーから話を聞いてみてくれ。君が消される可能性は高いと思う。しかし僅かでも生き延びる可能性があるのなら、君自身の力でそのチャンスを掴み取ってくれ。君が私の息子でないと解っていても・・・心の底では君に生きていて欲しいと願っているのだ。何故なら私はこれまでずっと君の父親であったのだから・・・」

 マサムネは椅子から立ち上がるとヒジリに駆け寄り抱きしめた。

 抱き締めると同時にマサムネの頭に赤ちゃんだった頃のヒジリが浮かぶ。子供に世話を焼く必要もない四十一世紀の地球で敢えて大昔のやり方でオムツを交換したり、ヒジリが夜泣きをすれば夫婦で取り合うようにしてあやしたりした記憶。それを発端としてこれまでの家族としての様々な思い出が頭を過り始めた。

 自分の父親と母親が永遠の死を受け入れて逝ってしまったあの日、祖父母の死を受け入れられないヒジリが癇癪を起こして泣きじゃくる顔。その後、彼はふさぎ込むようになり何度も一緒にカウセリングを受けに行った事。ウメボシを廃棄処分場で見つけて自分で直すと言った時の彼の嬉しそうな顔。あの顔は祖父母の死を悔しく思い、彼らを復活させる事ができない歯痒さをウメボシを直す事で昇華しようとしたのだろう。

「今、私の頭を駆け巡る君との思い出は本物だ・・・」

「父さん・・・」

「ここにいれば、君の立場はどんどん悪くなる。さぁ地球に行こう。ヒジリ。可能性に賭けよう」

 マサムネがヒジリの肩を叩いたその時。

「嫌だ!」

 抱き合う元親子の姿を見てイグナが涙を流しながら足を踏み鳴らした。

「ヒジリは星の国に帰ったら消されるんでしょ?ヒジリとの記憶もなくされるなんて嫌だ!私、ヒジリの事が大好きなのに!好きだって気持ちもなかった事にされるの?嫌だよ!そんなの!」

 普段はヒジリだけにしか見せない素顔をイグナは見せていた。感情を剥き出しにして拳を握りしめている。

「んだ。悪いがヒジリの父ちゃん。ヒジリは連れて行かせねぇ」

 ヘカティニスがカウンターの隅に置いていた魔剣を掴んで構える。

「そうですねぇ。悪いですが、マサムネさん?ここで口封じさせて頂きますよ?例え貴方が何度蘇ろうともね。キュキュキュ」

 ナンベルも無限に投擲できる魔法のナイフを光らせて見せつけた。

 広いオーガの酒場でマサムネを囲み、勝ち目のない戦いを挑もうとする彼らの気持ちにヒジリは心が苦しくなった。惑星ヒジリの所有権を失った今、マザーはこの星の住民に対して何だってできる。無慈悲な攻撃も厭わないだろう。

「止めてくれ。皆。聞いただろう?私はこの世界に居てはいけない存在なのだ。それに父さんはともかく、マザーやカプリコンを相手にしても一瞬で消されるだけだ」

「居てはいけない存在なんてない!」

 イグナが大声で喚く。

「どんな人だって存在してはいけないなんて、誰かに決められるべきじゃない!でも居てもいい理由は誰かがつけてもいい!ヒジリは居てもいいんだよ!だって私が必要としているんだから!愛しているから!」

 小さな闇魔女はヒジリの脚にしがみ付くと感情を爆発させて激しく泣き始めた。

 ヒジリは何も言えなかった。自分の存在は地球の普遍的な法が及ぶ場所では罪なのだ。その罪人を必要とし、居てもいいと彼女は言う。

「んだ。ただ生きているだけで罪なんて事があるか!」

 ヘカティニスの言葉にを聞いて思う。ではタケシはなんだったのか。誰が何の為に彼を発生させて惑星ヒジリへ侵入させたのか。彼がバグだと解った時、ヒジリは消えて然るべき存在だと当たり前のように思っていた。

 今は自分がその立場である。タケシの存在を否定しておきながら自分だけは存在して良いという都合の良い言葉を甘受する資格が自分にはあるのか。タケシがヴィラン遺伝子を持つ地球人だったとはいえ、彼を必要としていた者がいたかもしれない。

「ありがとう、イグナ、ヘカ。でもここに留まれば君達を巻き込む事になる。沢山の人が死ぬ事になるだろう。だから私は行く。勿論、死にには行くつもりはない。マザーと交渉して説得を試みる。一つお願いがあるんだ、父さん」

「なんだね?」

「地球でのやり取りをここの皆にホログラムモニターで見せてくれないだろうか?」

「それは問題ないと思うが・・・。もし最悪な事になれば皆も辛いと思うのだがね・・・。いいのか?」

「いいんだ。例え後々マザーに消される記憶でも事の顛末は皆に知ってもらいたい。そして願わくば私との記憶を誰かが持ち続けるという奇跡に賭けたい。なにせここは魔法と奇跡の星なのだからね。その可能性は大いにある」

「わかった」

「よし・・・。では行くとしよう。皆、心配しないでくれ。私は必ず生きて帰る。最悪の場合、マザーには皆との記憶を残すよう頼んでみるさ。それにこの星は何でもありだからな。きっと誰かが私を復活させるという酔狂な事をしてくれるかもしれない。ハハッ!他力本願でなんとも格好の悪い話だが」

 吹っ切れたのか、ヒジリの顔はいつもの自信に満ち溢れた顔に戻っていた。

 ヒジリが覚悟を決めてしまった。死を覚悟している。イグナは心臓が激しく高鳴り、息ができない。まるで水の中にいるような視界と聴覚の中で彼は自分に微笑んでいる。恐らく十中八九これが今生の別れとなるだろう。

「いやだ・・・」

 そういったはずだったが、イグナの口からは声が出ていなかった。喉が急激に乾き、お腹に力が入らない。

(ヘカ、ヒジリを止めて)

 しかしヘカティニスは戦士だ。覚悟を決めた者を止めるという無粋な事はしない。声を噛み殺して泣きながらも笑顔を作ってヒジリと抱き合っている。

(ナンベルのおじちゃん!ヒジリを止めて!)

 ナンベルは説得を諦めたのか、大きくため息をついてヒジリと握手した。

「帰って来ると信じてますよ、ヒー君。さっき怒鳴られた時、小生は傷ついたんですからね。帰ってきたらたっぷり優しくしてもらいますからぁ!キュッキュ」

「他の皆に挨拶ができなかったのが心残りだ。主殿や姉妹によろしく、イグナ」

(行かないで!ヒジリ!)

 しかしイグナの声は届かない。短時間の間に大きなストレスを受けたせいで体に力が入らない。その力の抜けた自分の体を優しく抱いてヒジリは頬にキスをし、また地面に戻した。

「ウメボシは同行できるのか?」

「いや、駄目だ。地球へ行けるのは君だけだ、ヒジリ」

「ふむ・・・。ウメボシ、リツのお腹に私の子供はいるかね?」

「はい・・・。受精しています」

「ではヤイバの事を頼んだ」

「ですが、マスター。マスターの存在が消されればヤイバ様の存在も消されるでしょう。その命令は惑星ヒジリに戻って来てからにしてくださいませ」

「ああ、そうだな・・・。そうか、これは私だけの問題ではないのだな・・・」

 自分が消されても惑星ヒジリに大した影響は無いと考えていたヒジリは、地球へ行くことがヤイバの存在を賭けたものである事を痛感する。

(あの真面目な寂しがり屋はもうこの世に存在しているのだ。リツのお腹の中に・・・。消させるものか!)
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