未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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地球へ8

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「なんつって!」

 マサヨシはヘラヘラと笑って皆の反応を見る。皆の反応で自分の人望を推しはかろうというのだ。

「って皆普通にお茶飲んでるしーーー!誰も心配してねぇーー!」

「ははは・・・。マサヨシさんは演技が下手糞過ぎますよ。今の白々しい演技に騙される人なんていないでしょう」

 ヤイバはマサヨシの意図を見透かすように笑って紅茶を一口飲んだ。

「そうよ、やるならしょっちゅう私の事を騙すヒジリレベルの演技力じゃないと」

 タスネが馬鹿にするような目でマサヨシを見ている。

「フフ。それは自慢にならんな。主殿は簡単に騙され易いのだよ」

「なによー!」

 ワイワイと騒がしくお喋りをする向こうで老人のホログラムは歯ぎしりをする。

(騙された者がここにおるのだがな・・・)

 ホサは自分の横でニヤニヤしているシロに杖を振って追い払うと、ウーと唸った。

(ったく、なんなんじゃ、あいつらは!調子が狂う!)

「では話を進める」

 ヒジリはプンプン怒るタスネの膨らんだ頬に謝罪の意味でキスをして話を続けた。それを見たイグナが例外なく懐からワンドを取りだして姉を突っつく準備をしている。

「遮蔽装置は既に改良してあり、安定性を高めているので以前のように有害なフィールドが地表近くまで降りてくるという事はない」

 暗い真空の地球の大地を眺めてから遥か上空をアンが見るとオーロラのようなものが広がりだした。それはオーロラよりもはっきりと光って神々しくもある。

 以前までこの装置が作動していた惑星ヒジリには大気があり地表からの光の反射でこのオーロラは見えなかったが、装置が不安定な日の夜にだけははっきりと目に見えた。人々はそれを女神のフリルと呼んで喜んだものだが、ヒジリにとっては厄介なものでしかなかった。

「惑星ヒジリで憎々しげに見ていた遮蔽フィールドの光も地球で見ると綺麗だな」

 恐怖の対象だった女神のフリルも今は純粋に綺麗だと言える余裕がある。

「わー綺麗!女神のフリルがこんなにはっきりと見えるなんて!」

 オーロラを見て”女神のフリル“と呼ぶコロネを見て、なんにでも特別な名前を付けたがるアンは子供時代を思い出す。

 ただの路傍の石に”明日の金剛石“と名付けたり、丸い雲に”神様の白パン“と名付けたり。その度に大神聖は良い名前だと微笑んで頭を撫でてくれた。

(あの日に戻りたい・・・)

 その願いはヤンスの長く尖った耳に届いている。グルグル眼鏡を定位置に戻してゴブリンはアンを見た。

(どうにかしてその願いを叶えてやりたいでヤンスねぇ・・・。でもそれはそんなに難しい話ではないかもしれないでヤンスよ)

 ヤンスはもう一人の神を見た。神が望んだ神。彼ならきっと何とかしてくれる。ヒジリを助けるつもりで地球に乗り込んで来たが、結局ヒジリに頼っている自分に気づきヤンスは恥ずかしくなり視線を女神のフリルに移した。

 ヒジリは地球を完全に覆った遮蔽フィールドを見て満足げに頷く。

「さて一つ問題がある。マナ粒子が極端に少ない地球へのマナの供給は異世界の地球人であるマサヨシにしかできない。ヤンス曰く、彼は都合よくマナを集める事ができるようなのでね。当然ながら彼には地球に残ってもらう」

「え!何言ってんの?勝手に!」

 マサヨシがそう言うのも当然である。彼はまだまだ新婚で、妻のオンブルを惑星ヒジリに残してこの暗い部屋で過ごさなければならないのは拷問も同じだからだ。

「アン、地球上の環境再生ナノマシンが人の住める環境にするまでどれくらいかかるかね?」

「三か月程です。大気の生成にそれぐらいの時間がかかります。突然の太陽風でしたが、ある程度予測しており地表をすぐに防御壁で覆ったので水などは地下に残っていますが、海の水は蒸発して半分ほどに減っています。なので彗星を引き寄せて材料とし、水を作り出そうと思っています。完璧な状態までは一年以上・・・」

「そうかね・・・。それでも驚異的な再生速度だがね・・・」

 ヒジリはマサヨシに突然頭を下げた。

「頼む、マサヨシ。私は自分の星を救いたい。君がかつて私に言った言葉を憶えているかね。・・・死んでも何度も生き返り、冷たい感情の中で生きる我々を見て”そっちの地球人は本当に生きているといえるのか“と。そう、我々は生きていなかったのだ。嘘の世界に生きて永遠の命を持っていると思い込んでいた。人類はこの本物の地球の大地で笑って泣いて怒りながら一生懸命に生きて命のバトンを次世代に渡していくべきだと私は思う。その為には君の力がどうしても必要だ。三か月、ここにいてマナの供給をしてくれないだろうか?」

 一国の王らしい振る舞いをこれまであまりしてこなかったヒジリだが、それでも王が頭を下げるのは余程の事だ。星の再生の話をしている今、王のプライドがどうのこうのといった次元の話ではないが、それでもヒジランドの国民であるヘカティニスは、他国の高官に頭を下げている王に驚いて固まった。

 これまで静かに紅茶を飲んでいたヤイバも、防音性の高い魔法の鎧を微かに鳴らして立ち上がり、マサヨシに頭を下げる。

「僕からもお願いします。父さんの故郷が・・・星の国の正体がこんな死の世界だなんてショックです。これでは・・・一面に花が咲き乱れる幸せの野である星の国へ行ける事を夢見て死んでいったオーガ達が可哀想です。僕はこの寂しい大地に花が咲き乱れるところを見たい!お願いします、マサヨシさん!父さんを助けて下さい!」

 未来の息子が頭を下げたのを見て、リツも立ち上がって頭を下げる。

「ヴャーンズ皇帝陛下がこの状況を見たらきっとこう言うと思うのです。ヒジリを助けてやれと。あの方はヒジリをとても気に入ってますから。貴方は異世界の星の国のオーガかもしれませんが、帝国の高官でもあるのです。ならば陛下の言葉には絶対服従でしょう?名誉ある職につくものは、名誉ある仕事をするべきですわね。そ、それから個人的にお願いもしますわ。夫と息子が頭を下げているのに妻の私が何もしないのは恥ずかしいですからね」

「よぐわがんねぇけど、おでからも頼む。な?な?」

 本当に何もわかっていないヘカティニスは、それでも両手を合わせて一生懸命頭を下げている。ヒジリが困っているという事だけは解るのだ。純粋に、愛する夫の力になりたい助けたいという気持ちが自分の心に伝わって来るのがマサヨシには解った。

 小さなサヴェリフェ姉妹もマサヨシに纏わりつく。

「私達からもお願い、マサヨシ!」

 タスネの丸い目がうるうるとマサヨシを見つめている。

「ねぇ~、おねが~い、マサヨシぃ~」

 フランがマサヨシの左手をとってキスをし、頬に擦りつけた。

 フランに欲情しそうな気持を振り払いオンブルを思い浮かべて何とかマサヨシは耐えていると、イグナが闇の渦巻く瞳でじっとこっちを見て言った。

「借りを一つ作ってもいい」

 闇魔女イグナに借りを作るのは金貨三百枚程の価値があるだろう。帝国が彼女を雇った時に支払う報酬がそれぐらいだからだ。ここで現金主義のマサヨシの心が大きく動いていた。

「お菓子やるから、私からも頼む」

 コロネはテーブルにあった大きな麩菓子をマサヨシの頬にぐいぐい押し付けている。

 将来有望なレンジャー兼スカウトのコロネに貸しを作っておくのも悪くないな、とマサヨシはウヒヒと笑う。

「マサヨシちゃわ~ん、小生からも頼みマンモス~。勿論聞いてくれますよねぇ?キュキュキュ」

 雑にそう言ってナンベルがナイフをちらつかせて脅すので、一気に”ヒジリのお願い聞いちゃおっかな~“メーターが下がる。

 それをフォローするかのように、ダンティラスは片膝を突いて頭を下げた。

「我が王の頼み、聞いてはくれないだろうか?マサヨシ殿。ヒジリ王は吾輩に居場所を作ってくれた心優しき王。その王の故郷がこんな有様では忍びない。始祖の吸魔鬼ダンティラス、我が名と名誉を賭けてお願いする」

 ヒジリの次に強いと言われているダンティラスの誠実な態度がマサヨシの心を打つ。他者を魅了する能力がありカリスマも高い吸魔鬼だが、それを除いても彼の真剣な態度を前にして断るのは不可能に近い。

(ダンティラスのオッサンにはちょくちょく世話になってるしな・・・。それに恩を売っておくのも悪くないでつね。もしここで何かが原因で戦闘が発生した場合、彼は一番の戦力ですからな。霧化して相手に近づいて至近距離から締め付けでシロや質量のあるホログラムをねじ切る事ぐらいはできるでそ)

「あーもう!解った解った!じゃあここに快適な部屋を用意してくれよ。あとオンブルちゃんも呼んで。プライバシーもしっかり確保してもらって、映画を見たりしたい。あ、片手でゲームができるようにもしといて」

「ありがとう、マサヨシ。あと装置にずっと触れてなくてもよいようにする。その装置の石はマナ伝達率が高いみたいなのでその石を探して部屋に敷き詰めておけば体の自由は制限されないだろう」

 承知したマサヨシを見てタスネ達は手を叩いて喜ぶ。

「よかったね!ヒジリ!」

「ああ、皆が一生懸命頼んでくれたお蔭だ!本当にありがとう」

 ヒジリが寄って来る皆を抱きしめているのをヤンスは嬉しそうに頷いて見ている。

 少し離れた所で一人ポツンとするヤンスにヒジリは手を差し出した。

「君にもハグをしたい。君がここにマサヨシを連れてこなければ地球は死んだままだった。さぁ、ヤンス!ハグさせてくれたまえ」

「あっしもでヤンスか?照れくさいでヤンスが・・・」

 ヤンスはトトトと走り寄ってヒジリと抱き合う。抱き合うと言うよりはヒジリに抱き上げられて抱きしめられている。

「あっしは・・・。あっしはこれでヒジリを助けられたんでヤンスね?嬉しいでヤンス・・・嬉しい・・・」

 ヒジリに全てを託して逃げ回っていたという負い目のあるヤンスの目から涙が落ちる。これからは何事もなく世界が進んでいってほしい。ヒジリに頼らなければならない災厄はもう来ないでほしいと願った。

 ヤンスの頭を撫でながらヒジリはアンに訊ねる。

「アン、これで憂いはないだろう?さぁ私と惑星ヒジリに行こう。さて、私がアンを連れて行っても問題ないだろう?次期地球統括官殿?」

 フンと鼻を鳴らして次期地球統括官と呼ばれたホサはシロに目配せする。

「私のシミュレーションでも地球はこのまま再生していくと結果が出ていますよ?余程の事がない限り地球が蘇るのは確定したと言えるでしょう」

「まぁいいだろう。我々もフォースフィールドで地球を包もうと計画したが、そのための膨大なエネルギーの供給を継続して確保できなくて断念したのだ。エネルギー自体は確保する事が出来るがそれを利用可能にするための変換にかなりのエネルギーが必要だったり、供給が追い付かなかったりと問題が山積みだったが・・・。貴様はそれをマナ粒子で可能にした。なので認めざるを得んな、全ては貴様お蔭だと」

 これまで目を見開いてヒジリに疑いの眼差しを向けていた、どことなくドワイトに似た風貌のホログラムは静かに長い眉毛を下げて目を隠す。

「では権限を全てホサに移したまえ、アン。移譲後、カプリコンは彼女の人格データを回収。以前と同じ見た目のアンドロイドとして再構成してくれたまえ。見た目は同じでも現在の科学力の最先端をいくアンドロイドで頼む。BPは勿論支払う」

「かしこまりました、ヒジリ様」

 全て片が付いたと安堵するヒジリにホサの声が聞こえてきた。

「マザーからの権限移譲を確認。これより地球統括プログラムとしての任に就く。さようなら、マザー。私は貴方の事をとてもお慕いしておりました。せめてマザーの抜け殻となった機械の柱は分解せずに残していってください。これを見ていつも貴方がいた事を思い出したいと思います」

 今になって気が付いた自分の心の奥底にあった歪みや捻じれは、自分がマザーと同じ立場になったという自覚で消えてしまっていた。自分とマザーが融合をしたのだという解釈をしてホサはカプリコンに移ったマザーのデータに別れの挨拶を伝えた。

「結局私のマザーへ対する憧れは力有る彼女のようになりたいという想いで出来た妄想だったのだ」

 そう呟くホサの横で、シロはハハハと笑う。

「案外、その妄想を消し去り、地球統括になりたいという願いを叶えてくれたのは、あそこにいる自称惑星ヒジリの神かもしれないですよ」

「フッ。そうかもな」

 ホサは誰にも気づかれないように静かにヤンスとヒジリにお辞儀をして謝意を示した。

「さて、諸君は私が惑星ヒジリまで転送しよう」

 ホサの言葉にヒジリに難しい顔をする。

「それは無理だ。マザーのデータは遮蔽フィールド通過後の不具合の修復が容易だったが、肉の体を持つ我々はそうはいかない。皆何かしらの影響を受ける可能性がある」

「ではどうするんだ?」

「ヤイバ、頼む」

 父が何を言わんとしているか、ヤイバには解っていた。ハイと元気よく返事すると手に虚無の力を宿し始めた。手は灰色に光っている。

「僕を拒絶する。故郷への道を遮る壁を!」

 何も無い空間に両手を差し込んでヤイバは穴を開けると、開けた穴の向こう側に惑星ヒジリの空き地が見える。

「な、なんだ?」

 あまりに出鱈目な転移の仕方にホサは目を丸くする。そのホサにヒジリはニヤリとした。

「彼が来たときにも説明したと思うが、私の息子はサカモト粒子をその身に宿し自在に空間を操る事が出来る。場合によっては時間も飛び越えてやって来る。今回のようにな」

「てっきりサカモト博士の残した転送装置の力かと思っていたが・・・。やはりヤイバと言う男が未来から来たというのは本当なのか・・・。サカモト粒子はもっと研究せねばならんな。今の科学力の限界を超える切っ掛けになるに違いない」

「ああ、それは間違いない。さぁ皆、ヤイバの開けた穴の先に進みたまえ」

 ヤイバが体を使って穴を開いている隙間を、サヴェリフェ姉妹たちが興味深げに通り抜け、その後に他の者が続く。

「皆、元気でな~!オンブル連れてきてくれよ~」

 遮蔽装置に触れているマサヨシは寂しそうにして地球を去る皆を見て手を振る。老人のホログラムとウメボシの偽者みたいなのと三人きりになるのは不安で仕方がない。

「勿論ですよ、すぐにオンブルさんを連れて来ます。待っててくださいマサヨシさん!さぁ父さんが最後ですよ、どうぞ!」

 ヤイバが手招きをするのでヒジリは素早く穴に飛び込もうとした。

 そのヒジリをホサが呼び止めた。彼の長い眉毛の下は気味悪く陰が覆っている。ハァとため息をついてホサは首を左右に振った。

 悲しそうな表情を浮かべ、小さな声でマザーの謝罪しているホサを見たヤイバの背筋に悪寒が走る。これは誰もが経験する嫌な出来事の前触れだ。

「すまない・・・。大神聖。私個人としては君にもう憎しみはない。しかしシステムが君の存在を認めないと結論を出した。残念だが君をバグとして処分する。・・・本当に済まない・・・」

 この様子を惑星ヒジリのホログラムモニターを見ていたウメボシが絶叫する。

「そんな!恩赦は・・・恩赦はないのですか!ああ・・・」

 ウメボシの目が裏返り、テーブルの上に落ちる。諦め、全てを悟った顔をするヒジリが光の粒子となって消えていく主を見て気絶したのだ。

「どうか、ホサを恨まないでやってくれヤイバ。それからマサヨシ、地球を頼む・・・」

 消えゆく彼の言葉はそれだけであった。

「ヒジリ・・・」

「父さん!父さん!くそう!くそう!」

 ヤイバの虚無の力は無限ではない。徐々に狭まる穴に抗っていると、穴の向こう側からリツが異変に気が付き息子を惑星ヒジリまで引っ張った。

「ヤイバ、向こうで何があったの?」

 リツが息子に訊いても返事はない。ただ力の抜けた人形のように呆けているだけだった。

「父さんが・・・父さん・・・父さん」

 何の慈悲も与えてもらえず消えてしまった父を何度も呼んでヤイバは惑星ヒジリの大地の上でうずくまって涙を流した。
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