未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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ダレモシラナイ

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 闇を走る小さな人影があった。その走り方はどこかぎこちなく時々、ヨタヨタとしている。

 古代ノームが作り出したそれは、機械と魔法を融合させて出来た”魔法人形“、或いは”魔法傀儡“と呼ばれるオートマタであった。

 可憐な少女を模したその顔は無表情で、走る衝撃で口がカタカタと鳴っている。

 ―――自由騎士の暗殺

 ただ一つの命令が人形の頭を巡る。

 魔法人形に高い知性はない。

 一つの命令を完遂するまで他の命令を受けつけないので、無理な命令を与えると壊れるまで遂行しようとし、使い物にならなくなる。

 人形の手には剥き身の短剣が握られていた。手の中の短剣を見て命令者の言葉を思い出す。

(いいかい? 自由騎士をそれで傷を付けるんだよ。ちょっとでいい。後は短剣の魔法効果で、彼はこの世から消えてしまう。存在ごとね。一度きりの貴重なものだから、自由騎士以外に使ってはいけないよ)

「はい、マスター」

 そこにはいない主の顔を思い浮かべて返事をし、メイド服の魔法人形はバドラン村の手前に広がる森を駆け抜けていった。




 エリムスは騎士の鎧を脱ぎながら、姿鏡を見る。ヒジリがロケート団討伐に向かわない事への苛立ちを、言葉に出して独りごちる。

「とうとう夜になってしまったではないか。さっさと討伐に向かえばいいものを! それに、私をこんな薄汚い宿屋に泊めさせおって! 無礼なオーガだ」

 とはいえ、この村に宿屋は一つのみ。

 金持ちもいない貧しい村なので、貴族を招くことが出来る立派な屋敷などあるはずもなく――――。

 宿屋の一室で泊まるエリムスやサヴェリフェ家の姉妹は、この村で最上級の待遇を受けているといえる。

 体が大きくて宿屋に入れない自由騎士や、身分が奴隷のヒジリとウメボシはテントに泊まっている。

 エリムスは窓からヒジリの泊まっている大きなテントを見つめていると、徐ろに怒りがこみ上げてきたが、奥歯を噛んで堪えた。

 怒りに染まった時に聞こえるあの奇妙な声は自分にしか聞こえない。一人の時にあの声が聞こえるのは不気味で恐ろしいのだ。

「ええぃ。私は気が触れてしまったのだろうか? リューロック様は、私が上位貴族にも拘らずこんな任務を与えたのだ。気が触れて当然だろう。なんと不幸なことか。私が外様侯爵の長男だからか? もうこれ以上都入りする田舎貴族は要らんという事なのだろうか? しかし、実直なリューロック様が下級貴族のように、薄汚い駆け引きをするとは思えん。私は一体どうすれば・・・」

 自分が何故この任務に選ばれたのか、理解出来ず頭を抱える。

 暫くしてふと顔を上げて、何気なく窓の外を見ると小さな影が横切ったように見えた。

「なんだ・・・? メイドが駆け抜けていったように見えたが。気のせいか・・・?」





 オーガ二人が余裕をもって寝転べる大きさのテントの中で、ウメボシは嬉しそうにしていた。主の胡座の真ん中にちょこんと乗り、ニコニコしながら何度も主を見上げている。

(ウフフ。このテントにはフランもイグナもいないのでマスターを独り占めできます。邪魔をするとすればセイバー様ですが、彼はどうもフランのことが気になるみたいですし)

 ヒジリとセイバーは相性が良いのか、会話が弾んでいた。もう一時間は向かい合って談笑している。

 まるで昔からの親友のような仲の良さにウメボシは少々嫉妬するが、それでも主の膝に収まって彼を独り占めしている事に喜んでいた。時折、主の柔らかい股間が背中に当たり、興奮して白目でビクンとする。

 顔を緩ませっぱなしのウメボシだったが、村に侵入した何者かの気配に気がついて、目をカッと見開いた。

 事前に把握したおいた村人以外の何かが、定時広域スキャンに引っかかったのだ。

「生命反応の無い人型が急接近しています。即座に警戒態勢を取って下さい、マスターとセイバー様!」

 が、二人が警戒態勢を取る前にバリバリと音がしてテントが裂けた。その裂け目から無表情の人形が顔を覗かせている。その視線が捉えるのはただ一人。

「見つけた、自由騎士」

 人形は裂け目から体を滑り込ませて、逆手に持った短剣でセイバーを突き刺そうとしたが、ウメボシのフォースシールドがそれを防ぐ。

「とりあえずテントから出るぞ! セイバー!」

「はい!」

 二人が慌ててテントの出入り口から出ると、人形は支柱を蹴って地面を滑るようにして、後を追ってきた。

 蹴られた衝撃で柱は倒れ、テントは音を立てて崩れる。

 ヒジリはパワードスーツを着ておらず、セイバーも下着姿だ。

「どうも油断し過ぎたな。――――蒸着!」

 ヒジリが魔法人形と向かい合って立ち、胸の前で腕をクロスさせると体を光が覆った。

 単にウメボシがパワードスーツを分解して、ヒジリの体の周りで再構成させただけなのだが、その姿を見てセイバーは密かに感動していた。

(あれは! ちょっとかっこいいかもしれない・・・。僕もあんな感じで鎧を着たいものだ)

 テントの柱が崩れる音を聞いて、自警団が集まってきた。集まってきた人の中にはイグナやフラン、エリムスや修道女のメリアもいる。

「二人ともどうしたのぉ? ってキャッ!」

 ヒジリはいつもの――――、肩に稲妻マークの付いた黒い服を着ているが、セイバーは寝間着を持っていなかったので、ボクサーパンツ一枚の格好だった。

「フランとイグナは戦闘に巻き込まれないように下がっていてください。エリムスさん、メリアさん、彼女たちを頼みます。(きっとここなんだ、ここがそうなんだ!)」

 セイバーは謎めいた言葉を呟いて、崩れたテントの中から大盾とバトルハンマーを探し出した。そしてその二つを構えると、真っ直ぐと敵を見据えた。

「フランさんはッ! 僕が守る!」

 何故セイバーがそう言ったのかは判らないが、自分を名指しで守ると言ってくれた彼を見て、フランは頬を染めた。

「な、何で私ぃ?」

 村の隅にある空き地で、メイド姿の魔法人形とオーガ二人は睨み合う。

 人望と品格と圧倒的な強さを兼ね備えていないとなる事ができない自由騎士と、エルダーリッチも恐れない無類の強さを誇る奴隷のオーガ。

 野次馬の誰もが、単体で乗り込んできた小さな魔法人形の負けを確信していた。

 実際、その通りでセイバーのバトルハンマーの一撃が素早く動く魔法人形の軌道を捉え、片脚を粉砕する。

 オーガと向かい合って数秒で劣勢になった魔法人形は、それでも両腕と片脚で地面に着地し、短剣を口に放り込むとゴキブリのように這って動き回り、自由騎士を狙った。大盾に身を隠すセイバーの隙を窺っているのだ。

 人形の口の中には、傷つけた者の存在を消すと言われている魔法の短剣の先端が覗いており、セイバーを常に狙っていた。

「なんだ? 短剣を射出してセイバーを攻撃するつもりか? そうは・・・(あ! 今思いついた!)そうはパンチ!」

「ヒェッ! ・・・?! マ、マスター!? このタイミングで駄洒落ですか? 恥ずかしいです!」

 ウメボシは時と場所を選ばない主の駄洒落を聞いて恥ずかしくなり、瞳を虹色にさせた。

 魔法街灯に照らされて、そこそこ明るい闇の中を――――、閃光パンチと呼ぶにはスマートさに欠ける電撃パンチが音を立てて魔法人形の頬を殴り飛ばした。

「ギギギギ!」

 激しい電流が魔法人形の思考回路を狂わせる。

 人形は苦し紛れに口から短剣を射出させたが、それは甘い狙いのまま飛ぶと自由騎士を傷つける事なく通り過ぎ、野次馬の手前で勢いを失ってポトリと落ちた。それと同時に魔法人形の機能も停止する。

「意外と弱かったな・・・」

 ヒジリはただのゴスロリメイド人形のように転がる魔法人形を見下ろした。

「まぁこのからくり人形はウメボシのような優秀な作りではなかったですからね。ちゃんとした動力源が無いところを見ると、マナで動いていたのでしょう。技術力の無さを無理やり魔法で補っているので、弱くて当然です」

「言うじゃないか、ウメボシ。ハハハハ!」

 実際ウメボシのほうがこの人形よりもかなり優秀なのだが、滅多に大口を叩かない彼女が自慢げにそう言ったのでヒジリは可愛く思えて笑った。

 ヒジリの笑い声を背にして立つセイバーは、自分を狙って飛んできた短剣が気になっていた。

「あの短剣。一応、魔法で鑑定しておくか」

 そう呟いて短剣に近づく。

 セイバーが近づくにつれて短剣が微かに震えだしたが、彼はそれに気づいていない。

 先に気がついていたのは修道女のメリアであった。

「自由騎士様、この短剣は何かがおかしいわ! ああっ! 駄目!」

 短剣は急にメリアの前で浮くと、セイバーに向けて飛ぼうと鋭い先端を向けた。

 それを咄嗟に掴もうとしたメリアは短剣の刃で手を傷つけてしまう。

 すると短剣は魔力を失ったのか地面にカランと音を立てて地面に落ちた。

「痛っ!」

 修道女の悲鳴を聞いてフランが駆け寄る。修道女の手を見ると血は流れていたが傷は浅かった。

「大丈夫? あ! そうだ! メリアさん、私も祈りを試してみていいかな? この傷を治してみたい!」

「ふふふ、そうね、貴方は聖騎士の素質があるし、今すぐ回復の祈りを習得できるかもね。この傷なら丁度いい練習台だわ。昼間に教えた通りにやってご覧、フラン」

 フランは少し興奮しているのか、好奇心で目は輝き、頬が赤い。

 自分にも祈りの奇跡を起こせるかもしれない。目の前にいる憧れのメリアの傷を治せたらどれだけ嬉しいだろうか?

 祈りを習得できるかもしれないという期待と、失敗してメリアを失望させるかもしれない不安が綯い交ぜになる中、両手を合わせて神に祈る。

 どの神に祈ろうか悩んだが、ヒジリやセイバーを見てオーガが信仰する始祖神、星のオーガに祈ってみた。

「見たこともないオーガの神様ぁ・・・。どうかメリアさんの傷を癒やしたまえぇ!」

 そう祈って目を開けると、彼女はどこにもいなかった。まるで最初からそこにいなかったように、掻き消えてしまっていた。

「え? え?」

 姉が急に祈りだしたのを見て、イグナは不思議そうな顔をする。

「どうしたの? フランお姉ちゃん」

「え? だって今の今までここにメリアさんがいたじゃない・・・」

「メリア? 誰?」

「何言っているのよ、村で唯一の修道女のメリアさんよぉ? 何処へ行ったのかしら?」

「ごめんなさい、わからない」

 イグナは、コロネのように悪ふざけやイタズラをするようなタイプではない。魔法街灯に照らされた彼女の顔は嘘をついているようには見えなかった。

「どういう事・・・? いたでしょ! メリアさんが・・・」

 フランは混乱し茫然としている。

 周りにいた野次馬達も彼女の言っている事が全く理解できず、お互いを困った顔で見ると肩をすくめて解散していった。

 セイバーは短剣を鑑定してホッと息を吐く。自分が誰かに助けられたような気がしたが、何故そう思ったのかは判らなかった。

「これが・・・、これがそうだったんだ・・・。フランさんは消滅を免れた! フランさんはこれで助かったんだ・・・。やった! やったぞ! フフフ」

 一人ブツブツ呟くセイバーを見て、ヒジリは怪訝な顔で見つめた。

「これはね、ヒジリさん。傷つけた相手の存在を消す恐ろしい短剣なのです!」

 ヒジリにそう嬉しそうに説明するとセイバーは、破れたテントの生地で短剣を巻いて道具袋にしまった。

 そしてそそくさとテントに埋もれた制服を引っ張り出して着替え、フランに駆け寄り抱き上げた。

「良かった! フランさんが無事で! ん?」

 しかし、フランは涙を流してメリアの名前を呼んでいる。突然憧れの人が消えてしまい、誰もがメリアのことを忘れてしまっているので、悲しくなったのだ。

「メリアさんが、メリアさんが確かに、ここにいたのよぉ・・・。何で皆、彼女のことを忘れてしまったのぉ?」

 セイバーはハッとして鑑定時に短剣が効果を失っていた事を思い出した。短剣は確かに誰かの存在を消したのだ。

「ねぇ、ヒジリもメリアさんの事を忘れちゃったのぉ?」

 ヒジリは顎を擦って理解できないという顔をしたが、それはフランの言葉に対してではなかった。

「いや、彼女はいた。が、フランが祈っている間に消えてしまった。セイバーは短剣を、傷つけられた者の存在を消すものだと説明していたが、詳しくは人を消滅させると同時に、周りの人々に対して忘却の効果を与える魔法なのではないかな。知っての通り私やウメボシには魔法が効かない。だから我々はメリアさんの事を覚えている。フランが何故メリアさんを覚えているのかまでは判らないが・・・」

 ヒジリの言葉を裏付けるように、ウメボシが消えていくメリアの映像を空中に映した。

「ヒジリぃ・・・」

 フランはセイバーから降りるとヒジリに抱きついて号泣した。

 彼女の金髪を撫でながらヒジリは真面目な顔でセイバーを見つめる。

「君は何となくこうなる事を予想していたように見えたが、何故かね? いや、君を疑っているわけではない。何か知っているのであれば教えてほしいのだ、セイバー」

 セイバーはフランを救った事に舞い上がり、言葉の端々でボロを出していた事に気がついて悔やんだ。
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