未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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狂王の下僕

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「まだいたのか・・・」

 ゴデの街手前のゴブリンゲートで、鬼の形相で立つヘカティニスを見てヒジリは思う。

 一体いつまでゴブリン達はこの有能な傭兵をここで燻らせるつもりか。

 グランデモニウム王国は内外問わず小競り合いの多い国とは聞いていたが、今は平和なのかヘカティニスはそこにいる。

 彼女は恨みがましい目をして、人差し指と親指でつまんだ飴をヒジリに見せていた。

「お前はおでに辛いのを食わせた」

 以前ヒジリがあげた飴の中にあったわさび味の飴は、吐き出されてベトベトした状態で包み紙の中にあった。

「大事に持っていたのだな。そんなに私のことが忘れられなかったのか? 嬉しく思うよ」

 ヒジリにしてみればちょっとした冗談だったが、ヘカティニスは動揺する。

「えっ?! お前、おでに想われて、うでしいんか? おでもお前に会えて凄く、うでしいぞ!」

 わさび飴を投げ捨てヘカティニスはヒジリに抱きついた。

 しかしヒジリは冗談だと思ったのか、数年ぶりに会った恋人のようにヘカティニスの銀髪を撫でて、涙の出ていない感動の嘘泣きをした。

「一体、どこへ行っていたのだ? 私がどんなに寂しかったかわかるかね?」

「何言うだ? お前は随分前にここで、手を振って去っていったど。ついてきて欲しければ言えばよかったのに。おではお前となら、どこまでも歩く」

 二人の間柄を知らないシオは、本当の恋人同士だと思って凹んだ。

「だよな・・・。ヒジリみたいなハンサムを女が放っておくわけないよな」

 ウメボシは抱き合う二人を見て頭の中でアラームが鳴った。ヘカティニスは冗談だと思っていないからだ。このままだと、死の竜巻という恐ろしい二つ名を持つ傭兵はヒジリを恋人認定してしまうだろう。

「マスター、冗談はそのくらいにして先を急ぎましょう」

 ウメボシの言葉を聞いてシオは混乱する。

「え? あれは冗談で抱き合っているのか?」

 マサヨシが「ベッ!」と地面に唾を吐いて怒りを露わにした。

「いいよなぁ? ハンサムさんはよぉ? 冗談でもイチャイチャできるから」

 ヘカティニスはヒジリが本気じゃなかったのかどうか不安になり、体を少し離して彼の顔を見た。

「冗談なのか? ふざけて寂しかったって言ったんか?」

 秋の麦畑のような金色の瞳がヒジリを見つめる。

 ヒジリは彼女を見つめ返し、とある変化に気がついた。

 ヘカティニスから不潔さがなくなっていたのだ。以前は垢まみれの顔だったが、今は汚れ一つ無い綺麗な肌だ。脂で汚れて重そうだった銀髪も軽くなり、綺麗なウルフカットである。

 二人は身長が同じなのでヘカティニスは、抱きついたまま唇をヒジリの耳に寄せて囁いた。

「おで、お前のために綺麗になっただ。毎日お風呂に入って、爪の手入れもして、散髪屋にも行って・・・。全てはお前の為だど。父ちゃんや砦の戦士たちに馬鹿にされても、おでは身なりを綺麗にするのを止めずにお前を待っていただ」

 もう殆ど愛の告白である。

 ヒジリは彼女を本気にさせてしまった事を激しく後悔した。

 自然交配をするナチュラルと呼ばれる少数派を除けば、デザインされて人工子宮から生まれてくる殆どの地球人は、行き過ぎた感情や劣情を制御するチップが埋め込まれている。

 なのであまり恋愛感情や性欲は湧かないのだ。

 恋とは何かと聞かれたら辞書に書いてある程度の内容は説明できるが、感覚的なことは何も知らない。更にヒジリの年齢では、まだまだ特別な誰かを好きになるという事はない。

 それでも番になる地球人がいるのは、そういった感情を超越した魂の結びつきだと恋人たちは言う。要は一緒にいて楽しい、癒される等のポジティブな理由で一緒にいるのだ。

 感情の薄いロボットのような地球人であるヒジリは、彼女の好意は嬉しいと感じるがそれ以上の感情はない。

 困った顔でウメボシを見るも、彼女は自分で何とかしろと白けた目で見つめ返してくる。

「そんな事より・・・」

 マサヨシが、もううんざりといった態度で鼻くそを穿った。

「ウマズラタケを採りに行こうぜぇ・・・」

「そ、そうだった。この話はまた今度だ、ヘカティニス」

 ヘカティニスは寂しそうな顔をして、ヒジリの頬にキスをすると体を離した。

「解っただ。また今度話すど。ウマズラタケなら沢山生えている場所、おで知ってる。案内できるど」
 
「しかし、君はここでの仕事があるのではないのかね?」

「いい、今日は休む」

 ゴブリンのゲート責任者が「そんなぁ!」と声を上げた。

「代わりに、砦の戦士のギャラモンをここに呼ぶ。それでいいだろ?」

 ヘカティニスが生まれ育った砦の戦士ギルドは、ゴデの街の数十キロ北にある。

 万年雪原の砦に住む彼らは、時折食料や備品を買いに街までやって来る。今日がその日なのだ。

「でも、ヘカティニス様は今はギルドに属していないじゃないですキャ。本当に連れてこれるんですキャァ?」

 ゴブリンは疑い深い目で見ている。

「大丈夫だ」

 ヘカティニスが音のしない指笛を鳴らすと、五分ぐらいしてからゴデの街の方から、息を切らせて若いオーガが走ってきた。

「なんだよ、ヘカ」

「わりぃな、ギャラモン。お前は今日はここで立つだけの仕事をしろ。それだけでチタン硬貨五枚だ。悪くないだど?」

 ヘカティニスよりも知力が高いのか、普通の喋り方をするギャラモンは「ヒュー」とかすれた口笛を吹いた。

「え? お前そんなに貰ってるのかよ。立ってるだけで? 滅茶苦茶高給取りじゃねぇか。やるやる」

 ヘカティニスがこれでいいだろ? というような表情でゴブリンを見ると、ゴブリンもまぁいいでしょうと承知した。砦の戦士といえば、何度も領土に侵入してくる帝国軍の偵察部隊や、樹族の騎士を退けている戦士の集団だ。

「さぁ行くど、ヒジリとその召使いたち」

「俺たち召使い扱いなのか!✕2」

 透明なシオもマサヨシと同じように不満をもらした。

 


 ゴデの街の貧民街を歩きながら、ヒジリはイシーという名の少女を思い出す。

 道端で珍しくもない花を売って必死にその日を生き延びようとしていた彼女を、あの時ヒジリは可哀想に思った。なので持っていた携帯食料を渡して売り捌くよう言って去ったのだ。

 その後、とある獣人の罠で闘技場の奴隷にされた時に、同じチームにいた彼女の両親を助けている。

「少し寄りたい所があるのだが、いいかな? 様子を見るだけだ」

 それを聞いてウメボシの目が光る。

「もしかして女ですか? マスターはあちこちに現地妻を作ってるのではないでしょうね?」

 背中に浮く魔剣『へし折り』の柄に手を伸ばして、ヘカティニスは険しい顔をした。

「そんなものは、おでが叩き潰す」

 剣というよりも鈍器に近い――――、アイスバーのようなグレートソードは確かに叩き潰すという表現が似合う。

「物騒な事を言うもんじゃないぞ、ヘカティニス。相手はまだ十二歳ぐらいのゴブリンの少女だ」

「ヒジリは若い子が好きなんか? 十九歳のおでじゃ駄目なんか?」

 ピトッと寄り添うヘカティニスにヒジリは苦笑いする。

「そういう意味ではないよ、ヘカティニス。ウメボシも気絶していたから知らないだろうが、私はここでとある少女を助けたのだ。出会った当時、花売りだった彼女は酷く痩せこけていてな。あまりに可哀想だったから、携帯食料を大量に渡して売るように命じたのだ。儲けはこちらが六割ということで。まぁ儲けを回収する気はなかったがね」

 弱肉強食という考え方が根強い闇側の住人には、優しさや慈悲の感情をあまり理解出来ないのか、ヘカティニスは不思議そうに首をひねった。

「何で助けた? 生きる力がない奴は死んで当然だど」

 それを聞いて魔法のマントで透明化しているシオは反発する。

「死んで当然な奴なんているかよ! 何でお前ら闇側の奴らは、弱者を助けねぇんだよ」

 弱者側のマサヨシも頷く。

「そうですぞ、助け合うべきですぞ。(俺は強者になったら容赦なく弱者を切り捨てるけどな、オフフ)」

「生きる力がない奴はぁ。と、と、と淘汰されるのが自然の・・・、せう、せい、摂理。ではお前たち光側は弱者を絶対助けているのか?」

 難しい言葉を使おうとしてヘカティニスは何度もどもったが、最後まで言えた事に満足する。

「絶対ってことはねぇけどよ・・・。相互扶助なら民間レベルで沢山やってるぜ? それに神学庁の僧侶や騎士修道会の修道女が炊き出しとかやってるしよ」

「???」

 シオの言葉はヘカティニスには難し過ぎた。ヒジリが優しく翻訳する。

「彼らはお互い、助け合っているということだよ、ヘカティニス」

「それはここでも同じ。でもそれは皆生きる力があるから助け合える。死にゆく者を助けたところでどうせ死ぬ。なのでお前だは、無駄な事をしているんだど」

 そう言われてヒジリは、ふとロケート団のクローネの話を思い出した。

 樹族国でも弱者の切り捨てはする。体に不具がある子どもを野に捨ててしまう地域も多いし、相互扶助ができない程に貧しい村も多い。

 それにおおよその地域の相互扶助など、同調圧力で課せられる負担のほうが多く、メリットは有って無きが如しだ。

 孤児院を経営しているナンベルは、この地域では凄まじい変人なのだなと解り、可笑しくなった。彼は人殺しもするし、孤児院も経営し子供たちを養う。善悪混合の奇妙な人物だ。

 まぁナンベルは元々変人だが、とヒジリはそう思っていると、シオが杖を振り回してヘカティニスに抗議する。

「でもよ!」

 が、ヒジリがそれを止めた。

「もういい。この話は止めにしよう。私は他人を助けることが出来る力があり、それを行使しただけだ。それだけの事なのだ。助けた後、自力で生き残れるかどうかの保証はしていない。だからこれから確認しに行く。もし彼女が元気ならば力があったという事だ」

 ヒジリの言葉もよく理解出来なかったが、ヘカティニスはそれ以上は何も言わなかった。きっとこの賢くて強いオーガメイジは、何だって上手くやる。愛しい彼がチャンスを与えたゴブリンなら、必ず上手に生き延びているはずだと思ったのだ。




 イシーのいたあばら家を路地裏からこっそりと見ていたヒジリだったが、住人が変わっていた事に驚いた。オークの家族がそこに住んでおり、イシーの姿はどこにもない。

「引っ越したのか。まぁ引っ越せるだけの金があったのだろう。闘技場で助けたイシーの両親も後から合流しただろうし、あの家では手狭になったのだな」

 きっとこの街のどこかにいるかもしれないが、必死になって探すほどの事でもない。予想した結末の中で下から三番目に下らない結果になった事に、ヒジリは少し残念に思う。因みに一番下らない結果とは彼女とその一家が死亡している事だ。

「済まなかったな、皆。付き合わせてしまって」

 シオが別にいいよと言おうとしたが、大通りの方が急に騒がしくなる。

「キャー! 狂王の下僕よ!」

 路地裏から見える大通りで、オークの婦人が悲鳴を上げた。

 雑多な種族の集団が、その夫人を襲おうとしたのでヒジリは跳躍すると集団の真ん中に着地してオークを庇った。

「ウメボシ、この方を安全な場所へ」

「はい、マスター」

 婦人は日傘に仕込んだ刺突剣を構えていたが、ウメボシは彼女を浮かせて大通りに面した家の二階にあるバルコニーへと逃した。

「やめたまえ、君たち。なぜ他人を襲う」

 しかし彼らはヒジリの話を聞こうとはしない。涎を垂らしながらオーガが襲い掛かってくる。

 ―――ドカッ!

 横からヘカティニスの魔剣が突き出され、視点が定まっていない奇妙なオーガは吹き飛んだ。

「無駄だど、ヒジリ。そいつらは狂ってるから」

「どういう意味かね?」

「まんまだ。狂ってる。奴らは狂王の遊び道具になっただ」

「狂王?」

「ああ、この国の王様だど」

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