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街道のヘカティニス
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ゴブリンを肩に乗せたオーガが街道を高速移動するが、誰も彼らを見て怯えたりするものはいなかった。この国でオーガメイジはただ一人、英雄子爵のオーガしかいないからだ。
その横をイービルアイが豚人を浮かせて牽引していく。この英雄オーガには豚人の知り合いがいるという噂があったので、道行く人はあれがそうなのかとマサヨシを見ている。
自分が樹族国の住人に豚人だと思われているとは知らないマサヨシは、空中をスイスイ泳いでヒジリに近づく。
「そういやヒジリ氏ー。一回負けた事あるんだってなー」
「ん? ああ、エリムスにやられたな」
「なんで負けたんだ?」
「私もウメボシも、対ビームコーティングをしてなかった上に、油断していたからな。ウメボシは全ての防御を私に集中させていたので、自身に投げられたビームダガーを防げなかったのだ。以前にビームダガーを見て、その存在を知っていたのだが・・・。慢心が起こした敗北とも言える」
「今は大丈夫なのかな?」
「勿論。当時は遮蔽フィールドに遮られて孤立無援だったのでね。百年前の兵器の対策など全くしていなかったのだ。今は宇宙船を通じて地球にも帰れるし、装備も一新出来た」
「最近はいつ帰りましたかな?」
「この国は興味深いのでね、エリムスに負けて以来、帰っていない。それと遮蔽フィールドに宇宙船に通じる穴が空いているとはいえ、ゆらぎがある。なので結構な確率で、希薄な遮蔽フィールドの中を通過する可能性がある。そこを通過すると私の体内のチップやらナノマシンに、不具合が生じるので何度も行き来する事は危険なのだ」
「大変ですなぁ。っていうか体内にチップやらナノマシンがあるとか・・・。ヒジリ氏は殆どアンドロイドみたいなものですぞ」
「うむ。そんなに大差はないな。なのでアンドロイドと結婚する者もいるし、最近ではホログラムと結婚したいと言いだす者までいる」
「あー、それわかりますぞ。二次元美少女に惚れるオタクみたいなもんでそ? オフフ」
「いや、それほど特殊な話でもないがね。社会はあらゆる番を容認している。我々は精神の繋がりを重要視するからな」
「でもそこには生々しい恋愛感情は無いんでそ? それってどうなのかな? 本当に生きていると言えるのかな?」
「我々は進化の過程で肉欲を捨て・・・」
とヒジリは言いかけたが、制御チップで感情を抑制されている自分たちは、本当に人間という生き物として正しいのだろうかと疑問に思った。
地球にいる少数派のナチュラルを容認しながらも、心のどこかで彼らを見下している。肉の繋がりは下等だという意識があるのだろう。
ナチュラルからしてみれば、デザインドの赤ん坊は培養器の中から生まれ、希薄な愛情の中で育てられているように見える。幼いうちから親と触れ合う機会は少なく、四六時中アンドロイドが傍にいて世話を焼く。
自分の場合は、祖父母からも両親からも沢山の愛情を注いでもらったが、それは稀な事だったのだ。
黙りこくるヒジリを見て、もうこの話題に興味が無くなったマサヨシは、別の話題を振った。
「ネココちゃんは獣人国の、リオンだっけ? で上手く暮らしていけますかな? 両親はもう国に歯向かう気は無かったみたいだから、あの茨の庭で暮せば良かったのに」
「そうはいくまい。直ぐにでも死んだマムシを調べにジュウゾ達があの庭へやって来る。あそこにネココが留まっていれば根掘り葉掘り調べられて、最終的に拷問部屋行きだ」
「おわっ! 恐ろしいですな・・・」
「ここは我々のような平和ボケをした間抜けの常識が通じる星ではないのだよ。マサヨシも気をつけたまえ」
突然、ウメボシが短いサイレン音を鳴らす。
「マスター、この先で戦闘が発生しております」
「街道にモンスターが現れたのか?」
「はい、冒険者がオーガと戦っていますね。――――あれは!」
ウメボシが倍率を上げて見たオーガは、見覚えのある顔だった。
「ヘカティニス様です! 更に冒険者の中にはエリムス様もいます!」
「ふむ、厄介だな。というか、どうやって樹族国へ侵入した? ヘカティニス程の実力者なら、樹族の冒険者など敵ではない。となるとエリムスが危ないな。飛ばすぞ」
幅広のグレートソードが団扇のように冒険者達を薙ぎ払うが、冒険者たちはその緩やかな攻撃を忌々しそうに見つめ、躱す。
女オーガは本気を出していないのか、欠伸をしながら攻撃をしているのだ。
「ふざけおって! 私が貴族から冒険者に身を落とした事を馬鹿にしているのだな?」
エリムスは激怒するも、仲間の樹族が突っ込む。
「それは関係ないと思います、エリムス様。オーガがエリムス様の事情など知るはずもないので」
女はそう言いながらも手で印を結んで【暴風】でヘカティニスを押しやろうとした。
簡単な魔法であれば詠唱を省いて印だけで素早く発動できる。自身の能力が魔法の威力に影響しない【眠れ】や【暴風】などの魔法は印で発動したほうが効率が良いのだ。
ヘカティニスは魔剣を盾にすると【暴風】で飛んでくる砂粒や石から身を守った。
「お前ら弱そうだかだな。やる気がでんのよ」
そう言われて冒険者たちは激昂する。
「なんだとー! 俺様はドラゴン(の子供)を仕留めた事があるんだぞ!」
レンジャーの地走り族が弓を構えて、ヘカティニスに矢を放った。
マナを練って鏃にした矢は一直線にヘカティニスに向かって飛ぶが、軌道が素直過ぎて簡単に魔剣で弾かれる。
「ほだな? お前らは退屈だ。どっかいけ」
「そうはいきませんよ! 私たちは街道警備や怪物討伐を生業にしているのです。もし貴方を見逃せばこの『エリムスと愉快な仲間達』は信用を失って仕事を回してもらえなくなります!」
「知った事か。あほどもめ」
「っていうか、貴方は誰なんですか? 堂々と樹族国へ侵入するなんて大胆過ぎますよ!」
「おでか? おでの名はヘカティニス。砦の戦士ギルドのゴールキ将軍の一番下の娘だ。でもギルドには・・・しょ・・・しょ・・・所属していない。一匹狼の傭兵だど」
風がヘカティニスの銀髪を撫でる。退屈そうな顔をする彼女は髪を手で押さえて視界を保った。油断しているように見えてどんな時でも敵から目は離さない。
「へ、へ、ヘカティニス~~~!?」
エリムス以外の五人全員が武器を落として、腰を抜かした。
「迷いの雪原に侵入してきた帝国の鉄騎士達を! 一人で千人倒したという! あの?」
エリムスを慕う眼鏡の魔法剣士は、眼鏡を直してそう言った。
「千人も倒してねぇど。精々百人の内の五十人程度だ。それにあいつら勝手に凍死するアホばっかりだった」
「いやいやいやいや、鉄騎士は鍛え抜かれたエリートオーガですよ? 一人で百人の獅子人と渡り合えると言われているほど強力な騎士を五十人も倒せるわけないでしょうが!」
「煩いな。倒せたものは倒せたんだ。試してみるか?」
疑われて腹が立ったのか、ヘカティニスの金色の瞳が光って目が険しくなった。
「ひえぇ! エ~リムス様ぁ~! なんとかしてください~!」
魔法剣士はまた腰を抜かし、エリムスの後ろに隠れた。
「うむぅ・・・。ヘカティニスは我々を殺す気はなさそうだな。騎士として背中を見せるのは恥ずかしい事だが、撤退するか。メイ!」
「エリムス様はもう騎士じゃないですよぉ~。なので逃げても騎士の典範に背きません。さぁ逃げましょう!」
もう騎士じゃないと言われて、エリムスはカチンと来る。
「心は騎士のままだ! お前たちは勝手に逃げるがいい! 腰抜けのクズどもが!」
意地になった騎士兼メイジのエリムスは、構えていた魔法の盾を背中に浮かせ、メイスを腰に戻すとワンドを胸ポケットから取り出した。
「どの道、私を待ち受けているのは惨めな冒険者人生だけだ。貴族に返り咲く事など! 夢のまた夢! ならばヘカティニスに一撃を畳み込む名誉を取る!」
「エリムス様ぁ~!」
逃げていく仲間とエリムスの間で、メイはオロオロしている。
「さっさと行け! メイ。それから・・・ゴホン。ジブリット家専属メイドだったお前が貴族の身分を捨ててまで、私についてきてくれた事に感謝する。見返りもないのに忠誠を尽くしてくれたお前のことが、私は好きだった!」
「そんな~! 今それを言うのは、ずるいですぅ~!」
「いいから行け!」
ヘカティニスは金色の瞳をぐるりと回して溜息をつく。
「もういいか?」
「ああ。私は名門ジブリット家の長男! 遺跡守りに呪われた身だったとはいえ、一度は英雄子爵のオーガを倒した男! エリムス・ジブリットだ! 全力をもって貴様を討つ!」
そう名乗った時には既に詠唱を終えており、真空の刃が渦巻く竜巻がヘカティニスを襲っていた。
ヘカティニスは魔剣を盾にして顔だけを守る。体は魔法防御力の高いミスリル銀のフルプレートで守られているからだ。
「どうだ! 私の全力の【真空の竜巻】は! ジブリット家に伝わる一子相伝の風魔法! これを食らって生き延びた者はいないぞ!」
ブンと音がして魔剣の一振りで竜巻はかき消された。顔中切り傷だらけで血塗れではあるが、ヘカティニスに致命傷はない。
「知ってっか? 旋風に旋風をぶつけると二つとも消えるんだど」
エリムスは顎を外して驚く。
「ばばば、馬鹿な。そんな無茶苦茶な話があるか! 魔法の竜巻をかき消すだけの魔力が! あの女にあると言うのか!」
魔剣で肩を叩く化け物じみたオーガは、退屈そうに言う。
「もう飽きてきたのでお前を叩き潰すが、いいか?」
いいか? と聞かれて誰が、はい! わかりました! 死にます! と言う馬鹿がどこにいるだろうか?
全てのマナを注ぎ込んで放った渾身の魔法は、オーガにかすり傷を与えただけなので、エリムスの戦意は急激に萎えていった。
「戦闘経験の差か・・・? そういえば! 戦闘経験が豊富で心に余裕のある者ほど、レジスト率が高くなると聞いた事がある」
エリムスはワンドを落とすと、四つん這いになり愕然とした。
「一子相伝の魔法なのだぞ! この魔法で父上は戦場でのし上がり、侯爵まで登りつめたのだ。なのに! そんな・・・」
「エリムス様ぁ~!」
メイが今にもショックで気絶しそうなエリムスに覆いかぶさってヘカティニスを見る。
「お願いです! この人だけは殺さないでください! 代わりに私が死にますから!」
緑色のクリクリのショートヘアには、恐怖で汗の玉が付いている。
「駄目だ。そいつは戦士として死ぬ覚悟があったかだ、おでに名乗った。ここで死ななければ、そいつは戦士の園には行けない。このまま逃げてどこかで死ねば、きっと悪霊と化す」
魔剣へし折りがグワっと持ち上がる。エリムスもメイも息を止めて目を瞑って祈った。
(ああ、神様!)
―――フォン!
自分たちに人影が差したかと思うと、奇妙な音が辺りに響き渡る。
「そこまでだ、ヘカティニス」
メイが恐る恐る目を開けると、そこには魔剣を両手で挟むオーガが自分達を庇うようにして立っていた。
「マスター。かっこ悪いです・・・」
ヒジリは真剣白刃取りに失敗しており、頭をフォースシールドによって守られている。
イービルアイにマスターと呼ばれたオーガの耳は、リンゴの皮のように真っ赤になっていた。
その横をイービルアイが豚人を浮かせて牽引していく。この英雄オーガには豚人の知り合いがいるという噂があったので、道行く人はあれがそうなのかとマサヨシを見ている。
自分が樹族国の住人に豚人だと思われているとは知らないマサヨシは、空中をスイスイ泳いでヒジリに近づく。
「そういやヒジリ氏ー。一回負けた事あるんだってなー」
「ん? ああ、エリムスにやられたな」
「なんで負けたんだ?」
「私もウメボシも、対ビームコーティングをしてなかった上に、油断していたからな。ウメボシは全ての防御を私に集中させていたので、自身に投げられたビームダガーを防げなかったのだ。以前にビームダガーを見て、その存在を知っていたのだが・・・。慢心が起こした敗北とも言える」
「今は大丈夫なのかな?」
「勿論。当時は遮蔽フィールドに遮られて孤立無援だったのでね。百年前の兵器の対策など全くしていなかったのだ。今は宇宙船を通じて地球にも帰れるし、装備も一新出来た」
「最近はいつ帰りましたかな?」
「この国は興味深いのでね、エリムスに負けて以来、帰っていない。それと遮蔽フィールドに宇宙船に通じる穴が空いているとはいえ、ゆらぎがある。なので結構な確率で、希薄な遮蔽フィールドの中を通過する可能性がある。そこを通過すると私の体内のチップやらナノマシンに、不具合が生じるので何度も行き来する事は危険なのだ」
「大変ですなぁ。っていうか体内にチップやらナノマシンがあるとか・・・。ヒジリ氏は殆どアンドロイドみたいなものですぞ」
「うむ。そんなに大差はないな。なのでアンドロイドと結婚する者もいるし、最近ではホログラムと結婚したいと言いだす者までいる」
「あー、それわかりますぞ。二次元美少女に惚れるオタクみたいなもんでそ? オフフ」
「いや、それほど特殊な話でもないがね。社会はあらゆる番を容認している。我々は精神の繋がりを重要視するからな」
「でもそこには生々しい恋愛感情は無いんでそ? それってどうなのかな? 本当に生きていると言えるのかな?」
「我々は進化の過程で肉欲を捨て・・・」
とヒジリは言いかけたが、制御チップで感情を抑制されている自分たちは、本当に人間という生き物として正しいのだろうかと疑問に思った。
地球にいる少数派のナチュラルを容認しながらも、心のどこかで彼らを見下している。肉の繋がりは下等だという意識があるのだろう。
ナチュラルからしてみれば、デザインドの赤ん坊は培養器の中から生まれ、希薄な愛情の中で育てられているように見える。幼いうちから親と触れ合う機会は少なく、四六時中アンドロイドが傍にいて世話を焼く。
自分の場合は、祖父母からも両親からも沢山の愛情を注いでもらったが、それは稀な事だったのだ。
黙りこくるヒジリを見て、もうこの話題に興味が無くなったマサヨシは、別の話題を振った。
「ネココちゃんは獣人国の、リオンだっけ? で上手く暮らしていけますかな? 両親はもう国に歯向かう気は無かったみたいだから、あの茨の庭で暮せば良かったのに」
「そうはいくまい。直ぐにでも死んだマムシを調べにジュウゾ達があの庭へやって来る。あそこにネココが留まっていれば根掘り葉掘り調べられて、最終的に拷問部屋行きだ」
「おわっ! 恐ろしいですな・・・」
「ここは我々のような平和ボケをした間抜けの常識が通じる星ではないのだよ。マサヨシも気をつけたまえ」
突然、ウメボシが短いサイレン音を鳴らす。
「マスター、この先で戦闘が発生しております」
「街道にモンスターが現れたのか?」
「はい、冒険者がオーガと戦っていますね。――――あれは!」
ウメボシが倍率を上げて見たオーガは、見覚えのある顔だった。
「ヘカティニス様です! 更に冒険者の中にはエリムス様もいます!」
「ふむ、厄介だな。というか、どうやって樹族国へ侵入した? ヘカティニス程の実力者なら、樹族の冒険者など敵ではない。となるとエリムスが危ないな。飛ばすぞ」
幅広のグレートソードが団扇のように冒険者達を薙ぎ払うが、冒険者たちはその緩やかな攻撃を忌々しそうに見つめ、躱す。
女オーガは本気を出していないのか、欠伸をしながら攻撃をしているのだ。
「ふざけおって! 私が貴族から冒険者に身を落とした事を馬鹿にしているのだな?」
エリムスは激怒するも、仲間の樹族が突っ込む。
「それは関係ないと思います、エリムス様。オーガがエリムス様の事情など知るはずもないので」
女はそう言いながらも手で印を結んで【暴風】でヘカティニスを押しやろうとした。
簡単な魔法であれば詠唱を省いて印だけで素早く発動できる。自身の能力が魔法の威力に影響しない【眠れ】や【暴風】などの魔法は印で発動したほうが効率が良いのだ。
ヘカティニスは魔剣を盾にすると【暴風】で飛んでくる砂粒や石から身を守った。
「お前ら弱そうだかだな。やる気がでんのよ」
そう言われて冒険者たちは激昂する。
「なんだとー! 俺様はドラゴン(の子供)を仕留めた事があるんだぞ!」
レンジャーの地走り族が弓を構えて、ヘカティニスに矢を放った。
マナを練って鏃にした矢は一直線にヘカティニスに向かって飛ぶが、軌道が素直過ぎて簡単に魔剣で弾かれる。
「ほだな? お前らは退屈だ。どっかいけ」
「そうはいきませんよ! 私たちは街道警備や怪物討伐を生業にしているのです。もし貴方を見逃せばこの『エリムスと愉快な仲間達』は信用を失って仕事を回してもらえなくなります!」
「知った事か。あほどもめ」
「っていうか、貴方は誰なんですか? 堂々と樹族国へ侵入するなんて大胆過ぎますよ!」
「おでか? おでの名はヘカティニス。砦の戦士ギルドのゴールキ将軍の一番下の娘だ。でもギルドには・・・しょ・・・しょ・・・所属していない。一匹狼の傭兵だど」
風がヘカティニスの銀髪を撫でる。退屈そうな顔をする彼女は髪を手で押さえて視界を保った。油断しているように見えてどんな時でも敵から目は離さない。
「へ、へ、ヘカティニス~~~!?」
エリムス以外の五人全員が武器を落として、腰を抜かした。
「迷いの雪原に侵入してきた帝国の鉄騎士達を! 一人で千人倒したという! あの?」
エリムスを慕う眼鏡の魔法剣士は、眼鏡を直してそう言った。
「千人も倒してねぇど。精々百人の内の五十人程度だ。それにあいつら勝手に凍死するアホばっかりだった」
「いやいやいやいや、鉄騎士は鍛え抜かれたエリートオーガですよ? 一人で百人の獅子人と渡り合えると言われているほど強力な騎士を五十人も倒せるわけないでしょうが!」
「煩いな。倒せたものは倒せたんだ。試してみるか?」
疑われて腹が立ったのか、ヘカティニスの金色の瞳が光って目が険しくなった。
「ひえぇ! エ~リムス様ぁ~! なんとかしてください~!」
魔法剣士はまた腰を抜かし、エリムスの後ろに隠れた。
「うむぅ・・・。ヘカティニスは我々を殺す気はなさそうだな。騎士として背中を見せるのは恥ずかしい事だが、撤退するか。メイ!」
「エリムス様はもう騎士じゃないですよぉ~。なので逃げても騎士の典範に背きません。さぁ逃げましょう!」
もう騎士じゃないと言われて、エリムスはカチンと来る。
「心は騎士のままだ! お前たちは勝手に逃げるがいい! 腰抜けのクズどもが!」
意地になった騎士兼メイジのエリムスは、構えていた魔法の盾を背中に浮かせ、メイスを腰に戻すとワンドを胸ポケットから取り出した。
「どの道、私を待ち受けているのは惨めな冒険者人生だけだ。貴族に返り咲く事など! 夢のまた夢! ならばヘカティニスに一撃を畳み込む名誉を取る!」
「エリムス様ぁ~!」
逃げていく仲間とエリムスの間で、メイはオロオロしている。
「さっさと行け! メイ。それから・・・ゴホン。ジブリット家専属メイドだったお前が貴族の身分を捨ててまで、私についてきてくれた事に感謝する。見返りもないのに忠誠を尽くしてくれたお前のことが、私は好きだった!」
「そんな~! 今それを言うのは、ずるいですぅ~!」
「いいから行け!」
ヘカティニスは金色の瞳をぐるりと回して溜息をつく。
「もういいか?」
「ああ。私は名門ジブリット家の長男! 遺跡守りに呪われた身だったとはいえ、一度は英雄子爵のオーガを倒した男! エリムス・ジブリットだ! 全力をもって貴様を討つ!」
そう名乗った時には既に詠唱を終えており、真空の刃が渦巻く竜巻がヘカティニスを襲っていた。
ヘカティニスは魔剣を盾にして顔だけを守る。体は魔法防御力の高いミスリル銀のフルプレートで守られているからだ。
「どうだ! 私の全力の【真空の竜巻】は! ジブリット家に伝わる一子相伝の風魔法! これを食らって生き延びた者はいないぞ!」
ブンと音がして魔剣の一振りで竜巻はかき消された。顔中切り傷だらけで血塗れではあるが、ヘカティニスに致命傷はない。
「知ってっか? 旋風に旋風をぶつけると二つとも消えるんだど」
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「戦闘経験の差か・・・? そういえば! 戦闘経験が豊富で心に余裕のある者ほど、レジスト率が高くなると聞いた事がある」
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「一子相伝の魔法なのだぞ! この魔法で父上は戦場でのし上がり、侯爵まで登りつめたのだ。なのに! そんな・・・」
「エリムス様ぁ~!」
メイが今にもショックで気絶しそうなエリムスに覆いかぶさってヘカティニスを見る。
「お願いです! この人だけは殺さないでください! 代わりに私が死にますから!」
緑色のクリクリのショートヘアには、恐怖で汗の玉が付いている。
「駄目だ。そいつは戦士として死ぬ覚悟があったかだ、おでに名乗った。ここで死ななければ、そいつは戦士の園には行けない。このまま逃げてどこかで死ねば、きっと悪霊と化す」
魔剣へし折りがグワっと持ち上がる。エリムスもメイも息を止めて目を瞑って祈った。
(ああ、神様!)
―――フォン!
自分たちに人影が差したかと思うと、奇妙な音が辺りに響き渡る。
「そこまでだ、ヘカティニス」
メイが恐る恐る目を開けると、そこには魔剣を両手で挟むオーガが自分達を庇うようにして立っていた。
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これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
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