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村を去る
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マサヨシは何かが気化していくオンブルの胸の穴を押さえて叫ぶ。
「出でよ!クソビッチ・テコキコフ!」
召喚に応じて光の柱から天使クソビッチ・テコキコフが現れた。
「お呼びですか?ご主人様」
「彼女の傷を癒せ!完全に!」
「かしこまり!」
最上の癒しの光がオンブルを包み込む。
「治癒完了です、ご主人様!」
「オンブルちゃん?」
マサヨシは回復したオンブルを優しく揺すってみる。何も反応がないのでマサヨシは天使を振り返って怒鳴った。
「ほんとに治したのかよ!クソビッチ!」
「ええ、傷は治しましたよ?でも影人は時間と思い出で出来ていますから、大きな怪我の場合は傷を治しただけじゃ治りません。彼女は体を構成するそれらが元々不足してましたし」
「じゃあどうやったら治る?」
「それは流石に私にもわかりませんよぉ。私、影人じゃないですから」
「役立たずが!さっさと帰れ!」
「報酬は?」
「次回だ!」
「おお、怖い怖い。こんな怖いご主人様は初めてですね。いつかこんな日が来ると思っていたのですよ。これも自然の摂理を歪めた報いかもしれませんね」
「うるさい!」
睨み付けてくるマサヨシにクソビッチは肩を竦めてため息をつくと消えていった。
「村長!出てこいよ!村長!」
家の中に隠れていた村長らしき影が急いで走り寄って来る。
「オンブル!・・・ああ、これは・・・」
「驚いている暇があったら治療法を教えてくれ!」
村長は首を横に振った。
「彼女はもう駄目です・・・」
「そんな!駄目っていってもこっちの世界の体の話だろ?本体は大丈夫なんだよな?」
もう一度首を振る村長を見てマサヨシは細い目からボタボタと涙を零した。
「なんでだよ!なんで・・・。俺は・・・俺は・・・。本当にオンブルの事が好きだったんだ!なんでだよ・・・神様・・・俺はオンブルと幸せになっちゃいけないのかよ!」
オンブルの胸の上で泣くマサヨシを見て村長は「この方法なら・・・」と自信なさげに声を掛けた。
「聞いてください、マサヨシさん。宝物庫に、振り返りの呼び水というアイテムがあります。そのアイテムは未来から過去に戻る為のアイテムなのですが、今が懐かしいと思えるほどの過去になるまで効果を発揮しません。箱や引き出しなどに帰りたい時間を思い出しながら振り返りの呼び水を撒いて、時間が熟成する時を待てばマサヨシさんは過去に戻って彼女の死を阻止できるでしょう」
「だとしたら・・・。もう既に彼女は助かっていなければならない・・・」
カワ―が蒼白な顔でマサヨシの前に膝をついた。
「すまない・・・。マッサ・・・マサヨシ殿・・・」
人に頭を下げるような性格に見えないカワ―が頭を下げたのでマサヨシは驚く。
「どういう事だよ・・・。何でカー坊が頭を下げるんだ?」
「その振り返りの呼び水でこの時代に来たのが私だからだ・・・」
「こんな時に胸糞悪い冗談を言うな!いくらカー坊でも許さんぞ!」
「・・・」
カワ―は頭を下げて視線をマサヨシと合わそうとはしなかった。
「私は未来から来た帝国鉄騎士団の鉄騎士だ。下らない理由で皇帝顧問殿の部屋に忍び込んで、封印してあった引き出しを開けてしまった・・・」
「うそだ!」
「嘘じゃない。・・・未来では我がバンガー家はフーリー家との勢力争いに敗れ衰退している。ヒジランドの王、ヒジリ陛下は寿命の近いヴャーンズ皇帝陛下に頼まれてツィガル帝国を引き継ごうかどうか迷っている。ヒジリ陛下の息子ヤイバは母親のリツ団長のいる鉄騎士団に入り、マサヨシ殿の戦略とセイバー殿の戦術のお蔭で戦争で武功をあげ名誉を欲しいままだ。彼の二つ名は動く魔法要塞。その名の通り鉄騎士にしてメイジ。いの一番に戦場に出ては魔法で多くの敵を倒し・・・」
「もういい・・・。ヤイバがヒジリの息子だって事は知ってる。今思い出した・・・。ヤイバとその親友が一度だけ地下図書館に来た事があるってヒジリが言ってた。名前は・・・そうカワ―・バンガー。カー坊の事じゃん・・・」
「・・・」
「マサヨシ殿・・・。カワー殿」
黙って頭を下げるカワ―とマサヨシが村長は気の毒でならなかった。彼にはなんとなく影人の能力で解るのだ。もうこの歴史は修正がきかないと。今がその結果なのだから。
幾らでも変わる出来事もあれば頑として動かない出来事もある。ここでの出来事は変わらないのだ。今マサヨシがこの結果を知って未来への対策をとったところでカワーは何度でもこの時間にやってくる。
そしてオンブルは生き返らない。いやまだ死んではいないが、死を受け入れる運命しか残っていないのである。
マサヨシは涙を拭いて、生きているのか死んでいるのか判らないオンブルを抱きしめて言う。
「彼女は今、どういう状態?」
「もう間もなく死を迎える状態です」
「時間を止めて彼女を保管する事は出来る?」
「ええ、宝物庫にそのようなアイテムがあったはずです」
「じゃあ、悪いけどすぐにオンブルをそのアイテムで保管して。もしかしたら未来の俺が解決法を思いつくかもしれないでつから・・・。鉄傀儡から村を救ったんだから、それぐらいはしてくれるよな?」
村長に背を向けるマサヨシの静かな圧力に負けて村長は返事をする。
「マサヨシ殿はそれだけの事を貴方はしてくださいました・・・。言われた通りにします。皆!彼女を直ぐに時止まりの棺の中へ・・・」
村長は手をあげて合図をすると村人たちを呼び寄せる。
集まってきた影人達は名残惜しそうにオンブルに頬ずりをするマサヨシからから彼女を離し、抱き上げると宝物庫へ走って行った。
辛い思い出の残るこの村で数日間を過ごすのはマサヨシにとって苦痛だった。黒くて艶々だった髪は白髪が混じり頬は少し痩せこけていた。
毎日、オンブルの棺の前で泣いている彼を見るのは村人たちも忍びなかった。マサヨシの悲しみを共有してしまった影人は涙をポロポロ零してその様子を見ている。
「本当にオンブルの事を愛していたんだなぁ・・・。マサヨシさんは」
マサヨシとリンクしていない影人は冷たくそれに答える。
「影人とオーガ・・・。どの道、結ばれたかどうかは判らないがね・・・。二人は殆ど一目惚れに近かったし」
「そんな事言うなよ。愛に時間も種族も関係ないんだよ」
村で過ごす時間は終わりが近づき、マサヨシもカワーも今日で村を出ていく事となった。
マサヨシはあまり村人に気を使わすのも悪いと思ったのかニコニコしている。
「もう大丈夫でつよ、皆。滞在中は気を使わせてすまんかった」
村長は少しホッとして笑顔のマサヨシに握手をする。
「マサヨシ殿が立ち直ってくれて良かったです。我が影人の一人をここまで愛してくれた種族は貴方だけです。とても貴重な時間となりました。約束通り、能力封じのダイスと高レベル召喚魔法、時壊しの砂時計・・・。それから、これは振り返りの呼び水・・・」
「どの道、失敗すると解っているのに何でそれを俺に渡すんでつか?それにアイテムを貰える権利は最初の三つで消えたはず」
マサヨシは寂しい顔をして横を向いた。
「ここで渡しても渡さなくても固定された歴史は繰り返します。でしたら、この水を撒く事はオンブルへの供養だと思って・・・」
「オンブルはまだ死んじゃいない!勝手に殺すな!」
村長が差し出した振り返りの呼び水の入った小瓶を振り払おうとしたマサヨシだったが、それを止めて小瓶を手に取った。
「必ず彼女を蘇らせる。何年、何十年かけても。俺はこの世界では死なないんだ。何度失敗しても何度だって蘇る事が出来る。本体が死ぬまでは。いや本体が死んで幽霊になっても彼女を蘇らせるさ」
マサヨシは小瓶を受け取ると懐にしまって、カワ―に振り向いた。
「カワ―、少し耳を貸してくれるかな?」
カワ―がマサヨシに顔を寄せると、目の前に星が飛んだ。マサヨシがカワーの頬を渾身の力で殴ったのだ。
「これはケジメだ。お前は人の部屋に入り込んで勝手に封印の引き出しを開けた」
「うむ・・・。言い訳はしない」
「よし。それでは村長さん、一週間お世話になりました。俺は必ずこの村に帰ってきます。その時はオンブルを生き返らせる事が出来ると確信しているでしょうし、村人の一員になる覚悟で来ていると思いますので、もう一度村に入れてくれませんか?それだったら掟を破る事にはならないと思うのでつ」
「ええ、それは構いませんが・・・。本当にそれでいいのですか?基本的に世界と隔離された村で一生を過ごす事になるのですよ?」
「いいんでつ。オンブルちゃんと一緒に過ごせるならそれで・・・。それに影人は貴重なアイテムを収集する習性があるでそ?俺はそのアイテム収集員になりたいのでつ」
「ああ!それなら!はい!わかりました。それではマサヨシ殿の帰りをお待ちしております。我ら影人は自分の時間や記憶を失わない限りいつまでも生き続ける種族。言葉通り、いつまでもお待ちしておりますぞ」
貰ったアイテムをリュックサックにしまうとマサヨシは村長と握手をして村を囲う霧へと歩き出した。
ツィガル城下町の宿屋について直ぐにカワーは手紙を書いて、桃色城へと配達してもらった。
配達員を見送って直ぐに、ブーンという重低音と共に部屋の中に灰色の渦が現れ、渦は穴となった。
穴から眼鏡をかけた親友が呆れ顔でこちらを見ている。
「全くもう!君という奴は!父さんが手紙を見せてくれなければ君はずっとこの世界にいたままだったのだぞ!帰ったら父さんに礼を言ってくれ。それからちゃんとマサヨシさんに謝ったのか?」
「僕の頬を見れば解るだろう」
カワーの一人称が私から僕に変わった。親友のヤイバの前ではそうなのだ。
ヤイバは少し腫れているカワーの頬を見て笑う。
「ぷはっ!まさか!温厚なマサヨシさんに殴られるなんて!」
「笑いごとじゃない・・・。僕は彼に酷い事をしてしまった」
「道理でずっと君を避けてたわけだよ、マサヨシさんは」
「・・・」
「ほら、元気だせ。ところでマサヨシさんは?」
「ここに到着した途端、図書館に向かった。きっとオンブルを蘇らせる手段を探すのだと思う」
「そっか・・・。これに懲りたら人の部屋に勝手に忍び込まない事だな、カワ―」
「ああ、そうするよ。それからヤイバ。僕は君の部屋に何度も忍び込んでいる。すまない」
「知ってるさ。僕は部屋に置いている物の配置を完璧に覚えているからね。少しでも動くとすぐに解る」
「じゃあ知ってて、知らぬふりを?」
「うん。君は唯、部屋に入って僕の思い出の品を眺めているだけだったから」
「僕は君の親友なのに、自分の知らない君がいる事が許せなかったんだ」
「解ってるさ。僕はもっと君と話をするべきだった。さぁこちらの世界へ。沢山話をしなくちゃな!」
穴を両手両足で押し広げるヤイバは、股を大きく開いた。
「さぁ早く穴を通って」
「僕に君の股をくぐれというのかね?僕は名門バンガー家の・・・」
「いいから、は、早く。穴を押し広げる手足が痺れてきた・・・」
「前はもっとシュッと移動出来たじゃないか」
「あの時は傍にウメボシさんがいたからだろ。穴が閉じる前に念力で引っ張ってくれた」
「そうだったか?」
カワ―は不本意ながらヤイバの股をくぐって向こう側へと行く。
「で、君の知らない僕の話となると家族との話ばかりになるけど・・・。ミト湖でのクラーケンの話はしたかな?あの時は・・・」
ゆっくりと閉じていく穴からヤイバの昔話が暫く聞こえ、それも聞こえなくなった。
「出でよ!クソビッチ・テコキコフ!」
召喚に応じて光の柱から天使クソビッチ・テコキコフが現れた。
「お呼びですか?ご主人様」
「彼女の傷を癒せ!完全に!」
「かしこまり!」
最上の癒しの光がオンブルを包み込む。
「治癒完了です、ご主人様!」
「オンブルちゃん?」
マサヨシは回復したオンブルを優しく揺すってみる。何も反応がないのでマサヨシは天使を振り返って怒鳴った。
「ほんとに治したのかよ!クソビッチ!」
「ええ、傷は治しましたよ?でも影人は時間と思い出で出来ていますから、大きな怪我の場合は傷を治しただけじゃ治りません。彼女は体を構成するそれらが元々不足してましたし」
「じゃあどうやったら治る?」
「それは流石に私にもわかりませんよぉ。私、影人じゃないですから」
「役立たずが!さっさと帰れ!」
「報酬は?」
「次回だ!」
「おお、怖い怖い。こんな怖いご主人様は初めてですね。いつかこんな日が来ると思っていたのですよ。これも自然の摂理を歪めた報いかもしれませんね」
「うるさい!」
睨み付けてくるマサヨシにクソビッチは肩を竦めてため息をつくと消えていった。
「村長!出てこいよ!村長!」
家の中に隠れていた村長らしき影が急いで走り寄って来る。
「オンブル!・・・ああ、これは・・・」
「驚いている暇があったら治療法を教えてくれ!」
村長は首を横に振った。
「彼女はもう駄目です・・・」
「そんな!駄目っていってもこっちの世界の体の話だろ?本体は大丈夫なんだよな?」
もう一度首を振る村長を見てマサヨシは細い目からボタボタと涙を零した。
「なんでだよ!なんで・・・。俺は・・・俺は・・・。本当にオンブルの事が好きだったんだ!なんでだよ・・・神様・・・俺はオンブルと幸せになっちゃいけないのかよ!」
オンブルの胸の上で泣くマサヨシを見て村長は「この方法なら・・・」と自信なさげに声を掛けた。
「聞いてください、マサヨシさん。宝物庫に、振り返りの呼び水というアイテムがあります。そのアイテムは未来から過去に戻る為のアイテムなのですが、今が懐かしいと思えるほどの過去になるまで効果を発揮しません。箱や引き出しなどに帰りたい時間を思い出しながら振り返りの呼び水を撒いて、時間が熟成する時を待てばマサヨシさんは過去に戻って彼女の死を阻止できるでしょう」
「だとしたら・・・。もう既に彼女は助かっていなければならない・・・」
カワ―が蒼白な顔でマサヨシの前に膝をついた。
「すまない・・・。マッサ・・・マサヨシ殿・・・」
人に頭を下げるような性格に見えないカワ―が頭を下げたのでマサヨシは驚く。
「どういう事だよ・・・。何でカー坊が頭を下げるんだ?」
「その振り返りの呼び水でこの時代に来たのが私だからだ・・・」
「こんな時に胸糞悪い冗談を言うな!いくらカー坊でも許さんぞ!」
「・・・」
カワ―は頭を下げて視線をマサヨシと合わそうとはしなかった。
「私は未来から来た帝国鉄騎士団の鉄騎士だ。下らない理由で皇帝顧問殿の部屋に忍び込んで、封印してあった引き出しを開けてしまった・・・」
「うそだ!」
「嘘じゃない。・・・未来では我がバンガー家はフーリー家との勢力争いに敗れ衰退している。ヒジランドの王、ヒジリ陛下は寿命の近いヴャーンズ皇帝陛下に頼まれてツィガル帝国を引き継ごうかどうか迷っている。ヒジリ陛下の息子ヤイバは母親のリツ団長のいる鉄騎士団に入り、マサヨシ殿の戦略とセイバー殿の戦術のお蔭で戦争で武功をあげ名誉を欲しいままだ。彼の二つ名は動く魔法要塞。その名の通り鉄騎士にしてメイジ。いの一番に戦場に出ては魔法で多くの敵を倒し・・・」
「もういい・・・。ヤイバがヒジリの息子だって事は知ってる。今思い出した・・・。ヤイバとその親友が一度だけ地下図書館に来た事があるってヒジリが言ってた。名前は・・・そうカワ―・バンガー。カー坊の事じゃん・・・」
「・・・」
「マサヨシ殿・・・。カワー殿」
黙って頭を下げるカワ―とマサヨシが村長は気の毒でならなかった。彼にはなんとなく影人の能力で解るのだ。もうこの歴史は修正がきかないと。今がその結果なのだから。
幾らでも変わる出来事もあれば頑として動かない出来事もある。ここでの出来事は変わらないのだ。今マサヨシがこの結果を知って未来への対策をとったところでカワーは何度でもこの時間にやってくる。
そしてオンブルは生き返らない。いやまだ死んではいないが、死を受け入れる運命しか残っていないのである。
マサヨシは涙を拭いて、生きているのか死んでいるのか判らないオンブルを抱きしめて言う。
「彼女は今、どういう状態?」
「もう間もなく死を迎える状態です」
「時間を止めて彼女を保管する事は出来る?」
「ええ、宝物庫にそのようなアイテムがあったはずです」
「じゃあ、悪いけどすぐにオンブルをそのアイテムで保管して。もしかしたら未来の俺が解決法を思いつくかもしれないでつから・・・。鉄傀儡から村を救ったんだから、それぐらいはしてくれるよな?」
村長に背を向けるマサヨシの静かな圧力に負けて村長は返事をする。
「マサヨシ殿はそれだけの事を貴方はしてくださいました・・・。言われた通りにします。皆!彼女を直ぐに時止まりの棺の中へ・・・」
村長は手をあげて合図をすると村人たちを呼び寄せる。
集まってきた影人達は名残惜しそうにオンブルに頬ずりをするマサヨシからから彼女を離し、抱き上げると宝物庫へ走って行った。
辛い思い出の残るこの村で数日間を過ごすのはマサヨシにとって苦痛だった。黒くて艶々だった髪は白髪が混じり頬は少し痩せこけていた。
毎日、オンブルの棺の前で泣いている彼を見るのは村人たちも忍びなかった。マサヨシの悲しみを共有してしまった影人は涙をポロポロ零してその様子を見ている。
「本当にオンブルの事を愛していたんだなぁ・・・。マサヨシさんは」
マサヨシとリンクしていない影人は冷たくそれに答える。
「影人とオーガ・・・。どの道、結ばれたかどうかは判らないがね・・・。二人は殆ど一目惚れに近かったし」
「そんな事言うなよ。愛に時間も種族も関係ないんだよ」
村で過ごす時間は終わりが近づき、マサヨシもカワーも今日で村を出ていく事となった。
マサヨシはあまり村人に気を使わすのも悪いと思ったのかニコニコしている。
「もう大丈夫でつよ、皆。滞在中は気を使わせてすまんかった」
村長は少しホッとして笑顔のマサヨシに握手をする。
「マサヨシ殿が立ち直ってくれて良かったです。我が影人の一人をここまで愛してくれた種族は貴方だけです。とても貴重な時間となりました。約束通り、能力封じのダイスと高レベル召喚魔法、時壊しの砂時計・・・。それから、これは振り返りの呼び水・・・」
「どの道、失敗すると解っているのに何でそれを俺に渡すんでつか?それにアイテムを貰える権利は最初の三つで消えたはず」
マサヨシは寂しい顔をして横を向いた。
「ここで渡しても渡さなくても固定された歴史は繰り返します。でしたら、この水を撒く事はオンブルへの供養だと思って・・・」
「オンブルはまだ死んじゃいない!勝手に殺すな!」
村長が差し出した振り返りの呼び水の入った小瓶を振り払おうとしたマサヨシだったが、それを止めて小瓶を手に取った。
「必ず彼女を蘇らせる。何年、何十年かけても。俺はこの世界では死なないんだ。何度失敗しても何度だって蘇る事が出来る。本体が死ぬまでは。いや本体が死んで幽霊になっても彼女を蘇らせるさ」
マサヨシは小瓶を受け取ると懐にしまって、カワ―に振り向いた。
「カワ―、少し耳を貸してくれるかな?」
カワ―がマサヨシに顔を寄せると、目の前に星が飛んだ。マサヨシがカワーの頬を渾身の力で殴ったのだ。
「これはケジメだ。お前は人の部屋に入り込んで勝手に封印の引き出しを開けた」
「うむ・・・。言い訳はしない」
「よし。それでは村長さん、一週間お世話になりました。俺は必ずこの村に帰ってきます。その時はオンブルを生き返らせる事が出来ると確信しているでしょうし、村人の一員になる覚悟で来ていると思いますので、もう一度村に入れてくれませんか?それだったら掟を破る事にはならないと思うのでつ」
「ええ、それは構いませんが・・・。本当にそれでいいのですか?基本的に世界と隔離された村で一生を過ごす事になるのですよ?」
「いいんでつ。オンブルちゃんと一緒に過ごせるならそれで・・・。それに影人は貴重なアイテムを収集する習性があるでそ?俺はそのアイテム収集員になりたいのでつ」
「ああ!それなら!はい!わかりました。それではマサヨシ殿の帰りをお待ちしております。我ら影人は自分の時間や記憶を失わない限りいつまでも生き続ける種族。言葉通り、いつまでもお待ちしておりますぞ」
貰ったアイテムをリュックサックにしまうとマサヨシは村長と握手をして村を囲う霧へと歩き出した。
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穴から眼鏡をかけた親友が呆れ顔でこちらを見ている。
「全くもう!君という奴は!父さんが手紙を見せてくれなければ君はずっとこの世界にいたままだったのだぞ!帰ったら父さんに礼を言ってくれ。それからちゃんとマサヨシさんに謝ったのか?」
「僕の頬を見れば解るだろう」
カワーの一人称が私から僕に変わった。親友のヤイバの前ではそうなのだ。
ヤイバは少し腫れているカワーの頬を見て笑う。
「ぷはっ!まさか!温厚なマサヨシさんに殴られるなんて!」
「笑いごとじゃない・・・。僕は彼に酷い事をしてしまった」
「道理でずっと君を避けてたわけだよ、マサヨシさんは」
「・・・」
「ほら、元気だせ。ところでマサヨシさんは?」
「ここに到着した途端、図書館に向かった。きっとオンブルを蘇らせる手段を探すのだと思う」
「そっか・・・。これに懲りたら人の部屋に勝手に忍び込まない事だな、カワ―」
「ああ、そうするよ。それからヤイバ。僕は君の部屋に何度も忍び込んでいる。すまない」
「知ってるさ。僕は部屋に置いている物の配置を完璧に覚えているからね。少しでも動くとすぐに解る」
「じゃあ知ってて、知らぬふりを?」
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「解ってるさ。僕はもっと君と話をするべきだった。さぁこちらの世界へ。沢山話をしなくちゃな!」
穴を両手両足で押し広げるヤイバは、股を大きく開いた。
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「いいから、は、早く。穴を押し広げる手足が痺れてきた・・・」
「前はもっとシュッと移動出来たじゃないか」
「あの時は傍にウメボシさんがいたからだろ。穴が閉じる前に念力で引っ張ってくれた」
「そうだったか?」
カワ―は不本意ながらヤイバの股をくぐって向こう側へと行く。
「で、君の知らない僕の話となると家族との話ばかりになるけど・・・。ミト湖でのクラーケンの話はしたかな?あの時は・・・」
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15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
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