未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ

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モティの司祭

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 郊外の丘の上に立つ神殿にはあらゆる神が奉られている。大理石で作られた神々が神殿を入った両脇にずらりと並ぶ。

 神殿奥の右側には樹族の神が、左側にはサカモト神が凛々しく立っている。その二大神の真ん中に神の座と呼ばれる豪華な椅子が置いてあった。

 その椅子はいつか神が帰還した時に座れるよう用意した椅子だ。一つしかないのは実際は誰も帰還を想定していないからである。

 神の帰還を望む象徴としてそこに置いてあるのだが、今は樹族の神を名乗る青年がゆったりとした白いローブを着て座っており、ひじ掛けに頬杖を突いて尊大な顔で信者たちを見下ろしていた。

 神の座は少し高い場所にあり、段差の下では神聖国モティから派遣された高位の司祭が満足そうに皆を見ていた。

(オーガの現人神ヒジリに友好的だった神学庁の役人達が樹族の神の出現で自分たち側についたのは僥倖。神に感謝だな。しかし、騎士修道会が加わらなかったのは気になる。気味の悪い仮面の三姉妹は聖騎士と同じく神判権を持っている。今のところ彼女たちは中立だが、シュラス側につけばちと厄介だぞ・・・)

 司祭ランデは神聖国モティに神判権を持つ騎士が一人もいない事を呪った。そもそも聖騎士も修道騎士も絶対数が少なく、希少さで言えば自由騎士の次ぐらいだ。

(自分たちで傀儡の聖騎士を何度作ろうとした事か。あの口の悪い聖女の一族さえいなければそれも容易だった。いや・・・どの道、偽の聖騎士や修道騎士ではあの奇跡は起こせんか・・・)

 歴史の中で何度権力者が箔を付けようとして、身近に傀儡の聖騎士を置こうとした事か。

 結局偽りの聖騎士はとある奇跡の祈りを身に着け発現させる事が出来ず権力者は恥をかき、その内権力の座から失墜していった。

 ランデはそういった話を書物で知っているので余計に歯がゆく感じる。

神の影召喚サモン・ゴッドシャドウ・・・。己が信仰する神、或いはその神の影の召喚・・・。それにしても我らが無名の神をここまで具現化させた人物とは一体・・・。聖騎士なのは間違いないだろうが・・・)

 人知れず神の依り代となったチャビンに聖騎士の隠れた素質があった事を司祭ランデが知る由もなく。

 それを知るのはビヨンドの太陽と闇の間に座して世界を見守る運命の神カオジフだけであった。

「チャビンは遺跡の呪いを受けていなければ、もしかしたら聖騎士になっていたかもしれないでヤンスな・・・。聖騎士はフランのように【知識の欲】で簡単に素質を見抜けるようなものではないでヤンス。普通は隠されているもんでヤンスよ。モティにも素質を持った者はいるでヤンスが、薄汚れた魂の集うあの場所で開花させるのは無理でヤンスね。自身の素質を信じて努力に励み、聖騎士の能力をある程度開花させた者だけが聖女の前に立つ事が出来る。そして自身が聖騎士であると宣言し神の影を召喚して、ようやく聖騎士になれるでヤンスよ」

 かくいう自分も大昔に一度、地走り族の聖騎士に召喚されて以降、ゴブリンに姿を変えて地上で自由に過ごしていた。

 ヒジリを助けるまでは。

 運命の神カオジフという本物の神を召喚したのはその地走り族だけである。他の聖騎士はそれぞれの種族の思念体をわずかな時間召喚しただけであったがそれでも聖騎士として認められていた。その揮発性の高い思念体は神の影と呼ばれている。

 星のオーガ、サカモト神に至っては実在の人物なので思念体のように召喚することは出来ない。それに彼の信仰者はオーガの神が邪神と共に世界から消えたと認識しているので、どの道星のオーガの聖騎士になるものはいなかった。

「はぁ・・・。ヒジリはさっさと遺跡の装置のスイッチを押すでヤンスよ。あの間抜けな偽神は装置を守る気は無いのでヤンスから」

 運命の神が待ち焦がれる―――禁断の箱庭からの魂の解放はヒジリの手に委ねられている。

 そのヒジリは王の私室のソファの上で同盟国の内政問題(厳密には他国も絡んでいるが)に干渉するかどうか悩んでいる“ふり”をしていた。

 シュラスは栗色の猫毛を揺らして興奮しながらヒジリに参加を促している。

「神対偽神!これほどワクワクする好カードはないんじゃ!頼む!ヒジリ、あの偽神をバシーン!と一発殴って力を見せつけてやってくれ!」

「シュラス王はまたこの出来事をトレーディングカードにするつもりだろう?」

「それもある。しかしここは本物の神の力を見せてじゃな、モティの連中を・・・」

 ヒジリは視界の端でホログラムモニターを見ていた。モニターに映し出された遺跡の中でミイラ男が遮蔽装置をずっと見つめているのが気になるのだ。

(このミイラ男も何か能力があるのだろうか・・・。単に留守番をしているだけか?ううむ・・・)

「こら!聞いておるのかヒジリ!」

 ヒジリはモニターに集中するあまり、シルビィやウメボシが焼きもちを焼いて騒ぐ時にするようにシュラス王を引き寄せて膝の上に乗せて頭をナデナデしてしまった。

「ちょ、ヒジリ!やめっ!・・・いや・・・もっと」

 気持ちよさそうに頭を撫でられる主を見たリューロックが定位置から一歩前に出て魔法の金棒で床を叩いた。いくら現人神とはいえ一国の王に敬意を払えと言っているのか、シュラス王に威厳を保てと言っているのか、どちらともとれるような無言の圧力に小さなシュラス王はヒジリの膝からジタバタとしながら降りる。

「煩い奴じゃな、リューロックは。なんも言ってないけど圧が凄いんじゃよ、お前は。その生意気な髭を剃ったら少しは威圧感も減るんじゃないかの、若造」

 寿命の長いエリート種であるシュラスにとって殆どの樹族は若造である。老人の姿をしている樹族でもシュラスよりも遥かに若い。樹族の中年期後半のリューロックを若造と呼ぶのも幼い頃かずっと見ているせいである。

「おっと、無礼を働いてしまった。すまないシュラス王」

「いいんじゃよ。で、どうする?」

「あまり気乗りはしないが、一応参加しよう」

 本当はあの偽神を倒しておかないと自分にとっても後々危険なのだ。

 が、ありもしない手札を作りだし相手に貸しを作っておく事も外交手段の一つだとヒジリはヴャーンズを見て学んでいる。

 元々ヒジリに政治家の才能はない。万能型ゆえなんとか誤魔化しが利いているが、政治家として深い所まで辿り着こうと思えば、本物の政治家を見て模倣し経験に繋げていくしかないのだ。

 渋々といった態度でシュラスに手を貸す事で負い目を感じさせて、後の外交の手札とする。

(すまないな、シュラス王。個人的な事であればこんな事はしないのだが)

 ヒジリは内心でシュラスに謝りながら、いつもの囁く声に芯を響かせながら注文を付ける。

「ただし、私が出ていくのは最後の最後だ。なるべく内政に関しては自分たちの手で解決して頂きたい。参加するタイミングはこちらで決めさせてもらうが、よろしいかな?」

「ああ、それで構わん。ヒジリが背後に控えているというだけでも士気は上がるじゃろうて」

「では調印書を・・・」



 エリムス・ジブリットの率いる紫陽花騎士団に威嚇の魔法が撃ち込まれたのはその日の夕方だった。

 神殿の中に次々と神聖国モティのメイジが転移してきたのだ。威嚇の【火球】は援軍が来たぞという脅しである。彼らは神殿の柱の陰に立ち、次々と結界を貼っていく。

「流石は金持ち国家モティだな。高価な転移石を大量に持っているとは」

「感心している場合ですか、エリムス様」

 自分が乗る馬の横で彼女はこちらを心配そうに見ている。

 元魔法国スイーツの魔法剣士でもあり、長年ジブリット家にメイドとして仕えていた妻メイは自分を心配して、一時間ほど前にアルカディアの貴族街から馬でやって来たのだ。

「戦場にお前がいるとどうも落ち着かん」

「どういう意味でですか?」

 馬に乗ったまま腰に手を当ててズイと顔を近づけてくるメイのおっとりとした顔にエリムスはキスをしたくなる衝動を抑えた。

 見た目こそ如何にもドジっ子眼鏡キャラの妻だが、正直言うとメイジとしては自分よりも格上だ。魔法国スイーツの魔法は世界に一般的に広まっている魔法体系に所属しておらず、出鱈目に見える。だが出鱈目ゆえに強力なのだ。

「お前に怪我をさせないか心配なのだ」

「まぁ・・・。エリムス様・・・。結婚してから随分とお優しくなられました。私は幸せです」

「そ、そうか?ハハッ!」

 のろける二人に囁くような声が茶化す。

「素晴らしい夫婦愛だ。いずれ私も君たちのようになりたいものだな」

「げっ!ヒジリ!・・・陛下・・・」

 エリムスが知っている声のする方を向くと、ヒジリがオーガ用の大きな馬車から降りてくるところだった。

「ヒジリ陛下!」

 メイは膝を折って深く頭を下げる。

「我が故郷スイーツを救って頂き、感謝しております」

「いいのだよ。あれは殆ど偶然みたいなものだったからな」

 魔王が出てこようとしていた転移門にヒジリは好奇心の赴くまま触れて転移門を消滅させ、たまたま倒してしまったのだ。魔王とまともに戦っていれば苦戦していたかもしれない。
 
「陛下が参戦するとは聞いていましたが・・・。ヒジランドの軍隊はどこでしょうか?」

 メイはキョロキョロして軍隊を探す。

「我が国に軍隊は無いのだよ、メイ。それに私には強力な護衛がいる。彼女は闇魔女のイグナだ」

 ヒジリは自分の左側にいるイグナを片手で抱き上げた。

「よろしく」

 イグナは闇色のオーラを放つ黒いローブを着ており、大きな杖に寄りかかるようにしてフードの下から渦巻く瞳でメイを見た。

 愛と希望と魔法の国スイーツから来たメイは自分とは対照的なメイジを見て凍り付き、周りにいた騎士達もざわつく。

「や・・闇魔女だ・・・。俺、初めて見た・・・。見ただけで呪いが振りかからないかな?」

「シッ!滅多な事をいうんじゃない!殺されるぞ!」

 騎士達はヒソヒソと言ってはいるものの、やはりその声はイグナやヒジリにも聞こえてくる。

「口を慎め!私は闇魔女イグナの戦いを間近で見た事があるが、お前らが噂するような邪な存在ではない!普通の地走り族の女子だ!それに彼女は吸魔鬼や謀反を起こしたチャビンと戦ったのだぞ!お前らにそのような勇気があるのか!」

 エリムスがそう怒鳴ると、騎士達は黙った。紫陽花騎士団の中に吸魔鬼や大魔法使いチャビンを前にして恐怖に打ち勝てる者はそうそういない。

「悪いな、エリムス。気を使わせて。そして右にいるのが聖騎士見習いのフランだ」

「よろしくねぇ、紫陽花騎士団の皆さぁん!」

 いつもは降ろしている金髪を結い上げているフランは騎士達に投げキッスをした。

 うなじがセクシーなフランに騎士達は顔を赤くしてソワソワしだす。

「解り易い奴らだ・・・全く」

 エリムスはため息をついて腕を組んだ。

 紫陽花騎士団は春に芽吹く初々しい新芽のような勢いもなく、かといって夏の向日葵のように自信に満ちたベテランでもない。主に良家の甘ったれのお坊ちゃんで構成されている。ヒジリの馬車の後ろからやって来るシルビィの隊とは明らかに顔つきが違った。

「君の騎士団は練度が足りんように見えるな」

 ヒジリがそう言うとエリムスは静かに頷いた。

「恥ずかしながら、我が騎士団は良家の次男坊三男坊ばかりが集まる騎士団。世継ぎになれず、かといって穀潰しにしておくわけにもいかないという家の事情でここへ放りこまれたのですよ、彼らは」

 ヒジリは紫陽花騎士団以外の騎士団も見る。

「ふむ、他もあまり大差ないように思える。強そうなのは近衛兵騎士団とシルビィの隊ぐらいだな。後は物陰に潜むジュウゾの部隊か・・・」

「平和が続くとこうなるのだ、ダー・・・ヒジリ陛下」

 シルビィが白い馬から降りて、ヒジリの近くに立ち、同じ様に騎士団を見る。

「もはや形骸化した騎士団と言ってもいいくらいに練度が落ちている」

「大丈夫かね?モティのメイジや僧侶は潤沢な資金で訓練をしているのか、練度は高そうだ。きっと装備も魔法がエンチャントされていることだろう」

「それに対しこちらの多くの騎士の装備は見た目は派手だが、それだけなのだ。魔法も実戦向きのものを覚えているかどうか・・・」

「魔法第一主義なのは良いですが、それが出世の道具になっているのですね。使える魔法かどうかより、如何に覚えるのが困難だったかという自慢で終わるパターンはまるで大昔の日本の教育みたいです」

 ウメボシがヒジリの背後で言う。

「ふむ・・・。仕方あるまい。イグナ、最初だけ適当に何かを大量召喚して敵のメイジに魔法を無駄使いさせてくれ」

「私は召喚士じゃない・・・」

「でもマサヨシの召喚魔法を何度も見ているだろう?」

 イグナは珍しく無表情を崩し不満そうな顔をした。

「初期魔法のインプくらいなら召喚出来るけど、書物や巻物で覚えるレアなタイプのものは真似出来ない。天使とか。だからあまり期待しないでほしい」

「いいのだ、君はマサヨシとは違う。それでいいのだ」

 イグナが本物の召喚士と同じレベルの魔法を期待されて失望されるのを嫌がっていると思ったヒジリは、すかさずフォローするとイグナは安心したのか頷いて杖を構えた。

「出でよ!インプ!」

 戦闘前で落ち着かない騎士達の出す音でイグナの通らない声がかき消されはするが魔法は発動する。

 魔力の高いイグナが召喚したインプは魔法陣から噴水のように湧き出る。

 神殿で結界を張りきれてなかったメイジ達はこちらに向かって飛んで来るインプを見て警戒の声をあげた。

「インプが大量に向かってくるぞ!」

「数は百程か?一匹だと雑魚だが、こう数が多いと厄介だな」

「なるべく低位の魔法で迎撃しろ!無駄玉は撃つなよ?」

 かくして樹族国対司祭たち(実質的には神聖国モティ)の戦いは始まった。

 神の男に変身している黒ローブのメイジ、ズーイは神の座に鎮座し魔法水晶に映るヒジリを見て不敵な笑みを浮かべていた。
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