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雨の向こう
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「悪趣味ですね、マスターも」
ツンとした声でウメボシはスケゴンの背後で透明になって潜む主にそう言う。
「たまには私だって悪戯をしてみたいもんさ。それにパワードスーツの遮蔽装置がこの星の住人にどれくらい通用するのか試した事がなかったしな」
「ウメボシはスケゴンが暴走しても知りませんからね。うちには魅力的な地走り族が揃っているのですから。闇の住人にモテモテのタスネ様。魅力の暴力、フラン。クーデレ好きには堪らないイグナ。そしてコロネは・・・。ゲフンゲフン。何でもありません」
まだ十歳にもなっていないコロネの魅力を語るのは早いと思ったウメボシは咳をして誤魔化す。
「コロネは今はスタジオジブリに出てきそうな幼女みたいな見た目だが、十代半ばになると顔も整ってフランっぽい顔立ちになるぞ。きっと貧乳好きは彼女を好むだろう」
未来の平行世界へ行った経験のあるヒジリはその世界のコロネを思い出していた。
「私は貧乳のままなのか?」
いつの間にか桃色城のエントランスに現れたコロネが絶望した顔で透明なはずのヒジリを見ている。
「むぅ!コロネは私が見えるのかね?」
「見えないよ。でも声がするし息遣いもするじゃん。そっちのヒジリは偽者だろ?何か臭いし」
「流石はナンベル学園一のレンジャー兼スカウト。今から私は悪戯をするのだから皆には黙っててくれたまえよ、コロネ」
「悪戯?!うん、解った!キシシシ!」
コロネの目が輝く。
ヒジリは何度彼女の悪戯を見てきただろうか。
寝ていると自分の顔の前で水風船が割れたり、舐め牛というミネラルを求めて矢鱈と人を舐める牛をタスネにけしかけたり、噛まれると酔っぱらったようになる酩酊ムカデをフランの服に忍ばせたり、ダンティラスに光属性の強い聖なる兎を抱かせて驚かせたり。
(ふふふ、私だってコロネに負けない悪戯をして見せるさ)
透明のヒジリが拳を鳴らしていると、早速タスネがエントランスに現れた。
「あら、お帰りヒジリ」
「ただ・・・」
ヒジリは思わず自分で挨拶しそうになって口を押えるとスケゴンが挨拶をする。事前に城の中ではヒジリを演じろとスケゴンに命令してある。
「ただいまん」
タスネの片眉が上がった。
「声の調子が悪いみたいね。珍しい。そうだ!喉に良い蜂蜜を魔人族の男子がくれたから舐めてみたら?」
(魔人族の男子がくれたという情報は必要かね?)
自分はモテモテで男子からプレゼントを貰ったのだという情報をさり気なく盛り込むあたりが主らしいなとヒジリはニヤリとする。
「凄く喉に良いんだから。私もコロネを叱り過ぎて声が枯れた時に舐めているんだけど一時間後には喉がスッキリしてるよ!」
イグナのようにタスネはニパッと笑うので、珍しく可愛い。
(うっ。悪戯をしようとした時に限って我がツンデレ主殿は優しいな。参った・・・)
「おら、蜂蜜大好き。くれ」
スケゴンは口を大きく開けて舌を出し喜ぶ。
「・・・なんて顔してるのよ、ヒジリ」
偽ヒジリと姉のやり取りに我慢できなかったのか、コロネがプスーッ!と吹きだす。
「アハハァ!もう私駄目だぁ!ブスススス!」
「なによ、コロネ。そんなに笑ったらヒジリに失礼でしょうが。確かに今凄い変な顔してたけど。餌を前にした時の大型犬みたいな顔してたわね・・・うふふっ。部屋まで蜂蜜を取りに行って戻るのも面倒だから一緒に来てよ、ヒジリ」
「わかっただ」
スケゴンは大好きな蜂蜜が舐められるのでその場でスキップして早く行こうとタスネを促した。
「も~!何なのよ~!そんなに嬉しいの?蜂蜜くらいで!ヒジリがそんなに蜂蜜好きだったなんて知らなかったわ!」
タスネも嬉しそうだ。
(意外と素直に感情を表した方が主殿は好感を持ってくれるのだな・・・)
ヒジリは少しスケゴンに嫉妬する。いつもツンツンしている主が今は優しい目でスケゴンを見ているからだ。
エントランスの奥にある幅の広い階段を上るとタスネの部屋まで皆で向かう。
「なんでコロネまで来るのよ。あんたいつもドラ声なんだし今日もドラ声じゃないの。蜂蜜はあげないからね」
「要らないよ。ただついてきただけだよ。悪い?」
「それならいいけど・・・」
タスネは部屋のドアを開けるとスケゴンを部屋に入れてベッドに座らせる。
「ちょっと待っててね~。確かこの引き出しに・・・。あった!」
瓶には琥珀色をした液体が入っている。その中に木のスプーンを突っ込んでタスネは蜂蜜を掬い上げた。
「ほら、あーんして。喉に塗るようにして舐めると効果的なんだから」
スケゴンは大きく口を開ける。
「口を大きく開けるヒジリって初めて見たかもしれないわね・・・。なんていうか・・・その・・・もっと歯を磨いたらどうかな」
虫歯を見つけたタスネは気の毒そうな顔をする。
主のイメージ低下を恐れたウメボシが瞬時にスケゴンの口の中をスキャニングしてデータをカプリコンに送った。
虫歯を修正した状態の歯のデータをカップリコンに送ってもらってスケゴンの虫歯を瞬時に治す。
「あれ?歯が白くなって虫歯も無くなってる・・・。見間違いだったのかな・・・。はい、あーん!」
「あーん!おいし!」
胸を叩いて喜ぶヒジリにタスネも嬉しそうだった。
「タスネ、手に蜂蜜ついてる。オラが綺麗にする」
「え?」
心なしかヒジリの顔が上気しているような気がするなとタスネは思った。
ヒジリはタスネの指先を潤んだ目をして舐め始めた。
部屋の入口でコロネがゲラゲラと笑いだした。
「何やってんだよ、(偽の)ヒジリとお姉ちゃんはー!」
スケゴンの様子がおかしい。今にもタスネを抱きしめそうな勢いだ。
変に思ったウメボシが蜂蜜をスキャニングすると・・・。
「わぁ!これはオーガに対して催淫効果のある成分が含まれています!」
「ええ!嘘!じゃあヒジリは欲情しちゃってるの?アタシに?」
タスネはスケゴンに抱きしめられながら、満更でもないという顔をした。蜂蜜の所為とはいえ、自分の魅力がヒジリに通じたのだという嬉しさからである。
(むむぅ!なんというイメージダウンか!悪戯するつもりが変な事になってきた!)
ヒジリはヒソヒソ声でウメボシに命令する。
「ウメボシ、スケゴンを止めろ」
「ウメボシは知りません。ツーンだ」
ウメボシは何かあっても知らないと宣言していたのでそっぽを向いた。つまり自分で解決しろという事だ。残念だが、自分が姿を現せばタスネに対する悪戯はこれでお終いという事になる。
「仕方あるまい・・・。遮蔽装置の・・」
遮蔽装置の解除と言おうとしたその時、騒ぎを聞きつけて部屋の入口にヘカティニスとリツが現れた。
「なんか煩いど」
「どうしましたタスネ?」
二人は欲情してタスネに抱き着くヒジリを見てアッ!と声を挙げる。
「旦那様、どうしておで達に欲情せず真っ先にタスネに欲情した?」
「そそそ、そうですわ!タスネは妻ではないでしょう?酷いですわ!それに!ギンギン!」
リツは顔を赤らめてちらちらとスケゴンの股間を見ている。
「ももも、もう止めたまえ!」
恥ずかしくなったヒジリは遮蔽装置を解いてスケゴンの首に当て身を当てて気絶させた。
「ヒジリ☆フラッシュ!」
自分の周辺を漂うナノマシンを激しく光らせるとヒジリはスケゴンを肩に担いで城から走り去って行った。
「まぁここに寝かせておけばいいか。ありがとう、スケゴン。無理やり悪戯に付き合わせて悪かったね」
自分のパワードスーツを模したスケゴンの黒いレザースーツの懐にヒジリはチタン硬貨の詰まった小袋を入れて、公園の東屋から離れた。
「悪戯がばれたので暫く城には帰れんな。さてどこに行くかな・・・」
いつの間にか傍にいたイグナがヒジリの手を握った。
「おっと!イグナ。触媒を買いに行っていたのではないかね?」
「もう終わった。ヒジリがぼんやりと立っていたからどうしたのかと思って」
向こうからフランが息を切らせながら走って来る。
「も~~。イグナ、勝手にいなくならないでよぉ。まだ夕飯の食材も買わないと駄目なんだからね」
ハァハァと息を整えながらフランもヒジリの手を握った。
「どうしたのぉ?ヒジリ。こんなところで」
「いやなに、悪戯がバレてね。お城へ帰り辛いのだ」
「悪戯って?」
「ハハハ、まぁいいじゃないか。買い物に付き合おうか」
「えっ?ほんと?嬉しい!」
ヒジリは二人を抱きかかえると歩き出した。
二人は今日あった出来事を一方的に話している。そんな二人の話をヒジリはニコニコとしながら聞いている。
(何の変哲もない日常を過ごせるのは良い事だな・・・)
なんとなく陰謀や戦いの多かったこの星の出来事を振り返っていると、夏のゴデの街に濡れた匂いが漂ってくる。
「夕立がくる」
「ほんと?じゃあ買い物を急がなきゃ」
フランは八百屋で慌てて野菜を選んでいる。
人と活気で賑わうゴデの街は夕立が来れば少しは静かになるだろうか?ヒジリはぼんやりとそう思っていると空がゴロゴロと鳴って土砂降りの雨が降ってきた。
「わぁ!凄い雨!」
イグナがヒジリの脚にしがみ付く。
「暫くここで雨宿りさせてもらおう。そんなに長い雨じゃないと思う」
「うん」
厚い積乱雲のお陰で辺りは薄暗い。発電所から送られてくる電気によって街灯がぽつぽつとつき始めた。
「街灯が綺麗」
イグナが呟く。
夏の太陽に照らされた路面に雨が当たってもうもうとした湯気が立ち上り、その湯気に街灯の光が包み込まれて朧に見えるのだ。
「それにこの雨の匂いも好き」
「解る。私も夕立の匂いが好きだ。この雨が上がれば夜が来て明日には新しい何かが待っているような気がいつもするのだ。新しい発見、新しい出会い。嬉しい事も悲しい事も雨の向こうからやって来るんじゃないかって」
「嬉しい事だけ来て欲しい」
「ハハハ!そうだな」
暫くすると土砂降りの雨はピタリと止んで、夕焼けが空に広がった。
影になった霊山オゴソの後ろに広がる赤い夕焼けは幻想的で少しだけ得体の知れない不安を駆り立てる。自然の偉大さに対して畏怖するという感情だろうか。
「綺麗な夕焼けだわぁ」
買い物を終えたフランがナスやらキュウリやらが入った買い物かごをヒジリに渡した。
「そうだな。私は久々に夕焼けをちゃんと見たかもしれない」
「忙しかったもんね」
帰り道の先でお城の全員がヒジリを探して歩いているのが見えた。
「いたど!」
ヘカティニスがこちらを指さす。ヒジリはギクリとして苦笑いをする。
「も~、心配したんだからね~!別に悪戯なんてなんとも思ってないわよ。逃げなくても良かったのに」
タスネは呆れた顔でヒジリに近づいて来る。
「もっとヒジリの悪戯見たかったなぁ~!」
コロネは退屈そうに頭に手を置いて近くにスケゴンがいないか目だけで探している。
「あの偽者みたいにヒジリも積極的になってほしいですわね」
リツは眼鏡をクイッと人差し指で上げた。
「我が王は何をしたかは知らないが、我輩まで探す羽目になっていい迷惑である」
ダンティラスは調べ物の途中だったのか本を片手に持っていた。
「ウメボシがいるのだから簡単に見つけられただろう?」
「たまには自力で探すのも良いかと思いまして」
「悪いね、皆。心配かけた様で・・・・。えーっと・・・家まで競争!」
突然ヒジリは走り出した。
「あっ!ズルイぞ!ヒジリ!」
すぐにコロネが追いかける。
「一番になった者は私が何でも言う事を聞こう!」
「何でも!!」
リツとヘカティニスは顔を見合わせる。
「って事は・・・」
二人ともゴクリと喉を鳴らした。考える事は同じなのか、機動力を上げるスキルを発動させた。
「待で!ヒジリ!」
「今夜こそ、独り占めですわ!」
オーガの女子二人が何を考えているのか解ったタスネは顔を赤くして怒った。
「ばっかじゃなかろうか。いやらしい!イグナとフランは参加するんじゃないよ!」
しかし、イグナもフランも魔法やスキルを駆使してヒジリのすぐ後ろにいたのをタスネは確認する。
「まさかあの子らも!?」
「ハハハ。それはないだろう。きっと欲しい物をおねだりするのである。さぁ我らは歩いて帰るのである」
ダンティラスはゆっくりと城に向かって歩き出した。すぐにタスネもウメボシも歩き出す。
「いいね、こういうの。なんだか家族みたい」
夕日に照らされたタスネがしみじみと言う。
「きっと運命の神が用意した素敵な出会いなんですよ。これからも色々あると思いますがよろしくお願いします」
ウメボシが改まってそう言うと、道ですれ違ったヤンスがくしゃみをした。
――― 完 ―――
ツンとした声でウメボシはスケゴンの背後で透明になって潜む主にそう言う。
「たまには私だって悪戯をしてみたいもんさ。それにパワードスーツの遮蔽装置がこの星の住人にどれくらい通用するのか試した事がなかったしな」
「ウメボシはスケゴンが暴走しても知りませんからね。うちには魅力的な地走り族が揃っているのですから。闇の住人にモテモテのタスネ様。魅力の暴力、フラン。クーデレ好きには堪らないイグナ。そしてコロネは・・・。ゲフンゲフン。何でもありません」
まだ十歳にもなっていないコロネの魅力を語るのは早いと思ったウメボシは咳をして誤魔化す。
「コロネは今はスタジオジブリに出てきそうな幼女みたいな見た目だが、十代半ばになると顔も整ってフランっぽい顔立ちになるぞ。きっと貧乳好きは彼女を好むだろう」
未来の平行世界へ行った経験のあるヒジリはその世界のコロネを思い出していた。
「私は貧乳のままなのか?」
いつの間にか桃色城のエントランスに現れたコロネが絶望した顔で透明なはずのヒジリを見ている。
「むぅ!コロネは私が見えるのかね?」
「見えないよ。でも声がするし息遣いもするじゃん。そっちのヒジリは偽者だろ?何か臭いし」
「流石はナンベル学園一のレンジャー兼スカウト。今から私は悪戯をするのだから皆には黙っててくれたまえよ、コロネ」
「悪戯?!うん、解った!キシシシ!」
コロネの目が輝く。
ヒジリは何度彼女の悪戯を見てきただろうか。
寝ていると自分の顔の前で水風船が割れたり、舐め牛というミネラルを求めて矢鱈と人を舐める牛をタスネにけしかけたり、噛まれると酔っぱらったようになる酩酊ムカデをフランの服に忍ばせたり、ダンティラスに光属性の強い聖なる兎を抱かせて驚かせたり。
(ふふふ、私だってコロネに負けない悪戯をして見せるさ)
透明のヒジリが拳を鳴らしていると、早速タスネがエントランスに現れた。
「あら、お帰りヒジリ」
「ただ・・・」
ヒジリは思わず自分で挨拶しそうになって口を押えるとスケゴンが挨拶をする。事前に城の中ではヒジリを演じろとスケゴンに命令してある。
「ただいまん」
タスネの片眉が上がった。
「声の調子が悪いみたいね。珍しい。そうだ!喉に良い蜂蜜を魔人族の男子がくれたから舐めてみたら?」
(魔人族の男子がくれたという情報は必要かね?)
自分はモテモテで男子からプレゼントを貰ったのだという情報をさり気なく盛り込むあたりが主らしいなとヒジリはニヤリとする。
「凄く喉に良いんだから。私もコロネを叱り過ぎて声が枯れた時に舐めているんだけど一時間後には喉がスッキリしてるよ!」
イグナのようにタスネはニパッと笑うので、珍しく可愛い。
(うっ。悪戯をしようとした時に限って我がツンデレ主殿は優しいな。参った・・・)
「おら、蜂蜜大好き。くれ」
スケゴンは口を大きく開けて舌を出し喜ぶ。
「・・・なんて顔してるのよ、ヒジリ」
偽ヒジリと姉のやり取りに我慢できなかったのか、コロネがプスーッ!と吹きだす。
「アハハァ!もう私駄目だぁ!ブスススス!」
「なによ、コロネ。そんなに笑ったらヒジリに失礼でしょうが。確かに今凄い変な顔してたけど。餌を前にした時の大型犬みたいな顔してたわね・・・うふふっ。部屋まで蜂蜜を取りに行って戻るのも面倒だから一緒に来てよ、ヒジリ」
「わかっただ」
スケゴンは大好きな蜂蜜が舐められるのでその場でスキップして早く行こうとタスネを促した。
「も~!何なのよ~!そんなに嬉しいの?蜂蜜くらいで!ヒジリがそんなに蜂蜜好きだったなんて知らなかったわ!」
タスネも嬉しそうだ。
(意外と素直に感情を表した方が主殿は好感を持ってくれるのだな・・・)
ヒジリは少しスケゴンに嫉妬する。いつもツンツンしている主が今は優しい目でスケゴンを見ているからだ。
エントランスの奥にある幅の広い階段を上るとタスネの部屋まで皆で向かう。
「なんでコロネまで来るのよ。あんたいつもドラ声なんだし今日もドラ声じゃないの。蜂蜜はあげないからね」
「要らないよ。ただついてきただけだよ。悪い?」
「それならいいけど・・・」
タスネは部屋のドアを開けるとスケゴンを部屋に入れてベッドに座らせる。
「ちょっと待っててね~。確かこの引き出しに・・・。あった!」
瓶には琥珀色をした液体が入っている。その中に木のスプーンを突っ込んでタスネは蜂蜜を掬い上げた。
「ほら、あーんして。喉に塗るようにして舐めると効果的なんだから」
スケゴンは大きく口を開ける。
「口を大きく開けるヒジリって初めて見たかもしれないわね・・・。なんていうか・・・その・・・もっと歯を磨いたらどうかな」
虫歯を見つけたタスネは気の毒そうな顔をする。
主のイメージ低下を恐れたウメボシが瞬時にスケゴンの口の中をスキャニングしてデータをカプリコンに送った。
虫歯を修正した状態の歯のデータをカップリコンに送ってもらってスケゴンの虫歯を瞬時に治す。
「あれ?歯が白くなって虫歯も無くなってる・・・。見間違いだったのかな・・・。はい、あーん!」
「あーん!おいし!」
胸を叩いて喜ぶヒジリにタスネも嬉しそうだった。
「タスネ、手に蜂蜜ついてる。オラが綺麗にする」
「え?」
心なしかヒジリの顔が上気しているような気がするなとタスネは思った。
ヒジリはタスネの指先を潤んだ目をして舐め始めた。
部屋の入口でコロネがゲラゲラと笑いだした。
「何やってんだよ、(偽の)ヒジリとお姉ちゃんはー!」
スケゴンの様子がおかしい。今にもタスネを抱きしめそうな勢いだ。
変に思ったウメボシが蜂蜜をスキャニングすると・・・。
「わぁ!これはオーガに対して催淫効果のある成分が含まれています!」
「ええ!嘘!じゃあヒジリは欲情しちゃってるの?アタシに?」
タスネはスケゴンに抱きしめられながら、満更でもないという顔をした。蜂蜜の所為とはいえ、自分の魅力がヒジリに通じたのだという嬉しさからである。
(むむぅ!なんというイメージダウンか!悪戯するつもりが変な事になってきた!)
ヒジリはヒソヒソ声でウメボシに命令する。
「ウメボシ、スケゴンを止めろ」
「ウメボシは知りません。ツーンだ」
ウメボシは何かあっても知らないと宣言していたのでそっぽを向いた。つまり自分で解決しろという事だ。残念だが、自分が姿を現せばタスネに対する悪戯はこれでお終いという事になる。
「仕方あるまい・・・。遮蔽装置の・・」
遮蔽装置の解除と言おうとしたその時、騒ぎを聞きつけて部屋の入口にヘカティニスとリツが現れた。
「なんか煩いど」
「どうしましたタスネ?」
二人は欲情してタスネに抱き着くヒジリを見てアッ!と声を挙げる。
「旦那様、どうしておで達に欲情せず真っ先にタスネに欲情した?」
「そそそ、そうですわ!タスネは妻ではないでしょう?酷いですわ!それに!ギンギン!」
リツは顔を赤らめてちらちらとスケゴンの股間を見ている。
「ももも、もう止めたまえ!」
恥ずかしくなったヒジリは遮蔽装置を解いてスケゴンの首に当て身を当てて気絶させた。
「ヒジリ☆フラッシュ!」
自分の周辺を漂うナノマシンを激しく光らせるとヒジリはスケゴンを肩に担いで城から走り去って行った。
「まぁここに寝かせておけばいいか。ありがとう、スケゴン。無理やり悪戯に付き合わせて悪かったね」
自分のパワードスーツを模したスケゴンの黒いレザースーツの懐にヒジリはチタン硬貨の詰まった小袋を入れて、公園の東屋から離れた。
「悪戯がばれたので暫く城には帰れんな。さてどこに行くかな・・・」
いつの間にか傍にいたイグナがヒジリの手を握った。
「おっと!イグナ。触媒を買いに行っていたのではないかね?」
「もう終わった。ヒジリがぼんやりと立っていたからどうしたのかと思って」
向こうからフランが息を切らせながら走って来る。
「も~~。イグナ、勝手にいなくならないでよぉ。まだ夕飯の食材も買わないと駄目なんだからね」
ハァハァと息を整えながらフランもヒジリの手を握った。
「どうしたのぉ?ヒジリ。こんなところで」
「いやなに、悪戯がバレてね。お城へ帰り辛いのだ」
「悪戯って?」
「ハハハ、まぁいいじゃないか。買い物に付き合おうか」
「えっ?ほんと?嬉しい!」
ヒジリは二人を抱きかかえると歩き出した。
二人は今日あった出来事を一方的に話している。そんな二人の話をヒジリはニコニコとしながら聞いている。
(何の変哲もない日常を過ごせるのは良い事だな・・・)
なんとなく陰謀や戦いの多かったこの星の出来事を振り返っていると、夏のゴデの街に濡れた匂いが漂ってくる。
「夕立がくる」
「ほんと?じゃあ買い物を急がなきゃ」
フランは八百屋で慌てて野菜を選んでいる。
人と活気で賑わうゴデの街は夕立が来れば少しは静かになるだろうか?ヒジリはぼんやりとそう思っていると空がゴロゴロと鳴って土砂降りの雨が降ってきた。
「わぁ!凄い雨!」
イグナがヒジリの脚にしがみ付く。
「暫くここで雨宿りさせてもらおう。そんなに長い雨じゃないと思う」
「うん」
厚い積乱雲のお陰で辺りは薄暗い。発電所から送られてくる電気によって街灯がぽつぽつとつき始めた。
「街灯が綺麗」
イグナが呟く。
夏の太陽に照らされた路面に雨が当たってもうもうとした湯気が立ち上り、その湯気に街灯の光が包み込まれて朧に見えるのだ。
「それにこの雨の匂いも好き」
「解る。私も夕立の匂いが好きだ。この雨が上がれば夜が来て明日には新しい何かが待っているような気がいつもするのだ。新しい発見、新しい出会い。嬉しい事も悲しい事も雨の向こうからやって来るんじゃないかって」
「嬉しい事だけ来て欲しい」
「ハハハ!そうだな」
暫くすると土砂降りの雨はピタリと止んで、夕焼けが空に広がった。
影になった霊山オゴソの後ろに広がる赤い夕焼けは幻想的で少しだけ得体の知れない不安を駆り立てる。自然の偉大さに対して畏怖するという感情だろうか。
「綺麗な夕焼けだわぁ」
買い物を終えたフランがナスやらキュウリやらが入った買い物かごをヒジリに渡した。
「そうだな。私は久々に夕焼けをちゃんと見たかもしれない」
「忙しかったもんね」
帰り道の先でお城の全員がヒジリを探して歩いているのが見えた。
「いたど!」
ヘカティニスがこちらを指さす。ヒジリはギクリとして苦笑いをする。
「も~、心配したんだからね~!別に悪戯なんてなんとも思ってないわよ。逃げなくても良かったのに」
タスネは呆れた顔でヒジリに近づいて来る。
「もっとヒジリの悪戯見たかったなぁ~!」
コロネは退屈そうに頭に手を置いて近くにスケゴンがいないか目だけで探している。
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リツは眼鏡をクイッと人差し指で上げた。
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ダンティラスは調べ物の途中だったのか本を片手に持っていた。
「ウメボシがいるのだから簡単に見つけられただろう?」
「たまには自力で探すのも良いかと思いまして」
「悪いね、皆。心配かけた様で・・・・。えーっと・・・家まで競争!」
突然ヒジリは走り出した。
「あっ!ズルイぞ!ヒジリ!」
すぐにコロネが追いかける。
「一番になった者は私が何でも言う事を聞こう!」
「何でも!!」
リツとヘカティニスは顔を見合わせる。
「って事は・・・」
二人ともゴクリと喉を鳴らした。考える事は同じなのか、機動力を上げるスキルを発動させた。
「待で!ヒジリ!」
「今夜こそ、独り占めですわ!」
オーガの女子二人が何を考えているのか解ったタスネは顔を赤くして怒った。
「ばっかじゃなかろうか。いやらしい!イグナとフランは参加するんじゃないよ!」
しかし、イグナもフランも魔法やスキルを駆使してヒジリのすぐ後ろにいたのをタスネは確認する。
「まさかあの子らも!?」
「ハハハ。それはないだろう。きっと欲しい物をおねだりするのである。さぁ我らは歩いて帰るのである」
ダンティラスはゆっくりと城に向かって歩き出した。すぐにタスネもウメボシも歩き出す。
「いいね、こういうの。なんだか家族みたい」
夕日に照らされたタスネがしみじみと言う。
「きっと運命の神が用意した素敵な出会いなんですよ。これからも色々あると思いますがよろしくお願いします」
ウメボシが改まってそう言うと、道ですれ違ったヤンスがくしゃみをした。
――― 完 ―――
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☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
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よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
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父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
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【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
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かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
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