奴隷から始める異世界生活

白い彗星

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奴隷から始める異世界生活

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 …………目を、覚ます。少年は眠っていた意識を覚醒させ、思う。ここは、どこだ。

 暗い……なにも、見えない。それに、変なにおいがする。これは……鉄、だろうか? なにかが錆びたような、においだ。

 おかしい……なにが、どうなってるのか? 少年はさっきまで、学校に登校するために、眠たい目を擦って道を歩いてたはずだ。

 それが……なんで、こうなってる? まず、なんで暗いのか意味がわからない。登校中ということは当然朝だ。しかも外で、なにも見えないほど真っ暗になるなんてありえないだろう。

 まずここは、どこなんだ……その疑問が、頭を埋め尽くしていく。


「んん――――――!」


 助けを求めようと、叫ぶ……が、声が、出ない。 いや、正確には声が言葉にならない……叫ぶことはできても、それが意味のある言葉にはならないのだ。

 そこで、ようやく気づく……口を、なにかで塞がれていると。 ガムテープか、なにかが口に貼られている。そのせいで、言葉を出すことができない。

 それに、動けない。うつぶせに倒され、後ろ手に手首を、足首を縛られている。徐々に、状況を理解していく。


「んっ……!」


 まさか……これは誘拐、なのではないか? 身動きを封じられ、視界も口も塞がれて。まさかじゃない、こんな状況、間違いないだろう。

 直後、少年の頭には疑問が浮かぶ。なんで、なんで俺が!? 俺の家は別に金持ちでもなんでもないし、俺を誘拐しても意味なんて……いや、このご時世だ。愉快犯なんていくらでもいる。

 じゃあ……俺、どうなっちまうんだ! 誰か、誰か助けてくれ! ……と。


「んん! んんっ、んーー!!」


 言葉は出ない。でも、声を絞ればどこかに聞こえるかもしれない。ここがどこかはわからない……地下かもしれない、声は届かないかもしれない。

 けれど、なにもしないよりマシだ。 とにかく、なにも見えない空間に、目的もわからないままこのまま居たくはない。その思いが、あった。


「ん、んっ! んんん!!」


 喉が痛い。でも、構わない。誰か気づいてくれる人がいれば、それで……


「なんだぁ、騒がしいなぁ」


 ……光が、差し込む。今まで暗闇に包まれていた視界に、急に光が差し込んだために、思わず目をつぶってしまう。

 だけど……光、光だ……少年は希望を大きくさせていく。誰かが、近くにいてくれたんだ!

 だが…………少年は、正常な判断を失っていた。これが誘拐であるならば、近くに誘拐犯がいるであろう可能性を、見落としていたのだ。


「うるせえな、あんまり騒ぐと殺しちまうぞ」

「ん……っ!」


 光に目が慣れてきて、ゆっくりと開く。そこにあったのは、とても助けに来てくれた人が出すものではない物騒な言葉と、その言葉を発した人物の風貌で……


「んんん!!?」

「おいこら、わめくな人間ヒューマン風情が」


 そこに、いたのは……豚の顔をした、存在だった。暗闇からいきなり、強面が現れたのだ……しかも、ありえないものが。二足歩行で、立っている。

 暗闇の中の心細さは、未知の恐怖へと変換される。誰か助けを呼ぶ叫びから、恐怖から出てくる悲鳴へ。

 しかし、それが気に入らなかった豚の男は、こめかみに青筋を浮かばせ、鋭い牙を覗かせる。


「黙れ! 珍しい生き物だと生かしといたが、それ以上騒いだらぶっ殺すぞ!!」

「……!」


 被り物……とは思えないほどにリアルな見た目。そして野太い声、殺意……これまで命の危険など感じることがなかった少年でもわかる、黙らなければ本当に殺される、と。本能が、そう告げていた。

 その手に、赤い液体がついているのが見えた。血……だろうか。先ほどからにおうのは、鉄ではなく血……


「そうだ、おとなしくしてりゃ殺しはしねえんだからよ」


 少年が黙ったことに満足した豚男は、ゆっくりと……足を、蹴りあげる。その蹴りは、少年の顔面……ではなく、どこかへとぶつけられる。


 ガシャンッ


 鈍い音を響かせ、豚男は移動する。豚男が蹴ったのは、金属のようなものだ……そこで、光を得た少年は気づく。自身がが、なにか箱のようなものに入れられていることに。

 箱……いや、そんなかわいいもんじゃない。これは、檻だ。檻を軽く蹴りあげたのだ、あの男は。檻に、捕まっているのだ。


「あんた、静かにしてないと……でないと、殺されるよ」


 ふと、先ほど豚男に言われたのと同じニュアンスの言葉が、まったく別のところから聞こえる。声の主は、どこだろうか。

 唯一自由に動く首を動かし、背後を見る。そこには、驚くべき光景が広がっていて……


「ん、ん!?」


 そこにいたのは、獣のような体毛に包まれた人と思われる存在……獣のような耳が生えており、この存在がなんであるのか、一つの仮説を浮かばせる。

 さらに、周りには……似たような獣のような人、それに動物、普通の人間……およそ現実とは思えない光景が、そこには広がっていた。


「混乱してるんだね、かわいそうに。仕方のないことではあるけどね」

「うぅ、ぐすっ……」


 しかも、この場の全員……手に縄をかけられ、身動きが取れないようだ。口まで塞がれているのは少年だけのようだが、みんな似たようなものだ。自由を、奪われている。

 少年だけが口を塞がれているのは、他の人物とは違い騒がせないようにするためだろうか。現に意識を取り戻した少年は騒いだし、既に捕まっている皆はおとなしくしている。その目に、生気はない。

 泣いている子供、諦めたような表情を浮かべた者……どれも、漫画やアニメなど、ファンタジーで見たことのある姿ばかりで、ここはまるでそのファンタジー世界ではないのか、なんて思わせられる。

 獣人……その言葉が、とっさに浮かんだ。


「ごめんね、せめて口のそれだけでも、取ってやれたらいいんだけどねぇ」


 申し訳なさそうに、獣人と思わしき人が言う。

 今にも恐怖でどうにかなってしまいそう……だが、自分でも思いの外冷静だと思われるのは、恐怖が一周回って冷静になってしまったのだろうか。

 それとも、自分と同じ状況の存在に、妙な安心感があるからだろうか。

 冷静……になったところで、少年は、改めて思い出す。今朝の、行動を。

 今朝は、いつもと同じように起き、朝食を食べ、学校へ行くために通学路を歩いていた。そうしたら、急に地面が光り出し、自分の体を包み込み、意識すら奪われ、気がついたら……檻の中だ。

 訳が、わからない。


「んん、ん……」


 言葉は出せない。しかし、言いたいことを感じ取ってくれたのか、獣人は震える声で答える。


「ここにいる皆はね、奴隷として売られるのさ」

「んっ……!」


 捕まっている、時点でいい想像は出来ないが、出てきた言葉に顔が青ざめる。それは、まさにファンタジーの世界でしか聞くことのないようなものだ。少なくとも、この現代社会で聞くことなどない。

 ……そもそも、ここはどこなのだ。今の話が嘘とは思えないし、この状況が夢とも思えない。夢にしては、リアリティすぎる。恐怖も、縄をほどこうと手を動かした時の痛みも。

 ならば……そんな馬鹿な話があるわけないと思いつつ、少年は思う。これは…………





 ----------この少年、本名、土宮 零時つちみや れいじは、ごく普通の高校生だ。いや、だった。ついさっきまでは。

 零時は、この世界……俗に言う異世界に、召喚された人間だ。その目的がなんであったかここでは知るよしもないが、物語の安易な理由としては、世界を救ってくれる勇者を、というものだろう。そしてなぜ礼二が、選ばれたのかもわからない。

 ただ、零時を召喚したのは、先ほどの豚男ではない。この世界では比較的に人間が少なく、珍しいとされる。だからこそ人さらいに狙われやすいのだが、まさかそれだけの理由で、異世界から人間を呼び出すはずもない。

 零時を召喚したのは、まったく別の人物。この場には、いない人物だ。

 わからないことだらけの状況であるが、たた一つわかることがある。それは、零時の召喚は失敗したということ。召喚失敗といっても、単に召喚が失敗したのではない。零時は確かに召喚された……しかし、それが召喚主の下にではなかったというだけのと。

 そして、だけのこと、が零時にとっての最大の不幸。

 人さらいの前に、意識のない状態で召喚されてしまった。もっとも、意識があろうがなかろうが、いきなり召喚された状態で、生身の人間がどうこうできる問題ではないが。

 結果として、珍しい人間と捕まえた人さらいは、揚々と彼を檻に入れた。ちなみに珍しい種族の人間なので、先ほどの「殺すぞ」発言は本気ではない。そんなこと、零時にはわかるはずもないが。

 これが、零時が今このような状態になっている真実。零時は訳も分からず異世界に召喚され捕まり、召喚主はいつまで経っても現れない零時(じんぶつ)に召喚が失敗したと思い込み、人さらいの豚男は珍しい人間を捕まえ万々歳となった----------









 …………異世界に召喚されて、数日が経った。いや、もしかしたら数十日かもしれないし、もっと経っているかもしれない。

 ここは、自分が元いたのとは違った世界……つまり異世界であり、自分はこの異世界に召喚された。零時は、ぼんやりした意識の中で、確信に近い予想を立てていた。

 いや、予想というほど大したものではない。むしろ、そう考えるほうが自然だからそう考えるしかない、という程度のものだ。自然もなにも、不自然すぎるこの状況を説明する時点で、なにが自然なのかそうでないのかわからないが。

 とにかく、ここは自分が今まで暮らしていたのとは別の世界である。それだけが、零時が今わかる、唯一のものである。

 この異世界に召喚されてからの正確が日数がわからないのは……あの檻に入れられた日から、移動させられた場所が真っ暗な部屋だったからだ。

 あの檻に入れられていた零時たちは、どうやらなんらかの方法で移動させられていたらしい。馬車か、トラックのようななにかか……思い返せば、少し体が揺れていたような気がする。

 移動中の状態から、この真っ暗な部屋に入れられた。暗いためあまりよくは見えないが、零時他にたくさんの人物がおり、それらが一人一人檻に入れられている。部屋自体は、とても広いらしい。

 暗い部屋なため、時間を確認する術はない。時計なんかは当然なく、日が差し込むほどの隙間さえもない。もしや、この部屋には窓すらないのかもしれない。

 唯一の判断方法は、一日に三食だけ持ってこられる食事。奴隷として売られる、と零時は聞いたが、当初は完全には信じられなかった。だが、日に日に部屋から減っていく誰か、追加される誰か、そして奴隷を買いに来たであろう人物の存在が、否定をさせてくれなかった。

 奴隷とはいえ……いや、だからこそ死なれるわけにはいかないのだろう。一日三食、食事だけはちゃんとあった。もっとも、最初のうちはそれで日にちを数えていたが、今はやめてしまった。

 いくら日にちを数えても、意味はない。ここから解放されるのは、誰かに買われたときだけなのだから。そして、奴隷を買うなんて奴に、善人なんていないだろう。

 だから、死んでしまおうとも考えた。が、手足は鎖に繋がれ、食事をわざと抜けば、無理やり胃に入れられる。この状況であっても舌を噛みきる勇気が出ないのは、結局死ぬ覚悟がないのか……

 もはや死ぬ気力すら、なくなっているのか。


 ガララッ


 部屋の扉が、開く。あの扉が開くときは、食事の時間か、新たな奴隷が捕まったか、それとも……


「はい、こちらになります。今では珍しい、人間です」


 耳の奥にねっとりと残るような、男の声。零時が初めて見た豚男とは違う、やせ形の鳥のような頭をした男だ。

 どうやら、彼が奴隷を売っているそもそもの人物であるようだ。店主、だろう。ここを奴隷専門の店と評してだが。そして、その隣にいるのが……


「ほう、コレが……」


 見たことのない、女の顔がある。真っ暗な部屋とはいえ、まったくなにも見えないわけではない。近くにいる人物や物の姿は見える。でなければ、食事すらままならない。

 女は、高そうなドレスのようなものを着て、引き締まり出るとこは出ているスタイル、整った表情、犬とも狼ともとれる耳を、頭から生やしている。

 とても、こんな場所にいるような人物に思えない。……が、零時をコレと告げる彼女は……


「ふむ、気に入った。買ったぞ、この商品」

「おぉ、ありがとうございます」


 恐ろしいほどに、冷たい目をしていた。


「……ひっ」


 長らく声を出していなかった零時。その喉の奥から、怯えた声が出る。それは小さく、二人には届かなかったようだ。


「……ふふ」


 もしくは、聞こえていて、放っておいたか。


「では、あちらで契約書を。すみませんが、決まりですので」

「構わぬ。アレが新しい玩具となるなら。そのようなものいくらでも書いてやろう」


 部屋を出ていくために歩き出す二人の会話は、零時に、そして零時以外にも聞こえていただろう。怪しげな笑い声を響かせ、部屋の扉を開き……


「人間は、他の種族と比べて頑丈と聞く。今まで壊してきた玩具より、長持ちするのを期待しておるぞ」


 最後の言葉は、果たして誰に向けられたものだろうか。最後、女の目が零時に笑いかけたのを、零時は見逃さなかった。

 頑丈、壊してきた、長持ち、そして玩具……それらの言葉が、零時の頭の中でぐるぐる回っていく。


「あんた、人間だったのか。どうりで、あんたの食事だけ俺らより豪勢だったはずだ」


 そんな零時へ、話しかけてくる声がある。顔は見えないが、隣の檻からだろう。

 なんて質素な食事だと思っていたが、人間である零時は、それでも豪勢だったらしい。


「災難だな、あんたも。あんな性悪女に買われちまうなんてよ」


 親しげに話してくるのは、忠告か、それとも哀れみか。なんせ、声の主とは一度も話したことがないのだ。


「……しょう、わる……おん、な……?」

「どっかの令嬢らしいんだが、趣味が奴隷漁りってくらいにしょっちゅう奴隷を買いに来やがる。どんな扱いをしてるのかしらねぇが……あの女に買われた奴隷は、みんな揃って死んでる」

「! しっ……」

「ま、噂だけどな。そもそもこんなくそだめにいる俺らに、買われた奴のその後を知る方法なんてねぇ」


 声の主、男は、零時の不安を煽ることばかり言ってくる。とはいえ、それは少なくとも事実に近いもので、零時が予想していたものでもある。

 買われた奴隷は、みんな死んでいる。それなら、あの女の台詞にも、説明がつく。


「けっへへ、オレも聞いたことあるぜ、あの女の噂! 顔もスタイルも抜群で、夜な夜な男とヤってるって噂だ。もしかしたらそういう趣味で、男を買ってんのかもな!」


 別の檻の男が、会話に混ざる。


「へぇ、マジかよ。なら万々歳な気がするが……それ本当か? なんで知ってる」

「オレがここに連れてこられてくる前に、そう聞いたことがあるんだよ。確かにあんな美人とヤれるんなら買われても文句はねぇが……問題はそこじゃない。あの女は、拷問趣味のサディストとしてもそっちの道では有名でな」

「拷問?」

「ある話じゃ、自分の興味のあることは追求せずにはいられない。たとえば、自分と違う種族の腹の中はどうなってるのか、実際に切り裂いて三色だけ確かめる。ある話じゃ、何度も何度も犯されながら同時進行で体の一部を切断される。ある話じゃ、男を全裸に剥いて、街中に放置……そのまま誰かに犯されるも殺されるも好きに見ているってな」

「うげ、そりゃ、美人でも勘弁だな」

「それだけじゃねぇ。夜な夜な連れ込む男の中には、男色家もいてな。そいつらに、文字通り壊されるまで犯されたって話も聞くぜ」

「うへぇ、男にヤられて壊されるとか、自殺もんだろ」

「が、自殺できねぇように様々な工夫が凝らしてあんのさ。全身張り付けにされ口を縛られれば、自分じゃなんとも逃げられねぇからなぁ」

「ひでぇ話だぜ!」


 会話に混ざる声が一つ、また一つ増えていく。その中には、純粋に零時を心配する声は少なく、楽しんでいるかのようですらある。

 ぎゃはは、と大口を開けて笑う。こんな環境だ、他人の不幸でも喜びを見出だしてしまうのだ。


「そん、な……」

「ま、なんとか生きろや」


 絶望にうちひしがれる零時へとかけられるのは、最初に声をかけてくれた男のものだ。励ましのつもりだろうが、零時にそれは届かない。

 そうやっているうちに、部屋の扉が、開く。零時は絶望にうつむくのみで、逃げることはできない。


「待たせたのぅ。さて、貴様……名を、なんと言う」


 女は、上から零時を見下ろして……名を、問う。

 恐怖に震える零時は、それに答えることはできない。


「っ……」

「あまり、妾をイラつかせるなよ?」


 ぞくっ……と、零時の背筋に悪寒が走る。

 女の威圧感か、それとも部屋に誰か来たためか……さっきまで騒がしかった奴隷たちは、恐ろしく静かだ。


「ぁ、あ……」

「ふん、まあ良い。これから、たっぷり時間はある。ゆっくりと、妾との時間を楽しもうではないか?」


 恐怖から、言葉にならない。そんな零時に、女は、男なら誰もが見惚れるほどの美貌を持って、零時へと笑いかける。

 檻の鍵を、店主が開けていく。


「さあ、これからよろしくな。せいぜい、妾"たち"を楽しませてくれよ? 人間」


 檻から引っ張り出される。首に嵌められた、首輪がいやに重い。

 部屋の、扉が開く。いつぶりに浴びる外の光は、零時にとって、絶望の光に違いなく……


 ------奴隷から始める異世界生活が、今、始まった……
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