上 下
14 / 46
第二章 ヒーローとしての在り方

第14話 神成家の事情

しおりを挟む


「いらっしゃい、尊くんに渚ちゃん。さ、上がって上がって」

「お、お邪魔します」

「おじゃまします」

 朝、登校前に尊と渚を起こしに、二人の部屋に赴いた愛。
 制服に腕を通し、顔を洗って頭を覚醒させてから……登校の準備ができたところで、二人は荷物を持って家を出る。

 そのまま、向かうのは学校……ではない。隣の柊家だ。
 愛に続き、尊と渚も家に上がったところで……愛の母親から、朝の挨拶を。そして歓迎を受けたのだ。

「お、海もう起きてんのか。偉いなー」

「えっへん!」

 リビングに行くと、ソファーに座っていた海が尊のところへ寄ってくる。
 尊は思いの外面倒見がよく、なにより、ヒーローレッド好き同士で意気投合したようだ。

 目線を合わせ、海の頭を撫でる尊。
 海は気持ちよさそうに身を任せていたが、尊の後ろに続いてリビングに入って来た人物……渚を見つめると、はっと息を呑んだ。

「あ、かいくん。おはよう」

 そんな海の変化には気づかず、渚は膝を折り、海へと微笑みかける。
 尊にとってもそうだが、小さな海は渚にとっても、弟のようなものだ。思わず抱きしめたくなる。

 そんな、渚からの挨拶を受け、海は……

「ぁ……お、おはょ……」

 顔を赤らめで、尊を盾にして隠れてしまう。
 それは、ある意味いつもの光景であり……渚は、困ったように笑う。

「やっぱり、渚ってかいくんに嫌われてる?」

「そんなことないよ。むしろ、渚ちゃん相手に照れ……」

「ね、ねえちゃん!」

「ませてんなぁ」

 首を傾げ、頭の上にはてなマークを浮かべる渚。わかっていないのは本人ばかりだ。
 チラチラと渚のことを見ている海を見ていると、ほほましくなるが……

 そのとき、愛に電撃が落ちる。

(はっ……海は、渚ちゃんのことを……でも、渚ちゃんはブルーのことを……
 私ってば、どうしたら……!)

「さ、ご飯ができたわよ」

 気づいてしまった事実に、愛が頭を悩ませる。だが、それは後回しだ。
 テーブルに並べられていく、朝ご飯。ほかほかの白飯に、あったかい味噌汁。さらにはたくさんのだし巻き卵。

 かぐわしい香りに、思わずみんなの表情が和らぐ。

「手伝います」

「ふふ、ありがとう」

 尊も率先して手伝い、あっという間に五人分の料理が並べられた。
 それぞれ、席に座る。六人が座れる長机、いつの間にか配置は決まっていた。

 渚、愛、尊が並んで座り、対面に座る形で海、母だ。
 意中の相手を正面に座る海は、終始顔が赤い。

「では、いただきます」

「「「いただきます」」」

「ます」

 手を合わせ、それぞれが箸を手に料理を口にする。
 これが、いつも通りの……週のはじめの、光景だ。

 週の始まりの登校日。愛は尊と渚を起こしに行き、二人を連れてここで、食卓を囲む。ちなみに、月曜日が祝日なら、火曜日だ。
 場合によっては、ここに愛の父親も加わる。普段は、朝早くから仕事で家を出ている。

 海が大きな口を開けてだし巻き卵を食べ、口元についた食べかすを取ろうと身を乗り出す渚。
 その光景に、尊は普段見せることのない、優しい表情を浮かべていた。

「尊、どうかした?」

 それを見逃す、愛ではない。

「え、あぁいや……ホント、愛やおばさんには、感謝してもしきれないなって思って」

「もう、それは言わない約束でしょう」

 しみじみと語る尊に、言葉を返す愛。
 愛の母も、「そうよ」とうなずく。二人のあたたかさが、身に染みる。

 普段から、口に出さない……いや出さなくてもいいと愛たちが言っている。でも、その思いは大きなものだろう。
 味噌汁をすする尊の姿に、愛もまた、内なる思いを秘めていた。

「うん、おいしいです」

「ありがとう、尊くん。腕によりをかけたかいがあったわ」

 それは、傍から見れば、近所のほほえましい付き合いだ。
 それは間違っていないし、しかしそれがすべてではないことを、愛は知っている。

 尊と渚、二人がこうして、ここで食事をしている理由……それは、二人の両親が、すでにこの世にはいないからだ。

 家に入ったとき、電気は切ってあり、カーテンも閉じられたままだった。
 家の中には……二階で寝ていた二人を除いて、人の気配がなかった。なぜなら、二人以外誰も住んではいないのだから。

「ほら、二人とももっと食べなさい。おかわりいる?」

「あ、じゃあ……お願いします」

「私も」

 ご飯のおかわりをしている二人……今ではこんなにも元気だが、両親を失った当初は、当然だが憔悴しきっていた。
 二人の両親が死んだ理由……それは、怪人の被害に遭ったことが原因だ。暴れまわる怪人を前に、両親は子供を逃がすことを優先し、自分たちは……

 それは、ヒーローというものがまだ生まれていないとき。突然現れた怪人の、その被害に運悪く当たったのは、尊たちだった。
 あれは、まだ……二年ほど前のことだっただろうか。

 両親を失った二人は、親戚に預けられる……ことはなかった。愛は深くは知らないが、どうやら尊の両親は半ば駆け落ちで、親類との縁を切っていたとか。
 それでも、関係者はいた……しかし、もう自立できるだろうと結論付けた大人たちは、引き取ろうと誰も手を上げようとはしなかった。
 まだ、中学生の子供に、だ。

 そんな中、隣に住んでいた、愛の両親が、二人の世話をすると手を上げた。

「……」

 だが、世話をするとはいえ、なんでもかんでもというわけではない。なにより、二人が拒否した。
 いくら幼馴染の両親とは言え、なにもかも世話になるわけにはいかない、と。

 なので、正確には生活のサポートのようなものだ。
 この、週はじめの食事も、その一つ。毎日というのはさすがに悪いので、という二人の要望を聞いた結果だ。
 週はじめの登校日。また、休日を。

「お、どうした愛。そんな真剣にテレビ見つめて……
 お前にも、ようやくレッドのよさがわかったか?」

「え、あぁ、そう……かもね?」

「歯切れ悪いな」

 だからあの日。博士に、ヒーローのスカウトを受けた時。愛は、多少の葛藤はあったが……その手を、取った。
 自分が、すべてを救えるとは、思っていない。それでも。

 この手の届くところは、せめて。救える力が、自分にあるのなら。
 あんな顔を、もうさせたくない。だから愛は、ヒーローとして、怪人と戦うのだ。
しおりを挟む

処理中です...