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第二章 ヒーローとしての在り方

第29話 羞恥でどうにかなってしまう

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「のぼるくーん♪」

「め、恵さん」

「…………」

 果たして愛は今、目の前でなにを見せられているのか。
 先ほどまでの、暗い空気。その影はもはやどこにもなく、ただふわふわとした空気が漂っていた。

 隣同士に座り、互いの名前を呼びあう恵と山口。
 山口が恵を気になっているという話を受けて、恵もまた、山口が気になっているという話になった。

 そこから、なんやかんやとまずはお友達から、という話になったのだが……
 友達のやり取りか? これが。

(というか山口くん、下の名前のぼるって言うんだ)

 今更ながら知った山口の下の名前。
 二人のふわふわ空気に耐え切れず、先ほど食べ終えたソフトクリームを吐き出してしまいそうだ。

「いやぁ、なんか知らんがうまくいってよかったな。それにしても、竹原まで山口のことを気にしていたなんて」

「も、もーたけたけったら。あんまりそういう恥ずかしいこと言わないで」

「えぇ、ボクが気になってるって話、恥ずかしいの?」

「もー、そんないじわるしないでよー、の、ぼ、るぅ」

(ちぃ!!)

 ふわふわどころかイチャイチャ空間が発生し、愛はこの場から離れてしまいたい気持ちに駆られる。
 あぁ、怪人現れないかな。

 尊は尊で素直に受け入れているし。受け入れられない愛が変なのだろうか。

「ま、なんにせよ友達に恋人ができたってのはいいことだな」

「や、やだたけたけったら。恋人だなんて……
 ま、まだ友達だってば。……きゃっ」

(私こんなに恵のことひっぱたきたくなったの初めてかもしれない)

 きゃっ、とかわいらしく笑う恵に、愛の黒い衝動が抑えられない。
 ヒーローものには、黒い衝動に呑まれる闇落ちなるものが存在するが、愛は今病み落ちしてしまいそうだ。

 ぶりっこをしているわけではない。そもそも、恵はそういうタイプではない。というかぶりっこは嫌いなタイプだ。
 そんな恵がこれなのだから、恋とはすさまじい。

(私も、尊と付き合ったら……いやいや)

 仮に、自分が尊と付き合うことになった場合……ああなった姿を想像し、愛は寒気がした。
 自分のあんな姿、見たくはない。

「いやー、今日はいいこと尽くしだな」

「! へ、へぇ。なにかいいことあったんだ」

 ふと、尊が漏らした言葉に、愛は食いつく。これ以上、友人のこんな姿を見たくはない。
 それは、条件反射によるもの……だからだろう。考えが、足りなかったのは。

 少し考えれば、わかったことなのだ。

「あぁ。いいことがあったんだぁ。実はぁ……」

 尊が嬉しいと、愛も嬉しい。
 しかし、しかしだ。尊の言う「いいこと」というのは、その内容が限られてくる。
 しかも、「今日は」と言った。

 ……「今日」、「いいこと」……この二つの単語から推測できる、尊が胸を躍らせる出来事は、ただ一つだ。

「俺、ついに生レッドに会っちまったよ!」

 ……やっぱりだ。

「……ふーん……」

 判断が、遅れた。そして、プールの楽しさや、目の前のイチャイチャのせいで、頭から吹っ飛んでいた。
 また、油断していた。今の今まで、その話題を出してこなかったから。

 愛は今日……というかさっき、レッドの姿で、尊に会っているのだ。

「え、神成くんレッドって……あの?」

「おう! ヒーローのレッドにな!」

 そして、当然話はそこで終わらない。
 尊ほどのレッド好きは珍しいだろうが、このご時世にヒーローを知らない者はまずいない。

 その中でも、怪人を倒し一番目立っているリーダーレッド。
 誰でも、その存在を知っている。

「こないだは遠目だけどブルーも見れたしよ。あんときも感動したが……その比じゃないぜ!
 なんてったって、手を伸ばせば触れられる距離に、レッドがいたんだからよ!」

「!」

 手を伸ばせば触れられる距離……実際にはもう少し離れていたが、そんなことはどうでもいい。
 それを聞いて、愛の肩が跳ねる。

 ふいに、想像してしまう。尊のあの、たくましい腕……手に触れられたら。たけきんに、抱きしめられたりなんかしたら。
 それを想像してしまっただけで、もう……

「レッドがいなかったら、俺は今ここにいないかもしれないしな。最後まで活躍を見られなかったのは残念だけど、かっこよかったなぁ。
 しかも、ちょっとしゃべっちゃったぜ俺!」

「すごいじゃないか」

 尊による、レッドのここがすごいトークが止まらない。
 しかも、今回は生レッドを見ているのだ。その興奮は、いつもの比ではない。

 先ほどの出来事を、事細かに説明していく尊。
 レッドの話が出る度に、愛は恥ずかしさからどうにかなってしまいそうだ。

 先ほどとはまた、別の意味でここから離れたい。

「とんでもねえ男気だったぜ、レッド。まさに男の中の男!」

「……」

 ただ、やはりレッドは男だと思われている。
 それでいいのだが。正体がバレてはいけないから、それでいいのだが。

 なんとも、複雑な気持ちである。

「よ、よぉし! 私、もっかい潜ってくる!」

 ついにいたたまれなくなった愛は、その場から勢いよく立ち上がる。そして誰の返事を聞くこともなく、プールに向かって走り出した。
 恵と山口のイチャイチャ、尊によるレッド自慢。あの場に居続けたら、いろんな意味で死んでしまう。

 きっと今の愛は三人にとって、プールではしゃいでいるように見えるだろう。
 年甲斐もなく。だが、そう思われていた方が、マシだ。

 愛は、真っ赤になってしまった顔を隠すように、プールへと飛び込んだ。

『飛び込みは危険ですので、おやめくださーい』

 ……怒られた。
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