61 / 114
転生魔王は体育祭を謳歌する
大役の二人
しおりを挟む体育祭は、始まった。
それぞれが、今日に向けて練習してきたことを、全力でぶつけていく。
競技の出場者ももちろんそうだし、応援する者も全力だ。
特に、こうしたお祭り騒ぎが好きな連中にとっては、思いっきり叫んだりしている。
様々な競技が進んでいく中で、あっという間に俺が出場する競技がやって来る。
「さて……そろそろ行くか、さな」
「は、はい!」
プログラム順に進み、次の競技がアナウンスされ……俺はゆっくりと、腰を上げる。
次の競技は、二人三脚……俺とさなが、ペアで出るものだ。
「お、ふたりとも頑張れよー」
「さなちゃん、しっかり」
「う、うん。行ってくるね」
鍵沼とあい、それに他のクラスメートからも声をかけられ、俺たちはテントを発つ。
さなは、わかりやすく緊張しているようだ。
元々、さなは人前に出るタイプではない。これだけの生徒の前で、というのはそれだけで、不安にもなるのだろう。
おまけに、さなは運動が苦手だ。
これまでの練習でだって、さなのミスでわりと失敗した面が大きい。
俺は気にすることはないと言うのだが、本人としては、そういうわけにもいかないようだ。
俺だって、失敗したことはあるというのに。
「さな、落ち着け。練習を思い出せ」
「は、はい……!」
初めの方こそ失敗続きだったが、練習を続けることで、だんだん上達していった。
失敗の一番の理由は、お互いの密着に照れてしまって、というのが大きかった。
要は、慣れた、のだ。
二人三脚では、息を合わせることが重要だ。
また、男女では体格や歩幅の違いも関わってくる。
そうした点も、徐々に克服できたはずだ。
「だ、大丈夫です。あんなに、練習したんですもんね」
「……あぁ」
指定の場所に待機し、次の番がまだかと、今か今かと待ち焦がれる。
他の生徒は、さなと同じように不安そうな者、逆に自信満々である者、様々だ。
この二人三脚はお互いの絆も試される、と俺は思っている。
俺とさなの絆は、ここにいる誰にだって負けていないはずだ。
「今は……こっちが、負けているのか」
ふと、スコアボードを確認する。赤組と白組の現在の点数が表示されている看板だ。
その内容は……赤組が、負けていた。
とはいえ、まだ体育祭も序盤。まだまだ取り返せる点差だ。
『続きましては、二人三脚です……』
「お、もう出番か」
「で、ですね!」
若干、さなの声が震えている。大丈夫だろうか。
これまでにも、人前で走ることはあった。だが、それもせいぜいが二クラス分の人数だ。
全校生徒の前で、となると、勝手も違うだろう。
「こ、光矢くんは……」
「ん?」
「光矢くんは……緊張、しないんですか?」
入場していく最中、さなはそんなことを聞いてくる。
緊張しないのか……俺は、緊張していないように、見えるのか。
確かに、俺が魔王だった時代は、うん千うん万の魔族の軍勢を率いていた。
その記憶に比べれば、たかだか数百の人間相手に、なにを委縮することがあるだろう。
……まあ、こんなこと言っても、どうしようもないわけだが。
「……緊張してるぞ、俺も」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ。表情に出していないだけだ」
だから俺は、こう答えた。
まあ……嘘では、ない。魔族相手に堂々立ち回ったおかげだが、今は心なしか、少し緊張しているらしい。
それは、あの時から十数年と時が経ち、その上でこの人間の体に精神が染まっているから……なのかもしれない。
普通の年頃の子なら、この人数相手は緊張するはずだ。多分。
「そのポーカーフェイス、うらやましいです」
「ポーカー……まあ、そんなところだ」
よくわからない単語が出てきたが、深く突っ込むことはしない。
そうこうしている間に、二人三脚の準備が始まる。
互いの足首に、布を結ぶ。
二人三脚は三組が出場する……俺とさなは、なんとアンカーを務めることになった。
『俺らの中じゃ、二人が一番息合ってるしさ』
『頼んだぜ、お二人さん』
とは、同じく二人三脚に出場する男子二人の言葉だ。
その際、意味深な表情を浮かべていたのが気になる。
さなもさなで、女子に応援されていた。
その際、なぜか俺の方を見た女子たちが「キャー」と言っていたのは、なぜだろうか。
「光矢くん……?」
「いや、なんでもない。
ともかく、全力でやろう」
「は、はい!」
この大人数の中で走ること、さらにアンカーという大役を任されたのだ。
もちろん、大役だからって緊張して、固まってしまうことは避けなければならない。
さなは、やはりまだ緊張しているらしい。
俺には、どうやってその緊張をほぐしたらいいか、わからない。
言葉であれば、なんとでも言えるが……
俺は、さなの手を握っていた。
「こ、光矢くんっ?」
「肩の力を抜け。
安心しろ、俺がいる」
「……は、はい」
この言葉が、さなにとってどれだけの意味を持ったが、俺にはわからない。
しかし、わずかに揺れたさなの瞳は、強く輝き……力強く、俺の手を握り返した。
すでに準備を終えた俺たち……他の者も、順次終えたようだ。
そして……ついに、二人三脚その競技が、スタートした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
16
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる