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転生魔王は体育祭を謳歌する

走者たち

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 ついに始まった部活対抗リレー。
 第一走者である小鳥遊は、リレーのときにも見せた見事な速度で、走っていく。
 カメラを持っているとは思えない、身軽さだ。

 種目が始まる前は、どうなることかと思ったが……
 もしかしたら、鍵沼に会ったことで、近くでいいところを見せたい、と張り切っているのかもしれない。

 どうあれ、プラスに働いているのなら、いいことだ。

「うわー、マジで陸上部入ってくれないかな。
 な、勧誘していい?」

「好きにしろ」

 部活の掛け持ちは認められている。掛け持ちでなく、退部して移るパターンもあるが。
 とはいえ、鍵沼が勧誘したところで、小鳥遊は首を縦に振らないだろう。

 もしそれで首を縦に振るなら、最初から写真部には入っていないだろう。

 カメラ風の石を持ちながら走る写真部。
 ちなみに陸上部は、他の運動部のようにボールを持ったりとか、そういうのはない。

「だからって、なんで競歩なんだろうな」

「さあね」

 陸上部は、なぜか競歩で走ることになっている。
 普通に走ったのでは、他の部活との差別化が計れない……ということ、なのだろうが。
 競歩はもう競歩という競技ではないのか。

 しかしそれは、うまい具合にハンデとなっている。
 さすがの陸上部でも、競歩では元来の実力は出せないらしい。

 とはいえ、今日のために練習を重ねてきたのも、また事実。
 やはり、それなりに速い。

 それでも……

「小鳥遊のほうが、速い……!」

 まさかの、陸上部や他の部活を差し置いて、小鳥遊がトップに躍り出る。
 突如として現れた、走りの速い美少女の登場に、観客席は湧く。

 これだけでもすでに、写真部の宣伝として効果絶大だろう。
 もっとも、五人目の新入部員獲得のための写真部の宣伝のはずが、五人目の新入部員は今走っている小鳥遊その人だ……とは、なんともおかしな話だ。

 まあ、部員は何人いてもいい。廃部を免れたからといって、結局なぐも先輩がいなくなれば、また廃部の危機だ。
 そうならないためにも、もっと部員を増やすことは、どのみち必要だ。

「さな、ちゃん!」

「はい!」

 トップを維持したまま、小鳥遊の握っていたバトンが、さなの手へと渡る。
 バトンパスの練習をしてきただけあって、スムーズな動きだ。

 バトンを受け継ぎ、さなは走り出す。
 さなは決して足が速いとは言えない。しかし、練習を繰り返すうちに中学時代の勘を取り戻していったようで。
 初めに比べれば、だいぶ見られるようになった。

 とはいえ……

「はぁ、はぁ……!」

 それで劇的に速くなったか、と言われれば、そうでもない。
 元々、テニス部でも運動はしていたが、だからといって足が速かったわけでは、ないらしい。

 小鳥遊が広げた差が、どんどん埋められていく。
 懸命なさなもかわいいが……今このときばかりは、そう悠長なことばかりも思っていられない。

 さなには、とにかく前だけ見て走れ、とはアドバイスした。
 誰に抜かれても、気にするなと。気にすれば、それにより足が重くなってしまう。

 さなには、そんなことを気にせずに走ってほしい。

「へへ、お先!」

 差をつけていた陸上部にも抜かれてしまい、その勢いのまま第三走者である鍵沼に、バトンが渡る。
 鍵沼に先に行かれてしまったが、致し方ない。それよりも……

 俺は振り向き、未だ走り続けているさなを見やる。
 さなは必死に走っている。その姿だけで、俺はさなをそれ以上急かす気には、なれない。

「っ、すみま、せん……あと、お願い、しま……」

「任せろ」

 さなからバトンを受け取り、俺は走り出す。
 小鳥遊がトップを維持していたが、今や先頭からはかけ離されている。
 その上、この後にはなぐも先輩が控えている。

 元から、なぐも先輩にどれだけ貯金を残せるか、が勝敗の鍵だった。
 ……俺が、突き抜けるしかない。

「……っ」

 懸命に、足に力を込めて、走る。
 これほど懸命になるなんて、練習のときでもなかったことだろう。

 周囲は気にせず、ただまっすぐ……前を走るやつを、抜かしていく。
 そしてその先に……鍵沼の、背中が見えた。

「! うぉ、真尾……!」

 俺の気配でも感じ取ったのだろうか、鍵沼は振り返る。
 その表情に若干の驚きを含め、再び前へ向く。

 範囲に捉えた……鍵沼も必死に逃げ切ろうとするが、俺だって負けはしない。
 さなやなぐも先輩だけではない、俺だって、今日のために頑張ってきたつもりだ。

 残存する魔力を使えば、一気にトップに躍り出ることはできるだろうが……
 そんなことは、しない。

「ぬぬぬぬ……!」

「……っ!」

 逃げ切る鍵沼と、追いかける俺。
 その差は、徐々に縮まり……ついに、横並びになる。

 だが、俺の役目はここまで。
 あとは、もう目の前にまでいる第四走者、なぐも先輩へ託すしかない。

「なぐも先輩、頼んだ……!」

「ま、まかせろ……!」

 正直、頼りない声ではあった。だが、震えていた姿はもう、そこにはない。
 俺はバトンを持つ手を伸ばし、なぐも先輩もバトンを受け取るべく、手を伸ばした。

 俺と鍵沼と、ほとんど同時だった……第四走者に、バトンが渡った。
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