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転生魔王は青春を謳歌する

恋人として

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「落ち着いたか、さな」

「…………なん、とか」

 俺の言動、というか失言でさなを動揺させてしまい、さなの様子が落ち着くまで待っていた。
 数分はたっぷりと時間をかけ、ようやくさなが落ち着いた頃合いだ。

 俺はベッドに座り直し、さなもまた座布団の上に座り直す。

「それでその、さっきの……」

「さなともっと仲を深めるために、次はなにをするべきか考えていたということか?」

「お願いですから、そういう恥ずかしいことは言わないでください!」

「? ここには俺たちしかいないんだ。別に俺は恥ずかしくはないんだが……」

「私が恥ずかしいんです!」

 よくわからないが、さなに懇願されてしまっては仕方がない。
 必死な表情のさなというのも、なかなか素敵だ。

 この数分だけで、今まで見ることのなかったさなの表情を見ることができている。

「こほん。真尾くんは、その……私と、もっと仲良くなりたいと」

「無論だ」

「っ……そ、そのために、私と、き、きき……」

「接吻か」

「……を、したいと」

「嫌でなければな」

「…………」

 頬を染めたまま、さながなにか言いたげに俺を見ている。
 しかし、自分でもなにを言おうと思っているのかわかっていないのか、口を開けては閉じ、を繰り返している。

 やがて、自分の頬をつまむ。

「どうしたんだ」

「いえ、これは夢かなと……」

 何度かつまみ、しかし望みの成果を得られなかったのか手を離した。
 白かった頬が赤くなっている。かわいそうに。

「……真尾くんって、私以外の子と、交際経験は……」

「ないな。付き合いたと思ったのも、触れたいと思ったのもさなが初めてだ」

「っ、そ、そうですか……」

 なんだかよくわからんが、さながいろんな意味で限界に見える。
 またなにか、失言でもしてしまったか? だが、これは俺の正直な気持ちだしなぁ。

「……私も、真尾くんが初めてです。
 なので、私も恋人として、うまくできているのかよくはわかっていません」

「! いや、別にさなに問題があるわけではない。俺が……」

「そうじゃ、なくて……私も、その、嫌と言うわけでは……
 ……っ、と、とにかく! 私も真尾くんのことをす、好きですから、無理に距離を縮めないとなんて考えなくても、大丈夫と言いますか」

 さなの言葉を聞いて、俺の胸にはあたたかななにかが広がった。
 なんせ、さなから『好き』だと言われたのだ。これ以上の幸福があるだろうか。

 さなはひょっとして、さなが恋人としてちゃんと俺を好いているのか行動に示していないから、俺が不安になった……と思っているのだろうか。
 そんなことは、決してないのだが。

 だが、さなの本音を聞く機会など、滅多にない。

「そうか、それならよかった。だが俺は、なにも無理に距離を、なんて考えているわけではない」

「は、はい」

「それより、さっき妙に口ごもっていて、よく聞こえなかったのだが……」

 先ほど、さながなにか口ごもっていた。『とにかく』の直前になにか言っていたようだが、不覚にもそれを聞き取ることができなかった。
 さなの言葉なら、一言一句聞いていたいのだが。

「! な、なんでもないです」

「いや、しかし……」

「なんでもないです!」

 ふむ、なんでもないのなら、これ以上追及しても意味はないか。
 やたらと顔を赤くしているのが気になるが。この部屋に来て、半分くらいは顔を赤くしているのではないだろうか。

 もう怒ってはいないようなので、そこは安心だが。

「……ただ、その……」

「どうした?」

「せっ……きっ……は、ちょっと無理ですけど。いや、無理っていやとかじゃなくて、心の準備的な意味でしてね!」

「うん?」

「……距離を縮めたいというのは、同意です」

 そう言って、さなは立ち上がる。
 それから、ゆっくりと歩き始める。とはいえ、部屋の中だ。数歩歩けば、目的の場所につく。

 そして、腰を下ろした先は……ベッドの上。
 つまり、俺の隣には今、さなが座っているということになる。

 まだ少し、距離はある。それでも、先ほどよりは格段に近い。

「……ど、どうですか」

「え、あぁ……いいと、思う」

「……今は、これが限界です」

 なんだろう。先ほどまでは、さなもベッドに座ればいいと思っていたのに。
 いざ隣に来ると……なんだろうこの気持ちは。心が、高揚するような、この不思議な感覚は。

 横を向くと、そこにはさなの横顔。頬を染め、俯いている彼女の横顔が、なんとも美しい。
 ただ……いつもなら、ここで「かわいいな」とかなんとか言えそうなものだが。どうしてか、言葉が出てこない。

 そうしているうちに、さながこちらを向いた。
 さなの目が、俺をじっと見ていた。

「……ふふっ」

 そして、なぜだか笑い出す。

「なっ、どうしたんだ?」

「いえ……真尾くん、顔真っ赤で」

「!?」

 さなに指摘され、俺は思わず自分の顔を触る。しかし、そんなことで自分の顔色がわかるはずもない。

 くそ、部屋に鏡がないのが悔やまれる。いや、机の上に手鏡が……
 いやしかし、ここから動きたくない。なぜだ、この場所を心地いいと感じてしまっている。

 さなの笑い声が、とても心地いい。

「ふふふっ……」

 その横顔が笑う姿を見ていると、胸が高鳴る。気がする。
 まったく、さなに会ってから初めて感じる気持ちばかりだ。

 距離は縮めたいが、今はこれが限界……なんとなく、さなの言葉の意味が分かった気がする。
 部屋の中には、愛しい彼女の笑い声が響き渡り……この和やかな時間は、ゆったりと過ぎていく。
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