182 / 263
死に戻り勇者、魔王の娘と対峙する
魔王の娘
しおりを挟むありえないことだとは思う。目の前にいるのが、魔族の……魔王の、娘だなんて。
魔王に娘がいること自体には、まあ疑問はない。どんな邪悪な存在でも、一個の生き物なら、生存本能から子を成すのは必然だ。人間だって、魔族だって。
問題なのは……その子供が、角や瞳の色に目をつぶれば、見た目は人間そのものであること。それも、人の言葉を、話しているのだ。
「キミは、本当に……」
「だらららららぁ!」
魔王の娘なのか……それを聞くよりも先に、少女は体を柔らかくしならせ、俺の手から抜ける。続けざまに、拳の乱打が開始された。
連撃が激しさを増す。右から左から、拳を何度も繰り出し俺に反撃の隙を与えない。
だが、攻撃の熱が増すのは同時に、無言の肯定のようにも、思えた。
「っ……」
拳を、弾く。受け止めては危険だからだ。
彼女が魔王の娘と考えたのには、理由がある。一つはその圧迫感だが、もう一つは……単に魔族の子供ならば、ここまで俺に執着する理由がわからないからだ。魔族を倒してきた人間なんて、他にもいる。
その点、魔王を倒したともなれば、それは一部の人間でしかない。現に前世では、仲間の協力があったとはいえ、俺は魔王を倒した。
だが、それは前世の話。この時間軸では……
「待て、話を……! 魔王を、キミの父親を俺は、ころ……」
「問答、無用、と言った!」
俺は、いや俺たちは魔王を倒してはいない。殺してはいない。それを伝えようにも、やはり少女は聞く耳を持たない。
今回、魔王を倒したのは俺たち勇者パーティーではない。マーチと名乗っていた、チマの仕業によるものだ。
彼は『スキル』【透明化】を使い、魔王を討った。俺たちが魔王の部屋についた頃には、すでに事は済んでいたのだ。
「ちっ、せいや!」
「!」
しかしそれを正直に言ったところで、信じやしないだろう。俺だって、直接その場面を見たわけではないにしろ、あの場面を見てなお信じられなかった。
それに……それを話したとして、今度は標的がチマになるだけだ。
魔王を倒すほどの力量の持ち主だ、狙われても心配いらないかもしれないが……そういう問題でも、ない。
拳だけでなく足も使って攻撃してくる少女の打撃を、すんでで避けていく。
「なん、でっ……当たら、ない!」
「……」
戦いに慣れている……そう評したが、それは半分は間違いだったかもしれない。体術は大したものだし、油断できない相手なのは確かだ。
だがおそらく、人と戦って経験が少ないか、まったくないか……そのため、こうして時間が経過していくとともに、ボロが出る。
本人として、早めに決着をつけなかったのだろうが。
「そこ!」
一瞬の隙を見つけ、俺は少女の懐へと潜り込み……腕を持ち上げて、彼女を背負いぶん投げる。背負投げだ。
小柄な少女の体は軽く、すんなりと投げつけることができて……
「わっ……ぐぁっ!」
背中から、少女の体を打ち付けた。当たりどころが悪かったのか、苦しそうに表情を歪めている。
しかし、すぐに俺を睨みつけ、手を伸ばそうとする。手のひらを俺に向けるつもりだ。
少女の『スキル』は【消滅】。先ほどの行動を見るに、手のひらから光を放ち、触れたものを消滅させる。
「させるか!」
なので、手のひらを向けられるわけにはいかない。俺は少女の腹部に馬乗りになり、両手首を掴み上げることで少女の動きを制限する。
体勢、体格差もあるおかげか……バタバタと逃れようとする少女は、俺の下から動けない。手のひらも、もちろん俺に向けられないようにしっかりと拘束する。
「この……はな、せぇ!」
「暴れるな!」
動きは封じた。後は、この子をどうするか……だな。
俺の命を狙い、さらには目の前で兵士たちの命を奪った。許せることではない。人の命を、奪ったのだから。
「答えろ。キミは……お前は、魔王の娘なのか?」
未だ暴れる少女だが、抵抗しても無駄だと悟ったのか、抵抗をやめて俺を、睨みつけたまま、口を開く。
「……そうだ。魔王は、ボクの父、だ。ボクは、魔王の、娘だ」
可能性の一つだった……それを、少女は肯定した。やはり、魔王がこの子の父親。さっき自分のことを私と言っていたが、キャラを作っていたのだろうか。
魔王の娘……その事実に、本来ならここまで驚くことはなかっだろう。だが、見た目が……人間に、酷似しすぎている。
それの意味することは……
「……もしかして、キミの母親は……人間、なのか?」
「……」
魔族であれば、人に近い姿はしていてもここまで人間を思わせる姿はしてはいない。だが、魔王の娘である以上魔族でないわけがない。
そう考えると、結論は……自ずと、限られてくるわけで。
考えにくいことではある。だが、魔族と人間のハーフ……そう考えれば、辻褄が合うことでは、ある。
「……」
少女は答えない。だが、無言で俺を睨みつける姿が、そのまま肯定を表しているようだった。
魔族と人間……それも、魔王とのハーフなんて。聞いたこともないが……見た目と、人間の言葉を喋ることから、そう予測した。
実際、魔族は人間の言葉は喋る。そういう、連中には会ってきた。のだが……そいつらとはまた、違った雰囲気を感じた。
今までの魔族は、人間を観察して言葉を覚えたといった感じだった。だが、少女は……まるで誰かに、それこそ人間に、人間の言葉を教えられたといった……そんな感じが、したのだ。
0
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる