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第一話 勇者は血の海に沈む
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……どうして、こんなことになったのだろう。
異世界召喚、それに導かれた男は、魔王を倒すために勇者として、この世界での役割を与えられた。
異世界に転移した男は、元の世界ではあり得なかった身体能力を得て、聖剣に選ばれしまさに『勇者』となった。
加えて、仲間たちもいる。頼もしい彼らと一緒ならば、魔王だろうとなんだろうと怖くはない……
……そう、思っていた。
「はぁ、はぁ……」
その光景は、彼はただ息を荒くして、見ていた……否、見ることしかできなかった。
なぜなら、目の前で起こった出来事に、頭がついていかないからだ。
だから正確には、見ていた……というよりも、眺めていた、と表現した方が、いいのかもしれない。
とても、自分の身に起こったことだと……思いたく、なかったから。
現実感なんて、まるでないのだから。
「な、んで……」
目の前に広がるのは……赤。赤が周囲の景色を一変させていた。
それは、ゆらゆらと揺らめく夕焼けの赤で……ごうごうと燃え上がる炎の赤で……
……地面を、木々を、剣を、人を……無惨にも染め上げた、赤であった。
「なんで、こんな、こと……!」
男は、必死に声を絞り出した。かつては人々に持ち上げられ、揚々と魔王退治に乗り出した勇者。
その姿は、自信に満ち溢れていた。
その面影は、もはやどこにもない。
なにも知らない人がその姿を見れば、腹を抱えて笑うだろう。
あの自信満々だった顔が今や涙と鼻水に塗れ、腰を抜かし地に尻を乗せ、あまつさえズボンの一部は濡れていた。
血に濡れているわけではない、股間部が……つまりは失禁しているのだ。
しかして、その姿を笑う者はこの場にはいない。
すでに残っていない……と言うべきだろうか。
「なんでこんな、ことを、したんだ……!」
三度目となる、その言葉は彼の正面に立つ人物に、向けられている。
その人物の周りには、三人の人……いや、人だったものが、転がっている。
その屍を踏みつけ、ゆらりと振り向き勇者に向き直るのは……その姿は、果たして少女であった。
少女の姿を、していた。
その手に握られるは、本来であれば美しく銀色に輝くであろう刀身を持つ、一振りの剣。
それはしかし、真っ赤な液体により本来の美しさは失われていた。
もしかしたら、その姿はある種、美しく映るのかもしれない。
「……」
少女は、にやりと笑った。
その剣で、人を……同じ勇者パーティーの仲間を斬り殺し、それでいて、笑顔を浮かべていた。
その表情は、顔に返り血が飛び散っていてなお、美しかった。
まだ、十六になったばかりの少女……花が咲くようなその笑顔は、この状況にあって美しかった。
目を引くほどに美しい金髪も、清楚な彼女を表す白き衣も、透き通るような肌も……その全てに、血が付着していた。
そのどれもが、彼女自身の血ではなく。
この場に倒れている、仲間の……
「答えろって、言って、るんだ!
カリィ!!」
怯える勇者は、だが勇気を奮い立たせた。
勇気ある者、すなわち勇者……この世界で、勇者と呼ばれた時から……そうありたいと、願っていた。
だから、怖くて逃げだしたい気持ちを、必死に押し殺して。
共に旅をしてきた少女が、なぜ仲間を殺すという凶行に走ったのか。
場合に、よっては彼は、彼女を……
「くっ、ふふ……あはははは!」
彼女は……カリィと呼ばれた少女は、高らかに笑った。
先ほどの笑顔とは違う。まるで、狂気に染まった……そういった表現をするほど、その場には不釣り合いで。
しかし、笑っている本人は、それが当たり前であるかのように、高らかに笑っていた。
そして……ゆっくりと、視線を彼に、向けた。
「なんで、って? そんなの決まってるじゃん……こいつらが、あなたに色目を使ってたから」
「……は?」
途端、少女の目は細められ……物言わぬ屍を、足で蹴る。
そこに、仲間であった者への、情などない。
いや、もはや人としての情すら……
「お前、なに言って……」
「でも、これで安心!
これで、あなたにまとわりつく虫は、いなくなったから!」
話が通じない……そう、思うしかなかった。
なんでと問うても、その答えは意味のわからないものだ。
色目? 倒れているのは、仲間だった女性……仮に、彼女らがそうだったとして。
それだけで、殺す理由に、なるのか?
言いようもない恐怖が、彼を襲う。
「だから、これからは……もう、私だけのものだよ。
エイジ♪」
ほんの数時間前ならば、見惚れるほどにかわいらしい笑顔だと感じたに、違いない。
けれど、今はただ……恐怖でしか、なかった。
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