上 下
5 / 32

平井 昇5

しおりを挟む



『平井 昇さん、おめでとうございます。プレイヤー一人撃破につき、相手プレイヤーの所持していた二億円が譲渡されます。
 現在、あなたの所持金は三億円です。目標の三十一億円を目指し、頑張ってください』


 ……それは、差出人意味不明のメール。しか、送り主はわかっている……このデスゲームとやらを仕組んだ、何者かだ。
 このタイミングでのメール内容。そして、『相手プレイヤーが所持していたのは二億』という文。

 さっき、自分を殺そうとした男に、間違いはないだろう。
 男は、昇と会う前にすでに一人、殺していた。男が元々持っていた一億と合わせれば、二億となる。

 ……それは、つまり……

「……俺が……人を、殺した……?」

 状況だけを見るならば、正当防衛に加えて事故、という結論だ。
 しかし、状況はそうでも、昇の心はそれで割り切れない。

 この手で、人を突き飛ばし……その、命を奪った。
 誰かを手にかけるなんて、これまでもこれからも、一生縁のないことだと思っていた。昇は大学生、人生もまだまだこれからだ。

 だと、いうのに……


『この島ではなにをしようと、元の世界に戻ったあなたが罪に問われることはありません』


 ふと、メールの文面が思い出された。
 あの男も、こんな気持ちだったのだろうか。人を殺してしまい、もうどうしようもなくなって……ただ、すがるしかなくて。

 ……だからって、その数を重ねていいなんて、そんなのあっていいはずがない。

「……とにかく、移動しないと……」

 ここに残っていては、また誰かに狙われかねない。マップを見れば、近くに人がいないことはわかるが……それでも、一か所に留まるのは危険だ。
 男の姿を確認しに行く気には、なれなかった。なぜだか、あのメールに書かれていることは正しいような気がして……もう男は、息絶えているのだと。理解してしまった。

 昇は、男が落としたままだった拳銃を拾う。撃ち方なんてドラマやアニメでしか見たことがないし、撃つつもりもないが……防犯として、持っておいて損はないだろう。
 その場を後にし、まずは落ち着ける目指す。

 ……なにか、水の音が聞こえている。

「……そういえば、俺の【ギフト】ってなんなんだろうな」

 ただ歩くだけ……以外にも、出来ることはある。昇はマップを確認し、近くに人がいないと判断して画面を操作する。
 自分に与えられたという【ギフト】、それを確認できるはずだ。

 先ほどの男は、影に針を刺しその箇所の動きを封じる……というものであった。
 昇も、似たような【ギフト】になるのか。それとも……


【ギフト名:幸運ラキ
 :あなたの身の回りで幸運が訪れます。

・発動条件
 ???


「……は?」

 その文面を見た瞬間、昇は間の抜けた声を上げてしまう。思わず、笑いそうになってしまうほどだ。とはいえ、それも仕方ないことだろう。
 どんな攻撃的な、もしくは補助的な【ギフト】かと思えば……『幸運』などと、ふざけているのもたいがいだ。

 しかも、なにやら発動条件なるものがあるようだが……その項目が、はてなとは。
 まったく意味が分からない。それでは、【ギフト】の発動もなにもないではないか。

「俺のどこが、幸運だって……」

 ぼやく途中で、昇は気づく。
 先ほど、男の拳銃は暴発した。それに、直後男は転倒した。どちらも、昇にとって都合のいいことだ。

 幸運とは、その者にとって都合のいいことが起こる現象、と考えていいだろう。
 つまり……あの男の身に起こったことは、昇の【ギフト】も影響しているのか?

 ……その結果が人殺しとは。そのおかげで助かったのかもしれないが、とんだ幸運もあったものだ。
 それに……

「そもそも、このデスゲームに巻き込まれたこと自体、不幸だっての」

 昇自身、こんなデスゲームに参加させられる覚えはない。
 誰か、昇に恨みを持っている……いるとしても、殺されるほど恨まれている覚えはないし、だとしても自分以外にもプレイヤーとされる人がいることが謎だ。

 それとも、誰かが殺したい……すなわち殺されるべきと判断された人間同士で、殺し合いでもさせようというのか。そうなら、とんでもない悪趣味だ。
 賞金とされるお金も、プレイヤーのやる気を出させるためだとしたら、まあ筋は通るが……

「金、か……」

 一人頭一億、全部合わせて三十一億など、とんでもない額だ。
 もしも最終的に生き残りが三十一億円を貰えるのだとしたら、そんな大金を用意できるのはもはや一個人ではあり得ない。

 金持ちの道楽に巻き込まれただけ、という線もあり得る。
 あるいは……

「借金……」

 昇には、借金がある。さすがに三十一億円などという途方もない額ではないが。
 昇は、自分以外にはまだ一人しか人と出会っていない。最悪のファーストコミュニケーションだったが、あの人もなんらかの借金があったのだろうか。

 もしまた人と会ったら、デスゲームの謎を解くための手掛かりを……

「……いや、もう誰とも会いたくないな」

 すっかり、昇は人間不信になりかけていた。それもそうだ、あんな優しそうな男が、自分を殺そうとしてきたのだから。
 だいたい、デスゲームの謎なんて突き止めてなんになるというのか。自分がここにいる理由は気になるが、そのために危険など冒せるはずもない。
 すべてが終わるまで、誰にも見つからないところでひっそりと……

 ……すべてが終わるまでとは、いったいいつのことだ?

「! 湖だ……」

 少し前から聞こえていた、水の音。それに従い、歩いていた。
 開けた場所に出ると……その先にあったのは、大きな湖だ。見た感じ、澄んでいてきれいだ。

 マップを確認すると、周囲に人もいない。
 とりあえずは、ここで休息を取ろう……昇は、落ち着ける場所を探して、移動していく。
しおりを挟む

処理中です...