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第2章 エルフの森へ
新たなる道
しおりを挟む旅に、ヤネッサが同行することになった。
「や、それはいいんだけど……ジャネビアさん、まだ大事なことを聞いてないです」
「うん?」
ヤネッサが同行することは、まあこの際どっちでもいいのだ。ヤネッサがその特殊な力とやらで役に立ってくれるならば良し。元々その力がどう役立ってくれるのか……過度な期待はしないでおこう。
さて、ジャネビアさんに聞いておかなければならないこと。それは……
「『竜王』と会った場所、ここからどれくらいかかりますか」
『竜王』と出会ったという、その場所。場所というよりは、ここからどのくらいの距離がかかるかという方が正しい。
国を出て、このエルフの森……ルオールの森林へ来るまでは、ライダーウルフのおかげもあり4日の日数で着くことができた。だが、問題の土地へどの程度の距離があるのか。ここから国へ帰るまで、同じく4日かかると仮定して……残りの時間で、行って帰ってこなければならない。
そのために、距離を正確に把握しておかなければ。
「その場所は……『王家の崖』と呼ばれる場所じゃ」
「王家の……崖?」
「昔、とある王族が住んでいたらしいのじゃが、災害によりその土地は失われ残ったのは崖、そして深い谷底のみという……その場所へは……少なくともひと月で行って帰ってこられる場所ではないの」
ジャネビアさんと『竜王』が会ったという『王家の崖』……聞いたことはないし、そこがなんだろうとどうでもいい。問題は、そこへどれくらいの日数がかかるかだ。
だが、帰ってきたのは……ノアリの命の期限、ひと月をゆうに超えるだろうというものだった。
「そ、んな……」
それは、考えなかったわけじゃない。あの本に載っている、北の北の最果ての……そんな場所は誇張して書いていた場所だとしても、どのみち果てしなく遠い場所である可能性は高い。むしろ、ライダーウルフを使ってもひと月で行って帰ってこられる場所は限られている。
ここまで来て、また……
「じゃが、距離に関して心配することはない」
「え?」
「そろそろ……」
その場所がわかっても、たどり着けない絶望。それに支配されていたが、俺にかけられたのはジャネビアさんの安心させるような声だ。アンジーを見ても、まるで安心してくださいと言わんばかりに微笑んでいる。
いったい、なにをそんなに……しかし、その疑問はすぐに晴れることとなる。俺との会話を終えて以降、いつの間にか姿の見えなかったエーネがジャネビアさんの隣にやって来て、"あるもの"を持ってきたからだ。
それは、布に包まれていた。両手で優しく持つ球体のような形で……それを床に置き、ゆっくりと布を捲っていく。そして、姿を現したのは……
「……水晶?」
一目見て、自然と口に出していた。薄く緑色に光るそれはガラスのようにきらめいていて。宝石のようにさえ思えるそれは、思わず惚れ惚れとする。
しかし、それはそれだ。この状況で、この水晶が出てきたことにどんな意味があるのだろうか。
「あの、これは……?」
「これは、一度行った場所に一瞬で転移することができる石……『国宝』と呼ばれる、『転移石』じゃ」
「てんい、せき……」
それは、『国宝』だという。『国宝』……それは、あの国に伝わる文字通りの国の宝だ。『国宝』とは俺にも聞き覚えがある。なにせ、俺がガラドやミーロと旅をするようになったのは……いや俺たちが旅をすることになったのは、『国宝』に導かれ選ばれたからだ。そして、ガラドが魔王を討ちとった剣もまた『国宝』……確か『魔滅剣(ましょうけん)』とか言ったか。
俺にもある意味なじみ深いのが、『国宝』だ。『国宝』にどれだけの種類があるのか、それは知るよしもないが……
「これ、は……?」
「私が魔王討伐の褒美で貰ったものよ」
この『国宝』が、あの国の『国宝』と同一のものなのか……それは、エーネが答えてくれた。なるほど、魔王討伐の褒美か……ガラドとミーロが平民から貴族よりも上の位を得たように、エーネやヴァルゴスにもそれぞれ褒美が与えられていたってことか。
ならば、あの国のものが、それも『国宝』がここにあるのは納得。ちなみに俺とエーネの関係性を知らないアンジーは、魔王討伐について簡単な説明をしてくれている。事情は知っているのに、なんか申し訳ないな。
「じゃあ……この『国宝』を使って、ジャネビアさんが『竜王』と会った場所まで転移できる……」
「あぁ。これはどれだけ遠かろうと、一度行った場所なら好きな場所へ行ける。エーネが『国宝』を持ち帰った後、わしは再びあの場所へ行って『転移石』に記録させていたんじゃが、まさかこのような形で使うことになるとはの」
その場所までの、転移……それは、まさに喉から手が欲しいほどに求めていたものだ。こんなものが、このタイミングで出てくるなんて。
「ただし、その『転移石』を使えるのはあと一度のみじゃ」
「え?」
「正確には、一往復きり。どうやら、転移の回数も無制限とはいかないようでな。『王家の場所』へ行き、帰ってくる……それで、この『転移石』はただの綺麗な石じゃ」
ジャネビアさんからもたらされたのは、予想しなかった言葉……いくら『国宝』とはいえ、無制限の転移は可能なのか。そう思ってはいたが、まさかあと一度……一往復のみだなんて。
それを、俺のために使わせてくれるというのか?
「そんな……じゃあ、なんで俺にこれを……これがなくなったら、これから不便に……」
「いやあ、実際に『国宝』というてもな、なんかもったいなくて使いどころの難しいもんだったんじゃよ。これの存在を知っておるのも、これを持ち帰ってきたエーネや村長をやっとるわし、それにアンジーと、一部の者だけじゃしな。なくなったところで誰が困るわけでもなし」
「でも……」
「それにな……それは、エーネの戦利品じゃ。使う際には、エーネが許可しないと使えんようになっとるんじゃよ。そのエーネが、なんでかお主に使わせてやってくれと……」
「え……?」
「じゃ、ジャネビアさん!?」
それを使うことを渋る俺に、ジャネビアさんがいたずらっ子のように笑う。そして、当のエーネは慌てたようにジャネビアさんの口を塞ごうとするが、もう遅い。
どうやら、俺に使わせようと言ったのがエーネだということは、内緒にしてほしかったらしい。あのエーネが、顔を真っ赤にしている。
「エーネ……」
「……これで許してもらえるとは思ってないけど……私なりの、誠意」
俺を見たかと思えば、すぐに顔をそらしてしまう。あぁ、エルフって不便だな……耳が長いから、赤くなっているのがすぐにわかってしまう。他の3人には、まったく分からないやり取りだろう。
正直、頭の中はぐちゃぐちゃだ。俺を殺したガラド、それを黙って見ていたエーネ……俺を殺した理由は知っているのに、理由は教えてくれない。なのに、所々で申し訳なさそうな顔をして、あと一度きりの『国宝』を俺のためにまで……
訳が分からない。分からないが……ノアリを助けるために八方塞がりになっていたその壁に、一本の道が生まれた。それは事実だ。だから……
「ありがとな」
自然と、そう口に出ていた。
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