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第2章 エルフの森へ
幕間 待つ者たち
しおりを挟む『呪病』……7つの歳になると同時に、命を落とすと言われている病。それは確認された事例で確かな症状であり、しかし原因や解決方法などはまったくわかっていない。
わかっているのは、子供しかかからないということ。7歳になったと同時に命を落とすということ。その2つのみだ。それは、病気に関してマイナスな面しかわかっていないということでもある。
人の医術ではどうしようも出来ず、原因もわからないので薬をどれを使えばいいのかわからないし、やみくもに試すわけにもいかない。また、エルフによる魔法も通用しない。魔法とは人間には使えない、エルフに使うことの出来るもの。回復系統の魔法は人の医療よりも精度が高いと言われているが、それも効果はない。
極めつけに、そのエルフの回復魔法よりもさらに高度な術……『癒しの術』という、選ばれた巫女にしか使うことの出来ない力が存在するが、それすらも効き目がないということだ。その術は、嘘か本当か人体の欠損した部位すらも効果があるらしいのだが……
「……はぁ、やっぱりダメだわ」
術者であるミーロは、もう何十回目……いや、百を超えるほどのため息を漏らした。これまで、『呪病』患者に『癒しの力』を使ったが、誰ひとりとして効果が表れなかったのだ。
幸いと言っていいのかわからないが、目の前で患者が死ぬことはなかった。患者は、7歳を迎えると同時に……つまり深夜に亡くなるのだ。その時間までミーロが付き従うことはない、彼女にも家庭がある。
それでも、何度ずっと側にいようと思ったかわからない。何年も前、魔王討伐の旅に選ばれ、この力を自覚することになった。思い当たる節はあったのだ、幼い頃怪我をした幼馴染に、痛いの飛んでけとよしよししてやったら、翌日には怪我が治っていたのだ。てっきり、おまじないの効果かと思っていた。
力を自覚してからは、旅でその力を大いに発揮した。戦闘能力はないが怪我をする仲間を癒し、サポートとして活躍した。帰って来てからも、国にこの力を重宝された。魔王討伐の功績と合わせ、元は平民だったのが今ではこんな裕福な暮らしをさせてもらっている。
おまけに、故郷である村には毎月国から援助が送られている。本当ならば家族も一緒に国に暮らしたかったが、国に暮らすのは恐れ多いし自分たちの故郷はここだから、と断られた。
「んっ……」
「お疲れ様、ミーロ」
「! あなた……」
ふと自分の力、そして故郷のことを思い出しながら背筋を伸ばしていたミーロは、背後からかけられた声に振り返る。そこにいたのは、旦那であるガラド……同じく魔王討伐の旅を共にした仲で、死線を超えた戦友とも言える。
まさか、このような関係に収まるとは思っていなかったが。
「また、あの子に『癒しの力』を?」
「えぇ。でもダメ……全然良くならない。私のこの力、役に立たないや」
「俺たちを助けてくれた力が役に立たないわけ、ないだろ」
目の前のベッドに眠る少女……ノアリ・カタピルを見つめ、ミーロは軽くため息を漏らす。そんなミーロの肩に手を置くガラドは、彼女を慰める。
彼女は元々、ガラドとミーロの知り合いの子供だ。が、今では息子であるヤークワードのいい友人だ。息子はいい子だが、なかなか同世代の友達が出来なかった……彼女が、初めての友達だ。しかも異性の。母親としては、今後の行く末が気になるところではあったが……
「ノアリちゃん、目を覚まさないな」
「えぇ……」
そのノアリが、『呪病』にかかってしまった。今は、この家で看病している。元々発病したのがここに遊びに来ている時で、下手に動かせなかったというのもある。
すると自然、他の患者と接する時間よりも彼女に付いている時間の方が長くなるわけで。不公平だと言われるかもしれないが、そもそも彼女は医者ではないし、命に順位を付けるわけではないが……
「ヤークの友達だもの、死なせたくない」
だが結果として、ミーロの『癒しの力』は役に立たない。ガラドは自分の伝手を使って、有名な医者などを探してくれる。が、結果はやはり芳しくない。
これまで何人もの『呪病』患者を診てきた。痛みに苦しむ者、病に侵されているとは思えないほど穏やかに眠る者、苦痛にもがき暴れ自分の体を傷つけ自死してしまうもの。『呪病』は7歳になると死ぬ……逆に言えば、7歳になるまで自然死することはない。だから、患者は暴れないように拘束しておく必要がある。
ノアリは、始めこそ苦しみ寝ることすら出来なかったようだが、今ではすやすやと眠っている。それがいいことなのか悪いことなのかは、わからないが。額に流れる汗を拭うくらいだ、出来るのは。
「……キャーシュは、どう?」
「さっき寝たよ、寂しそうだった」
「……ごめん」
「あ、そういう意味じゃなくて」
ヤークワードの弟である、キャーシュ。今ミーロはノアリ含め『呪病』患者につきっきりであり、ガラドも国中を駆け回っている。兄であるヤークワードは今この家にはおらず、メイドのアンジーもいない。キャーシュには寂しい思いをさせている。ヤークワードがいないのに、家に訪れてキャーシュの相手をしてくれるロイ・ダウンテッド……ヤークワードの剣の先生には感謝だ。
そのヤークワードは、ノアリを助けるために家を空けている。アンジーはヤークワードについていき、いろいろと手助けをしてくれているようだ。ノアリを助けたい……そう言われては、止めることは出来なかった。ヤークワードひとりでは心配だったが、旅の経験があるアンジーが一緒ならば大丈夫だろう。
ヤークワードは今、エルフの森にいるのだという。ノアリを助ける、そのための手掛かりが、そこに……アンジーの故郷に、あるのだと。手厚い歓迎を受けているらしい……心配がなくならないことには変わりないが、ひとまず安心と言うべきだろうか。
「ヤークは頑張ってるし、キャーシュは寂しいのを我慢してくれてる……なのに私は……はぁ」
「あまり思い詰めるなって」
子供たちが頑張っているのだ、自分にももっと出来ることがあるのではないか……なにが『癒しの力』を使える巫女だ、まったく役立たずではないか。
ミーロは不安になる。
「……ヤーク」
この場にいない息子の名前を、呼ぶ。まだまだ小さいと思っていたが、いつの間にあんなに大きくなったのだろうか。
ノアリを助けたいと、そう言ったあの目……強い意思を感じる、目だった。どうしてだろう、不思議だが……あの目を見たミーロは、既視感のようなものを感じた。昔、同じような目を見たことがあるような……
「今日はもう休め、な?」
「!」
ポン、と肩に手を置かれ、ミーロは軽く身を震わせる。なにかを思い出そうとしていたが、なんだったか……いや、今はよそう。今はとにかく、ノアリの無事を……なにより、息子の無事を祈ろう。
もしもなにも手がかりがなかったとしても……せめてヤークワードは、無事で帰ってきてほしい。ノアリが救えないようなことがあっても、せめてヤークワードは……そう、思ってしまう自分も嫌で。
そっと、ノアリの頭を撫でる。その後、ミーロは自室へと戻っていく。廊下の窓から、夜空を見上げる……離れていても、同じ夜空を見上げているであろう、息子を思いながら。
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