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第4章 騎士学園での騒動
見えない刃
しおりを挟むこの試験では、致命傷を超える傷は、体には反映されない。少しくらいは痛くても、それ以上致命傷になることはない。俺がガルドロの首を斬り落とせなかったように。だから体の傷については問題ないだろう。
問題は心の方……あまりに痛めつけられたりなんかしたら、それが精神的なトラウマになりかねない。俺がガルドロにやったみたいに。
「ミライヤ……」
小さく、声が漏れる。こんなにも彼女に感情移入しているのは、きっとさっきの平民差別の現場を見たからだ。
俺も平民で、同じような目にあったこともある。平民だからと、貴族からはまともに目もあわせてもらえない。だからだろう彼女には、似た者同士として思うところがある。
せめて無事に試験を終えてくれと、それだけを願うしかない。
「さて、と。ボクの美しい剣技を披露するとしようか。平民とはいえど女の子、この結界のシステムがキミを深く傷つけはしないとはいえ、女の子をいたぶる趣味はない。先ほども言ったように、降参するなら、キミに手は出さないが……」
「……て、ください」
「んん? なにかな」
「……構えてください」
またなにかを喋り始めたギライ・ロロリアだが、対してミライヤは落ち着いて見える。とても、さっき貴族連中に嫌な目にあわされたのと同一人物とは思えない。
彼女は剣を鞘に納めたまま、構える。鞘に手を置き、足を開いて、腰を少し落とす。あれは……居合いの構えか?
居合いというのは、技術は先生に教えてもらったことがある。3つの流派に属さない剣技であるが、隙だらけになるためにオススメしないと。
ミライヤは、剣に手を添えたまま、なにかを言った。それを聞いたギライ・ロロリアは一瞬、ぽかんっとした表情になり……
「あっははははは! いや、ようやく口を開いてくれたと思ったら、なにを言うんだね!」
急に、笑い出した。あの男の言葉は聞こえないし、あの男よりも小さいミライヤの声も聞こえない。が、ギライ・ロロリアが笑っているのくらいはわかる。
「けど、見た目通りのかわいらしい声だ。もっとキミと言葉を交わしたいが……」
「構えてください」
「やれやれ」
ひとしきり笑った後、ギライ・ロロリアは構える。だが、ミライヤのようなしっかりとした構えではなく、片手のみで剣を持ち、対面に向かい合う形だ。
明らかに、手を抜いている。
「これでいいかな?」
「……それで、いいんですね」
「いいとも、むしろキミがなにを気にしているのかわからない。気が済むまで打ち込んでくるといい。その後じっくりと……」
「……シッ!」
ペラペラ喋り続けるギライ・ロロリアは余裕の表情でミライヤに近づいていく……が……
それは、一瞬のことだった。まばたきをしていれば、それだけで見落としてしまったであろう瞬時の出来事。見ていても、己の目を疑うほどの光景。
堂々構えていたギライ・ロロリアの剣が、パキンと音を立てて、真っ二つに折れたのだ。刀身が、折れた。
その突然の出来事に、観客や、当のギライ・ロロリア本人でさえ、なにが起こったのかわかっていないようだった。……だが、俺には見えた。
居合いの構えをしたミライヤ、彼女の放った一太刀が、ギライ・ロロリアの剣を折ったのだと。危うく、俺も見落としてしまうところだったが……あぁ、間違いない。
剣が折れる前と折れた後、ミライヤの姿勢はまったく変わっていないし、今のやり取りに気付けた者が何人いることやら。
「え、今、どうなったの?」
隣で見ていたノアリでさえ、なにが起こったのか理解できていない。
その後、ミライヤとギライ・ロロリアの試験は終わった。ギライ・ロロリアはなにやら抗議をしていたが、聞き入れられることはなかった。
剣の打ち合いでなく、居合いによる太刀の決着。せめて、ミライヤの居合いが評価されていればいいのだが。
「うそでしょ、あの子が?」
試験が終わったので、会場を出る。そこで、あれがミライヤによるものだったとノアリに説明。
とはいえ、やはりすんなり受け入れることもできないようで。
「あ、あんたが言ってるんだから嘘じゃ、ないんでしょうけど……こう言っちゃなんだけど、平民のあの子が……いや平民じゃなくてもだわ。私もまったく見えないほどの速度で、ロロリアの得物を折ったって言うの? あそこから一歩も動かずに? 私にだって、そんなことできないわ」
「俺だってわかんねえよ」
「だいたいどうやって動かずに斬るのよ!」
「見えないほどの速度で、動いてないように見えたってことだ。剣の届くギリギリの距離になるまで、構えて待っていたんだ」
あの、凄まじい速度の居合い……あんな真似、俺だってできない。そもそも居合いはそういう技術があると教えてもらっただけで、俺自身使ったことがない。
それどころか、先生や父上も使っているところは見たことがない。転生前の世界でだって、それは同じだ。
だが事実として、ミライヤは居合いという技術を使い、勝利した。平民が貴族にだ。これは、すぐに広まることだろう。平民を下に見ている貴族連中のことだ、きっとひっくり返るぞ。
ミライヤの一太刀……超速、いや光速と言っても過言ない一太刀だった。実に見事の一言に尽きる。
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