171 / 307
第7章 人魔戦争
ロイvs魔族
しおりを挟む……世界が、ゆっくり動いているように、感じられた。人の動きが、風の動きが、なにもかもが。
俺は、手を伸ばす……しかし、その手は届かない。当然だ、世界がゆっくりになっているということは、俺の動きもゆっくりになっているということ。
届かない、届かない……俺の手は、また俺の大切なものを守れない。
それも、シュベルトの時とは違う……俺の、目の届く。手の届く範囲にいて、それでも、助けられない……自分への怒りが、湧いてくる。
やりきれなさが、悔しさが、湧き出て、そして…………
「アンジー!!!」
……ズシャッ……!
目の前の光景を、ただ見ていることしかできなかった。
倒れたアンジーに、魔族が迫り……その手には、剣を持っていた。それを、アンジーに振り下ろして……
鮮血が、舞った。
「ぁ……っ……」
舞った血の色は……赤色では、なかった。
「かっ……」
「?」
アンジーを襲った魔族は、うめき声を上げて倒れた。舞った鮮血は、アンジーのものではなく魔族のものだ。
魔族が、斬られて、倒れた……その光景は、一瞬、夢かと思うほどで。それでも、確かに現実だった。
魔族を斬り、アンジーを助けた人物。そこに、立っていたのは……
「アンジーに、手を出すな……!」
「せ、先生!?」
「ロイ、様……」
そこには、一人の男が立っていた。剣を構え、振るったことで刃に付着した魔族の血を振り払う。
ロイ・ダウンテッド……俺の剣の先生である人物が、そこにいた。
「先生、先生……!」
「やぁヤーク。お久しぶりですね。元気にしてましたか?」
先生とは、久しぶりの再会だ。俺が学園に入ってからは、会っていない。
だが、実家にはよく顔を出しているらしい。なんでも、キャーシュの家庭教師……もちろん剣の、ではない。勉学のだ。ロイ先生は頭もいいのだ。
それに、先生はアンジーといい仲のように見えた。家に通っているのは、それが理由でもあるのだろう。
「先生、えっと……なにから、説明すればいいか」
「大丈夫。なにが起こっているかは、ここに来るまでの間に大方」
先生は、国中に現れた魔族の存在に、異変を察知して魔族と戦ってくれていた。その中で、俺たちの姿を見つけたのだという。
俺たちを見つけたのは偶然だが、その偶然に今は感謝したい。
「ほぉ……『勇者』以外にも、戦える者がいたのですね」
「!」
先生の姿を見て、あの魔族が興味深そうにつぶやく。
やっぱり、勇者の……ガラドの存在を、知っている。知っていて、仕掛けてきたっていうのか。
「あの程度の魔族なら、戦える者はたくさんいると思いますが?」
「そうですか。私の調べでは、この国で魔族に対抗できる人間は『勇者』ガラド、『癒やしの巫女』ミーロ、……以前勇者パーティーと呼ばれた者たちくらいだと思っていました」
「!」
この国にいる、2人の名前……その中に、俺(ライヤ)の名前は入っていないか。
実際、単体で魔族と戦える力なんてなかったから、仕方ないが。……ん、2人?
「残りの勇者パーティーメンバー、エーネとヴァルゴス。エーネは現在、エルフの森に。ヴァルゴスは行方知れずとなっている。勇者パーティーの力は、文字通り半減……容易いと、思ったのですが」
「ぇ……」
魔族の口から、予想もしていなかった事実が語られる。ヴァルゴスが……行方知れず?
確かに、ヴァルゴスの情報だけは、いくら探しても得られなかった。積極的に探そうとしたわけでもないが、かつての勇者パーティーメンバーなら、そのうち勝手に見つかると思っていた。
まさか、行方知れずになっているなんて……
「さらに言うなら、『癒やしの巫女』は戦闘向きではない。この国に、もはや我々魔族と渡り合えるのはひとりだけ……そう、思っていたのですがね」
「あてが外れたな」
魔族の言葉を受けても、先生は動揺することなく剣を構える。アンジーを守るように、立ちながら。
そして、それからしばしの沈黙……動きがあったのは、僅か数秒後だった。
「はっ……!」
「ふっ……!」
その場から消えるように、互いに接近し……剣と腕とが、激しくぶつかり合う。
金属同士が打ち合ったような、激しい音が響いた。
「っ、さっきの魔族とは、まるで違うな」
「あなたも、人間にしては素晴らしい力を持っている」
その後何度か、互いに打ち合う。剣が、腕が、交錯する。1本しかない剣に対し、魔族の対する腕は2本……単純に数の分が悪い。
だが先生は、繰り出される腕をひとつひとつ丁寧に、払っていく。
「す、すげぇ……って、見とれてる場合か!」
今のうちに、俺はアンジーの側へと駆け寄る。結界のチカラデ全体的に弱まり、さっきの魔法攻撃をもろに食らったのだ。
アンジーはなんとか立ち上がろうとしているが、俺はそれを押さえる。
「アンジー、じっとしてて」
「し、かし……」
「大丈夫だから」
アンジーがこれ以上無理をして倒れたら、俺も先生も悔やみきれないだろう。こんな時に、魔法さえ使えれば……
不意に、人間は昔魔術を使えていたと言ったセイメイの顔が浮かぶが……それを、振り払う。ないものねだりをしても、仕方ない。
「ヤーク! アンジーを連れて、どこか、安全な場所へ! こいつは、私が……!」
「先生!?」
「安全な場所? はて……そんなもの、もう国中のどこにも、ありはしませんよ」
先生を置いて、逃げろと……そんなこと、できるはずがない。だが、このままここにいても、仕方ないのも事実。
迷う時間すら、しかし与えてはくれない。先生と魔族は、何度かの斬り合いの後距離を離す。
「いいですねぇ、その動き、気迫。実に私好みだ……しかし、それだけに惜しい。人間の体では、それが限界のようだ」
「……?」
言って、魔族はなにもない空間に手を伸ばす。そして、まるで鞄からなにかを取り出すかのように、手を探らせ……なにかを、掴んだ。
そのまま、なにかを引っ張り出す。……なにもない空間から、出てきたのは、黒い刀身の剣だった。
0
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!
犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。
そして夢をみた。
日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。
その顔を見て目が覚めた。
なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。
数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。
幼少期、最初はツラい状況が続きます。
作者都合のゆるふわご都合設定です。
日曜日以外、1日1話更新目指してます。
エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
***************
2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます!
100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!!
2024年9月9日 お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます!
200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!
2025年1月6日 お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております!
ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!
2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております!
こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!!
2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?!
なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!!
こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。
どうしよう、欲が出て来た?
…ショートショートとか書いてみようかな?
2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?!
欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい…
2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?!
どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【番外編】貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
譚音アルン
ファンタジー
『貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。』の番外編です。
本編にくっつけるとスクロールが大変そうなので別にしました。
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる