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6.一先ず落ち着きました

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 対応できなさすぎて涙が出てしまい、それを見た魔王様が「人間の目から水が出た時は確か……そっとしておく、だったか?」なんてまるで“人間の育て方”ガイドに書かれた文字を読み上げるように呟いたため、なんとか事なきを得た。

 ふぅ、危ないところだったわ。初めてがドラゴンとか、なんか怖いもの。それにちゃんと相手は好きな人がいいし。

 魔王様も顔は抜群に整っているし体格も逞しいし、粗野に見えて優しいところもあるし、突飛な行動をしていつも飽きないし、会えない日が続くとちょっと寂しかったりするけれど……す、好き、とは違うと思う。

 だ、だって好きって人間相手に抱く感情でしょう? 魔王様に、ドラゴン相手に抱くものではないはず……。

 チラリと、ソファに移動した私の横に座り永遠と頭を撫でてくる彼を見る。
 大きな手のひらだ。とても暖かい。常に人の側では警戒して隙を見せないようにしていたのに、彼の前では不思議と全てを預けてしまいたくなる。
 それは彼が人ではないから? 2年前のまぐれは例外として、自分がどう頑張っても敵わない存在だから、逆に安心するのだろうか。

「ん? どうした、もう目の水は止まったか?」
「は、はい。すみません、いきなり泣いたりして」
「? 何を謝ることがある。人間は本来か弱いものだ。お前が普段気を張りすぎなんだよ」
「……ッ、そん、な優しいこと、言われたら、また泣いちゃうじゃ、ないですかぁ……」
「いいぞ。お前のその顔、見てて飽きないし」

 それはどういう意味だ。私の涙で濡れたぐちゃぐちゃの顔が面白いって?

 ……でも、私を見る魔王様の顔があまりにも優しいものだから、全くと言っていいほど怒る気にはならなかった。

 何だか、人生の安息日を得ているみたい。
 今までずっと神経を尖らせていたから、一気に解放することができて身体が喜んでいる。
 これが幸せというやつなのだろうか?

 私はこの先、彼以上に心を開ける相手が見つかるのだろうか?

 彼ではない男の人と結婚し、彼ではない人との子どもを産む──そんな未来、微塵も想像できないのだけど…。



「……そろそろベッドに行ってもいいか? これ以上、我慢できそうにないのだが」
「ダメです。もう少し、このままで…」
「…そうか、ならばもう少し我慢しよう」

 もしかしたら、彼のことを受け入れてしまう日がいつか来るのかもしれない。

 だけど不思議だ、そんな未来を想像して、幸せな笑みが溢れた。
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