羅天絞喰

D・D

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第一章 怖くて偉大で大きな木

9.溢れ出るもの

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怖がっている…だけ?

ザサは混乱する。自分へと叩きつけられた剛発に、体が悲鳴を上げていた。

だが、そんな生まれた痛覚など外におき、今、言われたことを思案する。

怖がっている。
そりゃ、そうだ。絶対的に敵わないものが近くにいる。それに、恐怖をもつのは仕方がないことだろう。

そう、ザサは思念する。

が、そんなザサの心情を読み取るかのようにラザクは上から怒号を吠えた。

「怖がって、縮こまって、びびって。何もしてねーんだよ!てめーらは!」

ラザクは決死の表情だ。息を荒げさせ、罵声を続ける。そんな男をザサは下から見上げていた。

「なあ、おい。さっきてめーは怒ってたじゃねーか。あれはどこに向けた怒りだ?」

ザサは叫びながら言われたことについて考えた。

怒り?怒りだと?そんなの…向けた矛先など決まっている。

「お前らを侮辱する言葉を並べた俺か?」

ザサは否定しない。

それはそうだ。先程、この男が言い放った言動は我々に対する罵言だ。
今まで死んでいったものたち、その者たちに対する我々の思いを汚辱した。

「それか、今まで何もできなかった自分たちに対してか?」

ザサはそれにも否定はしない。

それもそうだ。生贄になったものに対し自分たちは無力だった。いつも涙を流しながら選ばれたものを死地へと送っていた。幾度となく自分の力の無さを恨んだことか。

ラザクはザサの表情を読み取り、不本意で不機嫌な顔を向ける。

ラザクは胸ぐらを強く掴み、顔を近づけた。

「お前たちが一番憎いのはなんなんだよ⁈この村が怯えちまうようになった原因はなんなんだよ!考えろ!」

「それ…は…」

ザサに激発された咆哮とも言えるものが突き刺さる。目の前で発せられ、体全体が震え上がった。

この村が怯える理由?そんなの…

「天樹とかいうバケモンじゃねえのかよ!!」

ラザクは言い放った。
部屋の木々が軋むように、目の前の人物の脳髄まで刻み込ませるように、吠えるように言い放った。

「お前が…お前らが憎むべきものはあの化け物だけでいいんだよ。自分達に責任とか自分のせいだとか余計なことは考えんじゃねー!」

ザサの体はラザクの怒る威勢に硬直している。だが、凄絶に放たれる言葉はしっかりと耳に入り込んでいた。この男の言葉は見境なく自らの中に叩き込まれ、刻み込まれていく。

「本心は何なんだよ!!」

ザサを上から睨みつけながらラザクは言葉を吐き出した。

カウラは横で黙って見届ける。この男二人のやりとりを。ただ静かに細めた眼差しで見つめていた。

ザサは上の男からの怒号をくらい、目を見張りながら思念する。

本心?本心だと?そんなもの。何度も思ってきた。自分たちを苛む化け物天樹を恨むことなんて何度も考えたことなのだ。
だけど、そんなふうに思ったとしてその思いはどこに届く?その思いは一体何を意味するのだ。
何人もあの天樹に殺された。身内も友も殺されてきた。
だけど、その敵討ちとしてあの大木の化け物に向かってもそれは天樹の怒りを買うだけだ。
わざわざ立ち向かって死にに行くことが怨みを晴らす行為なのか?
違うだろう。
俺たちはこの憎しみを、晴らすことなどできなくて。
この胸中に溜まっている哀傷を消しさることなどできなくて。
あの化け物に対する憎しみは、あの化け物が生み出した憎しみは、ずっと心にこびりついて、

本心は?それは、…それ、は

「…俺は」

ザサは小さくつぶやいた。
今、自分の考えていることは?

さっきのラザクの言い放ったことは私たちを侮辱した言葉だ。
天樹に抗えない自分たちが情けないという実状は紛れも無い事実だ。

多分、それも本心だろう。

だけど、…それ以前に、

そんなことなど思う前に…

いつも胸の内を這いずり回っているこの激情は…

「憎…い」

「あ?」

ラザクが激昂した後の一瞬の静けさ。そんな中、ポツリとザサは自らの内にある心根をさらす。

「憎い。おれから、奪ったあの天樹が。俺から、妻を、息子を、友を、村を、奪った。あの天樹が憎い!」

一声出すと、そのあとは続けざまに流れ出た。流れ落ちる大粒の涙とともにザサの心奥にしまってあったわだかまりが激流していく。

「俺は、村の長として…俺はぁ…。」

ザサは心を否応にさらけ出したため、言葉と涙が混雑する。
いつも、見送っていた側だった。生け贄とされた者が森の中で入って行き、帰ったものはいなかった。何度も何度も見た光景だ。

「でも、逆らえないんだよ。俺じゃあ、あの化け物に勝てるわけないんだよ…。あの化け物の機嫌を損ねれば村は崩壊させられるんだ。」

ザサは涙した。
流して、流して、今までその日の夜に生まれた感情を払拭させるように大泣きした。

「息子も妻もあの化け物に殺された。だけど、俺の恨みはどこにも向けられないんだ。あの化け物が仇そのものなのに、俺は何もすることができない…」

嗚咽が混じりながら本心をこぼすザサ。
その様子に、ラザクはなだめるような視線を宿す。

「いつも、いつも。いつだって。あの化け物を恨んできた。だけど、それは心に留めるしかできない!」

吐き出してさらけ出す。今までの胸中に溜まり込んでいた感情を。

「俺たちはずっと……!」

「だから、俺たちが来たんだ。」

ラザクは目つきを鋭くする。そこには怒りではない。否、怒りではあるがザサに対して向けられた憤りではない。
あの化け物に向けた憤慨だ。決意を固め、自ら念ずる。
そして、腰にさしている愛刀に手をかざした。

「え?」

ザサはラザクの言葉に困惑する。なぜなら、それは天樹を倒すと言う意志の現れだったから。

「でも、あなたたちは全く関係ないじゃ…」

「言っただろ?俺たちはそいつと闘いに来たって。それに、この村に来てお前の話を聞いて、…その時点でもう関係してるだろうよ。この村の状況を知ってじっとなんてしてられっか。」

ザサは驚愕を隠せない。この男の活力に総身が震わされている。

本当なら危険な目に合わせるわけにはいかないと反対すべき場面だろう。
村の長として、天樹のいる場へ向かうこの二人を止めるべきのはずなのだ。

だが、涙も恨み言もさらけ出したザサの本心はラザクに次の言葉を告げてしまう。

「…情けない…私たちを、助けてくれるのか。」

ザサは小さな声音でラザクに呟く。それはただの願望だった。
一方的で何の関係もないものたちに対する嘆願だった。
村の救済をただただ所願する自分勝手な言葉だ。

情けないこと、この上ない。

ザサは思わず俯いてしまう。今の自分の言動はなんと軽率であったか。

しかし、

そんな落ち込む肩に力強く大きな手のひらがポンと置かれた。

そして、目の前の雄大な男ラザクは不満な素振り一つせず、

「任せろ」

と、二カリと笑みを向け、了承したのであった。






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