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VI 追憶-出逢い- -I
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――遡る事約10年前。
その日はセドリックと離れ、ロンドン市内の探索として色々な街を歩き回っていた。
丁度、私達が住処としている街から、2つ程離れた街。擦れ違う人達から様々な感情を読み取りながら、ふらふらと散策していた時、ふと1人の女性の後姿が目に入った。
その女性はスカーフを頭から被っており、覚束ない足取りで街を歩いている。着ている服は、決して粗悪な物では無い。寧ろ、そこ等の人達よりも良質な物だと言えるだろう。しかし、その背からは悲愴感のある苦しい感情が溢れ出ていた。
――助けて。
そんな声が、聞こえてきそうな程のものだ。
このまま彼女を放っておいたら、どこか高い場所から飛び降りてしまいそうである。
これは小遣い稼ぎの為か、“天使の仕事”の一環か、将又両方か。自身でも分からぬまま、私はその人物の背にそっと近づいた。
「お姉さん」
スカートの裾をくい、と引っ張り、その女性を呼び止める。
振り返って私に目を遣った女性は、想像していたよりもずっと若かった。年齢は、20歳前後だろうか。毛先に向かって色の濃くなった赤毛に、宝石の様なローズピンクの双眸が印象的だ。それに、その女性は取り分け美しかった。その顔だけで金を稼げるのではないか、だなんて思ってしまう程だ。
しかし彼女の顔には、まるで赤紫のインクを塗った様な痣が複数付いていた。幼い自分にも、それは激しい暴力によるものだという事がはっきりと分かる。
それに、年頃の女性だというのに今流行りの化粧やアクセサリー等を何一つ身に着けていない。その様な流行物には興味が無いのだろうか。
「どうしたの、お嬢さん」
囁く様な声には張りが無く、やや掠れている。
弱々しく微笑む彼女の顔は、限界まで白粉をはたいた様に白く、顔色も悪い。それを隠す為か、彼女がスカーフを引っ張り顔に影を作った。そんな彼女を見て、じわりと胸が痛くなる。
彼女の記憶から読み取れるのは、それなりに整った屋敷と可愛い赤子。彼女にはちゃんと帰る場所があり、更に彼女は一児の母親の様だ。
だが、赤子は少し目を離しただけで死んでしまう様な脆く弱い生き物である。母親ならば、そんな赤子から目を離したりはしない。故に、街に出る時は必ず抱いて出る筈だ。
何故、彼女はその赤子を抱いていないのだろうか。使用人や乳母を雇っている事も考えられるが、それならば彼女が今此処でふらふらと街を歩いているのは不自然である。
そしてそれだけでなく、彼女からは“家に帰りたくない”といった不穏な感情が強く伝わって来た。
「――お姉さん、どうしておうちに帰りたくないの?」
直球過ぎるその言葉は、彼女の顔を強張らせるには充分すぎるものだった。しかし、幼さ故に上手い言葉選びは出来ない。
彼女の強張った顔をまじまじと見つめると、彼女はどうしたらいいか分からないといった顔で狼狽えた。
「……どうしてそれを?」
問われた言葉にうぅんと唸り、暫し考える。
幼い私にとって、人の心を読めるのは最早当たり前の事であり、何故それを口にしたかという事に大きな理由は無かったのだ。
「どうして、かぁ。それは私にも分からないなぁ。けど、分かっちゃったの。お姉さんが苦しい思いしてるって」
◇ ◇ ◇
その日はセドリックと離れ、ロンドン市内の探索として色々な街を歩き回っていた。
丁度、私達が住処としている街から、2つ程離れた街。擦れ違う人達から様々な感情を読み取りながら、ふらふらと散策していた時、ふと1人の女性の後姿が目に入った。
その女性はスカーフを頭から被っており、覚束ない足取りで街を歩いている。着ている服は、決して粗悪な物では無い。寧ろ、そこ等の人達よりも良質な物だと言えるだろう。しかし、その背からは悲愴感のある苦しい感情が溢れ出ていた。
――助けて。
そんな声が、聞こえてきそうな程のものだ。
このまま彼女を放っておいたら、どこか高い場所から飛び降りてしまいそうである。
これは小遣い稼ぎの為か、“天使の仕事”の一環か、将又両方か。自身でも分からぬまま、私はその人物の背にそっと近づいた。
「お姉さん」
スカートの裾をくい、と引っ張り、その女性を呼び止める。
振り返って私に目を遣った女性は、想像していたよりもずっと若かった。年齢は、20歳前後だろうか。毛先に向かって色の濃くなった赤毛に、宝石の様なローズピンクの双眸が印象的だ。それに、その女性は取り分け美しかった。その顔だけで金を稼げるのではないか、だなんて思ってしまう程だ。
しかし彼女の顔には、まるで赤紫のインクを塗った様な痣が複数付いていた。幼い自分にも、それは激しい暴力によるものだという事がはっきりと分かる。
それに、年頃の女性だというのに今流行りの化粧やアクセサリー等を何一つ身に着けていない。その様な流行物には興味が無いのだろうか。
「どうしたの、お嬢さん」
囁く様な声には張りが無く、やや掠れている。
弱々しく微笑む彼女の顔は、限界まで白粉をはたいた様に白く、顔色も悪い。それを隠す為か、彼女がスカーフを引っ張り顔に影を作った。そんな彼女を見て、じわりと胸が痛くなる。
彼女の記憶から読み取れるのは、それなりに整った屋敷と可愛い赤子。彼女にはちゃんと帰る場所があり、更に彼女は一児の母親の様だ。
だが、赤子は少し目を離しただけで死んでしまう様な脆く弱い生き物である。母親ならば、そんな赤子から目を離したりはしない。故に、街に出る時は必ず抱いて出る筈だ。
何故、彼女はその赤子を抱いていないのだろうか。使用人や乳母を雇っている事も考えられるが、それならば彼女が今此処でふらふらと街を歩いているのは不自然である。
そしてそれだけでなく、彼女からは“家に帰りたくない”といった不穏な感情が強く伝わって来た。
「――お姉さん、どうしておうちに帰りたくないの?」
直球過ぎるその言葉は、彼女の顔を強張らせるには充分すぎるものだった。しかし、幼さ故に上手い言葉選びは出来ない。
彼女の強張った顔をまじまじと見つめると、彼女はどうしたらいいか分からないといった顔で狼狽えた。
「……どうしてそれを?」
問われた言葉にうぅんと唸り、暫し考える。
幼い私にとって、人の心を読めるのは最早当たり前の事であり、何故それを口にしたかという事に大きな理由は無かったのだ。
「どうして、かぁ。それは私にも分からないなぁ。けど、分かっちゃったの。お姉さんが苦しい思いしてるって」
◇ ◇ ◇
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